第157話 レヴィアと逢引き(4/9)
責任を果たさねばならない。
レヴィアとのデートがこんなことになってしまったのは、まったく予定外のことであったけれども、俺のせいで人が死のうとしているのだとしたら、それを見過ごすことはできないだろう。
ウサギ女の筆頭看板娘であるエアーという者は地下牢に囚われていると聞いた。助け出した時に、ようやく俺とレヴィアのキャッキャウフフの楽しいデートが始まるに違いないんだ。
だから、何としてもやり遂げねばならない。
「地下牢の場所は、ギルドの斜向かいだと思う……だったよな? そこが王室親衛隊の詰所になっているから」
「ええ、ウサギさんたちはそう言ってましたね」
「シオンの話では、牢屋に至る道がわからないって話だったか」
「そのようですね」
「マスターとしての責任を果たさねばならないとはいっても、今すぐに乗り込むってのはどうなんだろう。あまりに無計画すぎないだろうか」
「でも私、地下からの脱出は得意ですよ。経験があります」
「どういう状況でだよ」
「うっ、それは、言えませんけど……」
「そういえば、ネオジュークの地下って迷宮みたいになってるんだよなぁ。かなり地下深くてさ」
「九十階くらいまでありますね」
「そこには、何があるんだろうな」
「ラックさん、わかってて言ってます?」
「え? いや、わからないけど……何かあるのか? ネオジュークの地下に。偽ハタアリさんの悪の組織とか?」
「……あ、そんなところです」
嘘っぽい。
「本当ですよ?」
絶対嘘だな。わかってて何か隠してる。
「話を変えましょう。ラックさん。今、レベルはどのくらいです? そろそろ『曇りなき眼』を上限突破するくらいまでいきました?」
「上限突破か。それはもう少し先かな。レベルが全然足りないみたいだ」
「そうですか……ならいいんですが、もっと上のスキルを手に入れる時は、私に言ってくださいね」
「何で?」
「何でもです」
「レヴィアは本当にミステリアスだなぁ」
「そんなことないですよ」
★
祭り儀式の余韻などすでになく、すっかり日常を取り戻したサウスサガヤの街を、俺とレヴィアは並んで歩いていた。
「ふぁあ……」
レヴィアは口をおさえながら大きなあくびをした。
「眠いか? レヴィア」
「平気です」
「最近、よく寝てるよな」
するとレヴィアは、立ち止まりはせずに、急に怒り出した。
「ラックさんのせいですよ!」
「ん、なんでだ?」
「それは……言えないんですけどォ」
つまり、俺のせいで夜も眠れない……ハッ、まさか、俺のことが恋しくて寝つきが悪くなったとか、そういうことだろうか。それを、恥ずかしいから俺には伝わってほしくないと……。それって、つまり、俺はレヴィアにめちゃくちゃ愛されてるってことじゃないか!
こんなに嬉しいことは無い。
思わず笑みがこぼれた。
その頃には、サウスサガヤギルドの敷地内に差し掛かっていた。
ギルドの建物はガラス張りでとても目立つ。サウスサガヤを象徴するものであり、敷地内には複数の銅像が建てられている。
たいへん立派であるが、ギルドの所有地はこれだけではない。街道を挟んだ斜向かいの地味な建物が、ギルドが治安維持のために建てたものであるという。
ホクキオで言えば、自警団にあたるものだが、サウスサガヤとハイエンジにおいては、王室親衛隊が治安維持の役割を担っている。
ちなみに、それより東のカナノ地区は特別で、本物のハタアリさんこと大勇者セイクリッド配下の私服捜査員が治安を守っており、ネオジュークとフォースバレーになると、また王室親衛隊の力が強まったりする。
「さて、入口を突き止めるにはどうするべきか」
「ラックさん、それなんですけど、私、ひとつ思いつきました」
「なんだレヴィア、言ってみてくれ」
「捕まれば牢獄行きですよね。でしたら、あえて捕まればいいんです。牢屋を壊して、ウサギさんを連れて出てくればいいんですよ」
意外と大胆な策士だった。さすが脱出経験があると豪語するだけのことはある。
だけども、ぱっと思いつくだけでも問題が二つある。
まずは、脱出できるのかどうかってことだ。
もう一つは、どちらが何をやらかして捕まるのかということである。俺が王室親衛隊に捕まった場合、どんな軽い罪だろうが冤罪だろうが、サカラウーノ・シラベール氏に見つかった時点で、「貴様、生きていたのか!」とか言われて反逆罪に変化。即刻死刑もあり得る。
レヴィアが捕まった場合、白日の巫女を演じた美少女が祭りの翌々日に犯罪に手を染めるなんて、完全にスキャンダルじゃないか。
いずれにしても、俺たちが捕まった場合には、オトちゃんに迷惑がかかるということだ。
かといって、他の誰かに、「捕まってもらえませんか? そして脱獄ついでにウサギさんを助けてくれませんか?」などと頼むことも難しい。
「レヴィア、それはナシだ。わざと捕まる作戦はリスクばかりが高すぎる」
「じゃあ、敷地の外から穴を掘って、地下牢と繋げるというのはどうでしょう」
