第126話 緑と獣のさきわう大地(2/6)
洞窟を出て、町に戻ったとき、昼間になっていた。
町を歩いていると、数日前と様子が違っていた。
「タマサ、ここって、いつもこんな感じか?」
「いやいや、嘘だろ。半裸の連中が、いない? わっち、こんなの知らないよ。道行く人は、これまで半裸の盗賊ばかりだったんだぞ」
それが、今日はちゃんとした服を着た男たちが行き来している。男しかいなかったのは気になるところではあるけれど、それよりなにより皆して綺麗な上着を着て、ちゃんと髪を束ねて清潔感あふれる姿をしている。
この裸賊のいない街並みからは野蛮な盗賊感が微塵も感じられなかった。
朗らかな笑顔。すれちがう人が挨拶を交わしている。路上で楽しそうに立ち話をしている男たちもいた。
近年まれに見る健全な活気をみせている石畳のまちを、狐につままれたような心境で歩いていると、一人の男が声を掛けてきた。
「あの! すみません!」
その礼儀正しい男は、俺が探していた男。さきほどザイデンシュトラーゼン宝物庫でアンジュさんに頭を下げて就活していた男子である。
「男の方も、白い服の方も、そちらの黒髪の美しい派手な方も! ザイデンシュトラーゼン宝物庫の皆さんですよね! アンジュさんの部下のひとたちだ」
この発言には間違っている点が二つある。
一つは俺とレヴィアは宝物庫のある建物に居候しているが、宝物庫の人ではない。無所属だ。
もう一つは、俺たちはアンジュさんの部下ではない。少なくとも、そういう意識で生活したことは一瞬たりともないのだ。
タマサも言う。
「あ? 部下? わっちが尊敬するのはハクスイ様だけ。アンジュは別に、わっちの上には立ってない」
「あ、そうなんですか、すみません!」
爽やかな青年は、素直に頭を下げると、まだ質問してもいないのに、ぺらぺらと喋り出してくれた。
「自分、感動したんです! アンジュは城の守護者を名乗ってるだけの山賊くずれの悪党で、苦しむ人々のことなんかウサギの毛の先ほども考えてないんじゃないかって思っていたから……」
まぁ、それは実際そうなんじゃないかなと思わなくもない。世の中全体の人々のためというよりは、自分の仲間のためにあの建物を守っているフシがあるからな。
男は続ける。
「だから、ふわっと清涼な甘い匂いがザイデンシュトラーゼンの宝物庫から放たれて、それでこの付近のみんなが幸せに戻れたことで、自分は思いました。アンジュ様は真の守護者で、この城を守るに相応しい領主様だって……! だから彼女の下で命を賭けて働きたいって心から思ったんです」
「その、いい匂いってやつは、ここいらにどんな影響を及ぼしたんだ?」
「城壁内外の大地に染みついていた呪いが解けたんですよ。動物たちは活力を取り戻し、植物もちゃんと育つ土壌に戻ってくれたんです」
ひとかけらを燃やしかけて途中で消したってのに、すごい効果範囲である。さすが最も強い黄金オーラを放っていただけのことはあるな。
「他の盗賊たちは、どうしたんだ? 幸せに戻れたってのはどういう意味だ」
「みんな、もういちど上着を着ました。正直、なんであんな風に上半身を脱ぎ去って通行者を襲っていたのか、自分でも信じられないんです。何か良くないものに操られていたような気さえします。いや、操られていた。操られていたはずだ。そう考えないことには生きていられない。それだけの過ちを、やらかしてしまったんです」
やはり俺の考えは間違っていなかった。操られていたんだ。そしてこいつらには眠らされ、操作されている間にも記憶があったようだ。
「全員が服を着たのか?」
「いいえ、ただ一人だけ、裸賊ルックのまま戸惑ってましたね。その瘦せ型の人は急いでこのザイデンシュトラーゼンを去ったようでした」
そいつが犯人だろう。悪いやつもいるものだ。本物の賊は一人きりで、その他大勢は操られていた。
「われわれ上着を再装備した再出発組のうち大半は、今や、この水路近辺で暮らしていますよ。気の合う者どうしで集まって、屋根のある家を探して住み、崩れかけた町の再建をしながら共同生活を始めるんです。よかったら見に来ます? 男だらけでむさくるしいところですけど」
