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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第七章 星の祭り
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第158話 レヴィアと逢引き(5/9)

「動機を聞こうか。少年」などと俺は言い放った。


 逮捕される恐れが少なくなった途端に、俺の態度は大きくなったわけだ。


「あらためまして、僕は王室親衛隊サガヤ支部の新入隊員グッドと申します」


「お、王室親衛隊……?」


 しまった。調子に乗って大きな態度に出てしまったが、失敗だった。


「ああ、いえ、こわがらないでください。今日は非番ですし、僕はあなたたちを捕まえる気は毛頭(もうとう)ありません。それどころか、お二人には、どうか僕を助けてほしいのです」


「どういうことだ?」


「僕の好きな人が、明日には死刑にされてしまうんです」


 秩序(ちつじょ)ある人間社会で、そんなに頻繁(ひんぱん)に死刑が行われるわけがあるまい。一応、確認のために聞いておくか。


「死刑って、どのくらいあるもんなんだ?」


「たしかに王室親衛隊の勢力が強いところには厳しい法があるのですが、死刑に関しては少ないです。余程の事が無いかぎり死刑になんてなりません。まして、オトキヨ様の治世になってから、死刑を控えるようにという方針が示されていますので……」


「そうなのか」


「ええ。もちろん、殺人罪と国家反逆罪は容赦なく死刑になっていますが、いかがわしい客引き程度で死刑にするなんて、ここ十年以上、前例がありません。しかも、その処刑を地方のギルド広場で行うなんて、ありえません」


 客引きしてたら死刑になりそう……か。グッドくんの好きな人って、どう考えても、あの子だよなぁ。


「ひょっとして、その人は、エアーさんっていうんじゃ……?」


「すごいですね。これだけの情報でわかるなんて。ん、あれ、だとすると……もしかして……ラックさんが『マスター』っていう人ですか?」


「ああ、そうだ」


 と、答えた瞬間である。


「この野郎!」


 などと叫びながら、童顔の男はいきなり俺を殴った。視界が揺れた。ひどい不意打ちだ。


「いったあ……」


 頬をおさえて涙目の俺に、いきなりキレた童顔男は怒りをぶつけてくる。


「あなたが余計なことをしなければ、エアーさんが捕まることはなかったんだ!」


 いやまぁ、全くその通りで、返す言葉はないんだけども。せめて予告してから殴ってほしかった。ほんわか童顔の男の子が急にキレて殴ってくるとか、すごくびっくりするから。


「申し訳ないとは思ってるが……だが、グッドくんとエアーさんは、どういう関係なんだ? 恋人?」


「いえ、僕の片思いなんですけど」


「そうか。エアーさんのほうが年上だよな。年上の女なんて、ろくなもんじゃねえぞ。どこで知り合ったんだ?」


「昨日、初めてデートしたんです」


「……お前もお客様か」


「親衛隊の仕事をさぼって相合傘でデートしたんです。勘違いしないでほしいのですが、もともと、僕は彼女が大好きだったんです。『傘屋エアステシオン』にも何度となく通っていましたし、いつも彼女が考案した美味しいモーニングセットを食べていたんです。毎日のように! それが僕の唯一の楽しみだった! それなのに……!」


「眼中になかったと」


「エアーさんは、僕に言ったんです。『恋人はいらっしゃいますか』ってね。この質問で、僕にもチャンスがあると思ったんだ。僕は『いない』と答えた。もしかしたら彼女が僕のものになるかもしれない。そんな期待を抱きながら」


「なるほど、だいたいわかった」


「彼女は僕に言ったんだ。『恋人のいないあなたに、同じ色の傘を選んだ方とのデートを提案させてください』ってね。なんだそれは! もちろん断りましたよ! エアーさんとデート延長ですよ! そして僕は怒りに震えました。考えたやつ出てこい! って言いたかったです!」


「もういいから」


「だけど、今になって冷静に考えれば、僕のやったことは最低だったと思います。僕は、新入りの身でありながら祭りの警備っていう仕事をさぼって、その挙句には王室親衛隊の権力を利用して、彼女を逮捕したんですよ」


「え、逮捕って……何がどうなってそうなるの?」


「独占欲です。デート延長の限界がきてしまったので、取り調べをして仲良くなろうとしたんです」


 世間では、そんなことしたらストーカーと後ろ指さされてもおかしくない。ていうか普通にクズじゃん。


「斜め上だなぁ、グッドくん」


「ありがとうございますマスター」


 ()めてない。あとマスターって言うのやめろ。


「でも、ここからが僕の誤算でした」


 そこまでは計算通りだってんなら、最初からエアーさんを逮捕するのが計算に入ってたってことになるなぁ。そういうわけでもないんだろうけど。


「僕が彼女から聞いたのは、『マスター』という男が今回の企画を考えたこと、そして、そのサービスの詳細です。全く健全なサービスで、いかがわしさの欠片(かけら)もない。彼女は左目の泣きぼくろがとてもセクシーではありましたけれど、清純で美しい人でした。それなのに、あんなことになるなんて……」


「おいこら、もったいぶってないでさっさと言ってくれ。何が起きたんだ」


「王室親衛隊の偉い人が、『よくやった、この娼婦(しょうふ)を死刑にしろ』って言ったんです。僕は唖然(あぜん)としました。常識では考えられない何かが起きていると思いました。僕ごときが意見できるわけもない偉い人は、『いかがわしい行為を伴う商売は全て神聖皇帝オトキヨ様が禁止しておられる。この者は(ルール)を破ったのだ』と言いました」