「それだと時間が掛かるだろう。けっこうな距離を掘らなきゃならないぞ。モグラの知り合いが大勢いれば別だがな、明日の朝までに脱出用のトンネルなんて、まず無理だ」
「あ、動物を使って牢の鍵を盗んで、開けさせるとか」
「レヴィアは動物使いなのか?」
「全然です」
「だいたい、地下牢の場所がわからないんだから、どうにもならんだろう。場所を調査するためにも王室親衛隊の甲冑を奪うとか、どうだろう」
「できると思います? 私もラックさんも弱いじゃないですか。げきよわですよ」
「そんな悲しくなることを言うなよ」
なんて、白昼堂々、こんな会話を交わしていたものだから、
「あの、そこの二人、ちょっといいですか?」
誰かに目をつけられて、俺たちはビクッと肩を震わせた。若い男の声だった。男としては、少し声が高い方だ。
なおも背中からの声が飛んでくる。
「そこの二人です。白い女の人と地味な男の人。今の話、ちょっと詳しく聞かせてもらいたいんですけど」
これは、まずい気がする。ギルドの目の前でする話じゃなかったと後悔しても、もう遅い。
俺はゆっくりとレヴィアの手を握って、小声で話しかける。
「逃げるぞ」
彼女はこくりと頷いた。
「行くぞ!」
俺とレヴィアはまたしても走り出す。今日は本当に、逃げてばっかりだ。
繋いだ手はひんやり冷たかったけれど、とても幸せだと思った。
なんて、こんなこと考えてる場合じゃないか。
★
「待ってくださいって! 自分は別に怪しいもんじゃないですから!」
「怪しいやつは決まってそう言う」
俺はレヴィアを背中に隠すようにして、声をかけてきた男と対峙した。
男は、俺と同じような地味な服を着ており、黒髪の短髪であった。あまり男らしさを感じない、幼さが残る顔立ちだった。
見た目は、おとなしそうだが、実はサウスサガヤのギルド員かもしれない。
繋いだ手に力を込めた。
すでにギルドから遠く離れて、袋小路に追い詰められてしまったわけだが、どうしたものか。サウスサガヤとかハイエンジあたりは、本当に袋小路やら行き止まりやらが多くて参る。ここからどうやって逃げようか。
考え込んでいると、目の前の男が声をかけてくる。
「さっき、地下牢がどうとかって話をしてましたよね?」
こんな質問に、簡単にイエスと答えるものか。
「してません。な、レヴィア」
「ええ、してませんよ。ね、ラックさん」
すると童顔の男は頷いて、
「そうか、お名前はレヴィアとラックっていうんですね。なるほど」
「うぐ、しまった! 名前を知られてしまったぞ、ごめんレヴィア!」
「え? それが何か……」
「このままだと、たとえ逃げおおせても指名手配されてしまうかもしれない」
「えっ……指名手配って、私の名前が皆の噂になるってことですか! それ最悪です!」
「本当、ごめん」
「ごめんじゃないですよ! こんなアヌマーマ峠に近いところで名前が広まるなんて絶対ダメです!」
「申し訳ない」
「私だけじゃなくて、ラックさんだって危ないんですよ、殺されちゃうかもしれないんですから!」
「え。殺されるって、誰に?」
「それは、言えないんですけど……」
レヴィアは本当に秘密が多いな。だんだんストレスたまってくるぞ。たぶん、大した秘密でもないんだろうに。
しかし、ここで「アヌマーマ峠に何があるんだ」などとレヴィアに対する追及を展開したところで、得られるものは少ない。今はそれよりも、目の前の事態を何とかしないと。
もしもこの男がギルド員だったり、私服警官だったり、王室親衛隊だったりした場合、名前を知られてしまったのでは、もはや逃げたところで追われる身に逆戻りだ。
でも、そうとは限らない。ただの善良な一般市民が、物騒な会話を耳にして治安維持のために突き出そうとしている可能性だってゼロじゃない。
だったら諦めず、何とか話し合いで解決する道筋を模索すべきだろう。
「ええっと、あなたの名前は?」
「自分はグッドといいます。よろしくです、ラックさん」
「初対面の人にいきなり名前を呼ばれるのはすごい違和感があるが……それはもういい。一体何が目的だ。何のために俺たちに声をかけてきたんだ」
「いえ、お二人が地下牢についての相談をしているのを聞いてですね」
「いっやぁ、別に何もする気はないですよ」
俺がハハハと笑いながら言い放ったが、その時、レヴィアが横から、
「ええ。決して地下牢に侵入して人間を脱獄させようなんて考えてないです」
この子、嘘つきのくせに、なんでこういうところだけは正直で、どんどん悪い方に導いていこうとするの?
地獄への案内人なのかな。
俺はやめてくれという思いをこめてレヴィアの手を強く握った。
「…………」
反応はなかった。反省の色も当然なかった。俺ごときの握力では痛みを与えられないらしい。
ああ、もう覚悟を決めよう。また追われる身になってしまって、人々に迷惑をかけるであろうことに対し、心の中で「ごめんなさい」と土下座してやった。
だけど、目の前のグッドという、若くて童顔の男は、言うのだ。
「僕も地下牢から脱獄させたい人がいるんです」