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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝
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第132話 幕間夢記録「桑つみの旅」(2/3)

 フリースに対して、相変わらず委縮(いしゅく)しながらシノモリさんは説明を続けていた。


「簡単に言うとですね……」


 シノモリさんの話では、エルフの血を引く者と主従契約を果したイトムシは、大きくなるために主人の魔力が必要である。ただ、それとは別に活力維持のためにエサを食べなければならない。そして、何より良い糸を吐くために、良いエサが必要なのだという。


「最も適した食べ物は、野生のマリベリーの葉なんですけど……」


 ところが、マリーノーツじゅう探してもその野生種は存在しないと彼女は言い切った。


 理由は、「絶滅したからです」とのことである。


 しかし、ハイエンジ東にある「大マリーノーツ生物研究所」という政府施設には、野生ではないにせよ、研究対象として品種改良されたマリベリーとやらの葉が栽培されている。これならコイトマル様もお口に入れてくださるだろう、というわけである。


「そ、それじゃあ、私が行って、何とかしてマリベリーを手に入れてくるので、待っていてもらえますか?」


 ――どのくらい待てばいい?


「えっと……二日か三日くらい……です」


 しかしフリースは沈黙を返した。


 この沈黙の意味は、俺にはわかる。けれどもシノモリさんは全くわけがわからずに、挙動不審に見えるくらいに戸惑っていた。


 やはりというべきか、フリースはシノモリさんの腕を掴むと、勢いよく滑り出した。


「ちょ、ちょっと! なんっ、何ですかぁー?」


 フリースは待っていられないと思ったのだ。


 目指すはハイエンジ東の研究施設。そこにコイトマルのごはんを取りに行く。


 エプロン姿のままのシノモリさんを引っ張りながら、石畳の階段を駆け下りていき、やがて空中に氷の上り坂が作り出された。


 二人は、青空へと飛び立っていった。


  ★


 かなりの高速で滑って、あっという間に目的地に着いた頃、シノモリさんは、フリースの腕の中にいるコイトマルくんと同じくらいグッタリしていた。


「うー、吐きそうです……」


 とか言いながら、レンガの塀にもたれかかった。


 目的地の研究所――。


 レンガ造りの高い塀に囲われた、広大な敷地。高級感あふれるデザインの立派な金属の門がそびえていて、筋骨隆々とした門番が一人、立っている。


 その内側は森が形成されていて、鬱蒼(うっそう)としていた。


 門番が不審者を見る目を二人に向けていたので、シノモリさんは気分が悪いながらも慌てて説明を試みる。


「ごめんください。私はこちらで研究員をしていた者なのですが……ええ、シノモリ・カートリアといいます。……え、用件ですか? えっと……えっと……研究の成果報告をするために来ました」


 おそらく研究をしていたというのは本当。成果報告というのは嘘であろう。


「シノモリ様ですね。少々お待ちください。確認してみます」


 門番は鉛筆みたいな大きさの黒い棒状のものを取り出し、クリーム色の紙に文字を書くと、門の鉄格子の上にとまっていた一羽の鳥にそのメモをくわえさせ、構内に飛ばした。


 鳥はすぐには戻ってこなかったが、かわりにゴゴーンと重たい鐘の音が二回ほど響き、それを合図に門番は、


「シノモリ様、どうぞお通り下さい。所長が中で待っています」


 そう言って門を開けてくれた。


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げたシノモリさんとともに、フリースは敷地内に入った。


  ★


 いやもう、なんだこれ。どうしてこうなった。


 真夜中の研究所は静寂に包まれてしまった。ただ冷たいレンガの道の上に座り込んだシノモリさんが、「あう……ああ……」だとか、「どうしてこんなことに……?」とか、「私、なにか悪い事したんでしょうか」とか、「ごめんなさい、ごめんなさい」などと呟いていた。


 小さな呟きがよく響くくらい、施設全体が沈黙している。


 この研究所は、レンガ造りの瀟洒(しょうしゃ)な建物がいくつも(つら)なった大規模な政府機関である。当然、そこで働いたり寝泊まりする研究員も数多かったはずだ。


 それが、何故これほどまでに沈黙しているのか。


 一言で言うと、凍り付いたから、ということになる。


 フリースの逆鱗(げきりん)に触れてしまったのだ。


 もともと、イトムシが食べるマリベリーとやらの古代種が研究所にあるというから、それを手に入れるために二人はハイエンジまで足を運んだわけだ。シノモリさんはこの研究所に所属していたことがあったので、所長と面識があった。


 後になって聞いた話では、シノモリさんは、大魔王討伐のタイミングで姉や仲間と離れた後、流れ流れてハイエンジに辿り着き、このレンガの施設に寝泊りして植物研究に没頭していた過去があるのだという。


