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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第一章 10年前
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第13話 ゆきずりの冒険者(10/10)

 アンジュさんの姿が見えなくなって一分もせずに、バタバタバタバタとサンダルが地面を蹴る激しい音が、洞窟の空洞によく響いた。


「やばいやばいやばい、なんで」


 アンジュさんの声が響いたかと思ったら、薄暗い通路の奥から薄着の彼女が全力ダッシュで俺の方に向かってきたのだ。


「織原久遠ッ、あいつあんたの仲間か?」


 アンジュさんは俺の背後にまわると、俺の腕にしがみついた。パンツ一枚の男の腕にしがみついて、がたがたと激しく震えているのだ。押し付けられた大きな胸の圧力。素肌の熱が伝わってくる。


 突然降ってわいたラッキーイベントは運がよさそうな名前に改名したおかげだろうか。だとしたら、まなかさんに感謝をしないといけない。


 アンジュさんに抱きつかれていると、なんだか俺の好きだった人に抱きつかれているような気分になれる。


「ど、どうしたんすか」


「助けて、こわい」


「こわいって、どうして?」


「あの女が剣を地面に突き立てて待ってて、なんでここに」


「なんでって、俺と一緒にここに来たからですかね」


「あんたの仲間だったぁ?」


「仲間というにはレベル差がありすぎですけども、敵ではないですね」


 アンジュさんは、俺の腕だけを解放し、俺の前に座った。膝をつけた。かと思ったら、手と頭も硬く冷たい地面につけた。


 土下座。どう見ても土下座である。


「知らなかったんだ! あの人の仲間だなんて知らなかったんだ! 許してくれ。この通りだ!」


「いや、そんな……」


 俺が椅子にくくりつけられたまま戸惑っていると、冒険者まなかが姿を現した。


 カツ、カツ、カツと、ゆっくりと近づいてくる。


 その足音に気付いて勢いよく起き上がった浅黒い肌のアンジュさんは、顔面蒼白で固まった。


 まなかさんは、緑色のスカートを揺らしながら、近づいてきて、鞘から剣を抜き取った。


「ラック、またそんな姿になって。そんなに脱ぐのが好き? 趣味なの?」


「違います。アンジュさんに脱がされました」


「カッコわるっ。でもまぁ仕方ないか。アンジュは一応、魔王討伐直前までは行ったことあるくらいだから、かなりレベル差あったもんね」


 そんな相手と戦ってこいと背中を押すとは、驚愕すべきスパルタぶりだ。俺が死んでたらどうするつもりだったのだろう。


 そして、まなかさんは、顔を真っ青にして固まっているアンジュさんの肩に手を置いた。


 怯えの表情で、ビクッとなったアンジュさんは、歯をガタガタ鳴らして震えている。余程の恐怖ってことらしい。


「アンジュ、まだ山賊やめてなかったんだ。むかし、わたしに負けたとき、『山賊やめる』って言ってたよね。約束、したよね?」


「そ、それは……」


「わたし、約束破ったら死んでもらうって言ったよね?」


「すみませんでした。本当に。謝るから。あたし、死にたくない」


 と、アンジュさんは言いながらも、まなかさんの顔を見ることもせず、俺に向かって、こう言った。


「ほら、織原久遠、お前からも頼んでくれ。あたしを殺してくれるなってお願いしてくれぇ」


 いやいや、何を言っているのだろうこの人は。俺にお願いできる立場じゃないだろう。普通に考えれば、二回も身ぐるみ剥がされて、椅子に縛り付けられて、奴隷として売り飛ばす宣言されて、それでアンジュさんを助けようって人はなかなかいないでしょう。


 でもね。


 だけど俺は、アンジュさんのことを信じたい気持ちは変わっていなかった。だから、この震える山賊を助けたい。


 そのためには、俺のために怒ってくれている冒険者と何とか話をつけてもいいと思った。


「アンジュさん。一つ、条件があります」


「条件?」


「どうして山賊になったか、本当のことを教えてもらえますか?」


 アンジュさんは、しばらく考え込み、「わかったよ」と小声で呟いたのだった。


 そこで俺は、怒れる年上の貴族風女に向かって言うのだ。


「まなかさん。ちょっと待ってください。俺、アンジュさんの話、聞きたいんです」


「あ、そう。パンツいっちょで椅子に縛られてまでそう言うなら、心優しいラックに免じて話を聞いてあげないこともないけど……まずはラックに、盗んだものを全部返しなさい。話はそれから」


「わ、わかった。売っちまったもんは、どうしようもないけど、売った分の金と、残った彼の持ち物を返すし、慰謝料として金も払う」


 俺の前に見たことない紙幣の束が置かれた。これの価値は、どれほどのものだろう。俺の着ていた服や財布の中にあったお金に見合うくらいなのだろうか。もしかしたら、むしろ得をしているくらいなんじゃ。


