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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第七章 星の祭り
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第143話 黄色の波(2/2)

 そう、俺は安全な屋根付き人力車に戻ろうとしたんだ。そしたら透明の壁にガードされてしまった。


 入れない。


 窓ふきをする人みたいに壁をなでる結果となった。


「ちょ、戻れないんだけど、どうしたら……」


「あっ、しまった」とマイシーさん。「外からは干渉できませんので、一度出ちゃったら入れないんでした」


「え、それって大丈夫なの? さっき防壁を抜けてここまで矢が飛んできたし、俺の身が危険にさらされない?」


「さて……ということですから、すみません。ラックさん、覚悟を決めてください」


「え? 何の? ねえ何の? 何する気?」


「魔力が満ちてきたので、ちょっと敵を全員吹っ飛ばすカウンター大型魔法をぶっ放すところです。運が良ければ生き残れますので」


「おい、それって……」


「大丈夫です。ラックさんは運がよさそうな名前ですからね。イケますって。自分の名前を信じましょう!」


 テキトーすぎる!


「あなたの大丈夫ってのがアテにならないのは、よくわかりました。覚悟は決まりませんけど、最後の言葉になるかもしれないので、一つだけ言わせてください」


「何でしょうか? 大丈夫だとは思いますが、一応きいておきます」


「年上の女は、これだから!」


 マイシーさんはフフンと鼻で笑って、白銀の剣を抜き、頭上に掲げ、呪文の詠唱に入った。


「――光輝く銀龍よ。天翔ける聖剣よ。今こそ収穫の時。刈り(たま)え、清め給え。玲瓏(れいろう)として舞い散り給え! 銀鱗散華三昧(シルバーブレードシャワー)!」


 するとどうだ、刀身の部分が強く光った後で消滅し、次の瞬間には大きな銀色のドラゴンが青空に出現した。


 夢か幻かと思ってポカーンと眺めていたら、龍は咆哮してからギュルギュルと回転し、その身体から、ゾウよりも巨大な銀の鱗を飛ばした。一つや二つではない。大きな人力車なんかあっさり斬りつぶすくらいの巨大な凶器が、悲鳴の中で桜吹雪のように飛び交った。


 綺麗だなぁ、とか一瞬だけ思ったけれど、すぐに地獄絵図であることに気付く。


 逃げ惑う人々。次々に倒れていく人々。乱れ飛ぶ断末魔。飛んでいく流星のような敵の魂たち。


 人力車を中心に形成されていた防御用の薄い膜は無残に剥がされ、俺の真横に龍のウロコが落ちて、地面が揺れた。


 冷や汗が緑の草に落ちる。


 こ、これは、いかん。全然大丈夫じゃない。まじで死んでしまう。


 逃げ場なんて無いように思えた。


 しかしその時、俺は閃いた。


 落ちて突き刺さっている龍の鱗をよく見ると、アーチ状になっていて、地面と隙間ができている。ちょうど人が一人分もぐりこめるくらいのスペース。


 この中に入り込めば、刃物の嵐の中を生き抜くことができるに違いない。


 俺はヘッドスライディングで潜り込むと、身体を丸めて震えながら、おさまるのを待った。


 そして、揺れと風と悲鳴がおさまって、異様に長く感じる恐怖の時間が終わった頃、外に這い出した俺の目に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。


 敵は壊滅、どこかに逃げ去ったのか味方の姿はほとんどない。そこまでは予想通りだ。


 だが、問題はマイシーさんだ。膝をついて、動けないでいる。


 そんでもって、遠くから、黄色い服の連中が近づいているのが目に入った。すなわち、敵の増援である。


「あの……マイシーさん、もしかして、もう戦えないとか、ないですよね」


「ラックさん、あとは任せましたよ」


「え、ちょっと、なんですそれ」


「我らが神聖皇帝オトキヨ様が無事で済むかどうかは……あなたに、託されました」


「重い重い! 無理です。冗談やめて、はやく起き上がってください。そしてあの黄色い敵を吹っ飛ばしてくださいよ」


「うーん、ごめんなさい。魔力切れですね。少しの間、動けないです。まさか、敵がこんなに多いとは思いませんでした」


 この人、本当にエリートだったのだろうか。さっきの過去話は、かなり盛っちゃってたんじゃないのか。


 そんな疑惑も噴き出すくらいの詰めの甘さである。


 フリースが出てくることを祈っても、いまごろイトムシをオトちゃんに自慢するのに夢中だろうし、レヴィアも眠りの中だろう。


 他に、誰かいないのか。


 ここはハイエンジだから、ザイデンシュトラーゼンが近いと思う。狼煙でもあげれば、アンジュさんとか、タマサとか、シノモリさんとかが助けに来てくれるんじゃないか、とか思ったけれど、今からじゃ絶対に間に合わないとも思う。


