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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第七章 星の祭り
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第149話 祭り(5/5)

 王室親衛隊に身元がバレることよりも、さらに恐ろしいこと。


 きっと誰もが、そんなの無いと思う事だろう。捕まえて殺されるかもしれない事態よりも恐ろしいことがあるなんて、俺だってありえないと思ったさ。だが、どうやらこの世界には、信じられないことが起きていたらしい。


 祭り開始儀式のラストを飾る、一年に一度の大握手会。そいつがまさに始まろうとした時、俺の曇りなき眼はとんでもないものをとらえてしまった。


 王室親衛隊の、さらに奧に並んでいる議員団。


 気付きたくなかった。何だこれは。


 逃げたい、というよりも、何としても逃げなくてはならない気分になった。


 祭りの参加者たちは、ここで各町の代表者らで構成された百人あまりの議員団に迎えられ、全員と握手をするのだが……なんといえばいいのやら……。


 紅い。紅いのだ。


 議員団までもが皆して赤みがかった甲冑を着ているとか、そういうわけじゃあない。もしそんな程度なら、もはや可愛いものだ。


 偽装されている。


 俺の『曇りなき(まなこ)』の常時発動機能のせいで、視界が真っ赤に染まってる。


 こんな状況で握手?


 それは握手っていうよりかは、もう悪手だろう。


 どう見ても魔族っぽい見た目のモンスターみたいなやつが、列の中に多く混じっているんだぞ。もちろん普通の人もいるけれど、過半数がモンスターって、かなり異常なんじゃないの。


 これは、どう解釈すれば良いのだろう。魔王が人間に化けて祭りを混乱させるために入り込んでいるのか、とも思ったけれど、曇りなき眼でみるモンスターたちには、そういう「これから何か(コト)を起こすぞ」という雰囲気が感じられない。緊張した様子もなく、ちょっと笑みを浮かべている感じすらある。


 ということは、この連中は、普段から偽装スキルを使って議会にもぐりこんでいるということになるんじゃないのか。


 モンスターが議会で集まって方針を決めているとか、文字通り伏魔殿(ふくまでん)もいいところだ。


 彼ら彼女らと握手をすることになったら、間違いなくこの祭りは混乱の坩堝(るつぼ)と化すと思う。俺の手に偽装されたものが触れてしまった場合、否応なしに偽装が暴かれ、真の姿をさらけ出してしまうからだ。


 突如として議員団がモンスターに変身する光景を思い浮かべて、ゾッとした。


 なんとかオトちゃんに握手拒否のお許しを得なければならない。


「俺、あの人たちと握手できないんですけど」


「うん? それはまずいじゃろ。そんなのは、さすがにわしでも失礼と思うぞ? 何か理由があるのか?」


 俺は事情を説明した。


「なんと、議会はそんなことになっておったか。何人かはいると聞いておったが、そこまでとはのう」


 思いのほか冷静な反応である。


「それじゃあ、俺はこっそりこの場を離れますので、また後で隙を見て合流します」


 ちなみに、手袋を装着するという手段は、この場合無意味である。手袋くらいだと身体の一部だとみなされ、特殊スキル『曇りなき眼』の効果が発動してしまうのだ。


 木を隠すには森の中。今は観衆の中に隠れるしか道はあるまい。


「うむ、それがよい」


 ただ、この場を離れる前に一つ、伝えておかねばならないことがあった。俺は護衛のマイシーさんを手招きして耳打ちする。


「マイシーさん。親衛隊の左から四番目の甲冑、どう見えてます?」


 マイシーさんも小声で返してきて、


「どう、と言われましても、何もおかしなことはないように見えますが」


「甲冑の頭のところに、鈍器で殴られたようなヘコみ跡があるはずなんですが、偽装で直されているみたいです。その甲冑だけ、他にも多くの傷があったり、返り血みたいな汚れがあったりするので、明らかに怪しいです」


「さすがですね、ラックさん。気を付けることにします」


 俺はマイシーさんの感謝の言葉を耳にして、やっと役に立てたと思えて、とても嬉しかった。屋台を動かせなかったりだとか、本当に情けない姿ばかりを見せてしまっていたからな。


