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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第七章 星の祭り
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第141話 マイシーさんの昔話

 マイシーさんの人生は、ある時までは順調そのものだった。


 眉目秀麗(びもくしゅうれい)姿態(スタイル)抜群、運動(スポーツ)万能、成績優秀、家も金持ち。学生時代には才色兼備の生徒会長。品行方正でクソがつくほど真面目で、みんなの見本。そのうち世界のトップクラスで活躍する人材だと思われていた。


 やがてエリートエスカレーターを悠然(ゆうぜん)とのぼり、なんかエライひとの秘書という職業についた彼女は、激務を必死にこなしたという。ほとんどミスをしたことがなく、頼られて、頼られて、頼られまくったそうである。


 そんな彼女が、なぜ異世界マリーノーツに来たのか。


 マイシーさんは、あっさりとした口調でこう言った。


「働きすぎで死にかけたからです」


 過労。


 ご存知の通り、マリーノーツがあるのは生と死の隙間にある異世界である。魔王を倒せば強制的に生還させられる仕組みになっている。


 聡明(そうめい)なマイシーさんは、ホクキオの草原で目覚め、すぐに教会に辿り着き、魔王と勇者が争う世界のことを説明されたらしい。初めて教会に足を踏み入れた時に容疑者だった俺とは大違いである。


 彼女は、そのチュートリアルのような時間の中で、教会の人間から「この世界に生まれた以上は、魔王を倒さねばならない」と言われた。その時、彼女はすぐに悟った。


「ああ、わたくしは死にかけているのですね。そして魔王を倒せば、元の世界に戻れると……」


 そしてすぐに決断した。


「なるほどそうですか、魔王を倒さないのもアリなんですね」


 そこからのマイシーさんの選択は、実に消極的に思えるものであった。それはもう、俺が親近感をおぼえてしまえるくらいに。


 強い味方と行動をともにしながら、誰ともパーティを組まず、観察と情報収集と補助に徹する。魔王を倒してしまわないように、細心の注意を払いながら。


 なぜ魔王を倒して帰ろうと思わなかったんですか、という俺の当然の問いには、


「現実にかえるということは、また忙しい生活に戻っていくということですよね。もうちょっと休みたいんですよ、わたくしは」


 とか返してきた。どうやら、降って湧いた休暇をまだまだ満喫していたいらしい。


 そんなこんなで、コバンザメのように強いパーティにくっついて歩くうちに、魔王の種族によって戦闘行動に一定のパターンがあることを突き止めた。


 結果としてマイシーさんは、この異世界で独自の学問分野を切り開くことになる。


『戦闘時における魔王の行動に関する調査――有翼系を中心として――』


 書物のまちミヤチズの学会で発表されたこの論文は、画期的なものであった。


 転生者は強い力をもつかわりに、魔王を倒した時にはパーティ丸ごと、この世界から退場することになる。ところが、マイシーさんはパーティを組まずに補助をしながら行動観察に徹するので、消えず、魔王の戦闘データを多く収集することができた。


 論文がきっかけとなり、魔王の情報を多く持つマイシーさんは、それまでよりもさらに強力なパーティからお呼びが掛かるようになっていった。


「最低な日々でしたね。現実世界を思い出すくらいの激務でした。ちょっとここでも死にたくなってしまいましたよ」


 すっかり、魔王行動学のパイオニアになっていたという。


 ある日のこと、彼女は、ものすごく強いパーティにくっついて歩き、調査することになった。


 そのときの仲間は、いつも組む相手よりも圧倒的にレベルが高く、戦闘スキルを極め切ったような人々だったという。


 やや特殊な任務を帯びた人々で、なんでも、「政府の命令で銀色の龍を討伐する」という密命を受けているなどと自己紹介したそうだ。


 ホクキオから遥か西の絶海の孤島でおとなしく暮らす銀龍は、特に人々に迷惑をかけているわけではなかったが、その五龍の一角を占める伝説に対して、二十人ほどの討伐隊が編成された。


「結果から言いますと、討伐隊は壊滅しました」


「え、すごい精鋭たちだって話じゃあ……」


「龍の力はそれ以上でした。威力も手数も桁違いの怪物でした」


 マイシーさんの話では、銀龍の空を埋め尽くすほどの巨体に、足がすくんだそうだ。大蛇型の龍のウロコのひとつひとつがマリーノーツで最も硬い金属でできていた。余談だが、マイシーさんが装備している銀の鎧にも使われた素材なのだという。軽量でありながら非常に防御力が高いらしい。


 さて、精鋭たちが軒並み倒され、多くの魂が北のフロッグレイク方面へと飛んでいったところで、目の前で膝をついた隊長。彼は死に際に、「逃げろ」と言った。


 血みどろの隊長は、さらに続けて、「実は討伐が目的ではない。五龍の一柱である銀龍と契約を交わし、いずこかに潜伏する炎の大魔王と戦うため……に……だが、君だけでも帰って報告を……」そこで事切れた。


