表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第七章 星の祭り
148/334

第148話 祭り(4/5)

 後になって聞いた話になるが、祭りの儀式と、実際にあった出来事では、実は少し話が違うのだという。


 少しややこしい話になるのだが……。


 早い話が、かつての統治者エリザマリーが人々を治めるために改変した話を昔話として流布させた、というわけである。


 祭りに登場する役は、『偽りの黒龍』と『真の黒龍』と『白日の巫女』、そして『戦士』の四者であった。


 だが、その時点で嘘なのだ。本当は『偽りの黒龍』など存在しない。


 実際の話は、次の通りである。


 大勇者になる前のまなかは、予言者エリザマリーによって二度目の召喚を受け、転生者として大魔王フェルキェルと戦うことになった。大魔王フェルキェルは、対大魔王決戦兵器が敵に奪われ、大魔王化したものである。


 当時、水源の池フロッグレイクが、うっかり大魔王軍に乗っ取られ、マリーノーツが(ほろ)びかけていた。マリーノーツじゅうの水が(けが)れてしまったら、どう頑張っても世界の終わりである。


 そこで、水を浄化する黒龍の力が必要になったのだが、これが何とも厄介なことに黒龍本体が水の穢れにあてられて大暴走を起こした。カナノ地区の北側あたり広域にわたって洪水や冷害を引き起こし、人間に大迷惑を与えてしまっていた。


 浄化の力を引き出すためには、とにかく暴走を止めなくてはならない。


 事態を収拾(しゅうしゅう)すべく、予言者エリザマリーは黒龍以外の四龍と交渉し、力の一部を分けてもらおうとした。だが、実際に力を借りられたのは、藍龍と銀龍の二柱からだけだった。この二龍の力を、最も高い戦闘力を持つ冒険者、まなかという剣士に貸し与えた。


 まなかは苦戦したものの一人で戦い切り、黒龍をばらばらに切り裂き、中から黒龍の中核を取り出すことに成功した。龍は、一度死んだ。


 エリザマリーは浄化スキルによって黒龍の核である「黒龍玉」とやらを浄化してから、龍の亡骸に戻した。


 そうして暴れた記憶をもったまま再生した黒龍。水を浄化する力は早々に戻ったが、まだまだ力が不安定だったため、はじめのうちは力を発動すらできずに日照りが続いた。


 すると、人々の間で、雨のない日々が続くのはエリザマリーが黒龍を討伐したせいだ、という噂が広まり、彼女は窮地に立たされた。


 黒龍は罪の意識から、自分を止めてくれたエリザマリーを助けようと、ド根性で力を取り戻した。


 黒龍が力を部分的に取り戻したことによって雨が戻り、調子のいい民衆は手のひらを返して喜んだが、その時はその時でうまく水をコントロールできず、雨の日ばかりになった。


 再び回転する手のひら。


 数か月ほど経って、ようやく自由自在に雨雲を近づけたり遠ざけたりできるようになった時、エリザマリーは提案する。


 雨乞いの音楽を作り、黒龍に人の形をとるように命じ、『黒雲の巫女』にしてオトキヨと名づけた。さらに、その対極のものとして、唯一特別に白い服を着ることのできる地位を創作し、『白日の巫女』にした。


 仕立て上げた。


 二人の天候を操る存在を(そろ)えたわけだ。


 そして、民の心を再びつかんだエリザマリーは、汚染された水源を浄化するため、フロッグレイクの奪還作戦に打って出た。


 結局、まなか、黒龍(オトキヨ)、フリースなどの力がありながらも、詰めの甘さが露呈し、転生者まなかが中ボス戦の勝利とともに消滅。暴走した炎の堕天使型大魔王を倒すことはできなかった。その上、多くの大魔王を討ち漏らすことになる。


 それでもエリザマリーが采配した作戦によって水源の池が浄化されたことは、大手柄(おおてがら)だと言えた。こうして治水の功績が認められたエリザマリーは、マリーノーツの人心をがっちりと掌握し、支配を強めたのだった。


 その後、炎の有翼大魔王フェルキェルを討伐する準備を進めていったが、その前にマリーノーツでの命を落とすことになったのは、さぞ無念であったろう。


 つまり、要するにあれだ、『黒雲の巫女』オトキヨ様の正体が、暴れ回った黒龍そのものだ、なんていう話が知られるわけにはいかなかった。そこで、『偽りの黒龍』という強大な敵キャラクターを生み出し、『黒雲の巫女』を『白日の巫女』とともに英雄(ヒロイン)化させた、という経緯があるのだった。


 いやはや、神話を創作して祭りにしちまうなんて好き放題だな、エリザマリーさんとやら。


 というわけで、『偽りの黒龍』はもともと存在しないわけだが、この架空の龍の設定は誰が考えたのかというと、実は大勇者まなかである。


 ついでだから言っておくと、伝説の『偽りの黒龍』を『闇黒邪炎龍』と中二病みたいな名をつけて美しき大勇者が飼いならした、というのが、まなかの設定だったのだが、設定だけで終わらないところが、冒険者まなかの常識離れしたところだった。


