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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第七章 星の祭り
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第163話 フォースバレー宮殿(1/5)

 レヴィアとのデートの翌日のことである。


 俺は、神聖皇帝オトちゃんと出会い、祭りに参加した。という内容の手紙を、街道沿いにあるサウスサガヤの宿屋の一室で書いていた。


 アオイさんやらベスさんやらへの近況報告である。


 下書きの途中で休憩しようとしたとき、強い風が吹き、建物が揺れたのがわかった。


 ふと、窓の外が騒がしくなり、「どけ邪魔だ」とか「なんなんだ」とか「あら大きい」などという声がきこえてきた。


 続いて、馬車に取り付けられたクラクションがわりの青銅の鐘を叩く音。トラブル感あふれる音に首をかしげながら、ガラス窓に近づいてみると、


「うわ」


 ぎょっとした。


 そこにあったのは、巨大な鳥の顔だった。


 部屋は三階なのだが、その窓ガラスから正面に見えるというのは、かなりの巨大さである。


 ガスンガスンと窓ガラスを叩くクチバシ。その先端には、手紙が挟まれていた。


「なんだ? もしかして、俺あてか?」


 不審に思いつつも、窓を開き、クチバシの手紙を手に取る。


 滑らかな肌触りであり、開いてみると、きめ細やかな布地に文字が書かれているのが見える。


 だけども、なんだか難しい言葉が使われ過ぎていて読めない。最近、やっと新聞くらいは読めるようになったはずなんだが、ちょっと自信を失うよな。


 ぐにゃぐにゃした文字のハンコが押されているのも謎である。何かの暗号だろうか。


「ラック、あれは?」

「ラックさん、あの大きい鳥は、なんですか?」


 するするっと滑ってきたフリースと、ばたばたっと駆けてきたレヴィア。ノックもなしに俺の部屋に入ってきた。


 ――ラック、何かやらかした?


 氷文字を生み出して疑惑の目を向けてきた青い服。


 大きい鳥が何なのか、俺にもわからないよレヴィア。そして俺は何もやらかしていないはずだぞフリース。


「そうだ、フリース。これ、あの鳥が持ってた手紙なんだが、ちょっと見てもらえないか? 読めなくて」


 ――わかった。


 氷文字で返事をすると、彼女は俺から手紙を受け取り、目を通した。


 ――やたら古臭くてカタい丁寧な表現が使われまくってるけど、一言でいえば、これは招待状。


「招待状?」と俺。


 頷いて、フリースは言う。


 ――神聖皇帝様が、宮殿に招待してくれるって。


「オトちゃんが? だとすると、この交通の(さまた)げになって皆にキレられてるこの鳥は……」


 ――お迎えの徴税バード。


 徴税バード。ということは、何らかの返信が得られるまで、相手に迷惑をかけ続けるように調教された鳥だってことだ。みんな迷惑に耐えかねてすぐに返信するから速達郵便として機能する。


 税を取り立てる機関が必ずこの鳥を飛ばしてくることから、徴税バードと呼ばれるのだが、税金の取り立てに使われることは、実はさほど多くない。


 今回の、見たこと無いくらい巨大な怪鳥も、徴税のためではないだろう。さっさと返信をよこせというメッセージだと思われる。


「じゃあ、急いで手紙を書く必要があるな。俺が文章を考えるから、フリースがちょっと手直ししてくれ」


 ――その必要はないと思うよ。


「何でだ?」


 ――乗って来いって。


「何に?」


 ――とり。


「外にいる、アレに乗って行くってのか?」


 フリースは頷いた。


 ――そうでないと入れない。


「あいつの名前はなんだ」


 ――ナスカ。


「ナスカ……」


 と口にした途端、交通大混雑を引き起こしている鳥が、返事をするように「グゲァ」と低く汚い声で鳴いた。返事のつもりだろうか。


 ――空を飛ぶことになるから、覚悟しておいて。


  ★


 荷物を整理する暇も与えられず、俺はフリースにせかされて外に出た。


 建物の三階に余裕で届く怪鳥に、俺たちは乗って行くという。


 路上の人々が「なんとかしろ!」とか、「通報すんぞ!」とか叫び声を浴びせてきた。


 もちろん、なんとかしたい。通報されたくない。


 まあ、いずれにしろ、このままにしてたんじゃ街道の交通を麻痺(まひ)させてしまうからな。すぐに飛び立つことに異存はない。けれども、俺がよくても女の子二人はどうだろう。


