第151話 フリースとデート(2/4)
俺が赤い傘をゲットしてフリースのもとへ戻った時、フリースは沈黙していた。
無表情であったが、その雰囲気から察するに、控えめに言ってガチギレていた。
「あの……フリース、さん?」
「…………」
それからしばらく待っても返事を返さない。
やがて、重苦しい沈黙を破ったのは、フリースだった。
「普通さぁ」
「はい!」
「普通さあ、デートの相手を放っておいて、大勢の女の子とおしゃべりとかしちゃうものなのかな。ラックの世界では、それがデートなの? 滅ぼしに行っていい?」
「いや、その、申し訳ない。デートはこれからだ。ほら、傘に入ってくれ」
「ふん、今回だけだよ」
よかった、地球を滅ぼす大魔王フリースとかにならなくて本当によかった。
俺たちは二人で一つの傘に入って、大雨の中を歩いていく。といっても、フリースのほうは歩くというよりかは、生足から生み出される氷の力で、つるつるっと滑ってる感じだがな。
「それでフリースよ。これからどこに行くんだ?」
「あ、ちょっと待って、その前に……」
フリースはフードをごそごそとまさぐると、そこから大きなイトムシを引っ張り出して、緑色のエサをあげた。
「ごはんあげるの、忘れてたから」
「ん、そうか。ちょっと止まろうか?」
「ううん。平気。歩きながらあげるのにも慣れたから」
「そうか……」
そこから、また沈黙が流れた。
俺は沈黙には二種類あると思う。心地よい沈黙と、そうでない沈黙だ。さっき怒ってた時の沈黙は、なんとも居心地が悪かったが、今回のは悪くない。
フリースは、実はわりと口数が多い方なんだというのは、声を出せるようになってから知った。
これまで我慢していたんだとしたら、その沈黙の呪縛から解き放たれて、本当によかったと思う。
だけど、俺と二人でいる時はすごく喋る彼女を見られるけど、フリースが他の人と会話する時は、どういうわけか氷文字を主体に会話する。
特別扱いは悪い気はしないけれど、せっかく綺麗な声なんだから、もっといろんな人に聴かせてやればいいのにな。
歌も歌えるかもしれないな。オトちゃんも綺麗な声だから、オトナモードの皇帝と元大勇者でユニットでも組んだら、すごく売れそうだよな。
「なあフリース、歌とか歌えるか?」
「歌えるけど? 誰よりも。マリーノーツで一番うまいよ? でも、ラックにならいいけど、今はまだ、他の人には聴かせたくない」
「そうか……」
フリース歌手化計画は、三十秒もたたずに暗礁に乗り上げた。聴衆の前で歌いたくないのでは仕方ない。
さて、俺たちが一つ目の目的地に着いた頃、俺とフリースとのデートを邪魔する者があらわれた。別に悪気があって邪魔したわけではないのだろうけど、結果的にそうなってしまった。
「マスター!」
そう言いながら、息を切らして走ってくるバニーちゃん。
俺が振り返ったのを見て、まるで草原快速ウサギのように快速を飛ばして接近してくる。
その様子を見て、フリースが視線で人を殺せそうな顔になった。
「いま、ラックのこと呼んだよね。ますたぁって何? ウサギ娘たちを使って、今度は何を始めたの?」
「あぁ、いや……」
俺が返答に窮していると、横から焦った口調でホワイトバニーガールが声を出した。
「マスター! お楽しみのところすみませぇん。質問がありまぁす」
――ほら、質問だってよ、答えてあげたら?