 セイクリッドさんやティーアさんが近くにいてくれないかなとか思っても、視界には草原と敵しかなかった。


 ああ、だめだな。俺としたことが、いつも他人に頼ることばかり考えている。


 だんだんと賊が近づいてきている。


 いつぞや、レヴィアと一緒に門を閉めた時のことが思い出される。あの時も、遠くから大量の賊が迫って来ていたっけ。


 今、ここはただの草原で門なんか無いし、何よりレヴィアがいないから、勇気も何も湧いてこない。


 俺は死ぬのか。得体のしれない、誰が差し向けたかもわからない黄色い有象無象(うぞうむぞう)の賊に踏み荒らされて死ぬのか。


 そんなの嫌だけど、このままでは、そうなってしまうな。


 ふと、空を見上げた。紅く光る物体が見えた。


「あれは、なんだ?」


 死の直前にUFOでも見えてしまったか、などと思ったけれど、違った。結論を言ってしまおう。それは、『曇りなき眼』をもつ俺には見えない怪物兵器だった。


「あれは……」


 紅く光り、点滅するカードが三枚、空中に浮いていた。敵の頭上に、偽装スキルで何かが生み出されているということだ。生み出された何かは俺には見えない。


 ふと風に乗って届いた甘い匂いが頭の奥を突き刺し、くらくらして倒れそうになる。


「ラックさん。なんでしょう、あの、ものすごい巨大な怪物は。敵の秘密兵器でしょうか」


「さあなぁ、俺にきかれても」


 俺には怪物とやらは見えないけれど、この甘い匂いと偽装スキルの使い方には、ちょっとばかり心当たりがある。


「マイシーさん。何が見えてます?」


「わかりません。甘い香りが辺りを包み込んだかと思ったら、空に丸い胴体から二本の細長い腕が飛び出したモンスターが出現しました。全体的にみれば楕円形のフォルムですが、足がありません。無数のバラのようなトゲトゲが生えていて……いま、敵のほうから向かってくるところで……」


 紅く光るカードたちが、敵の方からこちらへ向かってくる。


「よく見ると……飛び出しているのは腕じゃありませんね。頭としっぽのようです。あれは何なんですかね、ラックさん。だんだんと近づいてくる姿を分析するに、足のない細長い蛇みたいなものが、なにか大きな楕円形を丸呑みにしたような形です。そこに多くのトゲがあって……」


「そのトゲっていうのは、どういう系だ?」


「どういう系……と言いますと?」


「こう、ハリネズミみたいな動物系か、バラのような植物系か、あるいは何かの骨とか金属が飛び出している感じなのか」


「ん、望遠術で見たところ、トゲは植物系に見えますね。全体の色は緑色です……ウッ、あれは爬虫類系の目ですね。なんだか禍々しいです」


 緑という色は植物の感じが強く出ている気がする。


 今度のかけ合わせは何だろう。卵まるのみの蛇と、トゲのある植物あたりかな。


 その仮説からカードを予想する。


 カードは三枚。三つの要素。大きな卵。大きな蛇。植物のトゲ。


 だったら……何らかの金の卵と言われる人の名刺、蛇を祀る神社的な施設のお札、植物園の入館チケット。この三枚あたりだろうか。


 三枚のカードから生み出された合成獣が、草原を蹂躙(じゅうりん)する敵と一緒になって向かってきているらしい。


 どう考えても、以前何度もちょっかいをかけてきた誘拐女、合成獣士(キメラメイカー)キャリーサの力だ。


 ということは、


「キャリーサが敵を差し向けてきたってことか? 狙いはレヴィアか?」


「え、キャリーサ様……ですか? なるほど、『占い』と『偽装』の複合……この力はあの方の……だとすると……ラックさん。もう安心して良いようですよ」


「え? それって、どういう……」


「見ていればわかります」


 それまで焦りと恐れを見せていたが、一転、マイシーさんは一人で勝手に納得し、余裕の表情になった。


 すぐに、合成獣は高度を下げ始めた。


 重力に負けるように、落ちてきて、落ちてきて、やがて敵の黄色い連中も異変に気付き始めた。空を振り返り悲鳴をあげる人々。ぶつかり合って転倒する人々。戦列が滅茶苦茶になり、あわを吹いて倒れてしまう者もいた。


