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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝
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第136話 ザイデンシュトラーゼンの別れ

  ★


「それじゃあ、アンジュさん。長いことお世話になりました!」


 ザイデンシュトラーゼン宝物庫のある建物の下、市街エリアへと続いていく石階段の前で、(まち)の守り手の人々に挨拶することになった。


 つまり、旅立ち。


 ヒョウ柄コートのアンジュさんを中心に、向かって左に派手な赤い花魁服のタマサと、右に濃いベージュ色を基本にした地味服のシノモリが両脇を固めている。そのさらに外側に男性陣二人が立っている。タマサ側の男は比較的痩せていて、シノモリ側の男は比較的筋肉である。


 アンジュさんは、みんなを代表して挨拶する。


「寂しくなるけど、仕方ないね……あたしはね、ラック。こいつらの上司が帰ってくるまでマリーノ―ツにいるからさ、いつでも遊びに来いよな」


 ああそうだ。その気になれば、いつでも会えるのだから、ここでの別れも悲しいものじゃあない。


 俺は力強く言ってやる。


「強い(きずな)がありますから、近くに来たら必ず寄りますよ!」


 絆ってのは、要するに共犯者ってことである。そういう意味では、なんだか悲しい感じがするな。


 俺が天下の紫熟香という香木を切り取った。香炉をつくるためにアンジュさんが黄金を溶かし、フリースが整形し、ボーラさんがそれを宝物に仕上げた。他のみんなは、見て見ぬフリを決め込んだ。


 そんな悪事でつながっているわけだけど、結果としてはフリースの呪いも、レヴィアの服の呪いも、この大地に掛けられた呪いのコーティングも解消することができたわけだから、どうか許してくださいと心の中で手を合わせながら、この地を去ろう。


 そういえば、ここにボーラさんはいないけれど、彼女は、しばらくここに残ることになった。


「もう少しで本格的に掴めそうな気がする。壁を破りたいんだ」


 芸術面での勉強をしていきたいとのことだ。止める理由も権利もないわけで、ボーラさんともお別れである。


 そして、アンジュさんは新たな調律スキルを使って、別れを演出する音楽を流し始めた。なんというか、卒業式っぽい音楽である。


「うおおおぉお、別れるのは寂しいですよ、ラックの兄貴ィ!」

「なんで行っちゃうんすかぁ! もう少し一緒にいたかったっすよぉ!」


 男性陣ふたりは、この音楽にあてられたのか、号泣していた。こいつらとは、「知ってます? ザイデンシュトラーゼンには開かずの扉があるんですよ」とか「最近、健全な人々がつくる健全なまちが出来たじゃないですか。そこの饅頭を買ってきたんで一緒に食いましょう」とかなんとか、彼らの休み時間に茶を飲みながら、たわいない話をしたくらいの関係だ、それなのに大げさ過ぎやしないだろうか。


 戸惑っていると、アンジュさんが横から、


「こいつらは心で生き過ぎてるやつらだからな、大目に見てやってくれ」


 とか言ってきた。俺はアンジュさんに「まあ、いいですけど」と返してから二人の男に向き直る。


「別に永遠の別れってわけでもない。困ったことがあったら、いつでも手紙をよこすといい」


「ほんとですか? ありがとうございます! 手紙させていただきます!」と痩せているほう。

「うおおお! アンジュやタマサにいじめられた時には、助けに来てくださいね、ラックさん」と筋肉男。


 普段、どんな仕打ちを受けてるんだろうなあ、こいつらは。


「アンジュさん、こいつらに優しくしてやってくださいね」


 そしたらアンジュさんは、何も言わず曖昧に微笑んだだけだった。ちょっとこわい。


 その他、タマサはレヴィアと握手を交わし、シノモリさんはフリースに緑色の筒を渡した。


 フリースはシノモリさんから筒を受け取ると、中に入っていたコイン型の緑の塊を一つ取り出した。その緑色をシノモリさんに渡した後、フードからコイトマルを呼び出し、シノモリさんに向って差し出した。


「いいの?」とシノモリさん。


 何が起こるかと思いきや、シノモリさんがコイトマルに緑色の塊を近づけていき、それをムシャムシャとコイトマルが食べ始めたのだ。


 その光景を、二人で愛おしそうに見つめていて、やがてコイトマルがあっという間に食べ切ると、二人してイトムシのボディをなでなでしはじめた。一回や二回ではなく、三十秒くらいそれが続いた時、さすがに愛が重すぎてしんどくなったのか、コイトマルはフリースの首筋裏にダッシュで逃げ込んで、新しくできた青い服のフードに収まったのだった。


 そんなコイトマルの行動に、二人して笑っていた。


 言葉じゃないコミュニケーションがそこにある気がした。


 でもなあ、もう呪いってやつからほとんど解放されて普通に喋っても大丈夫になったんだから、再会を誓い合う言葉くらい交わせるだろうに……。声を出せるようになったばかりの頃は、やたら喋っていたけれど、その後はもとの沈黙の多いフリースに戻った気がする。


 俺の前だと声を出すことが比較的多いけれど、まだ氷の文字を好んで使うのは何でなんだろうな。


 ともあれ、自分たちのスタイルでそれぞれ挨拶を交わし、俺たちは別れていく。


「よし、それじゃ行くぞ。フリース、運転頼んだ」


「わかった」


 フリースは澄んだ声で答えて、かつて人力車として活躍していた氷力車を走らせはじめる。


 アンジュさんたちは手を振って俺たちを見送り、俺と、レヴィアと、フリースと。三人で手を振り返す。


 車輪は回らずに氷で固められて、石段に張られた氷の坂をゆっくりと滑っていく。


 いろいろなことがあった。


 アンジュさんと再会し、おばあちゃんを助けながら入った城壁の中、いきなり賊たちに襲われた。助けたおばあちゃんは昔のザイデンシュトラーゼン宝物庫で働いていた人だった。アンジュさんはその調律スキルに魅せられて、スキルリセットをして、調律守護者アンジュに転職を果たした。


 酒盛りは楽しかったし、アンジュさんの作る肉料理はおいしかったな。朝からガッツリ肉が出てくるから、レヴィアもフリースも少し胃がもたれてたようだけど、嬉しいもてなしだった。


 解呪の香木関連でみんなが共犯者になった後で、タマサと外に様子を見に行って緑が広がってるのに感動したり、夢の中でフリースとシノモリさんが研究所みたいなところを壊滅させたり……。


 こうして長い寄り道を終え、まだ見ぬネオジュークの先を東へと進もう。


 目指す場所は書物の街、ミヤチズである。


 ミヤチズか……。


 どんな町なんだろうか。楽しみだ。


 ……なんて、この時の俺は、ミヤチズなんてすぐに着くだろうと思っていたんだ。だけど、目的地のミヤチズはまだまだ遠く、黒いネオジュークピラミッドに(さえぎ)られて、全く見えない場所にあるのだった。


 ああ、どこからか、ワッセ、ワッセ、(かご)を担ぐ声がする。



【第七章につづく】

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