第155話 レヴィアと逢引き(2/9)
薬屋さんの地図は、アオイさんの描くクソみたいな地図よりも遥かにマシだった。絵は下手だったけれど、ちゃんと道順がわかるように文字で示してくれたのは、ありがたい。
「傘屋エアステシオンか……どういう意味なのかな」
それが、ホワイトバニー娘たちの住処らしい。
「ラックさん、次に行くとこからは、逃げなくていいんですよね?」
「ああ、ごめんな、さっきから。たぶん、次こそは大丈夫……なはず」
街道からしばらく北へ向かうと、左に入れる道があり、広場に出る。その広場の一角に店を構えるのが、目的地である。だが、そこはどう見ても傘屋ではなかった。
レンガづくりの洒落た洋風の建物である。
外の黒板には、『かっふい、ほうらいちゃ』なる文字列が記されていて、扉の上にある看板には、『傘屋エアステシオン』というフワフワした文字がある。ともにマリーノーツの文字である。
店内を覗き見れば、黄色っぽい光に照らされたクリーム色の壁には、洒落た小さな絵画が飾られていて、頭上のシンプルな木組みが上品ながらもぬくもりを与えてくれていた。全体的に落ち着いた茶色っぽい内装。
黄色い光に照らされた、ふわもこバニーの装いをした店員が、甘そうなケーキや高そうなカップを盆に載せて運んでいた。
そこそこ賑わっているようだ。
「レヴィア、これ何の店だと思う?」
「お茶屋さんに似ていますね。でも、こっちのほうがサービスがよさそうですし、高級感があります」
レヴィアが比較しているお茶屋ってのは、『福福蓬莱茶』をくれたネオカナノの茶屋のこと。あの腕毛の濃いおっさんが経営してる店だ。ネオカナノのほうは和風の茶屋だが、こちらは洋風カフェといった雰囲気である。
「ラックさん、ここでお茶できるんですか?」
すごく楽しみ、といった様子で声を弾ませ、目をキラキラさせた。
「それは値段を見てからだ」
なにせ、ただの和傘を銀貨二百で売ろうとするウサギ女たちである。また窮地に立たされているとしたら、とんでもない値段で茶を出しているかもしれん。
「さて、いくらかな……」
立てられた黒板の裏に張られたメニュー表を見ると、全く高価じゃない。実に庶民的な価格設定だった。小さなゼロを加えて桁を変えているなんてこともないようだったし、念のためそのへんを歩いてた通行人にも見てもらったが俺と同じ値段を口にした。
じゃあ、入ろうか、と言おうとした時である。
「あれ? あれれれ?」
そんな声がしたので足を止めて振り向くと、茶色い紙袋を抱えた白っぽいバニーが、うさみみを揺らしながらこちらをまじまじと見つめてきた。
「あれあれマスター、今日は違う子を連れてるんですねぇ。昨日の青い服の人と、今日の白い人、どちらが正妻なんですかぁ?」
おい、やめてくれ。
今の言葉の中で、やめてほしいポイントが二つある。まず、レヴィアの前でマスターと呼ぶのをやめてほしい。それから、女の子をとっかえひっかえしてるような言い方もやめてほしい。俺はレヴィアひとすじなんだ。
だけど、この返答には慎重にならなければならない。もし俺が「こっちの白いのが正妻です」なんて言おうものなら、隣から、「まるで正妻じゃないひとがいるみたいですね? 誰の事です? もしかして青い服の氷女ですか?」とか言われて鋭い視線を浴びるか、「何言ってるんですか? 私はラックさんの妻じゃないでしょう?」と冷静に返されるかのどっちかで、どう転んでも俺が心に深い傷を負う。
だから、バニーさん、どうか余計なことを言わないでほしい。
俺がレヴィアの視線に耐えながら黙っていたら、こちらの意図を察してくれたようだ。ウサギ女は言う。
「なにはともあれ、昨日はどうもありがとうございました。おかげさまで、無事に倒産をのりこえることができました。傘屋エアステシオンは、存続できることになったんですー」
エアステシオン。どこで切るんだろうか。
「名前の由来とかあるの?」
「三人の看板娘、エアーとステラとシオンが作ったお店です」
「君の名前は?」
「シオンです。看板娘の一人なのです。ブイッ」
とか言いながら、スナップの利いたVサイン。
「傘屋なのか?」
「喫茶店ですよぉ」
「やっぱそうだよなぁ。なんで喫茶店なのに名前が傘屋なんだよ」
しかし俺のツッコミを、ウサギ女はスルーした。
「兎に角、マスター、中でお話ししませんかぁ?」
★
俺たちは一番奥のテーブルに案内され、ウサギ娘シオンと三人で席についた。革張りのソファに腰を沈めたら、なんだかもう一生そこから動きたくない気持ちにさせられた。
落ち着く。
シオンさんは、別の客から「あれ、シオンちゃん、今日はお客様なの?」と言われ、「ですです!」と元気に返したり、店内に足を踏み入れた時にも、他のバニーたちから頭を下げられたりしていたので、バニーの中でも格の高いバニーのようである。
「何飲みますか、マスター。あと、お連れの……」
「レヴィアだ」と俺が紹介してやる。
頷いたレヴィアは、差し出されたメニュー表を受け取ると、カクンと首を傾げた。よくわからないものがあったらしい。
「どうした、レヴィア」と彼女の顔のすぐ横に頭を並べて、メニューを覗き込んでみる。
謎の文字列だらけだった。
『ロミオとジュリエット風タルトと吊り橋にんじんジュース』
『カニとカエルに向けて小舟にのって弓を引く美女ウサギの挟み焼き、かぐやしい餅入りあんこジュースを添えて』
『もげた羽根物語――でも頑張れば飛べる。もっと熱くなれ! 灼熱おこめライスつき! あと痩せるお茶!』
この三つが書かれた謎ページである。
「あっ、そのページはモーニングケーキセットですね。あたしたち看板娘三人が考案したケーキとドリンクのセットです!」
「色々ツッコミどころあるけどさぁ、とりあえず二番目のメニューが気持ち悪い。カニとカエルにケーキ要素ある? 食欲うせるんだが。あと『かぐやしい』ってなんだよ。ふつう『かぐわしい』だろう。しかもこの『かぐやしい』は餅にかかってんだろうけど、餅が『かぐやしい』ってどういう状態なんだよ?」
「それ、あたしのやつです……」
「げ、ごめん」
「へへっ、いいんですよ……。へへへっ。他の二つに比べると、ちっとも売れてませんし」
やばい、めっちゃやさぐれてる。
「ごめん、ほんとごめん」
俺が謝罪を繰り返したことで、フゥと息を吐いて切り替えの表情を見せたシオンだったが、レヴィアが、
「売れないのわかります。まずそうです」
何で追い打ちかけてんの。空気を読んでよ!
