第140話 皇帝みこし(4/4)
「オトちゃん、オトちゃん……皇帝はオトちゃん……」
俺が一人ぶつぶつと呟いている間に、車輪は回転を重ね、来た道を逆戻りし始めた。すなわち、フォースバレーから関所を過ぎて、ネオジュークにまで来てしまった……ということである。
行列の流れに呑まれた形だ。東のミヤチズに行くはずが、遠ざかっておる。
なお、このとき、俺たちはフリースの氷が操る三人乗りの人力車から乗り換え、行列中央にある大きな人力車に乗り込んでいた。
俺とレヴィアが並んで座り、向かい合う形で神聖皇帝とフリースが座っている。そしてマイシーさんが、馬に乗って並走しながら、外から俺たちを守るポジションだった。
「オトちゃん……オトちゃん……絶対に呼び間違えないようにしないと……オトチャン……」
新たに乗った権力者御用達の人力車は、金属製フレームの軽そうな車輪が二十ほどついている大掛かりなものだ。車輪の外側は空気入りのゴムに蔽われており、はっきり言ってしまえば、自転車の車輪が取り付けられている。
これを牽引スキルを持った男女数名が引っ張り、俺たちに快適な旅をさせてくれていた。
車内は広々としているし、神社っぽく角材が飛び出した屋根までついているという贅沢仕様なのである。
「オトちゃん……オトちゃん……」
さて、おわかりかと思うが、さっきからオトちゃんを連呼して呟き続けているのは、俺である。命を守るためである。次にうっかり「オトキヨ様」などと呼んでしまったら、皇帝の気まぐれで処刑されてしまう恐れがある。
なぜ俺ごときザコを相手にフレンドリーさを求めてくるのだろう。自分の立場をわかっているのだろうか。
「ううむ、ラック……。先ほどから、わしの名前を何度も口にしておるが、わしのことが好きになってしまったのか? わしの夫になるならば、かなりの覚悟が必要じゃぞ?」
「そうなんですか、ラックさん」とレヴィアが怒りの色をみせながら横から言ってきたので、すぐさま「違う」と返した。
「またエロエロクソ野郎状態になってたの」と言ってきたのはフリースだ。
「状態異常みたいに言うな。そんなステータス異常ないだろ。あと、またって何だ。人聞き悪い」
「え、状態異常じゃないのにクソ野郎なの? 最低じゃん」
「あのなあフリース。その……オトちゃん……は、確かに美人だけどな、ここらへんでハッキリしとくぞ? 俺には好きな人がいるんだよ」
「ほう、ラックは、どっちが好きなんじゃ?」
オトキヨ様……じゃなかった、オトちゃんが興味津々にきいてきたので、俺は答える。
「俺が好きなのはレヴィアなんです」
「そうなのか、ふられたのぅ、フリース」
――大丈夫。素直じゃないだけ。
そう書いたフリースの氷文字は、心なしか少し小さくて、微妙に震えているように見えた。
「ともかく、申し訳ないが、そういうわけなんでね。俺はレヴィアひとすじなんだよ、オトちゃん」
「うむ。ではフリースは側室というわけじゃな」
「いや、満面の笑みで言い放ったけども、何がどうなってそうなる。俺の国は残念ながら一夫多妻制を採用してないんでね、昔のお殿様みたいなことはできないんだよ」
「よいよい、わしが許す。二人の嫁をもらっても構わぬぞ。二人さえよければ、じゃがな」
皇帝様は火種を投下した。
見ると、フリースが向かい合うレヴィアをにらみつけており、レヴィアちゃんもそれに応戦しそうな目をしている。
これは、もしかしたら、とても幸せなことなのかもしれない。俺の人生に二度と訪れないような奇跡が、二つ同時に訪れてしまっているのかもしれない。
だけどね、果たして俺が二人の嫁とうまくやっていける器を持っているだろうか。
皇帝になるような人間ならば、二人の嫁と仲良くやっていくのも朝飯前のお茶の子さいさいなのかもしれないが、俺は中の下くらいの一般小市民だぞ。一時期は何かの間違いで金持ちになったが今や借金生活だし。無理ってもんだ。
とにかく、ここは、お得意の作戦でいかせてもらう。話をそらして争いを未然に防ぐのだ!