「いや、もうだいたいわかった。盗賊じゃなくなったならいいんだ。俺はこの後、まだ用事があるから、ここで失礼するよ」
と、俺は別れを告げたのだが、タマサが袖をつかんで、耳を貸せというジェスチャー。
「おいラック、いいのか?」
小声で言われたので、小声で返す。
「え、どうかしたのか、タマサ」
「これはチャンスだ。こんなことあるはずない。これは連中の新しい作戦だろ。脱ぎたがりの盗賊がマトモになったフリして、わっちらを罠にかけるつもりだ。ちょうどいい。罠にハマったフリしてそいつら全員壊滅させればいい」
「いやぁ、罠の感じはしないけどなぁ」
「なら証拠よこしなよ、証拠」
「じゃあ、ちょっとコイツに質問してみるぞ」
「え、なにを……」
と呟くタマサから離れ、俺は元盗賊にこんな質問を投げかけた。
「この町の再建資金は、どっから出すんだ?」
「もちろん、皆で働いて出し合います」
「お前らの隠れ家にあった宝物を使ったらどうだ? あれを使えば再建ってやつも、はかどるんじゃないか?」
すると若者は、俺を威圧するように一歩踏み込み、叱りつけるように早口で、
「何を言ってるんですか! あれは盗んだものです! みんなで相談して、どこで盗んだかハッキリしないから返しようがなくて置いてきたやつなんですよ! 他人の持ち物を無断で売ったり使ったりするなんて、罪深いですよ!」
「うぐっ!」
自分で仕掛けておきながら、俺は精神的大ダメージを負った!
なぜなら、ザイデンシュトラーゼン宝物庫のアイテムを誰に断ることなく溶かしたり、燃やして香をたいたりしたのは俺たちなのだから。
胸をおさえながら気を取り直し、俺はタマサに向き直る。
「な、タマサ。わかったろ? 再び上着に袖を通した彼らは悪いやつの支配下から抜け出したんだ。聞きたいことは聞けたから、先を急ごう」
「信用できない。攻撃してみていい?」
「やめとけよ。しばらく様子を見てもいいじゃないか。半裸の盗賊がもう一回あらわれたら、その時は容赦しなくていいだろう? その時まで力を溜めておけ」
何はともあれ、ザイデンシュトラーゼン周辺一帯の呪いが解けて、盗賊も更生したっていうのなら、俺たちの成し遂げたことっていうのは、かなりの人を幸せに戻してやれたってことだ。
――みなさん、俺、やりましたよ。
などと心の中で呟きながら、俺はひとり拳を握ったのだった。
★
「城壁の外を見たいだぁ? 何でさ。なーんもない荒れ果てた地が広がってるばかりだよ。壁の内側よりも強い盗賊もワンサカ出るとこだし」
タマサは難色を示したが、俺は譲らない。
「どうしても行かなきゃならん。どうにかならないか?」
「このへん一帯は呪われた地って言われてるし……あれ、でもお香のおかげで呪いはなくなったのか?」
「まさに呪いが解けたかどうかをを確認しに行きたいんだ。調査したいだけなんだよ。何も後ろ暗い動機なんか無いぞ」
タマサは考え込んだが、やがて答えを告げてくる。
「いやダメだ、いずれにしても外に出るなんて、アンジュの許可が無いとダメだぞ。わっちだけで決めたら危険だ」
そこで、もう一押しだと踏んだ俺は、いやみっぽく言うのだ。
「ああ、そうか。タマサってアンジュの言いなりだもんな……アンジュなしじゃ何も決められないかぁ」
「ふぅ……あのねラック。そんな見え透いた挑発に乗ると思ってんの?」
「クッ、ダメか……」
あきらめかけたのだが、タマサはスタスタと歩き出し、
「何してんのラック。ついてきなよ」
「え?」
「外行くんでしょ? 特別に案内してやる。わっちが知ってる道があんのよ。腐った水が詰まってるクソみたいなとこだから、誰も寄り付かない場所」
「ありがたい。何かお礼がしたいけど、何がほしい?」
「わっちが欲しいのはハクスイ様と八雲丸様の子供だって言ってんだろ? 忘れんのはやすぎだろ。トリみたいな脳みそしてんな、お前」
「オーケー、見返りを求めないってことだな」
案内してもらえることになった。