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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第七章 星の祭り
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第164話 フォースバレー宮殿(2/5)

「数日ぶりじゃな、ラック」


「え? あぁはい」


 宮殿内に入って、白いアーチをくぐりながら、えんじ色の絨毯を歩いていたところ、急に先導していたはずの宮殿の主が横に並んできて、話しかけてきた。隣を歩いていたレヴィアと入れ替わる形だ。


「この数日で、わしはもう疲れた。議員たちの中には陰湿で攻撃的なやつが何人かおってのう、そういう連中は、わしの発言はもちろんのこと、一挙手一投足に至るまで気を配っておってな、隙あらば揚げ足取りをしてくるのじゃ。まったく、暇なヤツらよ」


「なるほど」


 祭りの後に開かれたパーティやら大きな会議やらでお疲れのようだった。


 そういえば、議員団の中には、偽装で正体を隠した悪魔みたいなやつらも混じっていたからな。人間中心の世の中を嫌う輩もいるかもしれず、オトちゃんの失脚を狙う者もいるのだろう。


 どこの世界も議会という場所はさぞ伏魔殿に違いない。


「いやはや、それにしても、此度(こたび)の祭りは、かつてないほどヒヤヒヤしたのう」


 俺はその時、「あ、ええ、()()()()()」と、返事をしてしまった。


「むっ、今なんと」


「あぁ、いや、その、何でもないぜ、()()()()()


「うむ、よしよし」


 この神聖皇帝は、気に入った人間とはくだけた口調で話すのが好きらしく、俺との会話では「オトちゃん」と呼ばないと返事をしないこともあるのだ。


「それで、ラック。どうじゃった? 祭りは楽しめたか?」


「いやあ、肝を冷やしましたよ。屋台(くるま)が動かなかった時は、どうなることかと。でも、けっこう興味深かったです。伝説の実話をもとに作られたお祭りなんですよね」


「あ、あぁ……まあ、そうじゃな」


 オトちゃんは目を泳がせてそう言った後、コホンと咳払いをし、話題を変えた。


「このたび宮殿に呼んだ理由は、マイシーから聞いておろう?」


「ええと……なにか賛辞(さんじ)をいただけるとかで」


賛辞(ほめことば)だけではないぞ。それなりの褒美(ほうび)を用意しておる」


「いいのかな、俺たちなんかが(もら)っちゃって」


「無論じゃ。いやか?」


「いえ、嫌っていうわけじゃないんですけども、それほどの働きはしてない気がするっていうか……」


「何か理由をつけよと申すなら、いくつかあるぞ。まずは、落ちてくる岩を砕いてくれたこと、祭りに一緒に参加してくれたこと、偽装したテロリストがいると教えてくれたこと。あとは、ウサギ装束の者たちの相合傘デートを企画してくれたこと……それから、わしと、マイシーと、仲良くしてくれてることじゃな」


 オトちゃんは指折り数えた後、俺に笑いかけながら言う。


「ううむ、こうして並べ立ててみると、ものすごい貢献じゃな」


「なんか、言われてみると、受け取る資格があるような気がしてきた」


「じゃろう? 遠慮せず貰っておくことじゃ。ラックへの褒美は東に置いてある。レヴィアのためのものは西じゃな」


「違うところに置いてあるのか?」


「そうじゃ。違う部屋じゃ。品物をみれば、その理由がわかるはずじゃぞ」


「フリースには?」


「そうじゃな、あやつには、再び大勇者と名乗ることを許そうと思うておる」


 名誉回復。つまり、魔女のレッテルからの解放。そのための大きな一歩なのではないか。


 だとしたなら、きっと、とても嬉しいことだろう。


「ありがとうな、オトちゃん」


「なに、礼を言うのはこちらのほうじゃ」


 やがて十字路までやって来て、オトちゃんが指さした方角へと向かう。つまり、右に曲がって、レヴィアと逆方向に歩き出した。


 俺はマイシーさんと話すレヴィアの横顔がこちらを向いてくれるのを待っていたけれど、レヴィアは話に夢中で俺のほうを向いてはくれなかった。


 そこからは、ひとりで褒美の置かれた部屋へと向かうことになった。


  ★


 大理石のように白く輝く床や壁。そこに敷かれた、えんじ色の絨毯(じゅうたん)


 部屋に入る扉も輝く石に飾られて、ものすごい高級感である。


 『梅の部屋』とマリーノーツ語で書かれた表札さえも、その字体や表札(ひょうさつ)の素材にはただならぬ権威が感じられる。


 おそるおそる足を踏み入れた部屋の中は、さらに豪華絢爛(ごうかけんらん)。まぶしくてしょうがない。きらきらと光を反射するシャンデリア。机も、椅子も、カーテンも、ふかふかの絨毯も。全てが金色に輝いてしまっていて、本来の色がわからないほどである。


