第165話 フォースバレー宮殿(3/5)
新しいコスチュームに着替え、待ち合わせの場所に行った。
冒険者風の高級服。兜のかわりにハチマキが用意されていた。肌着の上から着るのは、非常に軽い金属板である。そのプレート上には茶色い動物の皮が張られ、その上にさらに装飾が施されている。動きやすい素材の下半身を包むズボンも伸縮性が高くてはきやすい。茶色いブーツは地味だったが、ステータス画面を見たら、水をはじく素材でできており、沼地でも軽快に移動できると書いてあった。
全体的に茶色を基調にした目立ちにくい装備だった。
もちろん、すべてにおいて細かいところで匠の工夫が発揮されていて、見たことないくらい防御力が高く、素晴らしいものである。
建物の中央にあるきらびやかな広間に移動し、俺は待っていた。この部屋にあるものは、俺の目にはキラキラと金色がかって見える。
「ずっとここにいたら、目がちかちかして頭が痛くなってきそうだ」
とはいえ、他にやることもない。しばらく部屋の中にあるものをながめたり、半透明のステータス画面で宝物たちを確認して「うぉお」などと唸りながら、時間をつぶした。
「誰も来ねえな……」
と、同じ呟きを何度目かに放った時である。
「お待たせいたしましたラックさん。間もなくです」
マイシーさんが西側から現れて、「席についてお待ちください」などと言うので、部屋の真ん中に意味深に置かれた三脚の椅子の一つに座って皆を待つことにした。
しかし、待てども待てども現れない。
だんだん待ちくたびれてきたので、立ちっぱなしのマイシーさんに話しかける。
「なぁマイシー。レヴィアたちは、何やってるんだ?」
「服を選んでいるのです」
「レヴィアが?」
「いえ、わたくしたち三人が、ですね」
三人、というと、オトちゃんとマイシーさんと……あとはフリースか。
「おもちゃにして遊んでるんじゃなかろうな」
「おっと、そんなに心配なら見に行ってみますか? 貴重な着替えシーンをのぞくチャンスですよ? のぞかれていると知ったら、さすがに幻滅されるでしょうが」
「もちろん、やめとくよ」
俺は紳士を気取りたいからな。
そんなところで、誰かが広間にやってきた。
その小さなシルエットは、レヴィア……ではなくてオトちゃんだった。広間にあった椅子の一つにオトちゃんは座った。
入れ替わるようにマイシーが部屋に戻っていき、今度はオトちゃんと二人きりで話す形だ。
さっきまではオトナモードだったのに、幼女モードになっている。ちょっと残念である。
「ラック。おぬし、いまやって来たのがレヴィアじゃなかったことではなくて、わしが、ちんちくりんバージョンで出て来たほうにガッカリしたじゃろう?」
さすが神聖皇帝などという大層な肩書を名乗るだけのことはある。俺の心を読んできやがった。そうでなければ議会の魑魅魍魎どもと互角以上に話をすることなどできないのだろう。
まぁ、議会での発言なんていうのは、だいたいマイシーさんが考えてるんだろうけどな。
「いやまったく、何でオトナモードじゃないんだ?」
「フハハ、正直なやつじゃのう。じゃが、これは必要なことじゃ。レヴィアに服を見せるマネキン役になっておったのじゃから」
「おいおいレヴィア、皇帝に何させてんだよ」
「勘違いするでない。あやつにやらされとるわけではなくして、わしが勝手にマネキン役を買って出たのじゃ。じゃがのう……」
「何だ? やっぱりうちの子が粗相を……?」
「うぅむ、粗相というほどではないんじゃが……ひとことで表すとクソわがままじゃな。これイヤだ、あれイヤだと言って、なかなか決まらなんだ」
「おかしいな。俺がハイエンジの古着屋で選んでやった時は、一瞬で決まったし、あまり服装に強い興味は無さそうなんだけどな」
「やはり、よほどあの服が気に入っておったのかのう? じゃが、白い服はトラブルのもとじゃし、呪われておるわけじゃし……」
「いや、呪いのほうは、もうなくなったはずだから、誰でも着られるようになってるはずだけどな」
「む? そうなのか?」
「ああ。得意なんだ。呪い抜きは」
「では、今度呪われたら、またおぬしに解呪をお願いしようかのう」
「呪われたことあるのか」
「ん? あぁ……うーむ……まぁ……大昔じゃな」
そう言った幼い見た目のオトちゃんは、あまり深く語りたくなかった様子だった。そこで俺は、話題を無理矢理に変えてみる。
「大昔か……そういえば、オトちゃんって、本当の名前は何なの? 大昔に名乗ってた名前とかある?」
「真名ならば一応あるがのぅ。わしら五龍が名前を明かすときは、五龍の一角というポジションを譲るときだけじゃ」
「へぇ、譲るものなんだ」
「そうじゃぞ。禅譲というやつじゃ。暴力で奪われるわけじゃなく、平和に譲り渡す儀式じゃな。その際に名前を交換するわけじゃが……ラックにはちと荷が重いじゃろうからな。教えることはできぬ」
「ああ、そうだな。重たい役目とかマジでいらない」
