第17話 三つ編み裁判(1/4)
ついに俺は、始まりの町ホクキオに足を踏み入れた。
罪人として。
いやおかしい。狂ってる。
この町ってチュートリアルとか、聞ける場所じゃなかったの? この世界はおかしいよ!
本当に何もしていないのに、門で名前を告げただけで捕まった。組み伏せられて全てを奪われ、腕を鎖で縛られた。右足と左足も鎖でつながれてしまって、歩幅の自由を制限され、ゆっくり歩くことしかできない。
町の人たちが、俺を見て眉をひそめている。指差して「あれなに」って言ってる子供に、「こらやめなさい」と叱りながら抱き上げる母親の姿がある。
なんでこんなことに。
がちゃがちゃと歩く音の中、先導する下っ端の甲冑が言う。
「家畜泥棒、四年前の領主への強盗、偶像崇拝……どうやったらここまで反逆できるもんかね」
偶像崇拝以外、全く身に覚えがない。反逆なんて絶対にしてない。そもそも、何に対する反逆なのかさえ、俺には全くわからない。
「本当に何が悪いのかわからないんです。知らなかったんです。追い詰められて両手を上げるのが悪いことだなんて知らなかったし、人が描かれた絵を持ち歩くのがダメだなんて知らなかった。本当に何も知らなかったんです」
「オリハラクオン、お前はいくつだ?」
「年齢でしたら、二十三ですけど」
甲冑の男は、呆れたように溜息を吐いた。
「もう大人じゃあないか。家畜泥棒は神への反逆だってことくらい、どの世界でも常識だろう。そりゃあ、ここの今の領主は、がめつくて税の取立てもしつこい上に、上納金をピンハネするようなすごく嫌なヤツかもしれないが、強盗はやっちゃダメだってわかってるだろう。偶像崇拝も神への重大な反逆行為、まして女の絵を肌身離さずに持つなど……ここホクキオでは人の姿を描くことが、禁忌とされていることくらい、貴様ほどの大人になれば、誰だって知っているはずだ」
わかるものか。知るものか。誰かに教えてもらわなくちゃわからない。
きっと転生者にそういう旅の心得的なものを教えてくれるのが教会の案内所ってやつなんだと思う。
けれども、案内所としての教会とやらに着く前に名前を言っただけで捕まった。
あれ、待てよ。それって何かが変じゃないか。普通、名前だけで拘束されるだろうか。オリハラクオン。そんなにイヤラシイ名前でもないはずだ。
「あのう、兵士さん。なんで俺は名前を言っただけで捕まったんですか?」
そしたら、顔も名前もわからない白い甲冑兵士は、呆れに加えて怒りを混ぜたような口調で言うのだ。
「あんな挑発まがいのことをしておいて、まーだしらばっくれる気なのか。我々ホクキオ自警団を、これでもかとなめくさった看板を掲げておきながら」
「挑発? 看板?」
「ああそうさ。これから、貴様の犯行現場に向かうことになっている。着いたら、せいぜい苦しい言い訳でもするといい」
★
鎖でこすれて少しだけ足が痛い。それよりなにより心が痛い。
というわけで、見せしめのようにしてゆっくり連れていかれた先には、腰ぐらいの高さの木製の柵があった。柵の中では、見覚えのある姿の動物がモシャモシャと草を食っていた。
黒い顔、黄金の髭、ボディはふわふわの毛で覆われている。野生のものとは違って、全体的に少しふくよかで幸せそうな顔をしており、角に関しては野生よりも全然細い。
あれは、そう、モコモコヤギ。
ということは、ここはモコモコヤギ牧場みたいなところだろうか。
甲冑は、興奮した口調で柵の中を指差して言う。
「この場所に見覚えがあるだろう。貴様の蛮行が行われた現場だ」
「いや、来たことないです」
「証拠は挙がってるんだぞ。いい加減にしろ」
いやもう、いい加減にするのはそっちだよと言いたい。何でこんなことになってるんだ。
不意に甲冑が横向きになり、何者かを手招きして呼び寄せた。
その方向を見てみると、女の人が沈痛な面持ちで歩いてくるのが見えた。
そばかすに三つ編み。茶色と灰色の質素な作業着は砂や泥に汚れていた。ノーメイクの素朴なお姉さん。三十代前半くらいだろうか。もう少し若いかもしれないが、山賊アンジュと冒険者まなかに続き、彼女もまた、俺よりも年上に見えた。
嫌な予感がする。現実世界でふられてからというもの、年上の女に出会うとロクなことがない。
彼女は甲冑の促しに応え、俺に自己紹介をする。
「ウチは、ここの牧場主のエリザベス。皆からは、ベスと呼ばれています。はい、この人が犯人です」
何の?
ねえ何の?
犯人って何?
ていうか、ベスさんって初めましてでしょう。初対面でこっちの挨拶も待たずにいきなり犯人呼ばわりって、この世界はどうなっちゃってんの?
