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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第七章 星の祭り
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第150話 フリースとデート(1/4)

 祭りの儀式では、頭のなかがゴチャゴチャになるくらいに色んなことがあった。二度と参加したくない大イベントだったと言わざるを得ない。


 その翌朝、皇帝様が手配した宿泊施設のふかふかベッドで寝ていた俺はフリースに捕獲(ほかく)された。


 心地よい眠りから一転、びっくりして飛び起きた。


 ガッシャンと氷の檻で閉じ込められた音で目覚めるとか、一体何の罰なんだろうか。


「あのぅ……つかぬことを(うかが)いますが、なんで俺は捕まったんですかね」


 思わず敬語になってしまった。


「デート」


 その三つの音色で納得した。屋台を動かしてもらった見返りである。


 檻から始まるデートなんて、あんまり聞いたことないけども。


「お祭りの儀式はおわったけど、お祭りが全部おわったわけじゃない。つきあってほしいところがあるから、一緒に来て」


「それにしたって、檻はひどくない? 逃げたりしないって」


「じゃあ、レヴィアが一緒に出掛けたがってあなたを探していても?」


「それは話が別だ。早く出してくれ。俺はレヴィアとデートする! 最近のレヴィアは寝てばかりだったから、久しぶりに一緒にお出掛けしたい!」


「…………」


 沈黙で威圧してくる。こわい。


 俺はおそるおそる、たずねる。


「……だめ?」


「だめ。今日だけは、あたしに付き合って」


「なんでそんなにこだわるんだ……」


「今日は、あたしにとって大切な日だから」


「誕生日?」


「違うけど」


「じゃあ誰かの命日?」


「…………」


「うわっ、ごめん、軽い感じで言っちゃって……」


「…………」


「わ、わかった。フリース。今日は付き合う。フリースの行きたいところに行こう」


「約束」


「ああ、約束だ」


  ★


 サウスサガヤの街が一斉に活気づくこの祭り。


 早朝だったからか、あまり人は多くなかったけれど、それでも普段の街よりも、ずいぶん(にぎ)やかだと言えるだろう。


 名物の『快速ウサギサンド』があちこちで売られていたり、ヤキソバ的なものがソースの香りを漂わせていたり、露天商人が色々なものを売っていたり、ジャズ調の音楽が賑やかだったりする中で、文字通り水を差す事態が起きた。


 天候の変化である。


 雨。


 大雨だ。


「フリース、こっちへ」


 俺は彼女の手を引いて、屋根のある建物に逃れた。


 すぐに手を離し、シャッターのしまった小さな薬屋のひさしの下で、雨音をきいていた。


 だんだんと分厚く黒くなっていった黒い雲は、やがてさっきまで輝いていた白い太陽を完全に(おお)い隠してしまった。


「撤収!」

「撤収だ!」

「くるぞ、テントをしまえ!」

「だめ、間に合わない!」

「だったらカバーでもかけておけ!」


 慌ただしい一時休業。


 そして、強まる雨脚(あまあし)。まるで俺とフリースが到着したと知って、楽しませてなるものか、とばかりに、急いでシャッターをおろしたかのような土砂降りの雨になった。


 消えた出店のかわりに出てきたのは、傘や雨合羽(あまがっぱ)などの雨具を売る人々だった。白に近い色の服でウサギの付け耳をした人々が、雨音に負けないように声を張り上げて傘を売っている。


 可愛い女の子ぞろいだ。


「フリース、ちょっとここで待っててくれ。傘を買ってくる」


「え?」


 俺は「祭りだってのに、白日の巫女は仕事してねぇな」などと呟きながら傘を買いに走った。


 ホワイトバニーギャルの前に辿り着くと、彼女は大きな真紅の和傘の中に俺を入れてくれた。


「いくらですか?」


 俺の問いに、ホワイトバニーは答える。


「ナミー銀貨二百枚でぇす」


「は?」


 いやいや、いくら祭りに便乗してるからって、完全にぼったくりだろう。


 どんな高級傘だよ。


 ていうか、そんな値段じゃ所持金が足りないから買えないよ。


「えーでもぉ、量産のテキトーな傘じゃなくてぇ、一つ一つ手作りのカラフル和傘なんですよぉ。丁寧な職人の手仕事ってやつぅ? お祭りじゃなくてもこのくらいしますよぉ?」