「そういえば、ラックは、オリハラクオンという名前じゃったか」
「よく調べてるなあ」
「そういう方面でのマイシーの優秀さをなめるでない。あやつは絶対に敵にしとうないぞ」
俺は笑いながら頷いた。たしかに、敵に回したくはない。
「それに、ラック。おぬし、王室親衛隊に追われて、死んだことになっておるそうではないか」
「ああまぁ、色々あってな」
「話を聞く限りでは、反逆罪に問われたらしいが、ずいぶんとヘマをこいたものじゃ」
「返す言葉もない」
「じゃがな、わしの力なら余裕で何とかできるぞ。なんなら、オリハラクオンという名前を使えるようにしてやっても良いが、どうじゃ?」
「なるほど」
そんなことができるだなんて、考えたこともなかった。もう一度オリハラクオンという名前でやり直す道、か。オトちゃんのおかげで、それが実現するのなら考えどころだけど……。
「でも、やっぱり俺は、ラックがいいや。本名のほうは、現実に帰った時までとっとくよ」
「そうか。じゃが、動きづらいじゃろうからな、オリハラクオンへの反逆の疑いは、解除させておこう。死んだという設定には変わりはないが、名誉を保ったまま死んだとなれば、意味のあることじゃろう」
「ありがとう、オトちゃん」
「なに、わしとおぬしの仲じゃ。気にするでない」
そうしてオトちゃんは、ニシシと笑う。
けれども、これでもまだ危険は去ったわけではない。襲撃してくる黄色い服の連中はオトちゃんを狙っているようだし、偽のハタアリさんは、今後も俺を亡き者にしようと動いてくるかもしれない。
とはいえ、今は素直に喜びたい。もともと死んだことになっていたのだから追われてはいなかったものの、生きていることがバレても大丈夫になったというのは、非常にありがたいことである。
今後はサカラウーノ・シラベールさんに追われないということは、王室親衛隊に怯えなくて済むということであり、そして、ついに、大枚をはたいて買った我が家に帰れる日が来たということでもある。
みんなでホクキオの温泉に行く、なんていうイベントもいいかもしれないなあ。あわよくば混浴なんてことになったら、それはもう理想郷が眼前に広がることになるじゃあないか。
いつか実現する日が楽しみである。
問題は、人手に渡っていないかどうかだけども……こんど白銀甲冑のシラベールさんにでもきいてみることにしよう。
「それにしても遅いなぁ、レヴィア……」
「そうじゃな……」
「もうかなり長いぞ」
「そうじゃ。ラック、ちょっと部屋に行ってレヴィアのために選んでやってくれんか? おぬしが選べばすぐに決まるかもしれん。うまくすれば、美少女の裸体を鑑賞するチャンスじゃぞ」
「マイシーさんと同じようなこと言いますね」
「付き合い長いからのう」
そんなところで、今度はフリースが滑ってきた。
「お、交代かフリース。やつめ、まだ服が決まらんのか?」
「…………」無言で頷いたフリース。
「どれ、今度こそ、わしがバシっとキメてやろうかの」
「…………」
立ったまま見送るフリースの沈黙を背中で受け、オトちゃんは再び西側の建物へと歩いて行った。
残された俺とフリースで二人きり。しばし、互いに黙り込んだまま。俺はさっきの全裸見せつけについて蒸し返していいのかどうか思案に暮れていたし、フリースのほうは、何を考えてるのやらわからない。
「…………」
俺は勇気を出して重苦しい無言空間を切り裂いてやることにした。なにせ、着替えを済ませて、少しだけ勇者っぽい服に近づいたからな。勇者というのは勇気が有るから勇者なのだ。勇気がない勇者は勇者ではないから勇者っぽい服なんか着てはいけないのだ。
「フリース、どうだ、この服」
「……なんでハチマキ? 全体的に茶色っぽいけど、茶色好きなの? 中途半端な長さのマントめっちゃダサくない? それでも、前より強そうで格好よくなったと思うけど、もう少し派手でもよくない? ねぇ、コイトマルもそう思うよねぇ」
あまり気に入らなかったようだ。
しかし、これが限界である。これ以上に目立つ装備だったり格好いい装備となると、強いパーティから誘われたり、人々から魔物討伐を頼まれたり、ライバル意識をもった別の冒険者にいざ尋常に勝負を挑まれたりしてしまうかもしれないからな。
「ラック、あんまり地味すぎると、自信ないんだなと思われて、駆け出し盗賊とかの標的になるよ?」
「なるほど、そういう考え方もあるか」
盲点であった。
「まぁ盗賊くらい、あたしが一瞬で倒してあげるけど」
「よろしくお願いします、フリース様」
と、俺が頭を下げた時である。
ようやくレヴィアがやって来た。皇帝とその側近を従者のように引き連れて、三人分のシルエットが近づいてくる。
よく見ると、うしろにいるマイシーさんは、レヴィアに元気を吸われてしまったかのように、げっそりと疲れていた。
「おまたせです、ラックさん!」
そう言ったレヴィアは、まるでカウボーイ、いや、カウガールのようであった。