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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第七章 星の祭り
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第159話 レヴィアと逢引き(6/9)

 街道から離れてたところに、何の施設なのか人々に知られていない、高く分厚い塀に囲われた四角い建物がある。大して大きくもない直方体がドスンと鎮座しているだけのような場所である。


 その建物を囲う塀の一部が、牢へと続く扉になっているという。


 一見してただの灰色の外壁に見える。そこに出入り口などないように見えた。だが、灰色の外壁に緊張しながら一定の順番で十字を切るように四回ほど触れると、石板が壁から切り離されて落ち、人間が五人くらい通れるような幅の、地下へと続く階段があらわれた。


 グッド少年の言った通りである。


 さっき別れたグッド少年は言っていた。


「僕の尾行スキルが役立ったんですよ」


「悪用してないだろうなぁ」


「警備をつけないことで、『こんなところに牢獄があるはずがない』と思わせる狙いがあるんだと思います」


「罠じゃないだろうなぁ」


「そんなわけないです。本当は僕が直接エアーさんを助けたいんです。だけど、僕の動きは市街エリアにおいては監視されています。今は、あなたたちのトリッキーな逃げ足のおかげで見失ってもらえましたが、時間の問題です。場所を伝えるのが精いっぱいなんですよ」


 そして今、俺たちは深い闇を見下ろしている。


「ふぅ……いくぞ、レヴィア」


「はい、ラックさん」


 俺とレヴィアは手を繋いで、漆黒の中へと歩み出した。


 階段の底は、真っ暗だった。


「こんな時は、俺のスーパー便利スキル『曇りなき眼』の副産物の出番だな。宝物は金色に輝くから、ライトの代わりになるんだ」


 この暗闇を明るく照らせるほどの光と言えば、俺のアイテム入れの中ではただ一つ。紫熟香という天下の名香である。


 切り取った木片を袋に入れて持っているのだ。これを取り出せば、大きな樹木だった時よりかは光は薄くなるものの、足元を照らすには充分の光源(こうげん)が得られる。もちろん、俺の目にはそうなるだけで、レヴィアには相変わらず視界は闇のままだろうがな。


 と、俺が得意になって金色の光を取り出したその時であった。


「くさいくさいくさい! ラックさん、くっさ! くさいです! くさい!」


「えっ……」


 俺がアイテムを取り出したとたん、繋いでいた手も離れてしまった。


「ほんっとにくさいです! 捨てて! なんでそんなものたっぷり持ってるんですか?」


「レヴィア、これ、高い線香みたいな、いい匂いがする木だぞ。燃やしてないこの状態であれば、レヴィアもいい匂いだって言ってなかったか?」


「それに火をつけて煙を吸い込むまでは、そうでした。大好きでした。でも、今ではちょっとでもそのニオイをかぐと涙が出てきちゃうんです! しまってください。はやくしまって! しまって! はやく!」


「お、おう……」


「くさい!」


 あまりくさいくさいと連発されると、ちょっと傷つくんだけども。まるで俺本体がくさいと言われた気分になってくる。


「これでいいか、レヴィア」


 光が失われ、再び真っ暗になってしまった。


「くさくなくなりました。これで先に進めます」


 そうして、再びレヴィアは俺の左手を掴んだ。


「けどなぁ、真っ暗な中、どうやって進めばいいんだよ」


「私には見えてますよハッキリと」


「そんなスキル持ってるの?」


「そんなところです。ラックさんには見えないんですか?」


「何も見えない。真っ暗だ」


「じゃあ、私が引っ張っていきますね」


「そうだな、レヴィアは案内人だもんな」


「アンナイニン? って……何でしたっけ」


 おぼえてないんかい。


 レヴィアちゃんが出会った時に自分で名乗った役割だよ。


 ただ、まぁ、今にして思えば、ホクキオからの案内人ってのはレヴィアじゃなくて、追いかけてきたキャリーサのほうだったんだろうな。そう考えれば色々と辻褄(つじつま)が合う。


