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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝
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第131話 幕間夢記録「桑つみの旅」(1/3)

 心配で食事が(のど)を通らないぜ、なんてことはなく、美味い肉をたらふく食った。若いムレイノシシの肉であった。臭みが少なく、脂の甘い上質な肉だった。


 さて、食事を終えた俺は、心地良いまどろみのなか、夢をみた。


 この夢……フリースのことを心配しすぎたためであろうか。あるいは俺が心配している姿を心配したレヴィアが見せてくれたのだろうか。


 ともかく、夢の世界は未だ帰らないフリースとお(しと)やかな女の子の姿を映し出した。


  ★


 昼間のザイデンシュトラーゼン城。


 青い服のフリースは、蟲を抱えて高級感が残るボロボロの廊下をスルスルと滑っていた。


 足の裏に氷を生み出して走行する、いつものフリースの移動術。


 きょろきょろと首をまわして周囲を見ているのは、誰かを探しているのだろうか。


 胸に抱いているのは、手のひらサイズの大きな蟲。解呪の儀式によって生まれたばかりのイトムシのコイトマルくんである。しかし、ちょっと様子が変だ。起きているけれど、動きがにぶく、あまり元気がよくなさそうである。


「ラ、ラックー」


 フリースはまるで薄氷を踏むように、小声で俺を呼んだ。しかし、その小さすぎる声は誰に届くでもなく消え入った。


 フリースの足は、屋上に向く。


 スロープを滑りのぼって、桃型の宝物庫に入ってすぐの扉から外に出ると、建物の屋上に出た。フェンスも何もない、落ちたら終わりの高さだったが、恐れることなくフリースは身を乗り出して下を見る。


「…………」


 フリースは無言で下を見つめていた。


 高低差のあるザイデンシュトラーゼンのまちがあり、どういうわけか以前よりも健全な活気があるようだった。


 ふと自分のいる建物から城下町に降りていく階段のほうをみると、花魁(おいらん)ふうの服をゆらゆらさせるタマサの先導で、俺とレヴィアが歩いているのが見えた。


「…………」


 フリースは沈黙した。


 建物の中に戻ってすぐ、フリースは、口に木の棒をくわえているアンジュとすれ違った。


「おう、フリース。どうしたんだ? ラックなら、さっき出かけたぞ。レヴィアとかと一緒にな」


「…………」フリースは不機嫌そうに頷いた。


「どうかしたのか?」


「ごはん。あげないと」


「ごはん? 朝ごはんなら、さっき食べたじゃ……あぁ、その胸に抱えてる子のやつか。その子、何食べるの? 肉?」


 フリースは首を横に振った。

 そして、空中に文字を書いて伝えた。


 ――葉っぱ。古代種のしか食べない。


「葉っぱか……それなら、たぶんシノモリが詳しいぞ。きいてみるといい。もしかしたら持ってるかもしれない。あいつ薬草仕込むの好きだからな」


 ――しのもり?

 ――だれそれ?


「たぶん、フリースも会ったことあると思うぞ。うちで働いてる二人の女の子のうち、どっちかっていうと大人しいほうのヤツだ。あたしの友達の妹さ」


 ――そう。


「たぶん半刻くらいしたら、このへんに来ると思うから、その時までちょっと待ってな」


 ――わかった。


 フリースは氷文字で答えて、しばらく城内をうろつくことにした。


 しばらく裸足で滑っていると、廊下にボーラさんの姿があった。また色づいたキャンバスとにらめっこして、絵を描いている。


「…………」


「何か用?」


 接近の気配を感じたのか、振り返らずに絵描きは声をかけてきた。


「…………」


 返事をしないでいると、絵描きは面倒くさそうに振り返り、


「どうかした? 何かすっきりしない表情だけど。あ、わかった。あんたの抱えてるその蟲を、あたしに描いてもらいたいってんでしょ」


 しかしフリースは、全然違う、という苛立(いらだ)ちの表情を浮かべた


「ラックは……」


 どこに行ったのか、と言いかけて、唇を結ぶと、フリースはその場を滑り出した。


 首をかしげる絵描きの姿だけが残された。


  ★


「シノモリ・カートリアと申します。あの……あの……ええと……誇り高きエルフであり、大勇者に並び立つような御方(おかた)が、私なんかに何の用がおありなのでしょうか」


