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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝
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第127話 緑と獣の賑わう大地(3/6)

 タマサは隠し通路に続く扉に手をかけた。


「もう一回だけききたいんだがな、ラック。本当に行きたいのか? 城壁の外に何しに行くんだ? もうほんと何もないところだぞ。こんな汚い通路を通って行くだけの価値があるとは全く思えないほどの」


 この通路ってやつは、腐った水が詰まってるところだから誰も寄り付かない場所なのだという。


 だから、俺はどんだけのものなのかを確認するためにニオイに敏感なレヴィアを遠ざけて、タマサと二人で通路内の状況を確認することにした。


「いいから開けてくれ。覚悟はできている」


 納豆、くさや、ドリアン……嗅いだことのある臭いものを先に想像しておくことで、どんな空気が鼻に入っても大丈夫なように心の準備をする。


 とはいえ、転生者には一定以上のヤバイ臭いに関しては自動的に軽減されると聞いているから、俺個人としては、そこまで気にしなくてもいいのかもしれない。


 だが、タマサやレヴィアは違う。この世界の住人には悪臭軽減機能なんぞついていないはずだ。


 ましてレヴィアはそこらの人よりも嗅覚が強いというから心配である。


「ごめんラック。ここまできてなんだけど、正直に言っていい?」


「何だよタマサ、外の世界にトラウマでもるのか?」


「いや、この通路マジで腐った汚物の汚臭がする汚染された壁と汚染された柱と汚染された空気だらけの毒々地下汚水道だから、正直開けたくないんだよ」


「そんなにすごいのか?」


「掃除は二秒であきらめた」


 汚いものを見るとうっかり掃除してしまうくらいの掃除娘にここまで言わせる地下通路。一体どのような腐臭がするのだろう。


 考えたくもない。


 だけど、一人だけでも外に行って、荒野の状況を確認したい。じゃあ扉を開けるしかないじゃないか。


「タマサは下がってろ、俺が開ける」


「待って待って」


「なんだよ」


「いいから待って」


 俺は扉を掴み、力をこめようとしたが、タマサの焦った声で待ったをかけられた。


 どうやらまだ心の準備ができてないようだ。


「ラックはさ、外に何しに行くんだい」


「ティーアさんに会いに行くんだ」


「ティーアって? わっちはそんな知り合いいないよ」


「そりゃそうだろう。俺の知り合いってだけだからな」


「どっかで聞いたことある気もするけど、どこで聞いたんだったかな……」


「ティーアさんが誰かっていうと……」


 と、言いかけたところでしばし考える。そのまま事実を伝えたら、通路を案内してもらえなくなるかもしれない。なぜならティーアさんはネオカナノを攻め落とそうとした軍団の首魁(しゅかい)なのである。そこで俺は、ちょっとした嘘を混入させることにした。


「俺の知ってる村の村長みたいなもんだな」


 そう、俺が城壁の外に出たがった理由の一つはティーアさん率いる反乱軍の状況を確認することである。


 この石畳のザイデンシュトラーゼン周辺は呪いが解けたけれども、ティーアさんが陣取っている辺りまでは距離があるからな。どこまで解呪の香りが届いているのやら、確認しておくべきだと考えたのである。


「へぇ村長さんか。偉いんだな」


「ああ、そうだな」


 実際は賊軍の頭領(かしら)みたいな立場だけども、今しばらくはこの嘘を守り切ろう。決意を新たに、俺は再び扉に手をかけた。


「さあ、タマサ。開けるぞ。心の準備はいいか?」


「ちょ、まって」


「日が暮れちまうから、もう開けるぞ! 文句はあとできいてやる!」


 俺は扉についていた金属製の取っ手を思い切り引っ張った。


 鉄の扉は開かれた。


「あれ?」とタマサ。


「全然くさくない」俺は呟いた。


 これも解呪の影響だろうか。ザイデンシュトラーゼンの隠し通路の中は、悪臭なんて全然なくって、清浄な空気に満たされていた。


 これならレヴィアも一緒に通れそうだ。


  ★


 タマサを先頭に、俺とレヴィアが並ぶ形で通路を進んでいった。


 当初予想されていた悪臭は一切なく、道も綺麗に舗装されていて、水の流れる音と俺たちの足音ばかりがよく響いた。


 地下の水路といえば、ニチャニチャしたものが足にまとわりついたり、名状しがたき怪生物に襲われたりするのが定番だと思われるが、そういう感じは全くない。何事も起こる気がしない。