「うぅ……でもでも、他のもけっこうヤバくないですか?」
「ああ、どんなメニューだかわからんな。とりあえず、一番上のやつ。ロミオとジュリエット風タルトって何だよ」
「それはですね、ハイナップルとローナップルっていう果物を使った美味すぎる禁断のケーキです。ハイとローなので、上流と下流、つまり身分違いの恋が叶ってイイ味を出して、涙が出ちゃうっていうやつです」
詳細をきいても何のことやらよくわからん。
「じゃあ吊り橋にんじんジュースは?」
「キャロットジュースですが、グラスの上にスティック状のにんじんを置いて橋渡しをすることで、恋人同士が出会えるようにするものです。そういう、おまじないがですね、込められてます」
「食べてしまったら橋がなくなるのでは」
「二人で両端からこう、くわえて食べていけば……へへっ、もはや橋はいらないですよね」
「モーニングセットだよな、これ」
「夜もお出ししてます。時間が深くなるにつれ、スティックの本数が増えますので」
「あぁそう……じゃあ、下のやつのメニューは何だ? この『もげた羽根物語』ってのは?」
「手羽先です」
「『灼熱おこめライス』は? おこめとライスって同じだよねぇ」
「あつあつのゴハンです」
「痩せるお茶」
「ホットウーロン茶です。やたら濃いめの」
「ケーキじゃなくない?」
「ライスって、糖分の塊ですよ? 甘いですもん」
「狂ってんなぁ、この店」
「ルナティックですから」
「なにそれ」
「言ってみただけです。てへへっ」
そんな感じで楽しげに会話を交わしていたものだから、だんだんレヴィアがイライラしてきた。これは、はやくメニューを決めなくては。
だが、一応このシオンという子が考案したメニューも詳細をきいてみよう。
「シオン、この『美女ウサギの挟み焼き』ってのは何だ」
「どら焼きです」
普通じゃねえか。
「じゃあ、かぐやしい餅入りあんこジュースは?」
「おしるこです。金粉をちょっとかけてます」
これも割と普通だ。少なくとも手羽先よりはケーキセットにふさわしい。ちょいと和風だけども。
「金粉が、かぐや成分ってわけか」
「あっ! わかります? すごい。そうなんですよぉ。転生者さんが教えてくれた伝説を聞いて閃いたのです。かぐやってお月様のお姫様ですからねっ!」
「あと、あれだろう。カニもカエルも小舟も弓も、美女もウサギも餅も、全部、月に関係することだよな」
「そう! わかるんだ! すごい! どうよ、ルナティックでしょ?」
ルナティックってのは、全くよくわからんし、こういう時に使う言葉じゃないと思うんだけれども、そいつは置いといて……うん、とりあえず狂ってるわ。
はじめ、いろいろ思いついたのを全部詰め込んでキャリーサの合成獣みたいなものを作ってるのを想像して、こいつはヤバイやつと思ったけど、普通のどら焼きとおしるこに、そんな風に名付けてるって話で……ああ、うん、もっとヤバイやつだと思う。
しかも、どら焼きにおしるこって……あんこにあんこを重ねたメニューだから、甘ったるくて飽きそうな気がする。さてはこの娘、あんこマニアだろうか。
待てよ。もしかして、あんこの種類が違うのだろうか。たとえば、抹茶あんにするとか、味を変えているとか、もしくは、こしあんとかにして食感を変えているとか。
そうか、こしあんか。
こしあんなんだな?
どら焼きが、こしあんだったら話は別だ。
「こしあんを、使っているのだな?」
「はぁ? ちっともわかってないなぁ、こしあんは邪道です。つぶあんですよぉ」
「何言ってんだ。俺は、こしあん派だ!」
「つぶあん!」
「こしあん!」
「つぶ!」
「こし!」
いや待て、冷静になれ。どうでもいいじゃないか、こんなこと。
でもでも、ちょっとこれは譲れない。俺は少しでも優位に立とうと、レヴィアにも質問してみる。
「なあレヴィア、あんこでさ、なめらかなほうと、つぶつぶが残ってるほうと、どっちがいい? やっぱり、なめらかなほうか?」
するとレヴィアは冷たく答えた。
「たった今、私は、あんこってやつが嫌いになりました」
なぜか不快感あらわ。双方を否定されたので、この話は終了となった。