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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝
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第134話 あくまで借りるだけである

 目を覚ましたときには、フリースはそばにいなかった。


「あれ……」


 夢はただの夢だったのか。現実には、コイトマルの食べ物さがしなんて無かったのか、と疑いたくなったけれど、ベッドから起き上がって伸びをした時に、すぐにやっぱり夢は現実だったという事を知る。


 ノックの音に「はいーどうぞ」と返事をすると、扉がゆっくりと開いた。


「フリース様、こちらにいますか? コイトマル様用のごはんを、持ち運びしやすいように加工したのですが……あれ?」


 シノモリさんがフリースを探しているところをみると、研究施設の凍結はやはり夢ではなかったと確信できた。


「あー、ごめんな、シノモリさん。フリースが迷惑かけたみたいで」


「え、いえ、そんな……それより、フリースさんはどちらです?」


「さあ、さっきまでここにいたと思うんだけど」


 フリースの部屋にもおらず、俺の部屋にもいないとなれば、あとは何処だろう。


 俺とシノモリさんの足は、レヴィアの部屋に向かう。


 勝手に入るわけにはいかなかったけれど、どういうわけか扉が開けっ放しになっており、そこから、レヴィアとフリース。二人がベッドに並んで眠る姿が見えた。


「しばらく、寝かしとこう。シノモリさんも、寝てないんだろ? 今日くらい、いつもの仕事はタマサにでも任せて、ゆっくり眠るといい」


「そ、そうですね……それじゃあ、お言葉に甘えて……」


「ああ、俺からも、言わせてほしい。本当にありがとう」


「え?」


 シノモリさんは首を傾げた後、眠気が限界に近いようで、ふらふらしながら去っていった。


  ★


 シノモリさんを部屋の前まで送り届けた後、俺はすれ違ったアンジュさんと少しだけ会話を交わし、ザイデンシュトラーゼン宝物庫にやって来た。


 展示スペースのようになっているところは、ぼろぼろだし、穴だらけだし、もう宝物庫と言っていいのかどうかって感じだったが、そこに光り輝く宝物がごろごろしているのも事実なのだから、これからも宝物庫と呼ぶことにしよう。


 さて、俺は、現在のザイデンシュトラーゼンで、最も倫理に明るい男だと思っている。宝物を盗もうとするやつがいれば止めようという気持ちが湧きあがるし、宝物を傷つけたと聞けば軽蔑(けいべつ)の気持ちを抱くくらいには真人間(まにんげん)のつもりだ。


 天下の紫熟香(しじゅくこう)を大量に切り取って、黄金の宝物たちを大量に溶かすなんてことをやらかしたが、それでもなお、この城の宝物を大切にしたいと考えている。


 ところがどうだ。そんな俺でも、今回ばかりは感覚が狂ってしまったようだ。


 俺たちの旅の助けになるものや、この世界の秘密に迫るアイテムが目の前にあって、それらが本気で欲しくなってしまった。


 あろうことか、「これくらいならもらってもいいよな」とか呟いて袋に詰めてしまっている!


 しかし誤解されては困るのだが、宝物庫の主人にちゃんと許可をとっている。


 許可を得た蛮行(ばんこう)……いや違う、盗んでいくわけではない。この城を管理するアンジュさんにことわった上で、宝物の一部を借りていくことに決めたのだ。


 なぜそんなことをしたのか。それは、少し前に賊軍の様子を見に城壁の外へ出た時のことが関わってくる。つまり、こういうことだ。


 レヴィアとタマサを連れて外の様子を見て回ったら、解呪の香りの効果で大地が緑と魔力を取り戻していた。だから、このくらいちょっと借りていってもいいんじゃないかな、と自分を積極的に甘やかした結果である。


 簡単に言えば、見返りを求めたくなってしまったのだ。


 そんな浅ましい俺を止めようとする者は、もはや現在のザイデンシュトラーゼンにはいるはずもなかった。


 なぜなら、ここにいるのは、みんな結構な狂人ばかりだからだ。ボーラさんは芸術のためなら何でもやる系の人種だし、アンジュさんは元山賊だし、レヴィアは他人とはズレてるし、フリースは大勇者の権力を手にしたことがあるから最も感覚が狂ってる気がする。


