表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第一章 10年前
15/334

第15話 山賊アンジュ(2/3)

「あたしは、もう一度、愛する娘に会えるってこと?」


 アンジュの問いに、まなかさんはイエスともノーとも答えなかった。


 なぜなら、現実に戻れるかどうかは、アンジュさん次第だからだ。アンジュさんが再び歩み始めて、魔王を倒せたその時に、きっと娘との再会を果たせるに違いない。


 胸の大きな薄着の山賊アンジュさんは、しばし考え込んだ


 実際には、それほどの時間ではないのかもしれない。体感時間にしてほんの数十秒のこと。ゲーム内時間にしても数分くらいだっただろう。だけど、永遠にも思えるような長い沈黙。その後に、こう言った。


「あたし、また旅に出るよ。どのみち散々山賊やらかしたこの場所にはいられないし、もう一度、昔の仲間を集めてさ、どこかの魔王を倒しに、行ってみるよ」


 まなかさんは、静かなまま、彼女を見つめて、何も言葉にしなかった。けれども、彼女のアンジュさんを見る眼差しが、『がんばってみな』と応援しているような気がした。


 アンジュさんは、洞窟の岩に掛けてあった漆黒のマントを羽織った。入るだけのタバコをマントの内ポケットに突っ込んで、洞窟を出て行くのだ。


「誰かの運命の魔王を奪うことになるとしても、現実に帰ることができるなら。その可能性があるっていうんなら、こうしちゃいられない。一刻も早く、どっかの魔王を倒してさ、あの子に会いに行かなくちゃ」


 アンジュさんはナイフ二本を握りしめ。マントの中に収納した。


「それじゃ善は急げだ。あたしは行ってくるよ。いつか現実世界であんたたちに会えたらいいな」


 黒い風になって走り去ったアンジュさん。残された俺たち二人は、顔を見合わせて、微笑み合った。


 なんだかんだ言って、アンジュさんのことを心配していたのは、まなかさんも一緒だったってことなんだと思う。


「ラック。おぼえといて」


「何をですか?」


「転生者の数だけ、魔王が生まれている。だから、アンジュをはじめとして、他の転生者の皆が考えているよりも、魔王はたくさんいるんだよ。確かに、それぞれの転生者に『運命の魔王』っていうのは設定されているんだけど、生き返り方っていうのはどうも一つじゃなくて、隠された裏ルールがいっぱいあるっぽいんだよね。だからラックも……」


「ええ。俺も、旅に出たいと思います。まなかさんやアンジュさんに出会って、本当にそう思えました。仲間と一緒に戦って成長して、やがて魔王と伝説的な戦いがしてみたいなと思いました」


「そっか。じゃあ……この世界を、楽しんでね」


 本当にうれしそうに、冒険者まなかは笑っていた。


  ★


 柔らかな陽光が降り注ぎ、朗らかな良い風が吹いている。緑の匂いがする。


 アンジュの隠れ家近くには、高台の草原があった。転がっていた岩に座って、スマートフォンの画面を見つめていると、まなかさんが背後から声をかけてきた。


「ラック、何みてるの?」


 俺の手の中にあった画面には、現実世界で好きだった年上の女の画像があった。健康的な褐色の肌の絶世の美女。満開のすみれ色の紫陽花を背景に年甲斐もなくピースサインとかしてる三十すぎの年上の超可愛い写真である。


 別にまなかさんに見られたからって、何がどうなるわけでもないのだが、恥ずかしいやら何やらで何となく隠した。


「見せろぉ」


 肩に手を置いて、スマートフォンに手を伸ばしてくる。


 回避を繰り返していると、背中にぴったりと密着されてしまった。こうなるとレベル差の関係などで俺はもう、なすすべがない。真っ白な袖が目の前を横切り、まなかさんの長い手指が俺のスマートフォンを掴み取り、持ち上げた。


「あっ……」


 まなかさんはトテテと走り、俺から素早く距離をとった。空に掲げて、スマートフォンの画面を見上げた。


「ほーん、これがラックの好きな人か。ラックがアンジュに甘い理由がちょっとわかったよ」


 ほっといてくれ。こんちくしょう。


「ていうかすごいね、この……スマートフォン、だっけ? こんな小型なのに、わたしのパソコンより高性能だと思う。タッチの反応も抜群。画面も超キレイ。粒子細かすぎ。一体どこで手に入れたの?」


「普通に家電屋とかで売ってますよ」


「通販とかでも買えるかな」


「端末自体は簡単に買えます」


「いいなぁ。高いんだろうなぁ。ちょうだいって言ったら、誰かくれないかなぁ」


「ちょっ、ダメですよ!」


 俺はレベル差をものともせず、まなかさんの手からスマートフォンを奪い返した。そして強く抱きしめる。


「俺の命と同じくらい大事なものなんですから!」


「でもさぁ、この世界って、どこにいっても圏外だよ。見たところ、これ電話とかインターネット使えないと、ただのカメラじゃん。しかも、電池残量少なかったから、もしかしたらすぐに電池切れちゃうかも」


