第144話 二人乗りの馬にて
「ラックさんは、馬に乗ったことがありますか?」
その質問に、無いですと答えたら、マイシーさんは、
「では、どうぞこちらに。わたくしが乗り方を教えましょう」
そんなこんなで、サウスサガヤの祭り会場に行くまでの短い区間、俺はマイシーさんの愛馬の手綱を握ることになった。
レヴィアたちの乗る車を横に見ながら、乗馬のレクチャーを受ける。
何度かマイシーさんに敬語でののしられながら、背中から腕を回され抱きつかれ、手取り足取り。ドキドキ乗馬レッスンだったけれど、マイシーさんの胸が背中に当たったところで、鎧だから冷たくて硬い感触だったもんで、そこまでドキドキできなかった。
結果として、教え方が上手かったのか、それとも馬が優秀なのか、ちゃんと一人で動かして、しかも誰かと会話できるくらい余裕ができた。
「マイシーさんは、こっちで練習したんですか? それとも、乗馬スキルみたいなものとか……」
きいてみると、頭の上から声が返事がきた。
「それは、どちらでもないですね。これは、わたくしがこちらの世界にくる前に身に着けた技術です」
「もしかして、マイシーさんってお嬢様だったりします?」
「箱入りというわけではありませんけどね。それなりの教育を受けたことは先ほどお話ししたと思いますよ」
「なるほど、英才教育の賜物ですね」
「そうなります。この世界で役立つ能力を与えてくれた親には感謝しないといけません」
「いや、それはどうなんですか? 親の事を思うなら、はやく帰って安心させてあげた方がいいのでは?」
「大丈夫です」
「マイシーさんの『大丈夫』はあてになりません」
「ラックさん、ご存知でしょう? ここは境目の世界。魔王を倒して目覚めた時には、ほとんど時間が経ってないんですよ。それに、もはや魔王は大勇者たちによって討伐されてしまいましたからね」
このマイシーさんの発言のなかで、少し気になるところがある。それは、俺が現実に帰れるかどうかに直結することだ。魔王がもういないなら、レヴィアと一緒だろうがそうじゃなかろうが、帰れやしないってことだからな。
「魔王がいないんじゃ、今はもう転生者が現実に帰る方法は無いってことか?」
「新たな魔王の誕生を待つしかないと言う専門家もいますが、わたくしの見立ては違います」
「マイシーさんは、どう見ているんですか?」
「……すべての魔王が亡びたわけではない。そのように、わたくしは見ています。そもそも、このマリーノーツという戦いの舞台は、現在はエリザマリー様の意志によって成り立っていて、エリザマリー様が目指したのは、『魔王を全滅させてマリーノーツを穏やかにすること』なのですから」
「じゃあ、本当に魔王を全滅させたらどうなるんです?」
「真のゲームクリアでしょうね。転生者は、そのとき全員現実に戻されるのでしょう」
「なるほど」
「ま、仮説ですけどね」
そこで一旦会話が途切れたが、馬に揺られながら、会話は続く。この際だ、聞きたいことはできる限り聞いておこう。
「そういえば、マイシーさん。レヴィアが『白日の巫女』なるものをやるそうですが、白日の巫女って誰なんですか?」
「わたくしたちの間では、わりと常識ですけど、エリザシエリー様ですよ」
「その名前、ちょいちょい聞いたことあるんだよなぁ……」
「そりゃあ、長雨に晴れをもたらす巫女ですから。オトキヨ様と同じくらい、いや、それ以上の人気者です。いろんな商品で名前が使われたりしてます」
「あ、そうだ、お酒! ザイデンシュトラーゼンの宴で飲んだのが、それでした」
「……ラックさんって、この世界に来て何年たちます?」
「かれこれ十年になるなぁ。ゲーム内時間で、だけど」
「そのわりには幼稚園児なみの知識のなさですよね」
「え」
背後からの突然の毒舌にさらされて、俺の胸にはズキッとした痛みが走った。
「なんか、すみません……」
十年といったって、転生者になりたての後輩に教会の場所を教えるだけの簡単なお仕事だったんだ。その間、ずっと始まりの町ホクキオの外に出ることはなかった。そんな九割がた引きこもりみたいな日々だったんだから、世間知らずになっても仕方ないじゃないか。
なんで俺こんな責められてるんだろう。車の中に戻してもらえないだろうか。レヴィアの寝顔を見つめたり、フリースと一緒に小糸丸ちゃんを可愛がったり、オトちゃんと平和に語り合いたいのに。
「いいですか、ラックさん。もともと『白日の巫女』のお役目はですね、はっきり言いますと、『そこにいるだけでいい』です。だから極端な話、人形でもいいのです。祭りに参加するのは名誉なことですので、候補者は多く出ますけどね」
