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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝
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第133話 幕間夢記録「桑つみの旅」(3/3)

 コイトマルは、どこに連れて行かれたのか。


「あの場所かもしれません」


 シノモリさんが案内したのは、別の(たてもの)の地下室だった。


 実験棟である。


 動物実験、植物実験、人体実験。いろいろな実験をする専門の建物。


 ひときわ堅牢(けんろう)で、ひときわ迷いやすく、ここで働いたシノモリさんの案内がなければコイトマルまで辿り着けなかっただろう。


 そこで目の当たりにしたのは、まな板の上に載せられているコイトマルの姿。


 まじで解剖される五秒前。


 刃物が今にも刺さるその瞬間。


「コイトマル!」フリースは思わず声を出した。


 解剖しようとするマスク装着の作業員たちが顔を上げた時には、もうそいつらは凍っていた。


 そいつらだけではない。この施設全体が凍り付いた。


 大袈裟な表現ってわけじゃない。もはやこの敷地内で動いているのは、フリースと、コイトマルと、シノモリさんしかいなかった。


 別の部屋での人体実験現場という動かぬ証拠も、汚い所長が汚い指を舐めながら汚い金を数えている汚い場面も、全てが冷凍保存されたのだ。


「ああ。よかった、コイトマル……!」


 ゆったりと歩み寄ってきたコイトマルに駆け寄り、抱きしめるフリース。


 シノモリさんは、その様子をぼんやりと眺めていた。


 この時のシノモリさんは、まさか施設が丸ごと氷漬けになったなどと思ってもいなかったようである。


  ★


 間もなく朝日が昇るという時間帯になった。


 実験棟を出た時、シノモリさんはようやくフリースの氷が施設丸ごと凍り付かせてしまった事実を目の当たりにした。


 自分でやったことではなかったけれど、罪悪感でいっぱいになったことだろう。その気持ちは、俺には何となく共感できる。


「あう……ああ……どうしてこんなことに……? 私、なにか悪い事したんでしょうか……ごめんなさい、ごめんなさい」


 もはや立っていられず、冷たいレンガの上に座りこんでしまった。


 しかし、フリースはそんな座り込みを許さない。


 弱った彼女の目線の先に氷文字を生み出し、


 ――さっき言ってた何とかベリー、どこにあるの?


 彼女に再びの案内を強要するのだった。


「外に植えられてる改良種の低木と、倉庫に古代マリベリーの種があります……」


 ――外と倉庫ね?

 ――どこがどこだかわからないし、どれがどれだかわからないから、連れて行って。


「わかりました……案内しますから……もう許してください……」


 こうして静まり返った氷像だらけの施設の中、氷にとざされた倉庫の中で古代マリベリーの種を手に入れた二人は、外に出た。


「いいんですよね。所長さん、いくらでもくれるって言ってましたから、いいんですよね」


 自分に言い聞かすように、まるで呪文を唱えるように、シノモリさんは呟き続ける。


 フリースに振り回されまくって、本当に可哀想に思えてきた。


 やがてシノモリさんは施設内のレンガの道を歩き、柵に囲われた狭い場所の前に辿り着いた。低い緑が密集しているところである。四畳くらいの狭いスペースだった。


「フリース様、これがマリベリーを改良したものです。もとは、かなり背の高い樹木なのですが、この研究所で()みやすいように品種改良しました。低木に葉をつけるようにしたんですよ。イトムシなら好んで食べるはずです」


 ――わかった。じゃあ全部むしっていこう。


「えっ、全部は……。この施設でもイトムシを飼っているので、せめて半分くらい残していただけると……」


 そんな会話を繰り広げている間に、コイトマルがフリースの手からジャンプして緑の葉っぱに取り付いた。そして。よほど腹が減っていたのだろう。すぐさま、ムシャムシャムシャムシャと食べ始めて、あっという間に枝一つから葉っぱが消えた。すごい食欲である。


 フリースは本当に嬉しそうな表情を見せて歓喜し、声を出した。


「あっ、みて。たべた。コイトマル、ごはんたべたよ」


「え、ええ、そうですね」


 コイトマルはすっかり元気を取り戻し、フリースの細腕に飛びついた。肩まで這い上がっていき、白銀の髪の裏側、細い首のかげに消えていった。


 シノモリさんは、それを見て一安心すると、「じゃあ……ちょっとだけ、持っていきますね」と言って、手際よくマリベリーの葉を摘みはじめた。


 全体の三分の二くらいをとってエプロンのポケットに入れながら、


「私、なんでこんなことしてるんでしょうか……」


 などと呟いた。


 フリースはそんな様子を気にすることなく、


 ――帰ろう。


 などと氷文字を描き出し、滑り出そうとしたのだが……。


「待ってくださいフリース様」


 この時、呼びとめたシノモリさんの考えは、以下のようなものであると推測できる。


 フリースに振り回されるのはもう仕方ない。やってることが強盗じみていて、賊のやり口に近いものがあるのも、こうなっては仕方ないし、お茶に睡眠薬をいれて牢屋に放り込んだ所長の行動も悪魔的であったから、施設を凍結させたのも、もう許そう。だけども高速滑走移動に腕を引っ張られるのは、もう耐えられない。自警団などの治安維持組織や警備員などに追われる危険はあるけれど、ゆっくり歩いて帰りたい。


