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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第七章 星の祭り
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第138話 皇帝みこし(2/4)

 年上に見える大人女性が現れた。年上ということは俺にとって凶兆かもしれない。


 地面に落ちてぼろぼろになった籠から長く美しい腕が出てきて、女の人が這い出してきたのだ。


 俺たちの前に立ったのは、漆黒の衣を着た女だった。


 まるで和服を思わせるようなゆったりした服。後頭部で結んだ長い髪は黒のように見えるが、よく見ると光の反射だろうか、毛先が炎のように紅くなって揺らめいているように見えた。あと、顔を全く隠していないので、均整の取れた美しいご尊顔が丸見えである。


 その人は、のそのそと立ち上がりながら、呆れたような声を出す。


「なんじゃ、籠を落としよって。わしの眠りを妨げるとは、良い度胸じゃのう」


 そして彼女は、隣にいる銀色の鎧女に話しかける。


「おいマイシー、言ってみよ。何があった?」


「はぁ、それが……」


 やはり、この人の名前はマイシーさんで合っていた。正解だ。こんなに目立つ銀の鎧を着ている人は、なかなかいないから、絶対そうだと思っていたけども。


 ということは、マイシーさんに守られているこの人は、いつぞや闘技場で遠目にみたオトキヨ様の可能性が高いのではないだろうか。


 それにしては、ずいぶんと身体が大きいのは気になるところだ。そんなに短時間で成長できるとは思えないけど、呪いや魔法がある世界のことだ、なにか不思議な力が働くこともあるのかもしれない。


 オトキヨ様らしき美女はいう。


「まったく、住処(いえ)を出たばかりというに騒々しいぞ。揺れたり落ちたり、屋根が尋常ならざる音を立てたり……わしを祭りに連れて行くと言った以上は、快適な旅にするのが神官と側近の義務であろうに」


 さらにイライラが止まらないようで、彼女は嫌悪感を丸出しにして周囲を観察して、


「なんじゃこれ、石ころがこんなにも落ちておる。氷の階段が空へと続いているのも異常な光景じゃ。状況から察するに、あの階段の上から、わしの籠に石の雨を降らすというイタズラしたようじゃな。なんと罪深い。まさかマイシー、おぬしの悪ふざけではあるまいな。事と次第によっては相応の(はずかし)めを受けてもらうことになるぞ」


 鎧美女への辱めというワードには少しばかり興味があるけれども、それは置いとくとして、悪ふざけやイタズラ? いやいやだいぶ違う。悪党が落とした岩が降って来て、それをほぼ無害レベルにまで粉砕したのが我らがフリースである。


「わしをオトキヨと知っての狼藉(ろうぜき)か? 言ってみよ、誰じゃ、わしの神聖な籠に石の雨なんぞ降らしたのは」


 お叱りを恐れてか、誰も名乗り出ない。誰も状況説明しない。レヴィアは何もしてないのは当たり前として、俺の横にいるフリースまでもが沈黙を守っている。


「…………」


 何のつもりか知らんが、このフリースの沈黙の雰囲気だと、「自分が助けた」とも、「自分が石の雨を降らせた」とも積極的には言わないつもりだろう。


 だから、ここは俺が歩み出なければならない場面。


 このままにしていたら、逃げて行った黄色い服の輩と通じていると思われかねない。マリーノーツの最高権力と思われる神聖皇帝とやらが相手でも、ここは堂々と歩み出なければなるまい。


 幸い、多少の神々しさはあるものの、身を包む黒い和服っぽい衣はゆるゆるで、あまり支配者の迫力みたいなものは感じない。オトナな見た目ではあるけれど、隠しきれない幼さみたいなものがにじみ出ている気がする。


 何より、俺はすでにお宝を溶かしたり燃やしたりした男なのである。引き続き、毒を食らわば皿までの精神で物事に取り組んでやる。


 俺は二人の女の子をかばうように、一歩前に出た。


「あー、実は、崖の上から岩が降って来てまして、それを、ここにいるフリースが粉々にしてくれまして、それで被害が最低限のものになったというか……」


「ムッ、フリースじゃと? わしの知っておるあのフリースか?」


 ――どうも。


 と、フリースは氷文字で答えた。


「なめらかな青い服に、見事な氷の階段……本物のようじゃが……どうかの。闘技場での八雲丸との戦い以来か? しかし、気に入らぬ。おぬしの力があれば、石ではなく余裕で砂にまでできたじゃろうに」


 フリースはムッとした。


 そして、怒りの雰囲気をまとった氷文字を書き出した。


 ――実は、わざと。

 ――中にあなたがいるの知ってて、石が上から落ちてくるようにしてやった。


 おいこらフリース、冗談でも挑発するなと言いたいところだが、たしかに助けてもらってあの言い草はわずかばかり腹が立つ。いいぞフリース、もっとやれ。


 ――べつに、石が降ってきたところで何の問題もない。

 ――鋭いもので心臓部(ほんたい)を一突きにでもされない限り、あなた死なないでしょう。

 ――それでさえ命を奪うには至らないかもしれない。


「なるほど、それを知っておるとは、やはり本物のフリースのようじゃな。じゃが、おぬしにも、何らかの罰を与えとうなってきた。()()の秘密をぺらぺら喋るのは感心せんぞ」


