第16話 山賊アンジュ(3/3)
別れの時が来てしまった。
まなかさんは、前回までの旅でお世話になった人のところに挨拶まわりをしているのだという。もともとホクキオの町での用事を済ませた後に俺と出会ったので、彼女の次の目的地はサウスサガヤということになる。
俺はといえば、まず始まりの町ホクキオで、この世界で生きていく心構えを固めなくてはならない。
というわけで、二人ともこのアヌマーマ峠を降りていくのは同じなのだが、降りる方向が逆なのである。
これからホクキオの町まで短い短い一人旅。それなりにレベルも上がっているし、野生のモコモコヤギさんさえ出てこなければ問題なく辿り着けるだろう。
「まなかさん。本当に、いろいろ教えていただいて、ありがとうございました」
「ラックならできるよ。大丈夫。また、旅先で一緒になることもあるかもしれないから、その時はよろしくね。背中を預けるくらいになっていてくれたら嬉しいな」
俺には戦闘センスがないからな。そこまでになるのに、一体、何十年かかることやら。でも、
「じゃあ、その日を楽しみに待っていてください」
俺が言うと、表情豊かな冒険者まなかさんは、「うん」と頷いて、はじけるような笑顔を見せた。
「グッドラック。それじゃあ、この世界をたのしんで!」
がっちりと握手を交わした後、俺たちはそれぞれ反対方向に歩き出す。
この世界での初めての師匠。時々、悪魔なんじゃないかってくらい厳しくて、でもすごく優しい年上の女の人。
服とお金をくれた人……なんて言うと、俺がまるで彼女のヒモだったみたいだけども、いつか、この恩を返そうと心に決めて、一歩一歩、暗雲立ち込めるホクキオの町へと歩を進める。
目指すは、冒険者の案内所になっているホクキオ市街にある教会だ。
天気が崩れそうだから、少し急ごうか。
「まなかさんの自画像も描いてもらえばよかったな」
一人、呟きながら、獣道を進んだ。
★
俺、織原久遠にも、この世界でやりたいことができた。生まれて二十三年。死にかけて数日。何の起伏もない平凡な人生だったけれど、転生したこの世界で、運命の魔王と伝説級の激戦を繰り広げるという夢ができて、今、ついに旅の始まりを迎えている。
旅に出るまで、長かったな。
いきなり山賊アンジュに眠り薬を盛られて、持ち物全て奪われて、パンツ一枚で放り出されていたところを、貴族風の服装をした冒険者まなかに拾われた。そして服を手に入れる戦いの後に、持ち物を山賊アンジュから取り返しに行き、最終的にまなかさんにスマートフォンをとられた。
だけども、これでかえって吹っ切れたかもしれない。
もはや俺が現実世界で身に着けていたものはない。虎柄の服はホクキオ草原の鬼を倒して手に入れたものだし、財布などもすべて売り払われていたようで、大量の金銭に化けていたからな。
「ギャース」
道中、体長三メートルの鳥型モンスターが現れて、こいつはヤバイと焦ったものの、戦ってみたらとんでもなく弱かった。一撃だ。
「ガルルルッル」
と威嚇する強めの野犬との戦いもあった。
「グルルルル」
見るからに凶暴な猪も出た。
だけどな、この程度、ホクキオ草原の鬼を途中まで倒した俺にとっては、もはや敵ではないのだ。みんな一撃で砕け散った。
スパルタ師匠の冒険者まなかさんのおかげで、ある程度のレベルアップを果たし、戦い方も習得した俺は、転生勇者的な第一歩を踏み出せたのだと思った。
順調に進んでいるかに思われた一人旅。
けれども、この世界で、怪鳥の爪や獰猛な野犬の牙をへし折ったり、凶暴な猪の牙をもいだりできたところで、そんなのは他の転生者にもできることである。大して誇れることでもないし、誰にも褒められたりしない。
そして、道の先で、俺は知るのだ。
――この異世界でも、世の中そんなに甘くない。
