第125話 緑と獣の賑わう大地(1/6)
掃除も佳境。タマサが砂と化したゴミを外に捨てにいっている間に、俺はレヴィアにさっきの話を確認してみることにした。
樽酒に酔わされた朝にアンジュさんやボーラさんが教えてくれたのは、「契約を結んで、裸で抱き合いながら呪文を唱えると子供ができる」という話だった。
だが、子供ができた後にどうなるかって話はちゃんときいていない。万が一、本当にナントカ鳥が運んでくるってのがこの世界の真実だったなら、知らないと恥をかくことになる。
くすんだ宝物アクセサリから宝石をはぎ取ったりくっつけたり、時に壊してヤバッてなったりを繰り返して暇そうにしているレヴィアに、俺は話しかける。
「なあレヴィア。赤ちゃんってどうやって作るんだっけ?」
彼女は一瞬完全停止。すぐに目を見開いて俺を見たかと思ったら、急に挙動不審になった。視線をあちこちにきょろきょろさせている。
「ラ、ララ、ラックさん、それは……」
「赤ちゃんを作る方法だよ。まさか鳥が運んでくるんじゃないんだろう? レヴィアは、どういうやり方か知ってるか?」
「じゃ……じゃあ、その……ふ、ふくを……」
「え?」
「ふ……ふくを、その……」
「ふく?」
「服を、ぬいでください!」
「え、急になんで」
「だ、だって……今から、あ、赤ちゃんを作ろうっていうんでしょう?」
「い、今からァ? えっ、ちょ、違う。そんな話はしてないぞ。赤ちゃんの作り方を確認したかっただけで」
ゴスッとグーで頬を殴られた。思わず「ゴファ」と声が出て、続いて腹に激痛走る。体力が半分以上削られる大ダメージ。パーティを組んでなかったら即死だったかもしれない高威力攻撃だった。
「もー! 最低です! 何なんですか!」
「クッ……あぁ、いや、誤解させたなら悪かった。レヴィアと子供はたくさん作りたいけど、さっきのはそういう意味じゃなくて、子供ができた後、どうやって生まれるのかって話だ」
「……なんでそんなこと知りたいんです?」
「知ってると心の準備ができるだろう。俺は慎重な男なんだ。事前に情報を集めて安心を得たいんだよ」
「はあ、まぁ、そういうことなら」
「どうなんだ? この世界での赤ちゃんは抱き合いながら呪文唱えるとできるんだとして、どこにできて、どうやって生まれてくる? 卵を割って出てくるとか、ないよな?」
「何も特別なことないですよ。普通におなか大きくなりますよね。そしてヌルッと出てくるんです」
「だよなぁ、よかった、正常な世界で」
思い返すと、始まりの町で幸せに暮らす三つ編みギルティ女のベスさんも普通におなかがふくらんで、子供が生まれたら元に戻っていたものな。さすがに鳥が運んでくるシステムは採用されていないようで、安心した。
つまり、やっぱりタマサは騙されているってことだ。
あとでタマサの性教育をどうするのか、アンジュさんと相談せねばならないな。
「私とラックさんの子供は、どんな感じなんですかね」
「そうだなぁ、レヴィアみたいに可愛い娘だと思うぞ」
「ラックさんが望むなら一人目はそれでいいですけど、その次は、おとうさんみたいに強い息子がほしいです」
「うーん、三人目は俺に似るといいなぁ」
そんなこの上なく幸せな会話をしてたら、タマサが帰って来て、
「なにサボってんだラック。ぶっ飛ばされたい?」
俺は仕事に引き戻されてしまった。
だけどねタマサ。そもそもなんだけどさ、盗賊のアジトを掃除するのを何で俺が手伝わなきゃならないんだろうね。
★
レヴィアと俺とタマサは、三人で炎を囲む。
掃除が終わって、生ごみのニオイが嘘のように消臭され、まるで自分の家のようにして洞窟の大空洞でくつろいでいたのだが。
「こないね」
「こないな」
「だれもきません」