 大勇者になってからの話だが、わざわざ邪炎龍と呼ぶにふさわしいモンスターをあちこち探し回った挙句に、光が全く届かない深淵にて魔神とされている邪龍を発見、一切灰燼(いっさいかいじん)の闇の炎を屈服させ、味方につけてしまった、なんて話もあるのだった。


 魔神といったら、大魔王をはるかにしのぐものだって話だから、本当にもう、常軌を逸したレベルらしい。


 いつだったか、旅立ちの前に俺がくらいかけた堕天(エンジェル)闇黒龍(ダークドラゴン)という召喚術は、その伝説の魔神を呼び出すものだったというわけである。


 まあ、これらは全て、かなり後になってから聞いた話で、祭りに参加したあの時は、こんなこと考えもしなかったんだけどな。


  ★


 祭り開始を告げる儀式も、終わりに近づいていた。


 フリースの動かす屋台(くるま)は、たくさんの観衆や食べ物の焼ける香ばしい匂いを発する出店とかに挟まれた道を悠然と進んでいく。


 観客たちの声は、軒並み高評価だった。


「おぉ、今年の『白日の巫女』は、なんとも可愛らしい」

「ああ、光を浴びて輝く白い服や帽子、よく似合っております」

「可憐だ。若き日のエリザシエリー様のようじゃないか」


 とか、


「あの子、レヴィアちゃんじゃない? このあいだ男の人を守るために、ハイエンジの大道芸のとき怪物相手に戦ってたの、見たことあるのよ」


 という声まである。


 とにかく『白日の巫女』としてのレヴィアは大人気であった。


「その横にいるのは……エルフ?」

「青い衣だからハーフエルフかもしれない。なんであんなのが白日の巫女の屋台(おくるま)に……」

「腕に抱いてるのは、蟲? うわ、蟲を抱いてる。なにあれ」

「気持ち悪いなぁ、あんなでかい蟲」


 レヴィアと対称的に、フリースは人気がないようだった。


「有名な魔女じゃない? 最近も、政府の研究所つぶしたっていう噂の……」

「なんでこんなところに魔女が」

「魔女? まじかよ」


 頼むからやめてくれ。距離が遠いからギリギリセーフだと思うけれど、『魔女』って言葉がフリースの耳に入ったら、いろんな意味で場が凍るぞ。


 きっと屋台の上にある舞台とかから見たら、バリエーション豊かな建築物や、草原の緑や、ホクキオへと続く石畳、そして遠くホクキオのオレンジ屋根の街並みとかが見渡せて、さぞ壮観なことだろう。だが、俺は触角をもがれたアリのような、角の折れた兜でひとり、申し訳なさそうに顔を隠しながら、目立たないように俯いて歩くしかなかった。


 そして、やっと苦痛にまみれたパレードが終わってくれた。異様に長く感じたよ。


 出迎えをする石畳に並ぶ集団に向かって皆で歩く時も、俺はずっと落ち込んだままだった。


「はぁ……」


 溜息しか出ない。


「さっきからどうしたのじゃ、ラック。元気がないが」


 神聖皇帝のオトちゃんに心配をかけてしまうことさえ、罪深い気がしてくる。


「もっと堂々とするがよい。チョイ役とはいえ、祭りの儀式に参加できるなど名誉以外のなにものでもないのだぞ」


「そうは言っても、色々となぁ」


「なんじゃ? 緊張しておるのか」


「いやいや、緊張はしてないですけど」


「ふはは、強がらずともよい。おぬしにもマトモなところがあるんじゃな、ラックよ」


「俺なんて、この世界と比べたらマトモのかたまりだろう。頭のてっぺんから影の先まで、マトモなところしかないんだぞ」


 ああ、本当に気が重い。屋台を動かせなかった手前、大手を振って歩けないと俺は思った。それに、一応、少し前には王室親衛隊という連中に追われるお尋ね者だったこともある。


 そして今、まさに俺たちの目の前には、赤みがかった甲冑たち。王室親衛隊がずらりと一列に並んでいるのが見えてきて、このまま大人しくしていたい。いや、もはや逃げたい気分だ。


「なぁ、マイシーさん」俺は歩きながら、そばにいた銀の鎧に小声できいた。「王室親衛隊の連中ってのは、実際、どんな奴らなんだ?」


「以前の近衛隊にあたる組織なのですが、彼らに命令しているのはオトキヨ様ではないのです。もはや議会の議員たちの指示に従うのが彼らの仕事になっておりまして、簡単に言うと、権力者のイヌですね。全員がそうというわけではありませんが、桜色の甲冑をみたら気を付けてください。議員の中には、オトキヨ様の治世をよく思っていない輩もいますので」


 もしかしたら、俺を反逆罪で死刑にしようとしたシラベール兄弟の一人、サカラウーノ・シラベールさんがいるかもしれない。バレたら再び俺を死刑にするための裁判が開廷されてしまうかもしれない。その恐るべき可能性が俺の不安を増大させた。


 しかしね、だんだんと近づいてくる議員団が見えてきた時に、このままいったら、もっと恐ろしい事態が待ち受けていることに、たった今、気付いてしまったよ。


 いやもう、なにこれ、こわい。


 俺は何度も目を開いたり閉じたりした。それが本当にもう、嘘だと思いたい光景だったからだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