俺は、はじまりの町周辺で湧き出すモンスターたちを次々と切って捨て、ホクキオの教会を目指した。スライムとかワンちゃんとかなので全く苦戦しない。町が近づくにつれて、モンスターが減っていった。
そして、かつて俺がパンイチで倒れていた石畳の道にまでたどり着くと、道の上を歩いている限りは敵に襲われることはなくなった。
蛇行した街道を道なりに進んでいくと、門が見えてきた。草原の中にどっしりとそびえ立つ立派な門だ。太陽の光を浴びて白くきらめいていた。
門の上には時計が設置されていて、相変わらず秒針が高速で動いている。門の奥には、蛇行した街道が続いていて、いかにも田舎っぽい質素な家たちが両側に広がっているのが見えた。
なんだか妙な感じだ。
というのも、ホクキオには城壁がなく、門が飾りにしか見えない。壁がないからどこからでも出入りできるようになっているため、門が存在する意味があるのか疑問である。
もしかしたら、以前は城壁に囲まれていたけれど壁を取り払って、門だけを残したのかもしれない。
そんなホクキオ入口の門で、俺は呼び止められたのだった。
「おい貴様、そこの虎の服を来た貴様だ」
顔面まで覆う白い甲冑を着た男だった。顔が見えないというだけで、こんなにも不気味に見えて、これでもかってくらいに俺の不安をあおる。だが、俺はやましいことは何もしていない。
これまでの人生だって、警察には自転車登録番号の確認でしか呼び止められたことがないくらいにマトモな人間である。
「俺ですか?」
キョトンとしながらきき返すと、白い甲冑は、威圧するような低い声で、貴様名を名乗れなどと言ってくる。
「俺はラック。織原久遠ですが、この町の教会って、どうやって行けばいいんですか?」
名乗るついでに道案内もお願いしようとした。
ところがどうだ。白い甲冑は、しばし沈黙した後、「おい、みんな!」などと言って仲間を呼んだ。すぐさま槍や盾を持った甲冑たちが駆け寄って来て、俺を取り囲んだ。
戸惑うしかない。
何事だ。何が起きているというのか。
「オリハラクオン……こいつだ! とらえろ!」
ひときわ立派な甲冑の男が言って、がっちゃがっちゃと激しい音をたて、他の甲冑たちが槍を突き出したり盾を押し付けたりしてくる。
「えええっ? 何で? 何がどうなって……」
俺は銃を向けられた人みたいに空っぽの両手を挙げて無抵抗を示そうとした。
「むむっ、両手を上げるとは、あくまで抵抗するつもりか! 組み伏せろ!」
「ぐわっ」
俺は屈強な甲冑に頭を掴まれ、石畳に顔面を押し付けられた。冷たい。とても冷たい。
どうやら、こっちの世界では両手を上げても降参の意味にならないらしい。そんなの聞いていない。師匠から聞かされていない。どうしてこんなことに。
持っていた鞄を奪われる。逆さにされて、中身をドサドサ出されてしまう。謎の草やら、謎の角やら、魔物の爪だとかなんだとか、ガラクタがいっぱい出てきた。だが、その中で、この連中の興味を引いたのは……。
「おいコイツ、ナミー金貨をこんなに!」
「おい見ろ。しかも、これは四年前に、領主様のところに押し入った謎の強盗に奪われた金貨だぞ。みろ、コインに刻まれた番号が領主様がメモっていた番号と一致する!」
「俺じゃない! 俺はやってない!」
なんだ、なんなんだこれ!
そのナミー金貨ってやつは俺のじゃなくて、アンジュさんが隠し持っていたやつを譲り受けただけで、俺は何もしていない。本当に何もしていないのに!
「まだ何か隠しているかもしれん。徹底的にやれ!」
甲冑の指示に、甲冑が頷いて、俺のポケットをまさぐりだす。
ポケットに何が入っているかというと、まなかさんに書いてもらった家宝になるはずの絵だ。
乱暴に取り出された絵を見て、甲冑は言う。
「人間の絵を……。こいつ、偶像崇拝者です!」
「なにぃ? 悪魔の手先か!」
そして混乱の中、一番偉い感じの甲冑男が言うのだ。
「オリハラクオン。貴様を、泥棒と強盗などの容疑で捕らえさせてもらう!」
「なんでだぁー!」