 ――ヒトじゃないくせに何を言っているの。


「ははっ、これは一本とられたわい」


 黒ずくめの女はカハハと笑った。


 黒い服といえば、真っ先に思い浮かぶのはボーラさんなのだが、ボーラさんの服はどちらかといえばピッタリしていて、このオトキヨ様の服はゆったりしている。


 ほとんど装飾がなくて、かなり質素(シンプル)である。


「ん? フリース、よく見たら、おぬし、耳が……」


 ――あぁ、これね。本物だよ。


「そういえばハーフエルフじゃったのう」


 ――テキトーなこと言って。あたしはクォーター。


「ん? 今気づいたが、フリース、おぬしの連れが着ておる服……あの真っ白な服には、妙に見覚えがあるのじゃが」


「あぁ、レヴィアの服ね。この世界で白を堂々と着るとか勇敢(ロック)だよねぇ」


 と、フリースが声を出して答えたとき、オトキヨ様は驚きの声をあげた。


「しゃ、しゃべったぁ? フリース! おぬし喋れたのかぁ!」


「フフフ、実はね」


「わしにも負けぬ見事な美声ではないか! 長い付き合いになるが、そんな声をしておったとは! いやほんとじゃぞ。想像以上によい声をしておるな」


「フフフ」


 嬉しそう。

 知り合いの新鮮な反応を楽しむフリースなのであった。


「それにしても、あの白い服、なつかしいのぅ」


 なつかしい、というのはどういうことだろう。


 俺が顎に手を当てて考え込んだところ、俺の思考に答えるかのように、オトキヨ様は語り出した。まるで、覚え込まされた台詞を言わされるかのように。


「昔、わしが、まなかと共に『偽りの黒龍』を潰した時、奴め、死に際に強烈な呪いをかけよったのじゃ。服の浄化能力を上回るほどのな。そのとき、真っ黒じゃった服が真っ白になってしまったのじゃ。わしは黒しか身につけとうなくてのう、我が聖なる力で洗い去ろうとしたが、叶わんかった。燃やそうとしても燃えんかった。


その後、別の者がしばらく身に着けておったが、政変の際に、自分たちが倒した『偽りの黒龍』から取り出した大魔王の呪いを上塗りされてしまって、宝物リストにも載せずにザイデンシュトラーゼン宝物庫の奥底に封印しておったのじゃが……おぬし、そんなものを着ていて平気なのか?」


「こんなの、大した呪いではないです」


 レヴィアは、俺のうしろに隠れながら答えた。


 その呪いはもう解けてるんだけどな。というか、そんなヤバイものが宝物庫から流出し、普通にハイエンジの古着屋に出回ってたってわけか。アオイさんがこっそり料理に入れてくれたスパイラルホーンの薬のおかげか、レヴィアに何事もなくて本当によかった。


 オトキヨ様とやらは興味深そうに頷き、そして、


「ほう……なるほど、その服を着こなせるのはおぬしだけということじゃな」


 などと言ったかと思ったら、ぱちんと手を叩き、


「気に入った! レヴィアとやら、おぬしが、此度(こたび)の祭りの主役じゃあ!」


 何がどうなってそうなるのか、突拍子(とっぴょうし)なさすぎて、俺はもうどうしたらいいのかわからない。


 行列を形成する黒い服の女性陣もざわざわっとした。


「『白日(はくじつ)の巫女』の役をやるがよい!」


 オトキヨ様は風に広がる黒髪を揺らしながら命令した。レヴィアは首をかしげた。


 見過ごしていられない。俺は口を挟む。


「ちょっと待ってください。いきなりすぎです。祭りって何ですか? 俺のレヴィアに何をさせようっていうんですか!」


「なんじゃ、さっきから誰じゃおぬし。わしを相手に名も名乗らずに無礼であろう」


「はじめまして、ラックと申します」


「わしはオトキヨじゃ。おぬしの顔も、いずこかで見たことあるのう」


「それはたぶん、闘技場ですかね」


「ああそうじゃ、思い出したぞ。八雲丸に体当たりされたノロマな観客じゃな!」


 初対面なのにノロマとかいう暴言、ずいぶんご挨拶である。皇帝だからって調子に乗られては困る。だが鎧美女が横で目を光らせているので、おとなしくしていよう。


「えーっと、俺が見た時のオトキヨ様は、フードかぶって顔を隠していて、もっと若かったし、声も幼かったような気がするんですけど……本当にオトキヨ様ですか?」


「ふぅむ……なるほど、以前のわしが幼かったとな。じゃがな、ラックとやら。そいつはどっちも本当のわしじゃよ」


「それって、どういう……」


「わしは年齢も声も性別も自在に変えることができるのじゃ」


「そんなスキルがあるんですね。なんて便利なスキル」


「うむ、敵に襲われぬように、特定の姿をとらないようにしてるというわけじゃな。変装スキル・影武者如水(ブラックジョージ)という。わしにしか使えぬ固有スキルぞ。いつもこの技を間近で見ているマイシーも真似できん特別な技じゃ」


「襲われないためにですか?」


「そうじゃぞ。わしは時々すがたを変えることにしておるんじゃ。このスキルのおかげで、襲われる回数も少なく抑えられておる」


「何回くらいですか?」


「そうじゃのぅ、どうじゃったかの、マイシー」


「一か月に六回くらいのペースですね」


 えーと、それって多くないかな。


「……あの、お言葉ですけど。常にマイシーさんが一緒にいるってことですよね?」


「そうじゃが?」とオトキヨ様。

「そうですけど?」とマイシーさん。


「どんなに変装してても、マイシーさんの存在でバレるんじゃ? だとしたら襲われて当然なんじゃ?」


「…………」

「…………」


 オトキヨ様とマイシーさん。黒と銀の沈黙が数秒間続いた後、二人はクスクスと笑い出した。そしてついに声に出して笑いながら言うのだ。


「フハハ、何と! ラックのいう通りじゃ! これは愉快! 一本とられたわい」

「フフフッ! ええ、愉快ですね!」


 笑い事じゃないと思うんだけどもな。





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