「何これ、足りないよ」


 まなかさんは鋭い目つきで彼女を見据えた、


「ど、どのくらい払えば……」


「そんなもん、今まで盗んだもの全部だよ。もちもの全部。服も脱いで」


「えっ」


「まなかさん、そこまでは……もう脱ぐところも少ないような服ですし」


「だってさ。慈悲深いラックに感謝しなよ」


 まなかさんがそう言うと、アンジュさんは、「ありがとですぅ」と言って、俺に土下座してきた。さっきまで俺に対して盗賊行為を繰り返していたアンジュさんが、今、俺に頭を下げているというわけだ。


「アンジュさん、まなかさんとは戦わないんですか?」


「ば、馬鹿いうな。この人は低レベルの駆け出し時代にな、魔王討伐できるくらいのレベルだったあたしを真っ裸にして蹴飛ばした化け物だぞ。レベルの上がった今は、軽く蹴飛ばされただけでフロッグレイクまで飛ばされるよ」


 フロッグレイクというと、虹のかかっていた大樹があった方角だ。けっこう離れていたけれど、たしかに冒険者まなかの力なら、路上の石を蹴飛ばすみたいにして人間をかっ飛ばすことができても不思議じゃない。


「ほら」取立人まなかは部屋の中にあった箱型の物体、金庫らしきものを指差して、「あそこに入ってるのも出しなよ」


 アンジュさんは目を泳がせた。


「あっ、あれは、すみませんあれは、あれだけは勘弁してほしい! あたしの命なんだ!」


「山賊やって奪ったものでしょう」


「そっ、そう……だけど、あれがないとあたし、生きていけなくて……」


「何が入ってるの」


「あんまり、空気に触れさせたくないっていうか……」


 なんだかはっきりしない様子だった。よほど見つかったらヤバイものでも入っているのだろうか。麻薬とか、危険生物とか、平和を揺るがす機密書類とか。


「えいっ」


 一刀両断。まなかさんの軽い一振りは分厚い金属さえも簡単に切り裂いた。美しい断面で切り分けられた金庫の片割れはゴギンと地面を破壊し、中身が何本か金属片の後を追うようにこぼれ落ちた。


 まなかさんは、しゃがみ込んで、その白い棒を拾い上げる。


「これ、タバコ……?」


「ああそうだよ。あたしの命だ。そいつがないと生きていけない」


 そこでまた俺は、好きだった人を思い出す。俺の好きだった人は、暇さえあればタバコを吸っている人だった。やめてほしいと思ってはいたけれど、タバコを吸う姿も好きだった、やめようとしてやめられない姿もかわいいと思った。


「麻薬みたいなもんだね。跡形もなく焼き払わないと」と、まなかさん。


「ちょ、まって、マジやめて!」


 声を裏返して慌てふためいている。これは相当な中毒だ。


「じゃあ全財産をラックに」


「ぜ、全財産んん?」


「嫌ならいいけども。この残り何カートンあるんだか知れないタバコがどうなるか」


「くっ……」


 これではどっちが山賊か、わかりゃしない。他人の家に押し入って大事なものを燃やすぞと脅して金品を要求するなんて、完全に悪党の手口だ。


 アンジュさんは悔しそうに、「そこの棚を動かすと、穴があって、そこにブランドの茶色いバッグがある。その中身が、あたしの全財産だ。他のものは勘弁してください」と言って、またしてもまなかさんに向かって土下座をした。


「アンジュ、わたしじゃなく、ひどいことをしたのはラックに対してでしょう?」


「はい!」と、山賊女は俺の方に向き直り、「申し訳ございませんでした。二度と山賊行為はいたしません!」


 再びの土下座。極薄の薄着褐色女がパンツ一枚の男に土下座している。この状況は、俺にほんの少しのときめきとドキドキをくれるけれど、なんだか土下座をされると逆に申し訳ない気持ちになってくる。


 まなかさんは、棚をズゴゴゴゴと押して穴からブランドバッグを取り出して中身を確認する。輝く金貨がジャラジャラと姿を現した。


「ナミー金貨が、けっこうあるね。二千万ナミーくらいかな」


「ナミー?」


「そうだよ。ラックはまだ知らなかったか。円とかドルとかと同じように、このホクキオ周辺エリアの通貨はナミーっていうの。銅と銀と金があって、金貨の価値は桁違いだね」


「本当のゴールドでできてるんですか?」


「いや、さすがにそれはないかな。見た目だけ輝きがコーティングされてるんだよ」


「なるほど」


「はいこれ、足元に置いとくね」


 そして彼女は、本当に自分のことのように、にこにこ笑いながら、


「すごいね、ラック。一日にして大金持ちだ」


 いや、あの、それは確かにすごいけど、その前にさっさと脚の拘束を解いてほしいんだけども。ずっとパンツ一枚で椅子に縛り付けられて、そろそろそれに慣れてしまいそうな自分が恐ろしいんだけども。




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