 だけどそれでも、俺にとっての案内人は、やっぱりレヴィアであってほしい。だから、この暗闇の中で、やっとレヴィアが案内人らしく俺の手を引いてくれて、すごく嬉しい。


 今が、もうしばらく続けばいいと思う。手を繋いでいることだし。


  ★


 道は今のところ一本道だとレヴィアは言った。真っ暗闇の中を、レヴィアに引っ張られて歩いていくと、何度目かの曲がり角の先で、紅く光っている場所を見つけた。


「レヴィア、真正面に偽装された何かがあるぞ」


「その前に、ラックさんの足元、トゲがあるから避けてください」


「何? どっちに?」


「左」


「おう」


 俺は左に進んだ後に、手を繋いだまましゃがみ込み、足元をチェックしてみた。レヴィアの言うとおり、とがった金属の感触があった。


「次は落とし穴です」


「どのくらいの大きさだ?」


「けっこう大きい穴です。下にはトゲトゲです。私の肩につかまってください」


「こうか?」


 俺は何か柔らかいものに触れた。


「イヤッ! どこ触ってんですか!」


「ごめん、暗くて」


「まったくもう、最低です」


「俺は今、何に触ったんだ?」


「首筋です。うなじのあたりです」


「じゃあ、このへんか?」


 俺は何か硬いものに触れた。


「ヤッ!」


「ごめん、また違ったか? でも、なんかやたらゴツゴツしてて、アンモナイトの化石みたいな感触だったが」


「頭です」


「帽子か何かの硬いところに触れたのかな。肩はどのへんなんだ?」


「もう、仕方ないですね。このへんですよ」


 レヴィアが俺の手を引っ張って、滑らかな肌触りの服、その右肩と左肩に、それぞれ持っていった。


 俺の手が触れた時、彼女は「ひぅ」と声を出した。


「どうした」


「くすぐったいです、やめてください」


「どうしろっての?」


「いえ、そこでいいです。そこ掴んでください。ゆっくり進みますので、何かあったら言ってください」


「ああ」


 俺はレヴィアの進む方向についていった。


 ふと、正面にあった紅い光が、ちらりと点滅した。


 次の瞬間、紅いものがひゅんひゅんと回転しながら俺たちのほうに向かってくる。もしかしたら、レヴィアには見えていないかもしれない。


「レヴィア! しゃがんで!」


 俺は地面にしゃがみ込む姿勢になり、レヴィアの肩を思い切り引っ張り、無理矢理に尻餅をつかせた。


 俺たちの頭上を赤い光が過ぎていき、やがて曲がると、すぐ横の壁に突き刺さった。


 ブーメラン状のものが、ぶぃんと音を立てながら振動している。


「あうぅ、いたいです、ラックさん、何ですか急に」


「ちょっと、これ見てみろ。レヴィアになら見えるだろ?」


 俺は触れたものの偽装を、触れている間だけ剥がすことができる。どんな偽装を施されていても、俺が触っている間は本来の姿になってしまうのだ。


 暗闇だから、壁に刺さったものが俺の目には見えなくなったが、今度はレヴィアに見えるようになった。


「わっ、鋭利な刃物ですね……もしかして、偽装されてたんですか?」


「ああ、そのようだ。落とし穴でコースを限定して、侵入者が進んだ先を、偽装された不可視の刃物が飛んできて襲う、という仕掛けみたいだな」


「危ないところでしたね」


「たぶん、そのまま立ってたら首が飛んでたぞ。けがはないか? レヴィア」


「それより、二つ目が飛んでくる可能性は無いんですか?」


「心配なさそうだ」


 すでに偽装された光はなくなり、何か仕掛けが動く音もしない。


「では、もう一度肩に手をどうぞです」


「おう」


 立ち上がり、再び肩に手を置くスタイルで進み出し、レヴィアが「曲がり角です」と言った時、俺の目は足元に紅い偽装を見た。


「レヴィア! 偽装された落としあ――」


 落とし穴だった。レヴィアの肩がガクンと下に落ちた感じがあったので、俺は咄嗟(とっさ)に腕を下に回し、わきの下から滑り込ませて支え、抱き上げることに成功した。


「くっ、このぉ」


 そのまま後ろに倒れ込むと前方の紅い光たちから、偽装された弓矢らしき形状のものが十本くらい飛んでくるのが見えた。


「やばっ!」


 言いながら、ローリングして回避した。


 俺の体重を一瞬だけ受けて、「んうっ」と声を漏らすレヴィア。


「あっぶねぇ……」


 仰向けになって、レヴィアのお腹のあたりに手を回しながら、彼女全体の軽さを体で受け止める体勢になった。さっき通ってきた方向である左側の床を手で確認すると、そこはすかすかで、一歩間違えば落とし穴に二人して落ちるところだった。


 確認を終えると、俺は左手を元の場所に戻した。レヴィアの鼓動の音がする。


「ラックさん、どこ触ってんですか」


「これどこだ」


「片方は胸、もう片方はお腹です」


 胸か。どうりで柔らかいはずだ。レヴィアはけっこう胸があるのだ。


「ごめん」


「わかってます。あの場面じゃ、そのへんを掴んで抱き上げるしかないですもんね」


「ああ」


「まぁ、別にいいですけど。ラックさんになら。私、そういうの恥ずかしくないですし」


「そっか」


「ありがとうございます。命の恩人ですね」


「なに気にすることはない。元はとれた」


「そろそろ、離してくれませんか?」


「もうちょっと、こうしてていい?」


「どこか怪我しましたか?」


「レヴィアこそ、平気か?」


「余裕です。先を急ぎましょう」


「ああ、そうだな」


「……ええと……そろそろ、離してくれませんか?」


「レヴィアって軽いよな」


「あの……ほんとに……そろそろ手を……別に気にならないと思ってたんですけど、どういうわけか、だんだん、ほんとに恥ずかしくなってきました」


「ごめん」


「ほんとです。反省してください」


「申し訳ない」


 なんだか今日は謝ってばかりだ。


 だが、ようやくデートらしいことができた、などと俺は思った。暗闇をいいことに大好きな女の子に触るというのがデートらしいと言えるのかというと、ひょっとしたら裁判待たずにギルティなのかもしれないが。


「だから、離してって……」



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