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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第一章 10年前
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第14話 山賊アンジュ(1/3)

 俺が再び虎柄の服に身を包んだ後、


「約束は守らないとね」


 そう言ったアンジュさんは、俺たちに眠り薬の入っていない健全なお茶をいれた後、身の上話を始めた。山賊アンジュの罪を不問とする条件は、全財産を俺に渡すことと、俺に「なぜ山賊をするようになったのか」を語ることだったからだ。


 だから彼女は、語り始めた。薄暗い洞窟の中で、これまでの『マリーノーツ』での記憶を。


「そもそも、あたしが死んだのは、ただの病気だった。旦那が吸ってたタバコが原因なのか何なのか、肺を病んでしまっていてね。離婚したあたしには五歳くらいの幼い娘が一人いたんだけど、その子の手を握りながら目を閉じたのが、あたしの生きてた頃の最後の記憶だった」


 悲しい記憶だ。だけど、アンジュさんは多分、重大な勘違いをしている。ここは死後の世界じゃない。まだ生還可能な境目の世界なんだ。


「この世界、マリーノーツに来た時には驚いたよ。寝間着を着たまま放り出されてさ、スライムにまとわりつかれて、なんとか倒して石の道を歩いてたんだ。そしたらホクキオの町に着いた。みんなが優しくて、現実と違って人の心がキレイな街だって思ったし、景色の面でも石畳のキレイな街だったから、この時は、面白い夢だなって、そんな他人事みたいな感想だったよ」


 アンジュさんは一つ頷き、さらに続ける。


「はじめはさ、この世界を楽しんでたんだ。戦いも遊びも充実したファンタジー世界なんて、誰だって一度は憧れるじゃないか。眠らないネオジュークのピラミッドだとか、過酷な荒れ地の旅だとか、フロッグレイクの美しい森だとか、仲間と一緒に、本当に楽しかった」


 思い出すだけで顔がほころんでいるのが見て取れた。いい旅をしてきたんだなっていうのが伝わってくる。でも、だからこそ、なんでアンジュさんは今のようなクズの生活をしているのか、それが不思議でならないんだ。


「あたしもね、山賊になるなんて自分でも思ってなかった。あたしにだって頼りになる仲間がいたんだ。強大で邪悪な魔王と戦う運命を共有していた。あたしたちのパーティにとっての運命の魔王ってやつは、奴隷商人どもの頂上に君臨していた男だった」


 奴隷か。そういえば、奴隷が居る世界なんだよな。景色はキレイだけれど、奴隷という言葉には汚いイメージしか浮かばない。


「当時は奴隷ってやつに対しては、扱いが本当にひどかったんだ。人間らしい扱いはさせてもらえず、食事も出ないし、娯楽も提供されない。ただただ働いて働いて、使い捨てられる。死ぬまで望まない仕事ばかりをさせられているような有様だった。しかも、自分から奴隷になりたいって言ったわけでもないのに、捕まえられて、無理矢理に強制労働させられてたんだ」


 ひょっとして、あの巨大な黒いピラミッドも、そういう奴隷の力で作られたものなのだろうか。


「あたしたちは『人々を奴隷にするようなヤツは、人間じゃない。絶対に魔王に違いない』って頷き合った。思った通り、あたしたちが目を付けたヤツは、本当に魔王だった。人間に化けていたけども、あっさり正体を現したんだ。『ついにこの時が来た!』あたしたちは思い思いの武器を抜いた。ナイフとか、鞭とか、刀とか、銃とかを手に取って、魔王と戦おうとした。だけど、その時に、信じられないことが起こった」


 アンジュさんは思い出すのもむかつくようで、苛立ちを隠せずに頭を掻きむしってから、続けた。


「あたしたちとの戦いに割り込むように、別の転生者パーティがやってきて、魔王を切り裂いていった。そいつらは、戦いながら、あたしたちにこの世界の秘密を教えていったんだ」


「この世界の秘密……ですか?」


「そう。そいつらは言ったんだ。『ここは死後の世界なんだ』って。『成仏するためには魔王を倒すしかないんだ』って。『より弱い魔王の奪い合いなんだ』って。そして、『やっと終われる』って言いながら忽然と消えていったよ。その場に残されたあたしたちは呆然としてしまった。運命の魔王だと思っていたやつが、あっさりと目の前で倒され、倒したパーティは一人残らず消滅したんだから」


 アンジュさんが肩をすくめてそう言った時、まなかさんが補足するように口を挟んだ。


「そいつらはたぶん、『どの魔王を倒しても魔王を倒しさえすればゲームクリアになる』ってことを知っているやつらだったんだろうね。そういうのは一定数いる。他の転生者から聞いて知ったんじゃないかな」


 まなかさんの言葉に頷いて、アンジュさんは続ける。


「あたしのパーティの一人は言ったよ『何だこのクソゲーは』ってね。まったくだと思った。『魔王の奪い合い』って、そんなふざけた話はないし、何より、このゲームをクリアした先が、『成仏すること』だなんて知らされたものだから、あたしたちはどうすればいいのかわからなくなった」