 これは絶対に嘘である。まず手作りというのが嘘である。これもスキルによる量産品だ。そして、こんな値段は絶対にしない。


 偽装はしてないし、悪くない品だとは思うが、せいぜい銀貨数枚レベルである。かなり高めに設定しての銀貨単位だから、祭りでも雨でもない日に買ったら、銅貨単位にまで落ちるくらいのクオリティーだ。


 俺にはわかる。これは詐欺的な何かだ。


 かつてこの地域で商人になろうと志したこともあったのだ。いくら祭りの季節だからって、この傘がこんな値段になることはありえない。


「よし、俺は戻る」


「待ってぇ!」


 腕を掴まれてしまった。


「売れないと困るんです!」


「だったらもっと値段を下げろ」


「いくらだったら買うっていうんですかぁ」


「そうだなぁ、かなり頑張って、銀貨五枚くらいだったら考えてやってもいい」


「それだと損しちゃいますぅ。発注ミスで大変なことになっててぇ、今日じゅうに傘一本につき銀貨百枚で売って、一人あたり十本売るのがノルマなんですよぉ」


 つまり、百で売らなきゃいけないから二百でふっかけてきた、というわけだ。


 ずらりと並ぶ美人ぞろいのホワイトバニーたちは、それぞれが傘立てに十本の傘を入れているが、これを馬鹿正直にノルマ達成に必要な価格で売ろうと思ったのでは、日が暮れたって不可能だ。


「どんなことでもしますから、百で買ってくださいよぉ。いいんですか? さっき一緒にいた青い服の人、カノジョさんですよねぇ? 傘がないと、ずぶ濡れになりますよ。それって男としてどうなんですか? ナミー銀貨百くらい出す価値、あるんじゃないですかぁ? うう……もうどうにもならないんですよぉ」


 今の発言は、三つ間違っている。まず、フリースは俺の恋人ではない。それから、実は傘なんかなくてもフリースなら自分で氷の傘とか作って何とかできる。そして最後に、どうにもならないという言葉だ。


「じゃあ、どうにかしてやるから、この傘を銀貨五枚とかで売ってくれ」


「そんな値段じゃ無理ですし! どうにかなんて無理ですよぉ!」


 無理じゃない。無理は通すもんだ。


 この世界は、強く思えば願いをかなえられる世界のはずだからな。


  ★


 俺が提案したのは、あまり褒められない方法である。


 しかし、何でもすると言うのであれば、俺としては最も可能性の高い売り方を提示するだけだ。


「いいか、ウサギさんたち、よく聞けよ。これから提案する方法は、邪道も邪道だ。窮地に立たされた祭りの日以外にこの方法でものを売ったら、きっと天罰とか神罰とかが下るものと思え」


 俺は撤収に失敗したテントを特別に貸してもらい、そこにホワイトバニーたちを集め、説明会を開催した。葬式みたいな白黒の縞模様のテントの中で俺が前に立ち、バニーたちが、すのこ状の板の上に座り込んでいる。


 それにしても、ふわもこのバニーがこんなに集まると、それなりに壮観(そうかん)であるな。


 で、だ。ここで何が行われるかというと、今から俺は、このウサギちゃんたちの美しさや可憐さを使った錬金術を伝授するのである。


「まず、一つ言っておく。どんな発注ミスをしたのか知らんが、この傘には銀貨の価値すらない。せいぜい銅貨六十枚くらいくらいだろう。これを銀貨、それも百枚もの値段で売るためには、付加価値が必要だ」