「それで、身柄を引き渡したわけか」


「だって仕方ないじゃないですか。死刑になるなんて思わなかったし……そもそも僕は新入りなんです。王室親衛隊に入るなんて名誉なことなんですよ。両親も入隊を喜んでくれたんです。それを手放すなんて、苦しいじゃないですか。それに、従わないと僕の命も危ない」


 いろいろと言い訳っぽいことを言ってきたけれど、最終的には自分の命と天秤にかけて、好きな女性のほうを切り捨てたらしい。


 すこぶる格好悪いとは思うけれど、苦渋(くじゅう)の選択だったに違いない。


「ちなみに、そのおかしな命令を下した偉い人っていうのは、サカラウーノ・シラベールって名前じゃないだろうな」


「シラベールさん? いえいえ、あの方は尊敬できるお方です。僕のかわりに最後まで死刑に反対して言い争ってくれました。結局、祭りが終わった後に、陰謀のニオイを感じ取り、急ぎネオジュークの調査に向かいました。格好いい声で『反逆の兆しを感じる。無辜(むこ)の民を死刑にするなど、あってはならない』と言い残して」


 一つだけ言わせてほしいのは、最後のサカラウーノ・シラベールさんの言い放った言葉についてである。無辜(むこ)の民ってのは、要するに罪なき一般人ってことである。俺だって罪は無かったのに、あんたに反逆罪で死刑にされかかったんだけど、それもあってはならないよな。


 ……いやまぁ、今は思い出しむかつきは置いといて、サカラウーノさんの意図を考えてみよう。


 つまり、このサカラウーノさんの判断から推理して見えてくるのは、こういうことだろう。


 罪なき小ウサギちゃんに対する性急(せいきゅう)な死刑執行命令ってのには黒幕がいて、反逆者がらみの事件であるとサカラウーノさんは判断した。その反逆者がいる場所はネオジュークであると目をつけた。ってことは、この事件に関わっているのは、たぶん『造反(ぞうはん)のハタアリ』こと、偽ハタアリのおじいちゃんってことになる。


 なぜ、祭りの日の客引きを引き金(トリガー)に、そのような陰謀をめぐらしたのか……俺には理解できてしまった。


 ネオジュークエリアの東側には、遊郭(ゆうかく)……と言うには下品な店が多く軒を連ねた場所がある。女の子と一緒にお酒を飲んで楽しむ店なのだが、この(クオリティ)がもう(ひど)いものが多いのである。全てが低レベルな店ってわけではないが、美しく偽装された女の子と、美味しく偽装されたお酒と、きらびやかに偽装された内装の飲食店が多かった。


 全体的にハタアリさん経営の店は、偽装スキルに甘えて、良い店にする工夫が足りてなかったのである。あるいは、最初から良い店なんて目指してなかったかもしれない。


 となれば、俺が彼女(エアー)()きつけたバニーガールの相合傘デートサービスが、偽アリおじいちゃんの闇商売にとって、ものすごーく邪魔になることが予想される。邪魔どころか、客の多くを奪い去り、組織の経済に壊滅的な打撃を与える展開だってあり得る。


 ウサギ女たちは、メニューの名付けセンスには問題があったが、本物の働く女性たちだった。工夫し合い、士気を高め合い、相談し合い、喜び合う、優秀なスタッフたちだったんだ。それが、悪い奴の目にとまってしまった。


 早い話が、これから行われようとしている死刑の目的は、いわばライバル潰しってことである。


 あれ? これってやっぱり、根本的に俺のせいなんじゃないの?


 俺がグレーな商売を持ち掛けなければ、彼女が死刑になることなんて、まずありえなかったじゃないか。


 だったら、俺は何としても責任を果たさねばならない。


「やっぱり絶対に助けないとな」


 力強く言い放つと、グッドくんは童顔をキリっとさせて言うのだ。


「頼みました、マスター」


「え、お前は来ないの? ふざけてるの?」


「僕は悪い上司に目をつけられてるので、あまりに無力です。(デコイ)くらいにしかなれません。ですが、地下牢へと続く入口を教えられます」


「せめて、地下牢のある建物の内部がどうなってるか、構造っていうのかな……詳細はわからないか? 見取り図とかがあると嬉しいんだが」


「はい? 何を言っているんですか? 脱獄防止のために、新人の隊員ごときには内部は一切知らされませんよ。でも、入口までは、僕が偉い人を尾行して突き止めたんです」


 そんなこともわからないんですか、みたいな口調にはイラっとしたが、ここは我慢である。


「わかった。じゃあ、その入口とやらに案内してくれ。俺とレヴィアで、助け出してくる」


「え、そちらの子と? 大丈夫ですか? そんな小さくて可愛い女の子……危ないんじゃ……」


 グッドはレヴィアだけを気遣ったが、そんな行動に俺は、さすがにイラつきを表現せざるを得ない。


「お前は自分の将来でも心配して震えていろ」


 と、言ってやった。


 実際、このままだと、この男の将来は危ういと思う。エアーさんがスピード死刑判決に至った経緯を知っている人間を、偽ハタアリおじいちゃんが放っておくとも思えないからな。


 真面目な話、グッドくんは、いずれ安全なところに逃げた方がいい。そうしないと、限りなくバッドなことになってしまう。かもしれない。




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