第145話 祭り(1/5)
祭り会場は、俺たちがかつて通ってきた石畳の街道だった。
以前ササッと通り過ぎた時とは全く様子が違っていて、色とりどりの飾りつけが風に揺れ、提灯が並べられている。少し見ないうちに、ずいぶん街全体が活気づいて、カラフルになったものだ。
サウスサガヤといえば、いろんな建築が入り混じったごちゃごちゃした街っていう印象しかなかったけれど、こんな派手な顔も持っていたとは。
さて、会場に入るか入らないかってところで、さっそくのワントラブル。
議員を名乗るドノウとかいう男が、王室親衛隊を連れて挨拶に来ていた。
しかし、オトちゃんは車に乗ったまま外には出ず、マイシーさんが俺に馬を預けて降り、挨拶をした。ちゃんとうまく馬をその場に留めておくことができた。
議員を名乗るドノウという男たち一行は、ただの中年の集団であり、特に偽装があるわけではなく、出てきても危険なことはないように見えたが、オトちゃんにとって、どうやら気に入らないことがあったらしい。
議員は、オトちゃんが外に出ないことに不満を抑えきれない様子だった。議員からしたら、わざわざ出迎えに来たのに本人が出て来ず、側近の握手で済まされるなんていうのは、面目丸つぶれなのだろう。
「どうも、ご歓迎ありがとうございます。道をあけてください」
と、先を急ぎたいマイシーさんが一言で挨拶と別れを済ませた。
「なんっ……」
議員は一気に腹を立てた。
しかし、立場はマイシーさんのほうが上である。こういう場合、マイシーさんは神聖皇帝の代弁者でもあるからだ。
そのとき、王室親衛隊が沿道の警備をしていたが、オトちゃんを一目見ようと後ろから押されて、バリケードが崩壊しそうになった。
その場に出てきていないということが、後ろにいる人たちには伝わっていなかったようである。
ちょうど、議員がイライラをぶつける相手を探しているところだったのも引き金となった。
議員は叫ぶ。
「ええい、愚民どもめ! オトキヨ様の御前であるぞ! つつしまぬか!」
しかし、後ろから押されているので、そんな声を聞いている余裕もなく、ついにバリケードは崩壊してしまった。
即席の壁からこぼれ落ちる民衆。
「構わん、街道に出てくる者は反逆者とみなしてよい! 攻撃しろ!」
「しかし、ドノウ様……」と、戸惑う王室親衛隊の甲冑たち。
「どうした、貴様らの好きな反逆者だぞ! 存分に逮捕させてやるからとっととやれ!」
「は、はい!」
かなり地位の高い議員なのかもしれない。王室親衛隊を従わせているわけだからな。
「オトちゃん、何とかできないか?」と、俺は車に呼びかけた。
するとすぐに、「やめよ!」と声だけが響いた。まるで拡声器でも使ったかのような大声で、振動で肌がびりびりと震えた。
神聖皇帝からの命令とあって、甲冑たちは、抜いていた剣や弓やハンマーや杖などを手放し、攻撃姿勢を解いたのだった。
車の中からの声が強く響く。
「わしの前で民を鞭打つなど絶対に許さぬ! 一撃でも加えてみろ、地の果てまで追いかけてでも貴様を地獄に叩き落すからな!」
つまりは、抜け駆けして、一番先に挨拶をしに来た権力志向の議員がいて、そいつの化けの皮が剥がれ、かえって面子を失うことになった、という話である。
そのドノウという名の議員は、とぼとぼと俺の横を通り過ぎる時に、
「世間知らずの箱入りが。そんな弱腰だから我々が市民に侮られるのだ」
などと呪詛のように言い放った。だが、オトちゃんはその声を拾い上げ、言うのだ。
「おぬしとて、ただの市民じゃろうに」
「……フン、生意気な。まったく女が上に立つなど、ろくなことにならん」
だいぶ偏見の強い人のようだった。
なんだかな、こういう人が王室親衛隊というそれなりの大組織をアゴで使える権力を持っているということは、あまり歓迎できることではないなと思った。
★
沿道は、食べ物の店がずらりと並んで出たり、見物人でひしめき合っていたり、とても賑やか。なんだか緊張してきたぞ。成り行きとはいえ、なんで俺たちがこんな大舞台に立つことになったのやら。
俺なんか、ちょっと前までお尋ね者だったくらいだぞ。
そういった事情もあって、顔を隠したいとお願いしたら、顔を隠すための兜を貸してもらった。牛みたいな角が二本、雄々しく生えていて、顔を隠す赤い仮面もついている。
このゲーム的世界は、基本的には西洋風ファンタジーっぽい雰囲気なのに、ちょくちょく和風になるよなぁ。
ともあれ、俺が目立つ場所に立ったりするわけではなく、目立つのは純白のレヴィアの仕事である。
俺たちを載せた人力車は、祭り会場の近くで停まり、一度全員が降ろされた。
「レヴィア、おい、そろそろ起きろ。出番が近いぞ」
口を開けてグッスリの寝姿をそのまま眺めていてもよかったし、俺が彼女を抱っこして運んでやってもよかったけれど、たぶん本人が嫌がるだろうから、優しく起こしてやる。
ゆっくりと目を開いた彼女は、ん、と軽く声を漏らすと、
「あ、はい」
と返事をして起き上がった。
俺とフリースとレヴィアの三人は、用意されていた別の車に乗ることになる。
移動する先は金色一色の煌びやかな四輪車。なんだろう、山車とか山鉾とかっていうんだったかな、祭り用語だと。
本当に見事な金色。細かな意味ありげな彫刻が掘られているのはもちろんのこと、太いタイヤまで金に染められているように見える。普通の車くらいのサイズではあるが、空に向かって長く伸びているので、質量としてはかなりのものだ。
一番上には舞台のようなものがあって、座り心地のよさそうな椅子が取り付けられていた。
牽引するのは、俺。
何故か俺。
何で俺?