 悪い奴らがねぐらにしていたりしてトラブルに巻き込まれたり……なんてことがあってもおかしくないが、これも無い。


 心配が無駄になるってのは、こういうことかって気分だ。


 一種の物足りなさみたいなものを感じる。


 ふと、変わらない景色ばかりで退屈になったのか、隣にいるレヴィアが声をかけてきた。


「ラックさん。これからどこに行くんです?」


「ああ、ちょっとな。ティーアさんの様子でも見に行こうかと」


「ティーアですか。私もちょっと心配です。あの子、いつも調子悪そうでしたから」


 あの子、ときたか。しかも呼び捨てである。


 レヴィアとティーアの接点といったら、あれかな。


 以前、俺が食べ物を求めてベスさんとの交渉にホクキオまで行ったときに、レヴィアは同行しなかった。ハイエンジ地区から合流する形になった。その間、レヴィアのことはティーアに守ってもらってたんだが、そのときに仲良くなったりしたのだろうか。


 だとしても、ティーアさんは俺よりも年上だから、レヴィアが上から目線になるのは少々違和感があるんだけどもな。


「ティーアのとこに行くなら、お肉とかパンとか、栄養のあるものを持ってくるんでしたね」


「そうだな」俺は頷いた。「さっきの盗賊アジト跡でも、まだ食べられるものがあった。だれかさんが砂にする前に確保しておくべきだった。ああでも、ちょっと腐ってたから嫌がるかもしれん」


「そうですね。私がティーアに腐ったお肉を食べさせた時、嫌がってましたもん」


「え、どういうこと? お前なにしてんの? それだけ聞くと、最悪のいじめ行為にきこえるぞ」


「だって、ティーアは食べ物がきても他人にあげちゃうから、せめて他の人が食べれない腐ったのを食べてもらったんです」


「でも嫌がってたんだろ? 嫌がってるひとに無理矢理はダメだ。人間のやることじゃない」


「だって食べないと死んじゃいますよね?」


「餓死するほどではなかっただろう?」


「いいえ、ラックさんはその時見てないから知らないかもですけど、死にかけでしたよ。私の持っていた腐ったお肉のおかげでティーアは助かったはずです」


「本当に本当か? 百歩譲ってレヴィアがティーアさんを救ったんだとして、ティーアさんに苦しみを与えたりしてないか?」


「大丈夫です。『食べるからせめて焼いてくれ』とか言ってましたけど」


「焼いてやったか?」


「生のまま与えました」


「だとしたら、謝らないとな」


「は? なんでです?」


「どうせねじ込むなら、腐ってない肉にすべきだからだ。腐っていたとしても、ちゃんと焼くべきだろう」


「でも、思ったより美味いって言って食べてましたよ?」


「それはなレヴィア。お前に気を(つか)ったか、空腹のせいでおかしくなってて、何でも美味く感じるようになってただけだろう」


「何なんですラックさん。さっきからイチャモンばっかり! もとはといえば、ラックさんのせいで大勢の人が飢えちゃったんじゃないですか!」


「うっ、それは……」


「ラックさんが倉庫をつぶさなければ、私がティーアにお肉を与えることもなかったんですから!」


「うぐぐ……」


 倉庫つぶしの水攻め実行犯はフリースの氷だったとはいえ、事件を予見できなかった俺が誰よりもギルティな自覚がある。


 と、そこでタマサが口を挟んだ。


「話をまとめるとさ、平和な村の倉庫を襲撃して、村人を一人残らず餓死寸前に追い込んだ挙句、村長の口に腐った生肉を無理矢理ねじこんで弱らせたってことかよ。……ラックとレヴィアって、ひょっとして悪党か? ぶっ飛ばして良い?」


「いくつか間違ってる。なにより悪党じゃないのでやめてくれ。今は深く言えないけども、色々と事情があるんだよ」


 ティーアさんのところに辿り着いたら、ちゃんと本当のことを言おう。ティーアさんは村長じゃなくて反乱軍の頭領のことだったんだ嘘ついてゴメンと伝えよう。


「村長って誰のことです?」とレヴィア。


 おっとこれはまずい。話をごまかさなくては。


「ちょっと待ってレヴィア。その話は後にしよう。……あ、そうだ、ちょっと休憩していくか? お茶でも飲んでさ。ネオカナノの茶屋からレンタル伝言鳥で取り寄せた『福福蓬莱(ふくふくほうらい)茶クッキー』があるから、みんなで食べよう。レヴィア、あれ好きだろ? 一袋ぜんぶ食べちまってたもんな」


「クッキー?」


「あれだ、サクっとしてて甘いやつだ」


「好きです! でも、ここじゃイヤです」


「へぇ、そりゃ何でだ」


「実は、最近の私は、青い空の下でおやつを食べるのが好きになりました。こういう暗くて狭い世界は好きですけど、どうせなら外に出てから食べたいです」


「よし、じゃあ先を急ぐぞ。タマサ、出口まではどのくらいだ?」


「あと少し」タマサが答えて、


「急ぎましょう!」レヴィアのテンションが上がった。


 よし、なんとか誤魔化せたぞ。




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