第147話 祭り(3/5)
「ははっ、参ったなこれ」
俺は思わず呟いた。
遥か遠く、道の先。もくもくと舞い上がる煙。観衆は七歩か八歩くらい後ずさって、どよめいていた。
あまりのグダグダぶりに、ざわつきはじめる観衆。
「全然大丈夫じゃなかったなぁ……ていうか、大惨事だぁ……」
俺は遠い目をして呟くしかなかった。
トラブルにつぐトラブル。連発される不穏な破壊音やら爆発音。
早い話が、事故っていた。
最も大きな屋台の横っ腹には最初の接触で盛大に穴があき、煙を出すタイミングじゃないのに黒煙が漏れてしまった。
色とりどりの吹き流しの五本のうち三本が、突風によって折れ曲がったり、玉の部分が転がったりする始末。
極めつけは、接触の後で吹っ飛んだ一番大きな屋根が、『戦士』の屋台にぶつかったことだ。これにて『戦士』屋台は半壊。脱輪したため動けなくなった。
マイシーさんの話を聞く限りだと、これは過去の『偽りの黒龍』を討伐した伝説をもとにして作られた儀式だそうだ。だがなぁ、戦士が早々に敗北してるんだけど、だいぶ筋書きが変わってしまっているんじゃないのか。
一台でも欠けたら意味が大きく変わってしまうに違いないが、たぶん、予備の車なんてのも用意してないだろうな。
ああ、もうひどすぎる。幼稚園の運動会だって、もう少しマトモにやるぞ。
だけどもね、何より戦慄を禁じ得ないのは、俺たちの屋台についてだ。
なんだよこれ動かないよ。
予想通りだよヤバイよ。
車輪が全く回ってくれない。滑り止めから先に動いてくれない。まさに山のごとく動かない。
置いていかれて、ひとりぼっち。
なんだこの状況。
「ふんぬっ、このぉ……動け、動け、動け、動けぇ。何で動かない!」
出っ張った角材部分を思い切り引っ張ってみたけれど、動かず。
ならばと後ろから押す作戦に出たが、
「うごっけぇ……!」
ありったけの体重をあずけて肩で押してみたけれど、これもまた動かない。
荒く呼吸しながら、俺は額の冷や汗やら脂汗やらをぬぐおうとした。
かぶっていた仮面にぶつかって、汗をぬぐうことにまで失敗した。
まったくもう、男らしくカッコいい仮面や兜が泣いてるぜ。
ためしに、兜に何かパワーがこもっているんじゃないかと思って、頭で押そうとしたが、なんとボッキリ角が折れた。
弁償案件だ。
もうだめだ。
俺は何もできないゴミムシだ。
あぁそうだ。ムシという言葉で思い出したけど、イトムシを大切にしている頼りになる仲間がいるじゃないか。
もうこうなったら、プライドが許さないとか、カッコ悪いとか言ってる場合じゃあない。
「おーい、フリースゥー! ちょっと、さすがにこのままじゃどうにもならん。何とかしてくれないか?」
「…………」
無視である。ムシの居所が悪いのかもしれない。
祭りだからって、今はそんな言葉遊びは要らないんだよ、と言い放ちたい。
けれども自分にツッコミを入れてやる心の余裕すら無い。
さいわいに、今はまだ遠くの車たちの失態のほうが大きく注目を浴びていて、俺たちのほうのトラブルは大して気にされていない。
今のうちに、何とかしないと。
「フリース! たのむ!」
俺は天に祈るように、台の上にいるフリースに祈った。
そうしたら、一文字ずつ、氷の文字が落ちてきた。
巨大な文字が、一文字ずつ。
「うわっ」
ドスンドスンと巨大な氷文字がいくつか落ちてきて、石畳に突き刺さった。順番で読むと、次のような文字列になる。
――デートして。
こんな時に、何を言ってるんだ元大勇者。祭りって神聖で厳かなもんじゃないのか。とんでもないクォーターエルフである。
「わかったよぉ! 頼むから、俺たちの車を動かしてくれ!」
すると、また、ドスドスンと大きな文字が落ちてくる。
――約束。
「ああ、わかった! 約束だァ!」
そしたら、すぐに俺たちの問題は解決した。
ゆっくりと動き出す金ぴかに輝く屋台。
車輪の部分を見ると、黄金車輪の後方部分の地面から氷がせりあがり、即席の下り坂を形成し、回り出したようだった。
足元なんて見えていないにもかかわらず、まるで屋台が自分の身体の一部であるかのような進み方。
ゆっくりゆっくり、右に、左に、ほんの少しだけ蛇行しながら進んでいく。