パワー的にどう考えても無理だろう。
牽引スキルをもった人形さんはどうしたんだとマイシーさんにたずねたら、あの人は何と言ったと思う?
「大丈夫です。ラックさんならできますって! 何とかなりそうな名前ですもん」
いや絶対に大丈夫じゃない。
「どう考えても重たくて無理だろう。役割変更を要求する。俺の本来のポジションは建物の上でレヴィアの横に立って励ましたり、次の動きをアドバイスしたりする係くらいが合ってるんじゃないのか?」
「そうは言いますけどね、ラックさん。屋台の上、たぶんめちゃくちゃ揺れますよ? 落ちて死んでもいいんですか? それに、オトキヨ様のお車が揺れたりしてはいけませんので、そちらに割ける牽き手はいないのですよ」
「これが、権力ってやつか……」
「いいじゃないですか。あなたの屋台には、レヴィア様のほかにはフリース様が乗るだけですよ。わたくしなんか、一人でオトキヨ様をお守りしなければならないのですよ?」
「そうはいってもなぁ」
「大丈夫!」
だからこの人の『大丈夫』はあてにならないんだって。
★
俺が、しぶしぶ新しい金ぴかの屋台に移動しようとした時、神聖皇帝オトキヨ様ことオトちゃんの様子に異常がみられた。
なんと、オトちゃんは一瞬で形を変えた。
美しく整っていた顔が、ぐにゃりと形を変えたかと思ったら、まさに水のように落ちていき、目の前からいなくなった。かと思ったら、俺の腰のあたりくらいの高さで再構成された。
可愛らしく、幼い顔。
「うわっ、お、オトちゃん?」
ゆったりした服がニノウデのあたりに引っかかっていて、胸から上が露わになった。どうせならオトナモードのときにそれをやってほしかった。子供の姿ですべすべの肌を見せつけられたところで、何も感じない。何も感じないんだよ!
今じゃレヴィアやフリースよりも幼い見た目、九歳児くらいの姿になっていて、腰まであった毛先の赤い黒髪や、ゆったりしていた黒い服も地面についてしまっていた。
「みたか! これが影武者如水というやつじゃ」
子供っぽく、エッヘンって感じのポーズ。その声も、すでに幼い声になっている。「美人」から「可愛らしい」にランクダウンしてしまった。俺としては不満である。
「ああ……本当にオトちゃんって人間じゃないんだなぁ」
「さっきから、そう言っておろう」
いきなり高く幼くなってしまった声に、違和感を禁じ得ない。
「いや、この目でみるまで、ちょっと信じられなかったもんで」
そしてオトちゃんという呼び方が非常に似合うようになった小さな神聖皇帝様は、偉そうに指示を出す。
「マイシー、着替えをもてい」
「オトキヨ様。こちらに。すでにご用意しております」
「うむ。かたじけない」
俺に背中を見せながら、新しい真っ黒のゆったり服に袖を通したオトちゃんは、ふりかえってすぐに頭巾を深くかぶって、可愛らしい顔を隠してしまわれた。
「これで準備オッケーじゃな」
ニシシと笑う歯だけが見えていた。
俺は、ふと気になったことをきいてみる。
「オトちゃん、顔を隠さねばならんのはわかるんだが、どうしてわざわざ幼い姿になる必要があるんだ? 威光とか威厳を示すんだったら、むしろデカいほうがいいと思うんだが」
「うーむ、言わんとすることはわかるがな。じゃが、わしは水の象徴として君臨しておる。オトナの姿というのは、どうにも人々の心を濁らせてしまうものじゃ」
「子供のほうが純粋……。どうなんだろうな、それは」
「まあ、実を言うと大昔の議会の連中が決めたこと。その受け売りじゃ。とはいえ、一理あるとわしは思うのでな、公的な場には幼い子供の姿で出ることにしておるのじゃ」
「議会っていうのは?」
「この国の方針を色々と決めておる場じゃよ。わしも議会で意見することはできるが、今は余程の事が無いかぎり、そやつらに任せておる」
「なんか、色々大変そうだな」
「問題ない。誰とは言わんが、わしの言いたいことを汲む有能な部下が一人おってな、全て簡潔にまとめてくれよる。じゃから議会では特に不自由はしとらん」
本当に、マイシーさんが大変そうだよなあ。