 タマサは遊郭のお世話係なんぞをしておきながらとんでもない世間知らずだし、マトモにみえるシノモリさんも今は研究施設を凍らせた罪悪感で身動きとれないだろう。他の男ども二人は、アンジュさんが動かない限りは俺を責めないだろう。


 全員、俺の共犯者。


 ブレーキの壊れた人力車は、とどまることを知らない。


「よし、これも借りて行こう!」


 ってな軽いノリで、また一つ、宝物を麻袋に入れた。


 俺の蛮行は、以下の通りである。


 まず一つ目。解呪の名香である紫熟香をさらに切り取ってやった。四回くらい天下人になれるくらいの派手な切り取り方をして、宝物の形を変えてしまった。


 二つ目。倉庫でみつけたレアじゃないアイテム、燃えない布をゲットした。混血エルフが織りあげた滑らかな布。フリースの青い服と同じ透き通るような青色をしていた。「レアじゃないからいいよな」という感覚麻痺が、俺にそのすべすべの布を掴ませてしまった。


 この布は、フリースの服にフードをつけるのに使った。フード内をイトムシ、コイトマルくんの住居にさせてやったのだ。シノモリが持っていた糸を使って、タマサが縫い合わせてくれた。うまいもんだ。


「コイトマルもアリガトウって言ってる。ラック。本当にありがとう」


 フリースが手の上でコイトマルに緑色のエサをあげながら、とても喜んでくれて、嬉しかった。


 三つ目。フリースにばかりプレゼントするのは、俺の気がおさまらないので、レヴィアにも何かをあげようと思った。そこで、宝物庫内をあちこち歩き回って、あるアイテムを選択した。


 それは、鳥に着せるカラフルな服である。レヴィアは伝言鳥として漆黒のカラスを使っている。何度か深夜に手紙を持たせている姿を見たことがある。その子を飾り立てるお洋服をあげようと思ったんだけども、いざプレゼントしようと渡したら。


「カ、カラスなんて飼ってないんですけどぉ! なんのことですかぁ!」


 と言われて逃げられた。秘密にしときたかったことらしい。なんでだ。


 そして四つ目。これは、俺にとって大発見だった。とはいえ、その一冊の本に何が書いてあるか全く読めないのだが。


 フリースに翻訳してもらった宝物リストの中に、「原典ホリーノーツ」というものがあった。


 かつてアオイさんが言っていた。マリーノーツ王室の神聖さを裏付ける『聖典マリーノーツ』には、もとになる『原典ホリーノーツ』があるのだと。


 『原典』のほうがおおもとで、転生者と魔王が歴史上にあらわれる時代に書き換えられて『聖典』が成立しているので、これは重要な発見だ。


 その全く光ってない『原典』らしき紙たちが地面に雑に散らばってたので、集めて筒に入れた。


 この『原典』とやら、俺には全く読めないし、長生きして多くの文字を知っているフリースも首をかしげるシロモノだった。


「もしかしたら、鍵が必要な暗号文かもしれない」


 とフリースも諦めた。


 あとでミヤチズに行った時にでも、アオイさんと一緒に解読したいと思った。


 つまりは、アオイさんへのお土産である。


 盗み出し――じゃない、違う。借り出したのは、以上の宝物四つである。


 ちなみに、宝物庫の奥には激レアとされるスキルリセットアイテムも隠されていた。けど、さすがに、これには手を付けられない。


 モテモテ剣士の八雲丸さんが話してたが、一年に一個しか生み出されないレアアイテムだからな。


 その名も『世界樹の樹液(なみだ)』という。


 天下の香木である紫熟香と同等かそれ以上の輝きを放つ琥珀(こはく)色の液体。あまりにレアすぎてもらっていく勇気は出なかった。「毒を食らわば皿まで」の精神も、さすがに打ち止めというわけである。


「いいのかな……もらいすぎのような気もするな……」


 フリースにあげた布とか、香木とか、元に戻せないものもあるから、今さら言ってもしょうがないけども。




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