まるで、一歩一歩、足で歩いているかのような動きだ。
前方では、すでに黒い煙が立ち上っており、吹き流しを持って走る子供たちは、戸惑いながらも、わりと無残な姿になってしまった五色の吹き流しの棒を、これまた無残な『戦士』屋台の四隅に強引に刺した。
俺は屋台を押しているふりをしながら悠然と歩いていき、前方で何が起きているのか詳細に視認できるポジションにまで来た頃、残る黒の吹き流しが黒装束のオトちゃんの手から、戦士役の強そうな男に渡されたところだった。
するとどうだ、不思議なことに、『戦士』屋台も、吹き流しも、一気に修復された。
まるで時間が巻き戻ったかのように、砕けた板がくっついたり、風の中を転がっていた玉飾りが棒に戻ったり、曲がった棒も元通り。
マイシーさんが剣を抜いて何やら早口で唱えていたので、いくつも持ってる技の一つだろう。
そして次の瞬間、爆発音がして、屋根が飛んだ。
かなり長い距離を飛んで、俺たちがさっきまでいた場所に落下して、激しく爆発。火柱がいくつかあがり、悲鳴が飛びかう。
なんて恐ろしい祭りだよ。
もしもフリースに動かしてもらうのが遅れたら、今頃、レヴィアが傷ついてしまっていたかもしれない。危なかった。
「次は、どうなるんだったか」
俺の質問に答えるように、吹き流しのパワーをもらった『戦士』屋台が加速して、黒い煙を吐き出し続けている『偽りの黒龍』に体当たりした。
正面衝突した。
どちらに軍配が上がったかというと、『偽りの黒龍』のほうが強かった。誰も乗ってないのに。
またしても自分から当たりにいった『戦士』屋台が弾きとばされ、傷を負ってしまったようだ。すぐさま修復されたが。
騒がしい観衆からの声にかき消されて音はきこえなかったが、屋根をなくした舞台上のオトちゃんが、「何やっとるんじゃヘタクソ!」と叫んだのが、フードかぶったその横顔の、唇を動きでわかった。
もう一度、体当たりを敢行して、ようやく『戦士』の面目躍如。最も巨大な屋台は、激しく横転した。
観客席に勢いよく煙を吐き出し、咳き込む人々が大量発生。
ひどいバタバタ感で、予定とはだいぶ違ったが、これで討伐成功という判断が下されたようで、マイシーさんは俺たちの屋台に合図を送った。
「レヴィア! 合図だ! なんかそれっぽい動きをしてやってくれ」
返事はなかったから、声は届かなかったのかもしれない。だが、俺に言われるまでもなく、レヴィアは動きを示したのだろう。マイシーさんが頷き、一陣の風が吹く。倒れた屋台の煙が一気に晴れ渡った。
そして、倒れた屋台は倒れたまんま、『戦士』の屋台に繋がれて、ザリザリと音を立てながら石畳の道を牽引されていった。
俺が屋台の骨組みを軽く持って、金色の屋台を動かしているフリをしながら、引きずられて行く物体を追いかけ、やがてオトちゃんとマイシーの乗る黒い屋台と並んだ時、上空から銀の鎧美女が舞台からジャンプで降りてきた。
ふわりと減速して完全に空中停止した末に、俺の横に静かに着地した。
「ね、ラックさん、大丈夫だったでしょう?」
「いやいや……」
もうこの人の「大丈夫」がこわい。「大丈夫」とだけは二度と言わないでほしい。
「ラックさんの屋台に、物体を軽くする技をかけておいたんで、簡単に運べたと思うんですが」
「いやいやいや、無理だったよあんなの。よく見てくれ。実は今、こいつは氷の力で動いている」
「ああ、フリース様の……そうなのですか。あの方の手をわずらわせてしまうとは、わたくしの計算ミスですね。申し訳ないです」
なんだか、ちょっぴり悔しい言葉だった。
「あの、マイシーさん。この屋台、根っこが張ったみたいに全然動かなかったんですけど、中に何が入ってるんですか?」
「その白い屋台には神器が入っていると言われていますね。実際に見た人間はいませんが」
「神器っていうと、剣とか玉とか鏡とか、そういうのですか?」
「ええ。剣にあたるものだと言われます」
「なるほど、神器が入ってるなら、重たいのも仕方ないか」
俺が頷いたところで、ここでの会話は途切れた。そこで彼女は、「では、オトキヨ様を守護する仕事に戻りますので、また後ほど」と言い残すと、上空高く飛び上がって、舞台の上に戻っていった。