第139話 皇帝みこし(3/4)
それにしても、オトキヨ様を襲った岩は、誰が落としたものなのか。
敵は痕跡らしい痕跡を残していかなかったけれど、俺のスキルは本来手掛かりとは思えないものを手掛かりにすることもできる。
「検査、鑑定」
俺は石の欠片を鑑定した。
鑑定結果はすぐに出た。
「えっと……アイテム名『石の欠片』か。そのまんまだな。原産地は南の荒れ地であるが、しばらくザイデンシュトラーゼンの地にあった。城壁を築く際に余った石材として保管されていたためである。そのため、魔力への耐性がある。その後、ネオジューク西にある特徴的な建物に移され、人為的に魔力耐性を高められたことで、そう簡単には傷もつかない岩になった。ところが、規格外に強力な氷の力によって角切りにされた」
スキルレベルが上がったためだろうか、昔よりも検査や鑑定によって見られるステータス情報が豊富になった気がする。
そんでもって、その情報を見るに、もうこういうのは、ぜんぶ偽ハタアリさんが絡んでるような気がしてくる。
ネオジューク西にある建物って、たぶん、どうせあれでしょう、位置からいったら、偽装されて無いものとされた双子塔とかでしょう。あのあたりで、あの組織の建物以外で目立つものなんて、ほとんど無いし。
と、だいたい犯人の目星がついたところで、オトキヨ様が話しかけてきた。
「おぬし、珍しいスキルを持っておるのう、そこまでハイレベルな検査スキルを持って生き残っておる男など、なかなか居らぬぞ」
「いやぁ、運がよかっただけですよ。名前もラックっていって、運が向いてきそうな名前ですし」
「たしかにのう、転生者とはいえ、庶民でありながらわしの神々しく美しいオトナな姿をこれほど長く、しかも間近で見られるというのは、滅多にないことじゃ。この機会によく目に焼き付けておくが良いぞ」
「光栄です、と言いたいところですが……それはスキルで姿を変えているわけで、本当の姿ではないんですよね」
「ほほう、さすがじゃな。こうも容易くわが影武者スキルの本質を見破るとは……さては『曇りなき眼』も持っておるレベルなのでは? 言われてみると、修羅場をくぐりぬけてきた良い眼をしておる」
まあ、さっきから「姿を変えられる」とか「ヒトじゃない」とか、色々とヒントは出ていた……というか、全く隠してなかったからな。ちょっとそのことにツッコミでも入れてみよう。
「でも、オトキヨ様――」
「オトちゃんでよいぞ」
「えっ」
「わしは、おぬしのことが気に入ったのでな、特別に許す。いやむしろ、それ以外の呼び方は絶対に許さぬ。命令じゃ。おぬしらは、わしのことを『オトちゃん』と呼ぶのじゃ。逆らったら死刑じゃ」
「お、オトちゃん?」
「うむ。そうそう。ふれんどりぃで良い響きじゃ」
あまりに予想外過ぎる呼び名の強制に、俺は戸惑いを隠せない。せめて今は大人な雰囲気なんだから、オトさん……いや、オト様くらいがちょうどいいんじゃないかと思うんだが。
いやでも、オトサンやオトサマだと、父親のことを呼んでるみたいになってしまうような気もするから微妙か。いやいやでもでも、皇帝っていうのは、いわば民衆の父母みたいなもんである。そういう意味ではみんなのお父さんと言えなくもない。
あれあれでもでもそうすると、オトちゃんと呼んだところで、それは親愛を込めて「お父ちゃん」と呼ぶのと変わらないことになりはしないか。そうすれば失礼にあたらず問題ないような気が、しないでもないような……。
ああもう、わけわからない。なんだこの状況。
脂汗が流れ出して止まらないぞ。
かつて大学院生になるはずだった俺は思う。上下関係は大事にしなければならない。たとえば、いきなり初対面のドえらい先生とかを「ちゃん」づけで呼ぶ場面を想像してほしい。無理だ。死ねる。
とにかくもう、オトちゃんという呼び名には抵抗感しかない!
