第156話 レヴィアと逢引き(3/9)
傘屋エアステシオンは、今のレヴィアの服装がとても似合う場所である。
黄色っぽい照明。クリーム色の壁には古い大きな時計が掛かり、茶色い木製の椅子はよく磨かれている。棚にはいくつもの落ち着いた色のカップが並べられている。洒落た洋風のアンティーク風のカフェ。
洒落た内装のカフェには貴婦人が置かれているべきであり、俺は白き貴婦人である彼女を引き立てる地味な従者でしかない。下手に俺が背伸びするよりも、このほうが、この店の内装には合っていると思う。
それだけに、なぜバニーむすめをコンセプトにしているのか、理解に苦しむ部分がある。
たしかに、近所の草原には高速ウサギのラピッドラビットが湧くので、ウサギをテーマにしたのは理解できるけれど、正直、あまり店の雰囲気には合っていないと思うのだが。
「というか、気になるんだが、なんで傘屋でもないのに、傘屋エアステシオンなんだ?」
俺の素朴な問いに、ウサギ娘のシオンは答える。
「実はですね、マスター。かなり昔は別の地域で雨傘の販売と修理をしていたらしいのですが、日照りの時に閉店に追い込まれ、別事業を転々とした歴史があります。雨傘のあとは、日傘を売ったり、湧き水の地に土地を買って、きれいな水を売ったこともありました。そして今は、喫茶店です。喫茶店になってから、エアステシオンっていう今の名前になったんです」
「正直、メニューの名前は考え直したほうがいいと思うぞ。せっかく美味いんだからな」
結局、レヴィアはモーニングケーキセットの中から『ロミオとジュリエット風タルトと吊り橋にんじんジュース』を頼んだ。早い話が、フルーツタルトとキャロットジュースなわけだが、どうやらすこぶる美味しいらしく、目をキラキラさせながら平らげてしまった。
最後に、にんじんスティックをぽりぽり齧りながら吸い込んでいくさまは、まるで小動物みたいで、とても可愛い。
「レヴィア、うまいか?」
頷いたのをみて、シオンも満足げだった。だけど、その中に大きな憂いが混じっているように見えた。自分で考えたメニューじゃないからだろうか。
俺はモーニング何とかセットは全て地雷っぽい感じがするから頼まずに、『カッフィ』というコーヒーに似せたものをホットでいただくこととなった。
金で縁どられた高そうなカップに、焦げ茶色の液体が入っている。
おそるおそる口をつけたが、これが悪くない。コーヒーが苦手な俺でも飲める。苦みは強いが、酸味が少なくて非常に飲みやすかった。
ちなみに、シオンは、まるで自分の考えたメニューを宣伝するかのように、どら焼きとおしるこのセットを頼んでいたが、「うっ、胸やけしそう……」とか言って眉間にしわを寄せていた。
これを機に、メニューの変更などを考えてみてはいかがだろうか。
「それにしても、シオン」
「何です、マスター」
「昨日は、傘を売らなきゃいけない状況に追い込まれたわけだろう? そうなっちまった経緯について教えてほしいんだが」
そうしたら、シオンは少し考え込んだ後、おしるこのお椀とお箸を置いて、語り出した。
「実はですね、マスター。お祭りだからっていうんで、看板娘の一人であるステラが転生者が経営する商会に縁起物を注文したんですよぉ。マリーノーツ最大のキノコ、その名も『キングカサタケ』というものを発注したんですよね。ところが、全然違うものが来ちゃったんですよぉ」
「何故そんなことが?」
「店の名前に傘屋ってつくから、勘違いされたのかもです」
「あぁ、あり得るな」
「ええ、手紙で注文したんですけど、書き方が悪かったみたいで……。なんか、そのお店って、日本語でしか発注を受けないって話だったんです。うちらは日本語とかいう言葉ができなくて、わかる人に翻訳してもらったんですけどぉ、それが間違ってたっぽくて、なんと『金魚』と『傘』と『竹』が来ちゃったんですよぉ。金魚と竹はまだ使い道はあったんですが、傘はどうしようもなかったのです。しかも、支払いの金額が大変なことに……」
ウサギ娘シオンは、目に手をやって泣いているジェスチャー。
「多重ミス発生か」
「そう。その業者さんが転生者同士でやり取りされる日本円っていうのでしか取引できないらしいんですけど、そんなの見たこともなくて……初めてだったから、そのこと全然知らなくてですね、相手がカナノ地区の会社だったから、ハーツ単位での値で書いたら、それが向こうの都合で『日本円』っていうのに勝手に変換されちゃって……桁がだいぶ違ってて……急いで鳥を飛ばしたんですけど、返品は無理の一点張り。業者のある場所をたずねて行ってお願いしてみたんですけど、『そちらの不手際でしょうが、このクレーマー風情が! 金が払えなかったら実力行使するぞ!』とか脅されてぇ……めっちゃこわかったよね?」