 マイシーさんは当時を振り返って言う。


「五龍との契約など、わたくしは経験したことがありませんでしたし、そこはどう考えても逃げる場面だったと思います。今にして思えば、あの二十人は情報を引き出すための捨て駒みたいなもので、わたくしに銀龍の行動パターンや弱点を探らせて、次か、その次くらいの部隊で龍を屈服させるつもりだったようですね」


「でもマイシーさんは逃げなかったんだな」


「その通りです。かといって銀龍を倒す力など、当時のわたくしにはありません。いえ、今もまだ力を引き出しきれず、五龍レベルの相手はまず絶対に無理なのですが……とにかく、その時のわたくしができることといったら、ひたすら逃げ回ることでした」


「あれ、結局、逃げたんだな」


「あ、いえ、今の逃げたというのは、その場から立ち去ることでなく、龍の攻撃をぎりぎりで避け続けたということです。隊長さんたちの犠牲のおかげで、攻撃パターンは掴めてましたので」


「なるほど」


「次々に飛んでくる刃物で、からだは傷だらけ、ぼろぼろになりながら、もう動けなくなって、ああ死んだなと思いました。でも、絶体絶命に追い込まれたとき、声がきこえたのです」


「声? どんなだ」


「銀龍の声でしたね。『これは愉快。我輩(わがはい)の武器が打ち止めになるとはな。ここまで見極められたのは初めてである。締め上げれば貴様ごとき矮小(わいしょう)、一瞬で(ひね)りつぶせるが、よかろう、貴様と契約をしてやろう』って言われました」


「それで、マイシーさんは何て返したんだ?」


「わたくしは、肩で息をしながら、『何を言っている』と言って戦闘態勢を解きませんでした」


「それだけ必死だったんだな」


「その通りですラックさん。その時は気付いていなかったのですが、後で思い返したら、大きな龍の肉体から全てのウロコが()がれ落ち、ただの白い蛇みたいになっていたんですよね。わたくしの粘りが認められた、というわけでした」


「それで、戦いの結果としてマイシーさんは、何を得たんですか?」


「得たものは二つあります。スキルと地位です」


 スキル……。ああ、闘技場で八雲丸さんが言ってた、他人の技を真似できるスキルか。闘技場での戦いはマイシーさんの力を高めるためにあるんだったか。


「そうですね、簡単に言いますと、実は、一度観測しただけで、多くの技を真似(コピー)することができる『再現』スキルは、収穫をつかさどる銀龍の権能があってこそ使う事ができます」


「じゃあ、もう一つのほう、手に入れた地位ってのは何ですか?」


「それは、もうお分かりでしょう? オトキヨ様の隣は、面倒なことも多いですが、非常にユルい雰囲気で、現実よりはるかにマシです。もうマリーノーツ最高です。現実になんか帰りません! ミスが許される世界って最高!」


 こういう言葉をきくと、嫌でも自分の立ち位置を考えてしまう。


 俺は現実に帰ったところで、マイシーさんほどの激務が待っているわけでは絶対にない。厳しすぎる世界に戻ることにはなるわけない。せいぜい大学院生として研究に没頭して、論文執筆に追われるくらいである。


 だから、マイシーさんとは違って、俺としては、できれば帰りたいとは思っている。


 だけど、ただでは帰りたくはない。レヴィアを連れ帰るのが、俺の目標なのだ。


 どうしようかな。こんなこと、オトちゃんやマイシーさんに語ったら、やっぱり笑われるだろうか。ちょっと打ち明けてみようかな。


「俺はレヴィアと一緒に帰りたいんです」


 そんな風に俺が勇気を出して言ってみると、マイシーさんは馬の上からこんな声を返してきた。


「ああ、とても難しいことですが、きっと絶対に無理というわけではありませんね。わたくしも、絶対無理っぽい状況から銀龍と契約できて、幸運にもオトキヨ様との愉快な日々を手に入れたわけですし、ここは、本気で強く望めば願いが叶う世界なんだと思いますよ」


 真面目である。


 そして黒い服に身を包むオトキヨ様……じゃなかった、オトちゃんも続いてお言葉をくれた。


「おぬしらの世界か……。わしも行ってみたいもんじゃが、そっちの世界は魔力が少ないんじゃろ? 長生きできなそうじゃから、わしはマリーノ―ツに君臨し続けることにするぞ。よいな、マイシー」


「当たり前じゃないですか。もしオトキヨ様が現実に行くとか言い出したら、わたくしも戻らねばならないのでしょう? むしろ自ら死を選びますよ。地獄の過労死生活は思い出すのも嫌なんですから」


 俺は笑った。二人の反応が、とても嬉しいものだったからだ。


 この人たちは、俺の無茶な夢を否定しなかった。


 二人とも年上の女性なわけだけど、今までとは違っていると思った。


 もしかして、ザイデンシュトラーゼンの煙で、俺と年上女の間にあった「呪い」めいたものも、洗い流されてくれたのかもしれないな。


 ……なんてことを、この時の俺は思っていたわけだ。


 この後しばらくして、全然呪われたまんまじゃねーかって思うような出来事に遭遇するんだけども、それはちょっと先の話である。


 今は祭りに向って、東から西へ。


 揺れの少ない大きな人力車は()かれていく。




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