「コイトマル様のごはんっていう目的は果たしたんだのですから、急ぐ必要もないかなと思うんですけど」


 俺の推理は正解だったようである。


 ――言われてみれば、急がなくてもいいか。

 ――コイトマルもお腹いっぱいになったし。


 フリースは堂々と正門から滑り出て行き、エプロン姿のシノモリさんも小走りでついていく。


 外ではさっきの門番が立ったまま氷像になっていたが、フリースは気にせずそのまま素通りする。


「あの……フリース様……凍った人たちは……」


「昼間には溶けるでしょ」


「ホッ、よかったぁ」


 こうして、シノモリさんがこれでもかってくらいに振り回されながら、フリースが悪の実験施設を壊滅させ、コイトマルが食べる『マリベリーの葉』と『古代マリベリーの種』を手に入れ、帰路についたのだった。


  ★


 帰った頃には、すっかり朝だった。


 門で待ち構えていたアンジュさんは、控えめに言って激怒していた。


「シノモリ! あんたがついていながら、朝帰りってどういうこと!」


「ちがうんです、アンジュ。あの……敵に捕まって、薬で眠らされてたんです」


「つくならマシな嘘をつきな!」


「ひい、ごめんなさい」


「せめて連絡を入れなさい。鳥は何のためにこの世界にいると思う? あたしに連絡を入れるためにいるんでしょうが。あんたがそんな不良のまま育ったら、ナディアに顔向けできないでしょ」


「うう……すみません……」


「あと、フリースもだぞ。ラックがすっごい心配してたんだからな」


「…………」フリースは沈黙を返した。


 と、そこに仕事着のエプロンを装備したタマサがあらわれた。俺と違って早起きである。


「アンジュ。たぶんシノモリは嘘ついてない。これみて」


 タマサはアンジュにマリーノーツ新聞を見せた。


「あん? えっと……緊急速報……ハイエンジにある『大マリーノーツ生物研究所』が、一夜にして氷漬け……内部で行われていた違法な人体実験の実態が明らかに……? 氷が溶けた際に研究所の所長が大暴れ、カナノ地区から大勇者、紅き双銃のセイクリッドを緊急で呼び出し対処にあたらせた……? 所長が魔王の残党であったという説を政府は否定……。セイクリッドはインタビューを拒否……。なにこれ。お前らがやったの?」


 ――へぇ、あのあとセイクリッドが来たんだ。待っておけばよかったかな。


「やろうと思ってやったわけじゃないですけど……すみません」


 アンジュは一つ溜息を吐いて、


「ごめんシノモリ。嘘つき扱いしてすまなかった」


「いえ、もういいですけど……それより疲れました……眠ってもいいですか?」


「ああ、お疲れ様」


 アンジュさんの横を通り過ぎ、シノモリは建物中へと入ろうとした。その時である。


 シノモリの背後から、声がした。


「ありがとうね、シノモリ。コイトマルも、ありがとうって言ってる」


 澄んだ声に振り返る。コイトマルを手に載せながら、フリースは微笑んでいた。


 その珍しい景色が、全ての疲れを吹き飛ばしたようだった。


「役に立てたみたいで、よかったです」


 シノモリは微笑みを返した。


  ★


 その後、フリースは朝の陽射しがさしこむ廊下をゆったり滑り、俺が眠る部屋までやってきた。


 なんだか不思議な感覚である。


 夢の中で自分の寝ている姿を見ているなんてのは、幽体離脱してるみたいな気分だ。


 フリースは。「ラック。起きて、ラック」と言いながら俺をゆすった。


 しかし起きない。


 フリースはおもむろに首筋からコイトマルを掴むと、俺の顔の上に、それを置いた。


 のったりと俺の頬を這うコイトマルを見て、なにやってんだコイツと思うしかなかった。


「起こして、コイトマル」


 コイトマルは声に反応して一度首を持ちあげてフリースを見ると、俺の鼻の穴をふさぐという暴挙に出た。


「んあ」


 口を開けただけで、俺は起きなかった。


 ならばとフリースはコイトマルを回収し、次の一手に出る。


 もはや起こすのを諦め、俺の真横に添い寝を始めたのだ。


 そして、今にも俺に抱き着こうかといったところで、夢の世界は暗転した。




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