第129話 緑と獣のさきわう大地(5/6)
賊軍のテントに近づいてからというもの、タマサの姿が見えない。
レヴィアにきいたら、一緒に来たはずだという。
「どこ行ったんだ、はぐれるとトラブルのもとなんだけどな」
自分で言ってて思ったけど、これは完全に俺の自業自得である。
勝手に走り出して、勝手にレヴィアを置いてきて、勝手にタマサとはぐれたのだから。
道のわからない二人の女の子を放り出して来た時点で、俺の男らしさはマイナス百点満点なんじゃないのかな……。
いやいや、過ぎたことをいつまでも引きずるもんじゃない。
今はとにかくタマサを探さなくては。
タマサは、背はティーアさんに比べれば全然高くないけれど、花魁風の派手な服なもんだから目立ちやすい。輝く黒髪もよく目立つ。
もし賊軍の人たちに悪い形で見つかったら、「何者だ」とか言われて、ケンカっぱやいタマサが魔法でズドンで大戦争……って事態になりかねない。
そんなことになったら最悪だ。
俺はこの先、また素顔で道を歩けなくなってしまうだろう。
「タマサ?」
ぐるっと周囲を見渡すと、彼女は岩の陰に隠れていた。
顔が半分だけ見えている。
意外だ。彼女らしくなく、コソコソしている。
「タマサ、そんなところにいたのか。何してんだ。こっち来いよ」
しかし彼女は岩陰から出てこない。
「待って待って。ねえラック、ここはマズくない? 史上最大の反乱軍だよな、これ」
「盗賊狩りには乗り気だったのに、こいつらは無理なのか?」
「あったり前だろ! ぶっ飛ばすぞ! 規模が違い過ぎだ!」
「たしかに規模は全然違うなぁ」
そこで、ようやくタマサも覚悟を決めたのか、岩陰から出てきて俺の前に立った。
「わっちが思ってる以上に、ラックってヤバいやつなの? 」
「そんなことはない。俺はそんなにヤバくないぞ?」
「じゃあただのエロエロクソ野郎なのか?」
「違うから。なんでその呼び方を定着させようとしてんだ」
すると横から、「否定できないと思います!」とレヴィアの冷たい声。
レヴィアにさげすまれると心にズキュンとくるぜ。
でもまぁ……酔っ払いアンジュさんと裸で朝を迎えたり、子供のつくりかたをレヴィアにたずねたりしたのだから、そう言われてしまうのは仕方ない部分があるかもしれない。
受け入れて諦めよう。俺は今日からエロエロクソ野郎だ。
みんなも親しみをこめてそう呼んでくれよな!
なんてな。
やっぱりどう考えてもエロエロクソ野郎は嫌だ。
「ま、とにかく大丈夫だぞ、タマサ。食料を求めて戦う逆賊だけど、いいひとたちだから」
「逆賊って時点でヤバいんだけど。ラックは、わっちをどうするつもり?」
なんだか本格的に怖がっていた。
「別に騙して連れて来たわけ…………」
そういうわけじゃない、と言いかけたところで、地下道への入口前でのことを思い出した。ティーアのことをたずねられたときに「村長だ」みたいなことを言ったのを思い出してしまって、言葉が続かなかった。
「お、おいラック。急に黙るんじゃねえよ。やめろ、そういうの」
もうここまできたらいいか。本当のことを伝えよう。
「いや、すまんタマサ。実は、村長っていうの、嘘なんだ。実際は賊軍のトップなんだよ。ティーアさんは」
そこでタマサは「あっ」と何かを思い出した声を出した。
「ティーアって、女帝ティーア・ヴォルフ!?」
「あれ、知ってたのか? さっきティーアって知り合いはいないって言ってた気がするが」
「知り合いなわけないよ、そのひと有名な無法者! 反乱軍を率いてたとは知らなかったけど、荒れ地の付近を次々に傘下にしてまわってるって話が有名だったよ。視線だけで人を殺すことができて、熊のように全身が毛むくじゃらで、味方だろうと平気で釜茹でにして、鬼の顔をして生肉を食らうみたいな女なんでしょ?」
嘘まみれの情報である。たしかに目つきはキツめだし、豪快なところはあるけれど、仲間思いで優しくて料理上手で、美しい女性だ。毛もそこまで深くはないし、熊っぽくも鬼っぽくもない。
くしくも生肉を食らうというところだけはレヴィアのせいで完全な嘘じゃなくなってしまったが。
「タマサ、ティーアさんは、そんな人じゃないぞ」
「新聞読んでないのか、ラック。最低の女なんだぞ。暴言や暴力なんかも日常茶飯事だって書いてあった。付き合う人間は選んだほうがいい」
そうは言っても、暴言なんかは、タマサのほうがヒドイと思えるくらいだ。
どういう経緯で反乱軍のトップに立っているのか不明だけども、実は育ちが良いのではないかと俺は想像している。
族長の子孫だって話も、どこかで聞いた気がする。何ゾクの長だったのかは知らないけどもな。
「帰ろうよラック。ティーア・ヴォルフなんて危険人物、遭遇する前に逃げないと、わっちも食べられる!」
「だから、そんなヤツじゃないんだって。会ってみればわかる。な、レヴィア」
俺はレヴィアに同意を求めたが、ところがどっこい、「私も危険だと思います」とか言い放った。
いやいや、そんなはずはない。
ティーアさんと直接会ったことのある人間ならば、タマサが抱えるイメージがただの偏見だってわかるはずだ。