「うるさい! ここには俺の大事な人の写真が入ってるんですよぉ!」


「ふぅん、あの紫陽花の似合う美人さんと付き合ってるの?」


「付き合って……付き合って……くっ……付き合えればよかったんですけどぉ!」


「あはは」


 笑ってんじゃねぇぞクソが。


「じゃあさ、ラック。こういうのはどう? きみの手の中に、このままだといずれ電源が切れてしまうスマートフォンがあるよね。だけど、わたしが、この人の絵を描いてあげれば、永遠に眺めてられるよ。電池切れの心配ナシじゃん」


 それは魅力的な提案だ。だけど、無名画家の絵画とスマートフォンとの交換というのは釣り合わない気がするし、ふられたことを指差して笑いやがったので、


「却下だ」


「えー」まなかさんは、あからさまに不満を表明した。「でもさぁ、わたしがいなかったら、きっと君はいまだにパンツ一枚のまんまだったし、スマートフォンも取り返せなかったし、大量のナミー金貨二千万も手に入らなかったし、戦い方も知らなければ、この世界をクリアした後のことについても知らないまんまだったわけだよね。わたしから言うのもなんだけど、御礼のお気持ちとか、ないのかなーって」


 年上の女がストレートに見返りとしてスマートフォンを要求している。このスマートフォンはそれなりの新型で機種変更したばかりだから月々の分割払いが完了していない。


 まなかさんに恩を感じていないわけじゃない。むしろ感謝してもし切れないくらいだ。それに、クレジットカード等をこの異世界で手放したところで現実世界で消滅するわけじゃないという情報も耳に入ってきている。そもそも、万年圏外のスマートフォンを手放したところで大した不便はないのではないかとも思う。


 だけども、このままこのスマートフォンを渡したら、連絡先の情報とか、恥ずかしいメッセージのやり取りとかを他人に見られることになってしまう。それは避けねばなるまい。


「やっぱりこれだけは……」


 するとまなかさんは、「ふぅん」と言って、剣を抜き地面に突き刺した。


堕天(エンジェル)――」


「ま! まって! やめてくれ! やばい龍とか召喚しないで」


「じゃあスマートフォンちょうだい」


「くっ……」


「ほらほら、よこさないと大技(おおわざ)出しちゃうよぉ? さっきのよりもっと強烈なのも撃てるんだからね」


 この女、やり口が悪質すぎるだろう。完全に脅迫じゃないか。


「ああもう、わかりました! スマホあげますから! ちゃんと彼女の絵を描いてくださいね!」


「いいよ。実物よりも可愛く描いてあげるよ」


「実物よりだと? そんなものは存在しない」


 俺がそう言うと、まなかさんは、まぶしそうに「ンフフ」と笑った。


 こうして、スマートフォンをプレゼントすることが決定した。


  ★


 アンジュさんの隠れ家をアトリエにして、まなかさんは、俺のスマートフォンの画面を見ながら、あっという間に絵を描き上げた。ポケットに入るサイズの精密な絵だ。


 実物より可愛いというのは決して大袈裟ではなかった。時に人の手による作品は現実をも凌駕し、感動を与えることがある。


 俺が、「これは一生こっそり大事にしていくぜ」などと受け取った瞬間に心に決めるような、俺だけのための絵がそこにあった。


 描かれていたのは二人の人物。


 現実世界で好きだったあの人と俺が、紫陽花を背景に並んで描かれている。そんな事実はない。そんな写真を撮ったことはない。そこに並んで写真を撮ったことは一度もなかったのだ。


 しかも、わざわざ俺のために天文学的な入手難易度のスキルリセットアイテムなるものを使って、絵画スキルに全振りして仕上げてくれたのだ。


 そう、まなかさんが、俺だけのために。


 その事実だけでもう感動で、俺は、生涯まなかさんに頭が上がらないのではないかと思う。


 というわけで、俺は恥ずかしい情報や個人情報をできるだけ消去した状態のスマホを、芸術家まなかの生み出した見事な絵と交換した。


「なんだ、恥ずかしいメールとか消しちゃったんだ。つまんないの」


 たしかに、こんな絵をもらえるのなら、恥ずかしいメールのやり取りくらいは公開してやっても良かったかもしれない。


 俺は、この感動を虎柄のツナギの胸ポケットに大事にしまいこむ。


 これから大冒険に出かけて行こうと思った。


「まなかさん。本当にありがとうございます」


「こちらこそ。君のスマートフォン、大事にするね」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