「二人は、大丈夫か? 何か持っていくものとか……」


 と、きいてはみたものの、レヴィアもフリースも、普通の女の子よりも物を持ち歩かないタイプだった。


 二人とも、いつも鞄ナシで滑ったり歩いたりしている。フリースなんか、靴さえ履いてない。唯一、荷物らしい荷物といえば、


「コイトマルはちゃんと持ったか?」


 フリースは無言で頷いた。


 イトムシの小糸丸くんのことを、荷物などとハッキリ言ったら凍死させられてしまうだろうけどな。


「レヴィアは、忘れ物ないか?」


「とくにないです」


「よっしゃ、じゃあ行くぞ」


 近づいたところで、怪鳥が少しビビッて後ずさったのだが、何にそんなに恐怖を感じているのか。


「なあフリース。この鳥の……ナスカくんのどこに乗ればいいんだ? やっぱり背中とかか?」


 ――本来なら余裕で乗れなくはないけど、今は無理だね。


「なんで?」


 ――背中を怪我してる。


「そうなの?」


 ――ロープを買ってきてほしい。長いものがいい。


「何に使うんだ?」


 ――縛る。


「誰を?」


「…………」


「ねえ誰を? どんなふうに?」


 沈黙が返ってきた。


  ★


「痛い痛い痛いッ! 重たい! ちぎれる! なんで俺がこんな目に!」


「ラックさん、大丈夫でしょうか?」とレヴィア。


「全然大丈夫じゃない! 足がつかなくて高いところ飛んでてこわい! あと腕がいたい、しぬ! もげる!」


 俺を縛った犯人のフリースは、俺の右半身に自分自身を結び付け、沈黙を守り続けていた。


「風が気持ちいいですね。すこし窮屈ですけど、いい景色です」


 レヴィアのほうは、ついさっきまで俺を心配してたかと思ったら、もう空中遊泳を楽しんでいた。片手をフリースの手と繋ぎ、もう片方の手で帽子をおさえて、俺の左半身とロープで結び付けられていた。


 俺はと言えば、二人の女の子にぴったりと密着され、両腕を頭の腕で縛られていた。もうお手上げ状態である。なすすべがない。両手を挙げているからといって、マリーノーツの景色美しいぜバンザイ、女の子と密着して嬉しいぜバンザイなんて言ってる余裕はないのだ。


 なにせ、三人分の体重が二本の腕に集まっているからな。ある程度ダメージが軽減されているけれど、それでも、ものすごく痛い。しかも、風にあおられたり、回転して腕がよじれて有り得ない方向に曲がりかけたり。


 何の罰ゲームなの、これ。


 ホクキオから西に広がる大海、北のフロッグレイクの大樹の森や消えない虹、南の荒れ地や石壁に囲われたザイデンシュトラーゼン城、ネオジュークの黒富士を足元に見ながら、まだ見ぬ東側の世界に降りていく。


 ネオジュークのちょっと東には、深い窪地の底に池が張っている町が見えたり、街道が東のほうでぐるっと北にカーブしているのが見えたりしている。


 顔をあげて遠くを見てみれば、雲の向こうに高い山が見えた。どうも東には、急峻な山脈があるようだ。幾重にも重なる稜線(りょうせん)は、人の侵入を拒むほどの山深さを物語る。だんだんと近づいてくる東側には緑や湖が多く、大きな町は数えるほどしか無いようだった。