指先から紡がれる、トゲだらけの氷文字。とてもこわい。
「ええと、じゃあ、どうぞ。質問とやらを」
俺が促すと、バニーは質問を口にした。
「服装については、ある程度お客様に合わせるとのことでしたけどぉ……こう、肌の露出を求めてくるお客様がいらっしゃいましてぇ。それはもう……あられもない……」
「なるほど。あまり過激なのとか裸とかはよしてくれ。そういう目的のサービスじゃないってことを強調するんだ。これは君たちのためでもある。あくまで良識の範囲内で頼む。いいな?」
「わかりました、マスター!」
「ああ、頑張ってくれ」
「それとぉ、もう一つあってぇ」
「何だ。言ってみろ」
「最初からカップルで来られたお客様は、どうしたら……」
「その場合は、二人の仲をより深めるように、案内して差し上げろ。すぐに傘の買取を提案しても構わん」
「了解しましたぁ。やってみまぁす!」
そうしてバニーは走り去った。
まさか、いちいち俺のところに聞きに来るつもりなのかな。
「ねえラック、ウサギ女が相手だと普段の口調と違うけど、何の遊びなの?」
「いや、これは、この傘を手に入れるために仕方なくだなぁ……」
「ふぅん」
呆れたように、フリースは言った。
★
フリースの最初の目的地は、幅十メートルほどの川を渡った先の何もない空き地だった。
川沿いの並木道にある大人同士がぎりぎりすれ違えるくらいの小さな石橋、それを渡ったところに、大きな岩がゴロゴロ転がっていて、フリースは、そのしっとりしてそうな岩を何度か優しく撫でながら先に進んだ。
そうしてゆるりと進んだ果てに空き地に辿り着いた。木製の柵に囲まれた場所で、立ち入り禁止の文字が書かれた看板が立っていたにも関わらず、無視してすべりこみ、俺も柵を乗り越えた。
べちゃべちゃのぬかるみを、雨も気にせずフリースは裸足で滑っていく。服も、足も、一切汚れたりしない。対照的に、俺は足を取られて、あわや転ぶところであった。
俺は、フリースが濡れないように、傘を持って近くに寄っていった。
フリースはしゃがみこみ、「この辺りに三つの石があった」とか言って、珍しく氷を使わず、落ちていた木の枝を使って何もない地面に握りこぶしくらいの大きさの丸を三つ描いた。石と石との間に線が引かれ「く」の字の形で連結された。
「えっと……フリースは何をしているんだ? 何かの儀式?」
「昔を懐かしんでるだけ」
「ここに来るのは?」
「何百年ぶりかな……忘れちゃった。その頃は、この周りには、樹木がたくさん生い茂っていて……ぽっかりと、ちょうど柵で囲ってあるくらいの広さだったかな、そこだけ遮られるものがなくて真上からの光が射す場所だった」
「マリーノーツの風景も、変わることがあるのか」
「他ならぬあたしが開拓して変えちゃったところも、けっこうある。マリーノーツの地形は、基本的には勝手に元に戻るんだけども、地形に影響を与えられるスキルもあるんだよ」
「フリースは、その地形を変えるスキルを持ってるってことか」
「まあね。それ専用のスキルもあるけど、あたしの場合は、高位の魔法スキルを使った。詠唱が必要だったから、いろいろ面倒だったなぁ」
「そうなのか」
「この周辺一帯には、予言者エリザマリーが来る前には、もっと古い別のお祭りの伝承があった。いつからあったのかわからないけれど、何百年……千年以上前かもしれない。マリーノーツの古代に権勢を誇ったのは、長寿のエルフだったって聞くから、きっと、エルフに関連した星祭り」
「星祭り?」
「夜空には簡単に渡れない大きな河が流れていて、その川に挟まれて引き離された恋人同士が、一年に一度だけ会えるの。まさに今日が、その日なんだけど……」
「ほとんど七夕祭りそのまんまだな」
「え、同じお祭りが、ラックの世界にもあるの?」
「ああ。酷似している。天の川に遮られた、琴座のベガと鷲座のアルタイル。この二つの星が、七月七日、七夕の日にデートするんだ」
「どっちが女の子? 名前からすると、アルタイルちゃんかな」
「残念、そっちは男の子」
「えー」
「ベガが女の子……まあ濁点が多いと、男っぽい感じだよな。日本語でもそうだ」
「あのさ……」
「どうした、フリース、真剣な雰囲気で」
「その、ラックはさ、元の世界に帰りたい?」
「そりゃあ……」
「ラックさえよければ、ずっとここに居ればいいんじゃない?」
「でも……」
「あたしは別に、レヴィアが一緒でも構わないから」
「どういう意味だ?」
「…………」
と、フリースが、心地悪い系なのか、心地よい系なのか、判断がつかないような微妙な雰囲気で黙った時である。
「マスター!」
再びのバニー女が登場した。
「マスター! 大変でぇす! 記念写真というものを取りたいというお客様がいらっしゃいましたぁ。どのようにすれば……」
「写真だと? マリーノーツで写真を撮る機械なんて誰が持っているというんだ?」
「それがぁ、シュマーホとかいうものを持っているというお客さまでぇ」
「ああ、スマホな」
「ハッ、失礼しましたぁ! 無知なウサギですみませぇん!」
ウサギ娘は勢いよく腰を折った。
いや、なんだよ無知なウサギって。どういうキャラなんだ、この子たちって。
「いや、ええと、謝罪の必要はないが。しかし……スマホとなると転生者かな。まあ、そこは当人同士で話し合ってくれ。受け取ったお金は個人のポケットに入れて構わん。正式なサービスではないことをお伝えして、嫌なら拒否していい」
「わかりましたぁ」
そしてウサギ女は去っていった。
あれは、さっきと同じウサギ女だったのだろうか、ちょっと違う子だったような気がする。何人もいたから、さすがに覚えられないな。
「…………」
とりあえず、俺はこれから、邪魔ばかり入るデートになってしまったことに対し、静かに激怒しているであろうフリースを何とかせねばならないようだ。