それなのにレヴィアは、何故ティーアさんを危険だというのか。
もしや、無理矢理に腐れ生肉を食わせたから仕返しされるとでも思ってるのだろうか。
「どういうことなんだ、レヴィア」
そしたら彼女は、ゴニョゴニョと小声で言うのだ。大半は聞き取れなかった。
「それは……私とラッ……ゃまするから……」
「すまんレヴィア。きこえなかった。もう一回頼む」
「ヤです! なんでもありません!」
「何なんだ一体」
そして俺がタマサのほうに視線を送り、レヴィアが何を言ったのか尋ねようとした時であった。
ききおぼえのある声が耳に届いた。
「えーっと、たしかこのあたりのはずですけど……」
声のしたほうを見ると、草原を背景に、小太りの男の姿があった。
誰だろうか。
「ぼくの結界を誰かが通過した感じがしたのですが……。ついでに誰かがティーア様の悪口を言っている気配がしました。このへんのはずなのですが……」
姿が変わってしまっていたけれど、雰囲気が残っている。
その男は、俺たちをだましてティーアさんのところに連れて行き、反乱の賊軍に入らせようとした男であり、痩せ細った馬に乗り、口にレヴィアの手でパンをねじこまれた経験をもつ男。
今では全く痩せていなかった。
「もしかして、ダーパンか?」
「え。ラックさん?」
賊軍の地に初めて足を踏み入れたところで初めて会った小さな男が、どういうわけか小太りになっていた。頬なんかツヤツヤ光っている。
右手に分厚い本を持っていることからも、ダーパンの可能性が限りなく高い。
彼は呪いや魔道といったものに詳しいと自分で言い張っていた。
だから、この思いがけない再会は、俺にとって非常に都合がよかった。
レヴィアの白い服にかけられていた呪いが解けたのかどうか、彼の持つ計測器を使って確かめることができるから。
だがその前に、俺には、どうしても言わねばならないことがあった。
「おまえ、太ったか?」
「ええそうですよ、太りましたよ。でもねラックさん。再会のほぼ第一声がソレですか?」
「いや、一瞬わからなかったもんでな。それに、そんなに久々ってわけでもないだろ?」
「なんです、それ。ぼくが短期間でデブになったことについて、まだ煽る気ですか? さすがに救世主で大恩人であっても、ぼくの体型にとやかく言う権利なんてないはずです」
「ところで、ティーアさんは元気か?」
「え? ここにティーア様はいませんが、元気でいるという定期報告がきています」
「いない? どこ行ったんだ?」
「いえね、芳しい香りとともに大地の呪いがゼロになった時に、ぼくらは何が起きたのかわからなかった。急に戻った緑や、活気を取り戻した動物たちを見て、本当に現実なのか、安全な大地に戻ったのか、確かめようとしたのです」
「なるほどな、その原因調査に向ったわけか」
「その通りですラックさん。ぼくらは四方八方に散って、何が起きたのか調査を始めることにしたんです。ぼくはナンバン地区の南西側、大勢の非戦闘員を連れてザイデンシュトラーゼン方面を調査するよう頼まれたので、向かっている最中だったのですが……」
つまり、この炊き出しは、ダーパンが率いる調査団が行っているものであり、ティーアさんは別のところに調査に向かった、といったところだろうか。
「聞いて驚け、ダーパン。この大地の呪いを解いてみせたのは、実は俺なんだ」
「いやまあ、ラックさんなら、驚きませんよ。大地の呪いをなんとかしてくれるって約束してくれてましたし……なんたって、ぼくらの命を救ってくれた大恩人なんですから」
ダーパンのその一言を耳にして、タマサは信じられないといった表情で、
「えぇ……は、反乱軍に味方して助けるとか、ぶっ飛んでんだろ。なんだそれ」
とか言った。
その言葉に、ダーパンはムッとする。
「ラックさん、このだらしなさそうな派手な女は何なんですか? ラックさんが捕まえた犯罪者ですか? 裁いていいなら、ぼくが裁きますけど」
「いやいや、この子は、ザイデンシュトラーゼン城を守ってくれてる女の子でな、タマサっていう。優しくて純粋な良い子だぞ? ちょっと口が悪いけどな」
「口が悪い? そういえば思い出しましたよラックさん」
「何をだ」
「このあたりで、ティーアさんの悪口を言ってる雰囲気を感じ取ったんですけど、心当たりありませんか?」
「そんなのまで感じ取れるとか、ティーアさんのこと好きすぎだろう」
「なっ! 勘違いしないでください。主君を尊敬しているだけです。その主君を侮辱されたとあって何も行動しなかったとなれば、それこそが大恥というものです。別におっきくて魅力的だから大好きだ、なんて口に出すつもりは全くありませんよ!」
「そ、そうか……とりあえず、誰もティーアさんの悪口なんか言ってなかったから落ち着いてくれ」
俺の嘘をうけて、ダーパンは「おかしいなぁ」などと呟いて、ちらちらとタマサに視線を何度か送っていて、タマサは俺に助けを求める熱視線を送り続けてきた。
俺の視線は、いまだに煙がたちのぼる夕焼け空へと向いたのだった。