「…………」


「す、すみません! 私、なにか失礼なこと言いましたか? 気に(さわ)ったのなら謝ります! どうか、私の無礼をお許しください」


「…………」


「どうしましょう気まずいです……助けてくださいナディア姉さん……」


「…………」


 会話が成立しなかった。お互いに黙り込んでしまった。


 エプロン姿のシノモリさんは、いきなり卑屈(ひくつ)な自己紹介から始まり、すぐに謝罪を繰り返した。それが何よりフリースにとって気に入らないことだったようである。


 考えてみれば、フリースは魔女扱いされていたことがあるのだから、初対面で畏怖(いふ)の対象とされるのは嫌がることの一つであろう。


 ともあれ、いつまでも黙ったままでいては目的を果たせない。フリースのほうから相手の必要以上のへりくだりに対し、悲しみを我慢し、声をかけた。


「コイトマル。葉っぱ、どれなら食べる?」


「え? コイトマルさん、ですか?」


「お腹すかせてる」


 そう言ってコイトマルを、ずずいっとシノモリに差し出した。


 シノモリは様子を見るなり、診断結果を告げる。


「イトムシ……幼虫の第二段階ですね。たしかに、少し弱ってます。この頃は、食欲も旺盛(おうせい)なはずですが……あっ、それで私に?」


 フリースは沈黙のまま頷いた。


「なるほどです。この種は古代種しか口にしない極めて珍しいイトムシですね。自分の住む場所の魔力環境に合わせた属性の糸を吐くことから、土壌の質によって花の色を変える紫陽花(あじさい)から名前をとりまして、ハイドラと名づけられたようです。しかし、()しくもこの名前は少し前にマリーノーツじゅうを荒らした凶悪狂暴な黒い巨大水蛇とよく似た名前でありまして、混血のエルフが迫害(はくがい)を受けた一因にもなったという説があります」


「…………」フリースは沈黙した。


「あ、あのっ……ごめんなさい。私、またおかしなこと言いましたか?」


 フリースにとって、イトムシの種類のことなど知らない情報だった。シノモリという初対面の女が、自分よりもコイトマルのことを知ってる人間のように思えて、気に入らなくて黙りこんだという辺りであろう。


 また、混血エルフの迫害という言葉にも引っかかったのかもしれないが……しかし、これらのことはフリース個人の問題であり、シノモリがそこまで気にするようなことでもないような気もする。


 ところがシノモリは、これを深刻に受け取った。「すみません」を繰り返し、その場から逃げ出そうと走り出した。


 とはいえ大勇者級の氷使いから逃げられるはずもない。滑って回り込んだフリースは、彼女の細く白い腕を掴んだ。


 あまりの恐怖に、涙を流しながらシノモリは悲鳴をあげるしかなかった。


 どんなに悲鳴をあげても助けなど来ない。ボーラさんは筆がノッてきたところだったし、アンジュさんはタバコがわりの木の棒をくわえながら、ハンモックに寝転んでリラックスタイムを満喫(まんきつ)していたからな。


「コイトマルのごはん。手伝って」


「手伝います! 手伝いますから、許してください!」


  ★


 かくして、フリースに協力することになったシノモリ・カートリアさんは、今までアンジュも、タマサも、姉のナディアでさえ通したことがない部屋にフリースを案内した。


 ――怪しい部屋だね。


 フリースの描いた氷文字が地面に落ち、大きな音を響かせて砕けた。


「そ、そうですか?」


 たくさんの透明な(ビン)と、その中にある植物たち。緑系が多かった。


 どう見てもそこは趣味のマニアックな研究が行われている空間であり、あまり人には見せたくないんだろうなというのは、簡単に想像できる。


「いろんな植物をかけあわせて、荒れ地の環境でも育つ新種の作物を生み出そうとしていたんだけど、なかなかうまくいかなくて……」


 呪われた土地を、シノモリさんなりに何とかしようと動いていたようだ。


 シノモリさんは整理整頓された棚から一枚の枯れ葉を取り出して、フリースに渡した。


 ――これは?


「イトムシ用の飼料だった葉です。マリベリーの古代種なのですが……」


 フリースは、腕の中のコイトマルにその葉を与えようとした。


 しかし食べない。顔を近づけはしたが、それを食べ物であると認識しなかったようだ。


「やっぱり、食べないですね」


 ――何で?


「枯れているからです」


 ――枯れてないやつなら食べるの?


「食べると思います」


 ――それは無いの?


「すみません」


 震えた声を受けて、フリースは黙り込んだ。


 そこでシノモリさんは、慌ててしまって、また「すみません」を繰り返した。


 それを卑屈(ひくつ)すぎると思ったのか、フリースは更なる冷気を発して、またシノモリさんはビビッてしまう。この世の終わりみたいな表情をしていた。


 どうもこのコンビの相性は良くなさそうだ。


「ええとですね……怒らないで聞いてほしいんですけど……」


 ――なに?


「ここにコイトマル様のごはん、ないです」


「は?」とフリースは冷たい声を出した。


「すいません、すいませんすいません!」




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