「他にも、観客の中にもちらほら偽装の光が見えたので、くれぐれも注意して下さい」


「なんとも物騒なことですね。ただ、オトキヨ様の場合、米粒ほどまで圧縮した体内の本体を尖ったもので刺さない限り、ダメージなんてゼロですから、大丈夫ですよ」


 マイシーさんの言う大丈夫は、もはや事件フラグな気しかしない。本当に大丈夫だといいけど。


「さてと、言うことも言ったし、去ることにするか」


「ええ、お気をつけて」とマイシーさん。

「グッドラックというやつじゃな」とオトちゃん。


 俺は振り返って歩き出した。なるべく存在感を出さないように、もちろん顔を隠す仮面もかぶったままで。


 ところが、声をかけてきた仲間がいた。


「あれ? ラックさん。どこに行くんですか?」


 レヴィアだ。


 近ごろは寝てることが多いってのに、よりによって、なんだってこのタイミングで声をかけてくるんだよ。


「勝利後のハイタッチ、やらないんですか? ラックさん」


「え、いや、ちょっと……実は、その……」


 ええい、なぜ思い通りにいかない。


 仮にレヴィアに事細かに説明したところで、いい結果になるとは思えない。不明な点を堂々ときき返してきて、それが誰かの耳に入って、大変なことになる。


「あくしゅってやつをしないと、失礼なんじゃないですかね?」


 レヴィアにも人間らしく礼儀に気を配る意識が生まれてくれたようで、彼女の人間的成長は嬉しいけれども今じゃない。


 わざとやってるんじゃないかってくらいの()の悪さ!


「ちょっと待てってレヴィア」


「何を待つっていうんです? 待つのはラックさんのほうです。ラックさんが見本になるような素晴らしいハイタッチを見せてくれると思っていたんですけど、何でどっか行こうとしてるんですか」


 そうして腕を掴まれた。


「レヴィア、ちょっと……離して」


「だめです! ハイタッチです」


 だいたいにして、握手はハイタッチじゃないよ。俺が間違ってたよ。


 さらに良くないことは重なるもので、仲間内でモメているのを仲裁すべく、赤みがかった正義の甲冑団から一人、歩み寄ってきた。


「どうかしたのか? 逃げようとするとは、さては反逆者か?」


 その声に、ききおぼえがあった。


 よりによって、この甲冑は、このパレードが始まる前の俺が、最もおそれていた人物である。


 サカラウーノ・シラベール。


 反逆者を取り締まるのに燃える王室親衛隊の捜査官である。どうやら彼も要人警護のために動員されていたらしい。


 悪い方に悪い方に事態が進展していきやがる。


「うん? どうした。答えろ。反逆者が祭りに参加できるわけがないとは思うが、念のため確認させていただこう」


「ええと……」


 と、俺が言い淀んでいると、


「ちがいます。このひとは、反逆なんてできない情けない(ひと)です」


 ちょっとレヴィアちゃん、祭りの日にまでそんなこと言うことなくない?