と、語っている間に、わらわらとウサギ女たちが集まって来ていた。
「ね」
「やばすぎぃ」
「こわかったぁ」
などと口々に言い放った。
しかしまぁ、それって本当にミスなのだろうか。どうも話を聞く限りでは、悪徳企業の感じがビンビン伝わってくるけども。
「ほんとに焦りました。マスターがいてくれてよかったです」とシオン。
「まぁ、何はともあれ、結果的には全部うまくいったんだろう? よかったじゃないか」
俺が笑顔を見せて言ってやったのだが、その時である。
ウサギ女たちは一様に暗い顔になってしまった。
「それが……」
「え、どうしたの、暗くてこわいんだけど」
「エアーさんが、王室親衛隊に捕まっちゃって」
「え」
「マスター、何とかしてくれませんか?」
シオンの俺への呼びかけに、後ろに並んだウサギ女たちが「うんうん」と頷いていた。
「な、なんで俺が。ていうか、なんで捕まったんだ?」
「なんかぁ、違法な客引きの疑いがあるって言われて、連れてかれちゃったんですよぉ」と別のウサギ女。
「しちゃったのか、違法な客引き」
すると、これまた別のウサギ女が、
「全然ですぅ。そんないかがわしいことなんか、何もしてないんです! ただ、もっとデートさせろと、しつこく言ってくるお客様を丁重にお断りしたら、逆ギレされて逮捕されちゃったんですぅ!」
「それは、なんとも不運」
また別のウサギ女はいう。
「いま、エアーさんはサウスサガヤの地下牢に入れられてます」
「牢屋なんてあるのか?」
と、俺がたずねると、横からシオンが答える。
「ええ、実はあるのですが、その入り口がわからないようになっているんです。助けようと思って探し回ったんですけど、見つからなくて……このままだとエアーが……」
「ていうか、待って。まずエアーさんて誰だよ。俺の知ってる人? どんなウサギさん?」
「昨日、マスターが最初に話しかけた女の子です」
「おおう……そんな名前だったのか、あの子……。だとすると、ちょっとばかり縁があるというか、グレーな商売に押し込んだ責任がある……か」
言われてみると、傘売りの客引きのとき、初期位置が雨宿り中のお客たちから近いところだったな。あれは看板娘の筆頭だからあの位置だったのか。
「それで、シオン、どういう罰になるんだ? 客引きの違反は」
「昨日知ったんですけど、サウスサガヤの商業ギルド法はとても厳しくて、いかがわしい客引きは即刻死刑とのことです」
「え、死刑? 重くない?」
バニーたちは涙ぐんでいた。そのうちの一人が涙声で言う。
「もう執行の日時は決まっちゃって。明日の朝イチに、見せしめとして殺されるって……」
「うわわ……なんでそんなことに……」
「本当に、なんでこんなことになったのでしょうか」
シオンの言葉が突き刺さり、俺は「うぐぐっ……」と胸を抑えざるをえない。
これはどう考えても俺のせいだよな……。
俺が傘を使った商売に加担しなければ、この喫茶店はなくなったとしても、誰かが死刑になることなんてなかったじゃないか。うわーどうしよう。どうしたらいい。
俺の心中は罪悪感で満たされてしまった。
すると、こっそりジュースをおかわりしに行っていたレヴィアが割り込んできて、言うのだ。
「あの、ラックさん、もしかしてですけど、この人たちに迷惑かけてません?」
今日のレヴィアは追い打ち担当なのだろうか。
「な、なな、なんでそう思うんだい?」
「氷女が言ってました。デート中なのに犯罪すれすれの客引きをさせて金儲けしようとしてたって。あとで問題になるかもしれないって」
「へぇ、フリースが昨日の話を報告したのか……仲良いな」
「報告? いや別に。私に内緒で遊びに行ったっていうから、厳しく問い詰めただけです」
「ああそっちか……仲悪いな」
「なんか、『この日を一緒に過ごした二人はね、いつか一緒になれるっていう伝説があるの。だからラックはあたしのもの』とか言ってきて、ほんの少しだけ頭にきたので、『エルフの伝説だから、エルフじゃないラックさんには効かないですよ』と言い返してやりました」
「え、ちょっと待って。そんな伝説が?」
「枕投げ合ったりしました」
「やっぱ仲いいじゃないか、二人とも」
「ほら、それよりも、今はこの人たちの話です」
「あ、ああ、そうだな」
俺はウサギ女たちに向き直った。
「お願いですぅ、マスター、何とかしてくださいよぉ」
「うちらを救ってマイマスター」
「マスター、あなたしか頼れないんです」
「マスター……」
「マスター!」
重い重い。重いって。