第146話 祭り(2/5)
スタート地点に立った俺は、兜の緒を締めなおした。まだ何に勝ったわけでもないが、とにかく締めなおした。
何と戦うわけでもないが、強いて戦いがあるとすれば、自分自身の弱さとか、この屋台の重みとの戦いであろうか。
さっき、マイシーさんが残してくれた詳細な説明を思い返してみよう。えーと、確か……
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大丈夫ですよ、ラックさん。簡単です。
まずは、四台の屋台のうち、最も巨大な屋根付きの屋台が先行します。長雨をもたらす呪われた怪物、『偽の黒龍』に見立てたものですので、誰も乗りません。
その後方にある二台のうち一台、片方の黒いほうはわたくしたち皇帝チームが乗ります。もう片方は、武闘大会で勝ち抜いた者が一名、乗る予定です。
つまり、『偽の黒龍』を、『戦士』と『真の黒龍』が追う形になるわけです。
ラックさんが乗るのは、その後ろの四台目。金ぴかの屋台です。言うまでもなく、これが『白日の巫女』にあたるものです。唯一の屋根なしの屋台ですが、レヴィア様、フリース様、ラックさんの三人がご担当です。
え、牽き手が足りない? 何とかなるでしょう。
人形を貸せ? ははっ、御冗談を。
それで、儀式の流れですが、まずは『偽りの黒龍』の屋台が先行していきます。しばらく後に、『戦士』と『真の黒龍』が出発して、追い越していきます。まるで進路をふさいで抑え込もうとするように。ところが、『偽りの黒龍』も、黙ってはいません。弾きとばします。
え? なんですか、ラックさん?
危ないんじゃないか……ですか?
大丈夫!
それなりに激しいですが、大丈夫ですよ? 加減しますから。
さて、次に、街道の外から、五色の吹き流しが登場します。吹き流しというのは、球体の下にたくさんの糸がついていて、風に美しく吹かれる飾りのことです。棒に突き刺すので、まるで、おでんとか、てるてる坊主みたいな形状ですね。この吹き流したちが、戦士の屋台の四隅に刺さります。
え? 五色とは何色か、ですか?
もともとは明確な決まりがありましたが、今では何色でもいいことになっています。
その年の『戦士』役が決めた好きな色ってところですね。
ただ、黒だけは必ず登場します。なぜなら、黒は特別な扱いだからです。戦士の四隅に刺すのは黒以外の四色で、黒色は、オトキヨ様……というか、『真の黒龍』のもちものだからです。
オトキヨ様の服が黒いのも、オトキヨ様の髪……幼女モードでは箒のように地面を掃いてしまうほどの長い髪がほぼ黒いのも、屋台が漆黒に染められるのも、現在のわが国を象徴する色が黒色なのも、黒が特別だからなのです。
で、祭りの流れの説明に戻りますが、ええと……『真の黒龍』は、黒い吹き流しをもともと持って屋台に乗り込んでいて、それをタイミングよく取り出して、祈りながら何度か振るって戦士に渡します。
これを受け取った戦士は、最も巨大な『偽りの黒龍』屋台に果敢に突撃します。
え、事故なんてまさか。ちゃんと加減するので大丈夫ですって。大丈夫。
衝突してすぐに『偽りの黒龍』の屋根が開く手はずになっています。そして、中から厄災のような黒い煙が立ち上ります。煙は事前に封じ込めておくのです。
このとき、『真の黒龍』は『黒雲の巫女』に変わりますので、それに伴って黒と白の巫女車両として形を揃える必要があり、わたくしたちの屋根が落ちます。これは、少しだけ注意してください。もしラックさんの近くに飛んだら避けてくださいね。
さてさて、お待ちかね、ここでようやく『白日の巫女』の登場です。後方から悠然とあらわれた屋根なしの屋台には、白い服の巫女。
あ、そういえば余談ですけども、現在は、無断で白い服を着ること自体が反逆行為と見なされることすらあるので、余程の命知らずしか着ませんからね。一応、気をつけねばならない点なので、おぼえといてください。今後のために。
それでですね、後方から登場する最後の屋台に乗る白の巫女は、煙が晴れかかっている頃に、雲を払うような演出をします。別に大したことしなくていいです。なんかこう、薙ぎ払うようなジェスチャーをしていただければ、こちらが合わせますので。
これで八割がた終わりです。あとはただのパレード。笑顔で手でも振っていてもらえればいいです。
ただ、屋台の順番にだけ少し気を付けてください。前から『戦士』、次に『偽りの黒龍』と続き、『黒雲の巫女』と『白日の巫女』が横並びです。わたくしたちの屋台の横に並んでくれることを意識すればいいかなと思います。
どうです? 簡単でしょう?