盗賊が帰って来ない。帰って来そうな気配もない。
「こんな長い時間、人が来ないなんてことあるのか、タマサ?」
「普通ないよね、守るべき拠点のはずだから、普通は四六時中、見張りが何人も何十人もいる。それなのに、今日はここに来るまでにも一人の裸賊ともすれ違ってない」
だとしたら、もうこの場所は放棄したのだろうか。そのわりには宝物は置きっぱなしだし、食べられそうな食料も数多く残っていた。
盗賊が内輪もめで全員相打ちになったとか、出かけた先で成敗されたりしたのだろうか。だとしたらこの世界にとって素晴らしいことである。
しかし、俺は、もう一つ可能性があると思う。
それは、これまで盗賊が何者かに操られていて、ある瞬間に突然にしてマトモな人間に戻ったかもしれないということだ。
解呪の煙が広がっていった結果、「盗賊の呪い」みたいなものまで解けたと考えれば、この本拠地の隠れ家から人がいなくなったのも納得できる。
「なあレヴィア、呪いで人を操ることは可能か?」
「何ですか急に。私はそんなスキル無いですけど、できる人もいますよ。死霊術士とか」
「死体を操るやつか。それも人を操る一種ではあるな」と俺。
「あっはは、面白いやつだな」とタマサは腹を抱えた。「そんなヤツいるわけねえだろ。真面目な顔で何いってんだ。ぶっ飛ばすぞお前ぇ」
冗談だと思ったらしい。俺の真面目な返しがよほどツボに入ったらしく、下品にアヒャヒャと笑っている。けど、俺はわりと本気でそのスキルが存在すると思う。この世界には、さまざまなスキルがあるのだ。死体を操るスキルがあっても何もおかしくない。
とはいえ今回、ネクロマンサーは活躍してないと思う。動いていた盗賊どもは死体ではないだろう。
死体はよほどのことが無いかぎり、この世界では一瞬で砕け散って、残らないからだ。
仮に、なにか死体か死体に準ずるものが存在し得るとして、ネクロマンサーの呪い術式で死体が操られて盗賊をさせられていたとしたら、確かに現在の状況になることもあるだろう。解呪の煙によって浄化され、一瞬のうちに消滅するって光景も想像できる。
だが、これは今の状況には当てはまらないはずだ。なぜなら、かつて盗賊だったはずの男が仕事を求めてザイデンシュトラーゼン宝物庫の門を叩いたからだ。あいつはどう見ても死体じゃなかったし、明らかに希望に満ちた生きてる目をしていた。
だとしたら、何者かの呪いによって人々が生きたまま操られて裸賊に成り下がり、呪いが解けて真人間に戻ったとするのが事の真相であり、盗賊たちの幸福な終点だったんじゃないだろうか。
もしも、盗賊が盗賊じゃなくなったのなら、このままここで待っていても進展は見込めない。
というわけで、「はぁ、笑った笑ったァ」と言って、指先で涙を拭き、ようやく落ち着いた花魁風の年上美女に向かって、俺は言う。
「タマサ。ここを出よう」
「へ? 何でよ、ラック。怖気づいたの? 盗賊のホームを攻め落とそうって言ってたのに」
そんなこと言ってないんだけどもな。
「タマサ、すまない。お願いだ。ここにいても、たぶん盗賊どもとは会えそうにない。他にも行きたいところがあるし、時間を無駄にしたくないんだ」
「時間の無駄、ね。わっちに気を遣ってるなら、べつに、わっちの事情は気にしなくていいぞ。ラックは思ったより面白いヤツだったから、一晩くらいは付き合ってやってもいい」
タマサがそう言った瞬間、横に座っていたレヴィアがギラリと俺をにらみつけてきた。何を想像したのか知らないけれども、そういう意味じゃないんだよレヴィアちゃん。アンジュさんと裸で抱き合った前科があるからってそんなに目を光らせなくてもいいのに。
「と、とにかく!」と俺は全てを誤魔化すように大きな声で、「町エリアで情報を集めようぜ!」




