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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝
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第128話 緑と獣のさきわう大地(4/6)

 あと少しと言われてすぐに、出口があらわれた。


 終点の出口にあったのは、入口にあった扉と同じ。金属製の取っ手がついた鉄扉(てっぴ)


「開けていいか? タマサ」


「どうせ何もない荒野に出るだけだから、さっさと開けなよ」


 俺は扉を押し開けた。


 さすがに紫熟香の効果が城の外まで影響しているとは考えにくいと思っていた。だから、タマサの言うとおり、どうせ見渡す限りに荒野があるばかりだろうと思って、あまり期待していなかったのだ。


 ところがどうだ。扉を開けると緑の匂いがした。


 城壁の外には草原が広がっていた。


 見渡す限りに一面に。


 跳ねて遠ざかる茶色っぽいウサギたち、逃げていくモコモコヤギの群れ、大小の鳥が空を飛び、爽やかな風が吹き抜ける。


 土と岩だらけの荒野だったはずが、見事な緑の絨毯(じゅうたん)が完成していた。


 どう考えても、解呪の香りの効果に違いない。


「嘘でしょ。なにこれ」


 もとの景色を知るタマサは、そう言って呆然とした。


 遠くには、ネオジュークの黒富士が見えていて、生命力みなぎる、なかなか良い景色であった。


  ★


 さて、悲しいお知らせである。


 景色が変わってしまったことで、案内人タマサは役立たずになった。


「言いにくいけどねラック。目印にしていた背の高い草がいくつかあったんだけども、周囲の草が追いついちゃって、全く道がわからない」


 じゃあティーアさんのところにはたどり着けないではないか。


 と、心中で吐き捨ててはみたが、しかし、そもそもタマサにはあまり期待していなかった。なぜなら、道なき道がわかったからといって、ティーアさんの軍は大規模テント生活だからである。


 以前までいた場所は、カナノとの境の門を攻めるための場所に陣取っていただけだから、その気をなくした今は、別の場所に移動しているだろう。


「お前らの知り合いの村ってやつは移動するのか?」


「ああ、幻の都なんだ」


「きいたことある! ハクスイ様が言ってたよ。今は滅んだ獣人たちの都市は、大都市ごと移動するんだよな!」


 ロマンがあるよね、みたいな口調で言ってきたけども、これはちょっとした悲しいことなんじゃないかと思うんだが……気のせいであってほしい。獣人たちが迫害されて定住できなかった悲劇の歴史を物語る伝説だとは思いたくないな。


 なにはともあれ、タマサのかわりに案内できる人間を探さねばならない。


 しかし、こんなこともあろうかと、俺はすでに手を打ってあるのだ。


 もともとレヴィアを連れてきたのには理由があった。服の呪いが解けたかどうかを見極めたいってのが第一の理由だが、実はもう一つ、隠された目的があったのだ。やはり策士は二重三重の策を張り巡らしておくものなんだよな。フフフ。


 俺の次の策、それは、嗅覚にすぐれたレヴィアにティーア軍の居場所を突き止めてもらうこと!


 レヴィアは、遠い地下室からの微かな匂いをたよりに、香木の位置を突き止め、枯れ樹の空洞のなかで眠っていた経験をもつ最高に可憐な少女。この白き服のお嬢様に希望を託そう。


 おお、時は来たれり!