 おそらく、バラバラになってしまったんだろう。成仏したい人もいれば、まだ未練っていうか、現実でやり残したことがある人もいる。このマリーノーツの世界を好きになってここでの暮らしを大事にした人もいたかもしれない。


 割り込み転生者の話を本気にして、旅の目的が無くなってしまった人もいただろう。絶望して自分からいなくなろうと決めた人もいたかもしれない。


 アンジュさんは、どうなのだろう。


「あたしはさ、成仏したくなかった。現実に戻りたかった。それができないんだとしても、ここが死後の世界なら、ひたすらに自分の子供が転生してくるのを待っていようと思った。会いたかった。魔王なんてどうでもいいから、この世界を案内してやりたかった。だから、ホクキオ郊外に住みついて、湧いてきた転生者があたしの子供かってのを毎回確認してたってわけ」


「アンジュさん……そんなちゃんとした理由があったんですね。でも、だったらなんで山賊行為なんか……」


「決まってるだろう、タバコが美味しかったからさ」


 何を言ってるんだろうこの人は。


「あたしは生前は病弱でね。別れた旦那はタバコ吸ってたけど、あたしは煙を吸えるような身体じゃなかったんだ。それで、他の転生者からもらったのを一本だけと思って吸ってみたら、見事にハマッちゃってねぇ。こんな美味い煙があったのかってね。子供のために禁煙してくれって旦那に何度頼んでもきいてくれなかったのも納得したよ」


 いやな異世界の現実から逃げ出すためのタバコだったようだ。


「魔王のこととか死んだこととか、嫌なことを思い出しても、タバコを吸えば落ち着いた。あたしがこの世界に留まれたのはタバコのおかげさ。それが良かったのか悪かったのか……とにかく織原久遠には謝らないといけないね。ごめんよ、迷惑かけた」


「いや、そんな……もういいですから。アンジュさん、顔を上げてください」


 俺がそう言うと、アンジュさんの横にいた冒険者まなかさんが明らかに不審の目を向けてきた。目が『甘すぎるだろ、どうしたラック』と言っている気がする。


 でも、聞いた通りだ。アンジュさんは、思った通り優しい人だった。ちょっとタバコの誘惑に負けただけで、基本的には優しくて。自分の子供を愛していて、ずっとずっと気が遠くなるくらいの悠久の時間を、待ち続けていたんだ。


 そのうちに、タバコをくわえて待ち続けることになったんだとしても、きっと誰も彼女を責められない。


「あたしはさ、それなりに戦闘力もあったし、スキルも便利なのいっぱい持ってたからさ、あたしのパーティの仲間の何人かは、『別の魔王を倒そう』っていって、こんなあたしを熱心に誘ってくれたんだ。だけどさ、あたしは、あたしと同じような絶望的な思いをする人を見たくなかった。あたしが別の転生者の前に割り込んで、誰かの運命の魔王を倒すってことはさ、どういうことだと思う?」


 アンジュさんは問いを投げかけてきたが、俺は答えなかった。まなかさんも答えなかった。そしたらアンジュさんは、優しく微笑み、


「他の人の運命の魔王を奪うってのは、申し訳なくて」


 こんな風に思う人がいたってことに驚いてる。


 山賊のアンジュさんは実は優しい人だった。


 俺の好きな人に似ている彼女が優しい人で本当によかった。


 それから、しばらく無言空間が広がった。


 やがて、ふう、とまなかさんが深い一つ溜息を吐き、次のように言った。


「なるほどね。アンジュがどうしてこうなったか理解したよ。いろいろと運がなかったってことだね。ただ……アンジュの言ってることの中で、全然間違ってることが一つあるよね」


 アンジュさんは、煙を吐いて灰を皿に落としながら、


「何だい、間違ってることって? あたしがこの世界に送られてきたことかい?」


 それは、全てを諦めたような、鼻にかかった上ずった声だった。

 その活力を失った声を叩き潰すように、まなかさんは力を込めて言葉をぶつける。


「それは残念だけど間違いじゃない。間違っているのは、クリア後のこと」


「クリア後? 魔王を倒せば成仏……」


「違うよ。魔王を倒してクリアしたら成仏するっていうのは、大間違いだよ。クソみたいな世界に戻されるだけ」


 まなかさんは現実で何があったんだろう。


「嘘……。戻れる……の?」


 アンジュさんは信じられない様子。不意に突き付けられた希望の光に戸惑っているようだった。


 まなかさんはこくりと深く頷いた。


「この世界はね、死後の世界じゃない。生還可能な境目の世界。魔王を倒すと、強制的に現実世界に戻されるの」


「なんでそんなことがわかるんだい?」


「だってねアンジュ、わたしは何回もこの世界に来て、何回も魔王を倒してるからね」


 恐ろしく強いまなかさんの言葉だ。その強さを目撃したことのある俺とアンジュさんにとっては、彼女の言葉は大いに説得力があるのだった。




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