 そして、接触。


 俺の目から見ると、突然に敵たちが次々に吹き飛ばされているようにしか見えない。偽装された怪物がいかに暴れ回っていても、俺の目には映らない。


 けれど、確かにそこに敵を蹴散らす怪物(モンスター)が存在していて、そしてマイシーさんの思った通り、あっという間に黄色の群れを撤退させたようで、何もない緑の草原に戻してくれた。


「よし、危機は去りましたね。では再出発です。みなさん、配置についてください」


 マイシーさんが言って、車の裏側あたりから白銀の甲冑たち、黒い服の女たち、牽引メンバーたちが戻って来て、素早く配置についた。


 いくつも落ちていた白銀のウロコたちも、自然にマイシーさんの剣に戻っていき、地面や草原についた傷跡も消えていく。


 こうして、ほぼ何事もなかった状況が整い、ぼろぼろの防御膜も完全になくなったタイミングで、車の中からオトちゃんが出てきた。


「おぅいマイシー。ずいぶんと長い時間、車が止まっておるが、何かあったのか?」


 マイシーさんと俺は顔を見合わせて頷き合い、こう言った。


「いえ、何もありませんでしたよ、オトキヨ様」

「ああ。何も無かったぜ、オトちゃん」


「ふぅむ、二人で何をしておったのじゃ? なにやらあやしげじゃの」


 皇帝様からの詮索を受けたので、俺の機転で誤魔化しを試みる。最近、こういう誤魔化しばかりやってる気がするな。


「オトちゃん、すまん。実は、俺が無理言って車を止めてもらってたんだ」


「そりゃまた何で」


「祭り期間中のウサギがものすごく素早くなるのは知ってるだろ? そこで、俺があの白いのを捕まえてみたいから付き合ってくれと言ったんだ。だが、見ての通り、逃げられちまった」


「なんじゃと? マイシーがいたのにか? マイシーがおれば、ラピッドラビットの捕獲など楽勝じゃろうに」


「いやぁ、すごいスピードだった。祭り期間中のウサギってやつは、俺の『曇りなき眼』でもとらえきれないほどだったぜ。な? マイシーさん」


 速すぎる相手には曇りなき眼なんて、もとより役に立たないんだけども。


「本当か? マイシーよ」とオトちゃんは疑いの目を向ける。


「そうですよね、マイシーさん」俺はウインクをかましながら声なきメッセージを送る。


 しかし、ここでなぜかマイシーさんが自分の首をしめるかのような裏切りを見せた。


「何を言っているのですか、ラックさん。わたくしがウサギごときに負けるとでも?」


「なっ」


 思わず声を漏らした俺に、オトちゃんは不審の目を向けた。


「うむぅ、やっぱり怪しい」


「いやいや、違うんだよオトちゃん。楽勝だぜ、とか叫びながら調子に乗った俺がウサギに翻弄(ほんろう)される姿をマイシーさんは見ていただけ、こんなところでどうでしょう?」


 嘘がさほど上手くない俺がマイシーさんの顔色をちらちら見ながら提案したところ、


「そのくらいだったら許容できますね」


 話がついた。


 黄色い奴らとの戦いなど無かったことになった。俺が調子に乗ってラピッドラビットに翻弄されたということになった。


「おぬしら、思いっきり口裏をあわせておらぬか? わしに、何か隠しごとをしておるじゃろう」


「何も隠してないですね。車の中から外を見えないようにしていたのも、ラックさんの醜態(しゅうたい)を皆に見せないようにするという配慮からですし」


 マイシーさんも、ようやく俺のでっちあげた設定に乗ってくれた。


「なるほどのう」オトちゃんは納得したようだった。


 この皇帝、騙されやすいタイプに違いない。


 そう思った時、とても親近感が湧いたのだった。


「さあさあ、祭りの予定時刻に遅れてしまいますので、はやく戻ってください。もうあまり時間ないですからね、急ぎましょう」


 マイシーさんが背中を押して車に押し込もうとする。


 と、オトちゃんは車に押し込まれそうになりながら、進行方向にある何かに気付いた顔をした。


 俺もつられて、そちらを見る。


 草原を切り裂いて走る石畳の先に、姿勢よく立つシルエット。


 紫色の影があった。長身の女性だ。カードを広げたり閉じたりして、自分の存在をアピールしているかのようだった。


 だが、そのキャリーサらしき影は、こちらが見ていることに気付いた途端に、あわてて身を(ひるがえ)すと、背中を向けて走り去っていった。何なんだ。


 オトちゃんは、少し嬉しそうに目を細めながら、遠ざかっていく背中を見つめていた。




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