 ついにレヴィアが案内人として本領発揮するチャンスが訪れたのである。


「わっかんないです。こないだの煙吸ったときから、鼻がきかなくなっちゃってます」


 時は来ていなかった。


 こうなれば、だいたいの方角を目指して闇雲(やみくも)に突き進むか、引き返すかくらいしか選択肢がない。


 万策(ばんさく)尽きたと呟いて空を見上げるしかなかった。


 しかし、その時である。俺の視界には、青空に揺れて、はためくものがあった。


「へへ、空ってのは見上げてみるもんだな」


 何柱かの灰色の煙が、空に立ち上っていくのが見えていた。


 あの煙の下に、ティーアさんたちがいる可能性が非常に高い。


「いや、だけど、待てよ……」


 あの煙はどういう意味をもつだろう。


 三択にしてみよう。


 その一、見かけによらず料理上手なティーアさんが炊き出しをしている。

 その二、反撃の狼煙をあげてセイクリッドの待つ門に突っ込む合図。

 その三、なにものかの襲撃を受けて火事になった。


 一つ目の炊き出し以外は両方とも大変なことだ。


「レヴィア、急ごう」


「え? おやつ食べるんじゃないですか? クッキーってやつを……」


「それは後だ」


「なんでですか?」


「なんでって……あそこに煙が見えるだろ?」


「は? また約束破るんですか!」


「そんな場合じゃないだろ! あの煙が見えないのか!」


「でも! 私は青空の下でおやつを食べるためにここまで来たんですよ!」


 ああもう、なんでレヴィアは、こう聞き分けがないのだろう。たしかに外に出たらおやつにする的なことは言ったさ。清流ながれる地下通路で、話をごまかすために食い物で釣ろうとしたさ!


 けれど、あの時とは状況が変わったんだ。


 青空にのぼっていく白や薄い灰色の煙たち。


 これで、もしもティーアさんたちが大勇者の返り討ちにあっていたらどうする? もしも猛獣や敵軍に襲われて壊滅していたらどうする? もしも炊き出しの炎が引火して今にも大火事になろうとしていたらどうする?


「じゃあ、もういい! 俺が一人でいく! レヴィアはここで高級クッキーでも食ってろ!」


 俺は怒りとともにクッキーをレヴィアの胸に押し付けて、走り出した。


 すでに陽は傾きかけていたが、辿り着くころには夕方になっていた。


 ここは、セイクリッドさんが警戒していた門からはかなり南に後退した場所にある。ザイデンシュトラーゼン方面に移動してきたってことは、門を攻撃するのを諦めてくれたのかもしれない。


「よかった……」


 周囲は、肉が焼ける良い匂いに満ちていた。ちょうど料理が完成して、これから夕食ってとこだろう。誰も攻撃してないし、誰も襲われていなかった。すべては俺の杞憂(きゆう)に終わったわけだ。


 ああ、何事もなくて本当によかった。


 ダッシュスキルもマラソンスキルも持たない俺が息を切らして安心していると、後ろからすぐにレヴィアが追いついてきた。


「レヴィア? ずいぶん早く追いついたじゃねえか」


「おやつにしようと思ったんですけど……」


「どうしたんだ? 浮かない顔して」


「このあいだよりも、美味しくなくて」


「なんだ、もう味が落ちたってのか? 茶屋の店主に言ってやらないとな」


「ちがくて」


「んん?」


 俺がレヴィアみたいに首をかしげていると、彼女は言うのだ。


「ラックさんが一緒にいないと、あんまり美味しくないなって思いました」


 そんな言葉をきいた瞬間、すべての悩みや苦しみから解き放たれた気がした。


「レヴィア……」


 ようやくわかってくれたと思った。レヴィアも人間らしくなったと感動した。


「レヴィアぁ!」


 感極まった俺は両手広げて抱きしめにいったのだが、彼女は素早い身のこなしでヒラリこれを回避。


 俺は前のめりに倒れた。


「なんで避けるんだよ」


「また赤ちゃん作る気だったでしょう?」


「人聞き悪いぞ。条件がそろわないと無理だって話だったろ」


「抱きつくなら雰囲気を考えてください。私にも心の準備があるんですから」


 なんだろう、一番空気を読めないやつに、空気を読めって言われてる感じがして、すごく釈然(しゃくぜん)としない。


 けど、まぁレヴィアの言ってることも理解できる。たしかに自分だけの感情で突っ走ってしまうのはよくない。


 レヴィアが人間らしく成長してくれたとか喜んでいたが、俺のほうこそ、もう少し成長しなくては。


「それで、レヴィア。俺の分のクッキーは?」


「え? もうありませんけど」


 袋の中身は、すでに空っぽ。


 ……人間らしくなった?


 いやいや、さっそく前言を撤回させていただきたい。みんなで食べようって言ってたものを、こうもアッサリと独り占めするのはマトモな人間のすることじゃないぞ。


「あ、ラックさん。腐ったお肉ならありますよ?」


「マトモな人間は腐った肉は食わない。何で持ち歩いてんだよそんなの……」


 レヴィアの、ちゃんとした人間への道のりは、まだまだ遠いようである。





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