「あのさ、オトちゃん、そういえば、さっき言ってた『白日の巫女』ってのは何なんだ? レヴィアにそれをさせるっていう話だったけども」
「ん? そう警戒せずともよいぞ。ただ座っておれば良いだけじゃ」
よし、話そらし成功。
「……まさか、生贄にされるとか、ないですよね?」
「なんじゃそれ。わしを侮っておるのか? そんなに死刑が好きか?」
「い、いや、そんなんじゃないっす、オトキ……オトちゃん」
「まったく。失礼なヤツじゃな。わしは嫌いじゃぞ、そういう民衆が犠牲になるようなのは。人間に悲しい思いをさせる王になってしまっては、エリザマリーに顔向けできんからの」
「エリザマリー?」
ときどき耳にする名前だ。たしか、牧場ベスおばさんのおばあちゃんだったか。
「わしの盟友じゃ。予言者であり、魔王と戦い、マリーノーツを繁栄に導いたことでも知られる英雄でもあるぞ」
「あ、じゃあ、もしかして、『白日の巫女』ってのはエリザマリーさんのことなんですね?」
「ほう、惜しいところを突いておるが、全然違うぞ」
「そうっすか……じゃあ、エリザベスさんとかですか? 血筋からいうと、それっぽい」
「お、たしかにな。性格的には、エリザベスのほうが太陽っぽい性格だったんじゃがのう」
「でも違う、と」
「そうじゃな。惜しいが、これもやっぱり全然違う。あやつは才能ナシじゃったからの。雨雲を遠ざける宝珠を授けても、うまく制御できなんだ」
「ていうか、全然違ったら惜しくないじゃん!」
俺は二連続で不正解だったことに落胆しながら、皇帝相手の揚げ足取りを敢行した。だが見た目がオトナなオトちゃんは、俺の子供っぽい行為をスルーして、信頼する部下を呼んだ。
「おーい、マイシー」
「はい? なんでしょう」
彼女は車の外で馬に乗っているので、姿は見せられない。声だけが返ってきた。
「すまぬが、こやつが『白日の巫女』について知りたいらしいのでな、教えてやってくれんか」
「はぁ……それは構いませんが、わたくしの口から、申し上げてよいものなのでしょうか? 神聖な伝承ですので、オトキヨ様の口からお話しになったほうが……」
「なんじゃ、マイシー。面倒くさがっておるのか?」
「正直に申しますと、その通りです。せめて、わたくしもそちらの車に移動させていただけるのなら、知っていることをいくらでも話すのですが」
「ばかもの! そうしたら、誰が敵から客人を守るのだ。馬から降りることは許さぬぞ」
「承知しました。それでは、お話しいたします」
「うむ、どうせ退屈しておったところじゃ。多少長くなってもよいぞ」
そしてマイシーさんは、語り出した。
「もう、はるか昔の話です。マリーノーツ初代の王エリザマリー様の御代のこと。エリザマリー様は、天候を操ることにより人々の信頼を得ようと考えました。すでに五龍の一柱である黒龍と契約を交していたマリー様は、雨雲を遠ざける力と、雨雲を呼ぶ力を操ることができたのです」
マイシーさんの語りに、オトちゃんは「うむうむ」と頷いている。
「エリザマリー様は、その人知を超越した龍の力を民衆にわかりやすく誇示する存在として、二人の巫女を立てました。雨を呼ぶ役割をもった巫女を『黒雲の巫女』と呼び、そして雨を遠ざける巫女を『白日の巫女』と呼んだそうです」
そして沈黙。マイシーさんの語りが終わってしまった。
「む? マイシー、今ので終わりか?」とオトちゃん。
「ええ、何かご不満でも? 白日の巫女について、とてもわかりやすく説明できたとおもうのですが」
「超がつくほと不満じゃ。あんな辞書みたいな説明を求めておるわけではないわ! なんともあっさりサッパリし過ぎておる! わしとエリザマリーのド派手バトルとか、冒険者まなかによる、荒ぶる黒龍討伐大作戦とか、みどころはいっぱいあるじゃろうに!」
「いえ、その時は、まだ、わたくしはオトキヨ様に仕えておりませんので……」
「ぐぬぬ、じゃが、なんとかこう、面白い話にできんもんかのう? たとえば、わしが『黒雲の巫女』になってから世界を救いまくった話を一覧にしてまとめるとか」
「あ、じゃあ、ド派手に滅ぼしかけた話とか、してもよろしいですか?」
「ぬああ! なんでマイナスな話をしようとするのじゃ! マイシー、失礼であるぞ!」
「申し訳ございません。ですが、わたくし、どうも話下手なものでして」
話下手か。言われてみれば、ある意味そうかもしれない。マイシーさんは、なんというか、無駄な寄り道をしないタイプではなかろうか。必要最低限の情報を的確に伝えるのは得意でも、話を面白くするのは苦手、といったところか。
そこで、ふと思った。
マイシーさんがどんな人生を歩んできて、どうしてオトキヨ様……じゃなかった、オトちゃんのそばに置かれることになったのか、聞いてみたい。
「なあ、時間があるんだったら、巫女の話はもういいからさ、マイシーさんの話をしてくれないか? ここに来るまで、どうやって生きて来たのか、教えてほしい」
すると鎧の美女はどういうわけか声を弾ませやがった。
「え、え、ええっ? わたくし、いま、言い寄られてます?」
言い寄ってない。異性に免疫ないんだろうか、この人。