「どれが贈り物なんだか、よくわからんな」


「たぶん、あれじゃないかな」


 俺は、部屋の真ん中に置いてあったものに目をやった。


「確かに。あれは部屋の中のものに比べてニブい輝きだ」


 って……会話を交わしてしまったが、ここは俺一人のために用意された部屋のはず。オトちゃんもマイシーも、レヴィアについていったからな。


 なんで返事がくるんだ、と思い、俺がきょろきょろと周囲を見回すと、


 イトムシのコイトマルくんが机の上をモタモタと伸び縮みしながら接近してくるのが見えた。


 つまり、いつのまにやら俺に用意された部屋の中に入り込んでいたのは……。


「ラック、たぶんあれ、新しい服だよ」


「なんでいるんだ、フリース」


 そしたら、フリースは、俺と目を合わせたり、合わせなかったり、コイトマルを抱き上げたり、木枠の窓を開けてみたり、閉めてみたり、再び床にコイトマルを放ったり、沈黙したまま挙動不審に歩き回ったり……ひとしきりウロウロしたあとで、言うのだ。


「……さっきは、ごめん。縛っちゃって」


「ん? ああ、いや、いいけど。そんなことを言いに来たのか?」


「ううん」


「え? じゃあ、何しに来たんだ」


「だけどあたしは悪くない。ああするしかなかった。そう言いに来た。理由は言えないんだけど」


 謝りに来て、しおらしいところもあるなぁと思った瞬間これである。


 謝罪よりも、根拠を示さない言い訳がしたかったらしい。ねえフリースちゃん、それって意味あると思っているの?


 それとも、本当は謝りに来たけれども、いざとなったら照れくさくなってしまったのだろうか。それだったら、可愛いとこもあるじゃあないか、と思うけれど、たぶんやっぱり謝罪よりも言い訳に来たんだろう。


 最後にフリースは、虚空を撫で、


 ――それだけだから。


 などと氷文字で言って、俺から目を背けると、焦った様子で部屋を滑り出て行った。


「何なんだ、一体」


 ふと、俺の足元に、何かが触れた。


「お前……忘れられたのか」


 ご主人に置いて行かれたコイトマルが、俺の足をのぼろうとしていた。


 フリースの心のなかで何があったのやら知らないが、まさかあれほど大事にしていたコイトマルを忘れていくとは。


  ★


 オトちゃんが用意してくれたのは、新しい服だった。


 これまでの茶色っぽい薄汚れた地味な服は、とりあえず机の上に置いたコイトマルに掛けてやった。まるで喜んで拍手するように、頭を持ち上げて前足をぱたぱた合わせているのが可愛い。


 俺はゆっくりと装備を脱いでいく。


 新たな服も、さほど目立つものではなかった。見た目は中堅冒険者……その中の下くらいの服装である。どちらかというと地味めだ。そう、見た目はな。


 ところが、ステータスを確認してみたら、やはり、そこは王室からの送りもの。中身は最高級のようである。防御力と回避力が段違いに上がって、移動スピードも引き上げられた。自動回復機能までついている。そのうえ、スキルを使っても簡単には疲れにくくなっていた。


 俺のために、あえて地味なデザインにしてくれたのは、俺の性分(しょうぶん)を理解してくれてるマイシーさんの計らいだろうか。


 しかし、それでも俺は不安だった。


 危ないかもしれない。冒険者だと思われたら嫌でも戦う機会が増えてしまうかもしれない。


「……とは思うけれど、どう思うよ、コイトマル」


 俺の問いに、コイトマルは反応を示した気がした。だけど答えてはくれない。


 答えは、俺が出さなくてはいけないのだ。


 新しい服を着るのか、着ないのか。


「いつまでたってもレヴィアの召使いだと思われるのもな……そろそろ人のカゲに隠れて鬱々(うつうつ)とするばかりではなくて、可憐なレヴィアと並び立てるようなイイ男を目指さないといけない」


 まずは、自分を見つめなおすために、すべて脱ぎ捨ててみるか。


 心機一転、服とともに新たな自分に生まれ変わるのだ。


「どうだ、コイトマル。俺の肉体は」


 コイトマルは答えない。ご主人様に似て沈黙が好きらしい。


「まぁ蟲だしな。あと、俺のボディも普通だからな。反応に困るよな」


 と、自嘲気味に笑いながら豪華な椅子を尻で(けが)し、(あご)に手を当て、新しい服をどこから着ようかと考えていた時である。


 勢いよく扉が開いてしまった!


「ラック! コイトマルしらない?」


「うぉあ! ちょ、まてフリース! 入ってくるなぁ!」


 全てを脱ぎ捨てた俺のもとに、フリースが戻ってきた。


「…………」


「何か言ってくれ」


「…………」


 しかし、フリースは、まるで俺のことなど目に入らないかのようにしてスルスルと移動し、コイトマルを発見。優しく掴み取ると。ラグビーボールのように抱えながら滑って外へ出て行った。


 一言も発さないまま。


 全く何の反応もされないと、逆に気まずいもんなんだな、こういう時って。




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