 アンジュさんが迎えに来るまでの間、ここで数多くの研究成果を挙げていたのだ。


 しかし、アンジュさんから言わせれば、この施設も悪の組織であるという話だ。たしかに研究には実験が伴い、場合によっては実験によって犠牲が出てしまう場合もあるだろう。シノモリさんの作った薬剤が実験動物に投与されたり、場合によっては人間に投与されたり……知らず知らずのうちに、非人道的な実験の片棒を担がされていたのは事実であった。


 そうした人の道に(もと)る行為を裏で指示していたのが、ここの所長であったようだ。


 俺の就寝から(さかのぼ)ること数時間前。


 赤茶色の美しい布が敷かれた応接室に通された二人。


「久しいな、シノモリ。頭のいかれた女(アンジュとかいうの)に連れていかれて以来か。一体、何の用だ?」


 シノモリさんは、所長との話し合いに臨むにあたって、フリースのために機転をきかせてくれた。


「ええっと……私がここに来た目的は、マリベリーの葉をもらうためです。タダとは言いません。私がここを離れてから作った新しい薬草と交換で、品種改良後のマリベリーと、古代種の種子をいただけないかと思うのですが……」


 彼女自身、内心、なんでフリースのためにこんなことをしなければならないのか、と不可解ではあったろうが、イトムシが弱っているのを放っておけないとも思ったに違いない。シノモリさんは、この研究所でイトムシを大事に育てた経験があったのだ。


「ところで、そちらの青い服の娘さんは何者だろうか。ずいぶん立派なイトムシを持っているようだが」


 フリースは、コイトマルを守るように男に背を向けた。


「おや、これはどうも、若い娘さんを警戒させてしまったかな。まぁまず座って、お茶でもいかがかな。近ごろ流行っている福福蓬莱(ふくふくほうらい)茶とやらを用意した」


 座り心地のよさそうな緑がかったソファに掛けるよう促された。ソファの前のテーブルに氷の入った緑色の液体が置かれている。


 シノモリさんは、フリースの背中を軽く押してソファの方へ誘導すると、自分も座った。


 せっかく出してくれたお茶に口をつけないのも失礼かと思い、ストローから茶を飲んだ。フリースも同じように座り、茶を飲み干した。


 カランと氷がグラスに当たる音がした。


「所長。それで、マリベリーの葉っぱのほう、いただけるんですか? 急ぎ必要なの……ですが……」


「よかろうシノモリよ、好きなだけ持っていくがよい」


 しかし、その言葉は、もはやシノモリさんの頭には響かなかった。


 薬に何か盛られたのだろうか、彼女はすっかり余裕を失い、「あ……れ……」と呟き、息荒く、揺れる視界を戻そうと頑張っていたものの、ついに睡魔に襲われ、意識が朦朧(もうろう)としてくる。


 隣にいたフリースは、コイトマルをしっかり抱きかかえたまま、一足先に、静かな眠りの世界に落ちていた。


「できるものならな」などと勝ち誇る悪の所長。


「そん……な……所長……」シノモリさんはそれきり気を失い、


「…………」フリースも沈黙し続けていた。


  ★


 ここらで施設が物理的に凍結された理由には予想がつくと思う。


 そう、所長とやらは、フリースが大勇者級の氷使いであることを知らなかったのである。


 鉄格子(てつごうし)のなかで目覚めたフリースの手の中にコイトマルの姿がなかった。


 フリースが目覚めたのは深夜のことだった。


 ひどい(にお)いのする地下牢で、別々の牢に閉じ込められていた二人。


 フリースは氷の力で鋼鉄をアッサリ曲げて外に出ると、シノモリさんを探して歩き回った。


 ところが、なかなか見つからない。


 道に迷ったりしながら散々探し回った結果、灯台下暗し。隣の牢にいたのを見つけたのだった


「…………」


 シノモリさんは眠っていた。眠り続けていた。押しても引いても、氷をあてても起きなかった。


 そこでフリースは、スパイラルホーン粉末を人差し指に落とし、彼女の口に突っ込んだ。


「うぅうぅ、まず……まずいまずい! なんですかこれぇ!」


 ――あ、起きた?


 フリースは薄暗い牢内に氷文字を生み出した。


「おええぇ、おええぇ」


 本当に吐いているわけではなく、舌を出して涙目になっているくらいだった。でも可哀想だ。


「私、なんでこんなところにいるんでしょう……」


 この当然の問いには、フリースが氷文字で答える。


 ――あの所長とかいう人に、だまされたんだね。


「あぁ……そう……でしたか……」


 ――道がわからない。コイトマルを探さなきゃ。


「えっ、コイトマル様、いなくなってしまったんですか?」


 その問いに、フリースは焦りの色を帯びた沈黙を返した。




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