「いいな、オトちゃん、じゃぞ?」と絶対神聖皇帝は念を押してくる。
「ちょ、オトキヨ様?」と思わず俺は言ってしまった。
「はい死刑! フリース、こやつの首をハネよ」
――了解、オトちゃん。
鋭い氷の板のまわりを、ぎゅるぎゅる音を立てながら氷のチェーンが高速で回転振動する。しかも大きい。そんなヤバい物体がフリースの背後に出現した。
いわば、氷のチェンソー。
ああも複雑な機械をよくも再現できたものだ。ていうか、よくチェーンソーなんか知ってたな、フリースよ。
伊達に長く生きてるわけじゃないってところか。
だが、なんだこの能力の無駄遣いは。せめてシンプルな氷の刃物でひと思いにスパっとやってほしい……とか思ったけどやっぱり絶対死にたくない。
「ちょちょ、待て待てぇ! 冗談やめろフリース! レヴィアぁ、助けてくれ!」
「オトちゃん。青い人、やめてあげてください。弱いものいじめはダメですよ!」と、レヴィアが声を出した。
今の発言にはツッコミどころが二つくらいある。
一つは、もう結構付き合い長いはずなのにフリースの名前を呼ぶのを嫌がって青い人とか呼んだこと。もう一つは、こいつも平然と皇帝をちゃん付けで呼びやがったことである。
「そらそら、オトちゃんと呼ばないと仲間に首を斬られることになるぞ」
オトキヨ様は、楽しそうに煽ってくる。
「マイシーさん、助けてください!」
俺は鎧美女に泣きついた。銀の鎧のカゲに隠れるような形になった。
「では、わたくしのこともマイちゃんとお呼びください」
ええいマイシーお前もか。
とはいえ、それで命が救われるなら安いもの。俺は多少の恥ずかしさをおぼえながら、願いを告げる。
「マ、マイちゃん、頼む。俺を守ってください」
「…………」
「マイちゃん?」
「……やはり恥ずかしいので、やめていただけないでしょうか」
どうしろってんだ。
その場のノリで生き過ぎだろ、この護衛美女。
今にも氷の凶器が迫ってるってのに。
いや、わかっている。この事態を打破して生き残るための道筋なんて一つしかない。選択肢なんてない。もはや呼ぶしかないのだ、「オトちゃん」と。死刑にならないためにはそれしかない。
「オトちゃん! 俺が悪かった! です!」
オトちゃんは満足げな表情を浮かべた。そこから、さらに思いついた顔で言う。
「わしらの間柄ならば、敬語もいらぬぞ」
これにはマイシーさんから待ったが掛かった。
「オトキヨ様、それはさすがに……一般庶民とフレンドリーになりすぎるのは、少々よろしくないかと」
「何を言う。こやつらは、巨大な岩からわしを救ってくれたんじゃろ? 別にぶつかっても余裕で平気じゃったとはいえ、恩人にはこちらから敬意を表さねばならぬくらいじゃぞ?」
「あ、一応、わかってくれたんですね、そこらへんのこと……」
「当たり前じゃラック。わしを誰だと思っておる!」
「はっ、神聖皇帝オトキヨ様にございますね」
「アァ? オトちゃんと呼べと言ったじゃろ! フリース、今じゃ、首を斬れぃ!」
――まかせて。
「ちょ、まって。今のはひどい罠じゃねーか! 威厳あるかんじに、『わしを誰だと思っておる』とか言われたら、ああ言っちゃうって!」
「さあラック。首をだしなよ。皇帝命令だよ?」とフリースのチェンソーが再び回転をはじめた。
「ひぃ、ごめんなさいオトちゃん!」
「ふむ、反省しておるようじゃから、特別に許す。じゃが、次にオトちゃんと呼ばなかったり、わしに必要以上の敬意を表したりしたら、容赦なく首をとらせるゆえ、覚悟しておくがよい」
「ええと……」
「わかったら、『わかったよ、オトちゃん』というのじゃ。いいな?」
「わ、わかったよ、オトちゃん」
「声が小さい! 本当にわかっておるのか!」
「わかったよぉ! オトちゃぁん!」
「よかろう。死刑はナシじゃ」
なんなんだ、この皇帝。