 もしかしたら、まだまだ未開拓(フロンティア)なのかもしれない。


 さて、ネオジュークピラミッドを通り過ぎた辺りから、怪鳥ナスカくんは降下をはじめ、森や谷をいくつか越えて、高い鉄柵に囲われた敷地内に着地した。


 ものすごく広大な広場だ。サッカーも野球もどんなスポーツでも、思いのままにできそうなくらいのスペースがある。


 石畳が敷かれていたが、ナスカくんの着地が非常に上手で、全く衝撃や苦痛を感じさせなかった。優秀な巨大徴税バードである。


 同時に、俺はまだ縛られたままではあるものの、バンザイ状態からは解放されて、少しだけではあるが、なすすべが戻った。


「ありがとうな、ナスカ」


 言葉がわかるのだろうか、俺の呼びかけにナスカは、「グゲグァ」と汚い声で鳴いた。


 フリースがナスカの足に括りつけられていたロープを外した。


 こいつも、俺たちを一本の足で引っ張って、大変だったろうに。しかも、背中を怪我していたというじゃないか。本当に感謝しかない。


 この鳥の好物は何だろう。今度、何か買ってやりたいな。


 ふと、遠くで扉の金具が鳴る音がして、音のした方を振り返る。


 視界に広がったのは、美しい白亜の宮殿だった。俺がホクキオに建てたそれっぽい建物なんか恥ずかしくて壊したくなるくらいの見事な建築だ。


 白レンガの壁、翡翠色の屋根。ギリシャやらローマやらの建築に、さらに古今東西さまざまなテイストの装飾を加えたような神殿だった。


 その神殿を背景に、二人の美しい女性が階段を小走りで降りてきていた。


 片方は、銀の鎧の側近であり、もう一人は、神聖皇帝オトキヨ様その人である。


 大人モードのオトちゃんは、ゆったりとした黒い服をなびかせながら、俺に近づき、幼女のときよりも低音の魅力的な声で言う。


「おぉ、来たか、ラック。フリース。それとレヴィア。よう来た、よう来た」


 そして、俺が両手を縛られたり、俺以外の二人が俺に縛り付けられているのをいいことに、俺に抱きついた。


 これで、三人の女の人の真ん中で圧迫されることになり、ラッキーイベント到来をようやく実感できる気がしないでもなかった。


 さて、挨拶のハグを三人分終えたオトちゃんは、怪訝(けげん)な表情になって、


「ところで、何でおぬしら縛られとるんじゃ? 特にラックなんぞ、両腕の自由を奪い去られおって、まるで逮捕じゃ。悪い事でもしおったのか?」


「何もしてないが」


「おかしなやつらじゃな。なにゆえ普通に背中に乗って来んかったんじゃ? ナスカはマリーノーツで最も優秀な運び屋じゃぞ。鎧を着込んだ兵士でさえ、五人くらい背中に載せて飛べるんじゃぞ? 誰かゾウみたいに重たいやつがおったのか?」


「え、でも、怪我してるんじゃ?」


「しとらんぞ? みればわかるじゃろう? な、マイシー」


 すると銀の鎧のマイシーさんは頷いた。


「ええ、仰る通りです。ラックさんは、愚かにもまた騙されてしまったようですね」


 ご挨拶じゃねえか。ここにきてマイシーさんが放った第一声がそれとは。


「でも、怪我で背中には乗れないみたいなことをフリースが」


「何故じゃ? 招待状にも背中に乗ってこいと書いたじゃろうに」


「……おい通訳のフリースさん、どういうことだい?」


「…………」


 沈黙してたら何でも許されると思うなよ?


「お前、俺に嫌がらせしてんの?」


 顔をぷいっと背けやがった。


 そして、苦笑いのオトちゃんは、縄にとらわれたままの俺たちに言うのだ。


「なにはともあれ、フォースバレー宮殿にようこそ!」


 腕組をしながら胸を張って、同じポーズをしているマイシーさんと背中を合わせながら。




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