「握手できない理由を言ってみたまえ」


「手が、その、かゆくて、なんか新種の皮膚病かもしれません」


「ならば、特別に手袋を許可する。このような祭りの場だ。握手の拒否よりは、はるかにマシであろう」


 なんだよこれ、面倒くさい。ただ中身が魔物の議員団との握手から逃れるだけだってのに、何でこんな苦労しなきゃいけないんだ。


 俺の様子を見て、ようやくレヴィアも自分の発言が引き起こした逮捕寸前の事態に気付き、ハッとして、すぐに申し訳なさそうに俯いた。


 なんとか……なんとかしないと。


 好きな人に、あんな顔をさせっぱなしだなんて、他の誰が許しても、この俺が許せない。


 でも、どう説明したら回避できるだろう。


「どうした?」と甲冑。「なぜ言葉を返さない。手袋を持っていないのなら、貸してやる」


「いや、ええと……ええと……」


「うん? なんだか貴様の声は、どこかで耳にした記憶があるな」


「ひぃ」俺は思わず小さな悲鳴をあげた。


「どこかで耳にした、礼を失する軽犯罪者の声……いや、それどころか、重大犯罪者の声だったような気がするのだがな……誰だったか」


 それはオリハラクオンってやつだが、マリーノ―ツでの彼は記録上死んだのでもういない。いないはずだ。


「屋台を動かせないフリをしたり、頭をぶつけて兜の角を折るなどのコミカルな動きで場を盛り上げるなかなかのパフォーマーだと思っていたが、貴様、何者だ?」


 恥ずかしいシーンをバッチリみられてしまった上、いまふたたびの反逆者の疑いがかけられつつある。


 俺は完全に余裕がなくなってしまった。


「ちがうんです」と俺は焦る。


「違う? 何がだ。説明してみろ」


「ええっと……」


 何でこんなに追い詰められているんだろう。とてもつらい。


「貴様はここで何の悪さをしたわけでもない。握手できないことにも何か理由があるのだろう。完全に疑っているわけではないが、要人が多くいる場だ。多少、(きょう)()がれることになっても万全を期したい。面と兜をとって、顔を見せてもらえないだろうか」


 そんなことしたら、ばれてしまう。


 俺が、反逆者として裁かれかけて逃げ去った男だってことくらいは、どんなヘンガオで対抗したって時間の問題だろう。


 この和風の兜と面をとるわけにはいかない!


 こうなった以上、無理やりにでも逃げないと。


 俺は足に力を込めた。その時である。


「――まつのじゃ」


 待ちに待った一声が、祭りの空に響き渡ったのは。


 その声は、とても幼かったけれど、この時の俺には、フリースの声と並ぶくらいに最高の声だと思った。


「いかがしましたか、オトキヨ様」と甲冑。


「こやつは顔の肌が異常なほど日光に弱くてのう、仮面をとると(かゆ)みと痛みで死ぬそうじゃ。身元はわしが保証するゆえ、大目に見てもらえんかの」


「なるほど……オトキヨ様のお墨付きがあるのでしたら……」


 こうしてサカラウーノ・シラベールさんは引き下がり、危機は去った。


 マリーノーツの神聖皇帝様は、俺の命の恩人になった。だけどねオトちゃん、もう少し早く出てきてくれてもよかったと思うなぁ。ストレスで髪の毛全部抜けるかと思ったよ。


 もしかして、俺のピンチを面白がってたりとか、ないよね?


  ★


 俺は皆が握手しているのを眺めながら拍手する役割で落ち着いた。


「あれがハイタッチってやつだったんですね」


 とか握手イベントを終えたレヴィアが言っていたが、そこは、


「あれは別のものだ。いつか俺が最高に幸せだって思った時に、本当のハイタッチってやつを教えてやる」


 と言ってやった。そしたらレヴィアは嬉しそうに笑って、


「楽しみにしてますね」


 まるで他人事みたいに、何も考えてない感じの声色だったけれど、レヴィアが望めば俺はいつでも最高の幸せに到達できるってことに、いつしか気付いてほしいと思った。


 さて、実を言うと、握手会の時にもう一つ、気になることがあった。


 さすが人が集まるイベントである。色んな人が来て、色んな事が起こるものだ。


 偽装された要人のなかに、一人の知り合いの姿があって、驚いた。


 ベスさんやシラベールさんなんかも来ていたけど、あの夫妻がホクキオから近いこの場所に来ていても全く驚かない。キャリーサが遠くの物陰に隠れながら祭りの様子を目を細めて見つめていたけれども、それも変には思わない。


 では、何に驚いたのか。


 議員団の中に混じっていた老人である。


 頭からつま先まで真っ赤な偽装が施されていたので、他の人にどう見えていたのかは、わからない。


 だが、俺には見えていた。


 あれは、偽ハタアリ。


 かつてネオジューク西で会ってしまった老人。『造反のハタアリ』を名乗った男である。本物のハタアリさんは大勇者なので、その名を名乗ることには、なにか悪い企みがあるのではないかと思う。


 そいつは、俺と目を合わせるなり、笑ったのだ。レヴィアの笑顔とは比べ物にならないくらいゲスな顔で、ニタァっと笑った。まるで、俺に偽装の中身を見られているのがわかっていて、あえて見せつけてくるかのように。


 俺は、そんな汚いものを見て見ぬふりをして、祭り開幕の儀式を終えたのだった。




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