★
以上が、マイシーさんの説明であった。
複雑なようにも思ったけれど、要は、俺のやるべきことっていうのは、キンピカ屋台を引いて後方からゆっくり現れて、仕掛けの煙が晴れたタイミングで、オトちゃんたちが乗る黒い屋台と並んでゴールまで進む。ただそれだけだ。
複雑さも衝突の危険もほぼない、安全な役回りである。
そこにいるだけでいいとは、よく言ったものである。
「よし、ちょっと不安だったけど、何とかなるような気がしてきたぜ」
大丈夫、大丈夫だ。気楽にいこう。基本的には、おとなしい祭りなんだ。現実世界の祭りのように、掛け声をあげながら皆で重たい神輿を運んだり、ぶつかり合ったりとか、そういうイベントはないって話だからな。
スタート地点でのちょっとした儀式のあとは、基本的にただのパレード。サウスサガヤの街を街道沿いに突っ切って、終点に到着したところで、マリーノーツを牛耳る偉い人たちのお迎えがあり、屋台を降りて、その人たちと握手。そして花火とともに拍手が上がる。
だいたいこんな流れだ。
その流れについてマイシーさんから説明を受けた時、「どうして最後に握手するんですか?」とレヴィアがきいてきて、「勝利後のハイタッチってやつだ」などと適当に答えてやった。
「ハイタッチ……」と興味深そうにするレヴィア。
果して俺は無事に巫女運搬の使命を果たして、勝利後のハイタッチにこぎつけることができるのだろうか。
というわけで、俺が下にいて車輪を動かす当番で、レヴィアとフリースが舞台上で愛想振りまく当番。そんなポジションで儀式が間もなく開始されようとしていた。
俺たちが担当することのなかで、一番練習が必要なのは、このスタート地点での儀式のはずだ。
ああそうだ、マイシーさんはこうも言っていた。
「簡単ですよ。練習? 必要ありません。大丈夫」
マイシーさんは口癖のように「大丈夫」を乱れうちするけれど、不安しかない。大きな屋台だ。一歩間違えたら大変なことになるだろう。
だいたい、大勢の前で行う大事な儀式なんだろうに、練習なしのぶっつけ本番でやらせようなんて、おおらかと言えば聞こえはいいが、スーパー怠慢で思慮の浅いことなんじゃないのと思う。
もしも、この何トンあるんだか知れない四輪の屋台が横転したり、観客に突っ込んだりしたらどうなる?
大事故じゃないか。
目も当てられない。
あれ、ていうか待って。トン単位?
それって、まずくないか?
この屋台、俺ごときの脆弱じゃ引けないんじゃないの?
マイシーさんは龍と契約したり、大勇者に匹敵する力を持ってるから感覚が鈍っているに違いない。庶民感覚で考えるなら、普通の人間は、トン単位の車を引けない。ましてや、スキルなしで、一人でなんて、マリーノーツの大地がひっくり返っても無茶である。
急に寒気がしてきたぞ。
緊張で汗ばんでもきた。
牽引スキルなどない俺が、どうやってこの屋台を運べばいいんだ。
微動だにしない、とかなったら、それこそ目も当たられない事態だ。
マイシーさんが「大丈夫」と言うからには、いざとなったら何とかしてくれるとは思うのだけれど……。