 つまりは、商品そのもの以外に金を出す要素が必要だ。


 俺は説明を続ける。


「これから君たちにやってもらうのは、二段構え、いや三段構えの商売である。やや複雑に思えるかもしれないが、少しだけでいい、耳を傾けてくれ」


 クビでもかかっているのだろうか、ホワイトバニーたちは集中してきいてくれていた。


「まず一つ目は、傘のレンタル商売だ」


「でもぉ、それだと、持ち逃げが心配ですしぃ、短時間で稼げるとは思えませぇん」


「確かにその通り。ただのレンタルならな。だが! 傘一本につき一人、君たちが付きそうとしたらどうだ!」


 テント内がざわっとした。


「普通に楽しい話をしたり、相合傘で祭りの街を歩いたりするだけでいい! つまり! デートするんだ! 傘のレンタルを申し出たお客様と! これなら傘を返却しないお客様が出ることもないだろう」


 ざわざわが止まらない。


「三十分の相合傘デートに……俺は、基本料金として銀貨七十枚を設定する」


 本格的に戸惑いの声があがる。本当にそんな高く設定して大丈夫なのかと。


「あとは、十分の延長ごとに銀貨二十枚ずつ増やしていくんだ。ナミー銀貨七十も出せるお客様は、三十分という時間の短さに物足りなさを感じ、必ず延長を求める!」


 わりと滅茶苦茶なことを言っていると自分でも思ったが、なるほど、と皆は納得した。信じやすい素直な子たちなのかもしれない。


「さらに! その中で、恋人もいないのに一人で祭りに来るような孤独で寂しいお客様には、もう一つのサービスを提供する!」


 バニーの一人が「……まさか、エッチな――」とか品のないことを言いかけたが、言わせやしない。


「マッチングサービスである!」


 全くなんのいやらしさもない、健全そのもののサービスだ。


「マッチング……サービス?」


「そう、つまり、君たちは恋のキューピッドになる」


 バニーたちは、「キューピッド……って何?」とか「旬のキュウリを使った料理か何か?」などと言っていた。通じていないようだったので、別の言葉で言ってやる。


「恋の橋渡し役だ!」


 バニーたちは予想外だ、とでもいうようにざわついた。


「君たちは、この辺りを地元として活動していると思うが、合っているだろうか」


 バニーたちは一斉にウンウンと頷く。


「ならば、周辺の色々なデートスポットやパワースポット、サブカルスポットや隠れ家的な美味しい名店なんかも知っているはずだ! 雨の日で相合傘で楽しめるところをな! 君たちの知識をフル活用して、出会ったばかりの二人を案内する! そして、出会わせた二人から案内料と紹介料をもらう! カップル成立となった場合には、銀貨二百枚で傘を買ってもらえるように交渉するのだ!」


 つまり、何の変哲も無い傘を、恋人記念の縁起物にしてしまおうという策略なのである!


「最後に一つ、バニーの仮装は君たちをとても魅力的にしていると思う。だが、服装は出来る限りお客様のご要望にお応えしてくれ。祭りの日の相合傘レンタルには様々な事情をもったお客様がいらっしゃるだろうからな」


「つまり、マスター」


「ま……マスター?」


 俺は呼ばれたこと無い呼び方に激しく反応した。


「いやぁ、だってぇ、なんて呼んだらいいかぁ、わかんなくてぇ」


「そうだな……いいだろう。下手に名前を明かすと問題があるかもしれないからな、俺のことはマスターと呼ぶがいい」


「ではマスター、確認を」


「言ってみよ」俺はノリノリで返した。


「うちらの仕事はぁ、お客さんと相合傘デートをすることと、独りぼっちで祭りに来てる可哀想な男女を出会わせて案内することでぇ、そこで使った時間とうちらが提供する情報に、お金を払ってもらうってことで、おーけぃ?」


「ああそうだ。可愛らしい君たちなら、きっとできる! 見事ミッションを達成して良い報告をしてくれ!」


「はい! マスター!」


「それでは、解散! 各自健闘を祈る! ああ、そうだ。情報提供料として、傘は一つタダで借りていくぞ」


 はじめは買い取るつもりでいたが、説明会まで開いたのだ。このくらいの節約は許されるだろう。あとは彼女らの成功を祈るばかりだ。


「はい! マスターも、青い服の方とのデート、頑張ってください!」


 バニーたちが雨のなか、傘をさして駆け出て行ったのを見守ってから、俺は外に出て、傘を開いた。


 フリースのもとに戻ろう。




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