全力で戸惑う俺に向かって甲冑は言う。
「オリハラクオン、困惑の演技はやめろ。お前がベスさんの牧場で大事に飼われていたモコモコヤギを盗んだことはわかっているんだ」
「全く身に覚えがありません」
「やれやれ、知らぬ存ぜぬで通せるわけがなかろう。柵の中には、貴様の財布が落ちていた。その中には、貴様の顔が描かれたカードが入っていた。隣町のギルドに協力を要請し解読してもらったところ、本当にオリハラクオンという名前だとわかった。わざわざ重大な手掛かりを現場に残す挑発的な行為に我々は最大限の怒りを覚えたよ」
顔が描かれたカードというと、学生証か免許証だろうか。どうしてこんなところに財布が落ちているのだろう。はてさて、謎であるな。
「だが年貢の納め時だな、オリハラクオン。この牧場主ベスさんはスキル『正義』を持っているのだからな。貴様の嘘は間もなく真っ白な白日のもとにさらされることになる」
「待ってください。俺には本当に身に覚えがないんです。どういう理由でどういう疑いがかけられているのか、教えてくれないと申し開きもできません」
「フン」甲冑は不満そうに、「自分の胸に手を当ててみろ、と言いたいところだが、確かな証拠を見せてギャフンと口にする貴様を見るのも一興か。よかろう、説明してやる。ついてこい」
甲冑が柵の中に入っていく。続いて俺も入った。
囲いの中、黄緑色の牧草はきれいに揃っている。家畜が均等に草を食べて、まるで機械で刈り揃えられたかのようだった。
柵で囲われた領域の中央には、白い看板があった。
甲冑は言う。
「オリハラクオン、何と書いてある? 貴様の口から読み上げてみろ」
看板に書かれた文字は、まるっこい日本語の文字だったので、あっさり読めた。
「『うまそうなモコモコヤギ一頭はこのオリハラクオン様が頂戴した。のろまなホクキオ民よ、このオリハラクオン様を捕まえられるかな?』……って」
いやいや、知らないよ、こんなの。
そして、読み終えるやいなや、ベスさんが「うわあああ」と言って泣き出してしまった。
「ウチのモコモコヤギ。返してよぉ!」
涙を抑えようともせずに派手に泣き続けている。その悲痛な姿を見ていると何とかしてやりたいと思う。だけどね、ベスさん、奪ってないものを返してと言われても、一体どうすりゃいいんですかって話だよ。
「うまそうって書いてあるんだったら、やっぱ食べたんでしょう? 最低の悪魔崇拝者だわ」
「そうだ、この悪魔崇拝者め!」と甲冑も同調。
そしてベスさんは、頭の後ろに手をまわして三つ編みの束を胸の前に持ってくると、それを撫でながら、言うのだ。
「――ウチの可愛がってたモコモコヤギのモモちゃんのこと、本当に食べてないって誓える?」
「食べてないっす」
こんなもん即答だ。
俺には盗んだ記憶もなければ調理した記憶もない。だからこれは嘘にならないはずだと思った。当然「ノー」だと返した。
だけど、実のところモコモコヤギを食べたかどうかといわれると、身に覚えがないでもない。そこらへんに一抹の不安がなくもなく……案の定、嫌な予感の通りになった。
突然、ベスさんの三つ編みがバツンとほどけた。
「はいウソー」とベスさんは指をさしてきた。「ウソ決定―。ウチのモモちゃん、やっぱり食べちゃったんだね」
「え? え?」
「ウチには他人の嘘を見破るスキル『正義』があるの。発動条件は『~を誓いますか?』って問いかけながら三つ編みを縛るヒモに触ること。答えがきたとき、ほどけたらウソ、そのままだったら真実。今のは、『食べてない』って答えに反応して三つ編みがほどけたからアウトだよ! これでもかってくらいアウトだよ! 何でなの! モモちゃんはウチが一番かわいがってた子なのに! それなのに……殺して! 食って! 嘘ついて! ギルティ、ギルティ、ギルティ。もう本っ当、死刑でしょ」
ギルティってのは「罪」って意味だったよな。
絶対におかしい。
「まてまて」と甲冑。「ここホクキオでは死刑などという野蛮な制度はとっくの昔に撤廃されているからな。ベスさん、あなたの気持ちは痛いほどわかるが、死刑にはできないんだ」
ベスさんは悲しそうに頷きながら、慣れた手つきで再び三つ編みを編み上げ、器用に紐で結ってあっという間に完成させた。
死刑なし。それは助かる。
なんとなく冤罪を織り交ぜた泥棒・強盗・悪魔崇拝のスーパーギルティ三連コンボで死刑になりそうな気がしていたから、少なくともすぐさま命を奪われないで済むというわけで、そこは、ちょっとだけ安心した。