「今回は、誰が『白日の巫女』として参加する予定だったんだ?」
「今回は、そこで行列を形成している護衛女子たちの中の一人がやることになっていましたね」
「そうなのか、じゃあ、その人にちょっと申し訳ない気もするなあ。いきなり現れたレヴィアがおめでたい役を奪い去ったんじゃあ……」
ところが、マイシーさんは平然と答える。
「人形ですから大丈夫ですよ」
「え。どういうこと?」
「前方と後方を固めてくれてる甲冑の人は、正真正銘本物のホクキオ自警団の人ですけど、黒い服を着た女たちと車を牽引している人々は、わたくしが作ったコピー人形ですから」
「ええっ? 全部?」
「ええ、全部」
「とてもそうは見えないですけど! さっき魔法つかって戦ってたし!」
「わたくしは多くの技を使えるのです。もうお忘れですか? わたくしは一度でも目にした技はだいたいコピーできる。そういう多芸多才の力を持っているのですよ。銀龍の加護というやつですね」
「なるほど……でも、オトちゃんがレヴィアに『白日の巫女』を命じた時、ちょっとあの黒い人たち、ざわついてなかった?」
「演技です。リアリティ出すための」
「必要ある? そんなの」
「オトキヨ様を安心させるために、本物の人間に見せかけてるんですよ。実際の戦闘員がわたくし一人しかいないと思わせてしまったら、不安がって帰りたがるでしょう?」
「なるほど……想像以上に繊細なんだな」
あるいは、マイシーさんが度を越えた過保護なだけかもしれないけど。
「そういったわけでラックさん、御心配には及びませんよ。レヴィア様が『白日の巫女』をなさるというのは大歓迎ですから」
「あの……本物の巫女……エリザシェリーっていう人は、亡くなってしまったんですか? 生きているなら、本人が祭りに出てくれば、みんな喜ぶんじゃないかと思うんですけど」
「ええと、そこらへんの事情は、申し訳ないけど言えないんですよね」
「何でですか?」
「議会の決定で、呪われてしまったのですよ。彼女の正体に直接つながる情報は口にできません」
また呪いか。この世界には呪いが蔓延してるなぁ。
「その呪いっていうのは、誰の呪いを解けば解決するんですか?」
「おそらく、エリザシエリー様ご本人でしょうね」
「俺たちは呪いを解いてきた実績がけっこうあるから、その人に会えたらザイデンシュトラーゼンに連れて行って、呪いを解いてやりたいな」
「もう会ってるはずですけど」
「え、どんな御方なんだ。白い服の巫女だっていうなら、さぞお淑やかで可憐な、レヴィアみたいなやつなんだろ」
「曇りまくりの盲目ですね、ラックさん。だいたいレヴィア様はそんなにお淑やかですか? むしろ溢れるほどの野生を感じるんですけども」
「野生ねぇ……。まあ、最近は猫みたいによく寝てるよなぁ」
「とにかく、いずれにしても、わたくしの口からハッキリ申し上げることはできないのです。単刀直入に言えないのは、わたくしにとっては大変なストレスです。ただし、誰に聞かせるでもなく、昔の思い出話をすることくらいはできますよ」
「なるほど」
そして彼女は語り出す。
「オトキヨ様がすでに幼女のお姿で『黒雲の巫女』としてご活躍だった頃に、『白日の巫女』になった女の子がいたそうです。その方は、予言者と呼ばれた方のお孫さんで、よく才能を受け継いでいたといいます。彼女が『占い』をすると、かなりの確率で的中しました」
「占い……か」
「そして、オトキヨ様の、『水を操って変装するスキル』をうらやましがった影響で、真似をしようとして偽装スキルを使った悪戯をして、よく大人を困らせていたらしいです」
「偽装……ってことは」
「偽装で別人になって人をドッキリさせること、偽装で気持ち悪い生き物を生み出して人を驚かすこと、そして驚く姿をみて喜ぶこと……そのくらいの可愛いものでしたけどね。今ではホクキオ貴族街で暮らしていて、別の名前を名乗っているようですが」
ああ、キャリーサだね。
……えっ、キャリーサなの?
毒キノコみたいな服を着てるイメージしかないぞ。白とは程遠いし、太陽とも程遠いし、そんな明るいイメージ全然わいてこないんだけども。
「たぶん、ラックさんの頭に思い浮かんだ人で合ってると思いますよ」
じゃあ、さっき姿を見せたんだから会いにくればよかったのに、何故そうしなかったのだろう。
たぶん、そこも呪いが関わってるんだろうなぁ。
「今度会ったら、呪いを解いてやろう。そうすれば、そいつはオトちゃんとも普通に会えるようになるんだよな?」
「それは名案ですね。ぜひ、よろしくお願いします」