第124話 タマサ、掃除をする
上半身をむき出しにして筋骨隆々の肉体を見せつけてくる盗賊ども。入れ墨をしている者や傷だらけの者が多い。彼らの中ではそれらが勲章みたいなもんなのだろう。
出没範囲は、荒れ地周辺とザイデンシュトラーゼンの城下町。賊軍ティーアさんの支配領域とも少し重なっていると思われる。
俺たちもザイデンシュトラーゼン城に向かう途中の荒野で、レヴィアと二人きりでいたところを襲われたし、調律おばあちゃんが城壁内に入った時も追い剥ぎ行為に及ぼうと襲ってきた。
偽のハタアリおじいちゃんと関係しているような発言もあり、あの犯罪組織の一部なんじゃないかと疑わしい。少なくとも、何らかの関係はあるのだろう。
カナノの壁を攻め落とそうとしていたティーアさんたちはまとまって戦う理由をもった集団で、『秩序ある賊軍』といった感じだが、盗賊裸族たちは一人ひとりが悪党生活に慣れ切っていて、下手すりゃ仲間同士でも殺し合いを始めそうな雰囲気であり、同じ賊でも質の違いがあるように思う。
裸賊たちのほうは、言うなれば、更生する前のアンジュさんを一まわりも二まわりも酷くしたような救いようのない連中が数人で群れて悪の限りを尽くしている……といったところである。
そういう連中を野放しにしておくのは良くない。
良くないとは思うのだけれど……俺がそいつらのアジトに殴り込みに行くのは絶対に違うはずだ。
だというのに、タマサは俺を盗賊の拠点に導いていく。
俺が盗賊の拠点に行きたいみたいなことを言った手前、なんとなく今更イヤだとは言いだしにくい。
「盗賊って、何人くらいいるんですか?」
「多いときは二千人くらいいたね」
それをたった五人のアンジュさんたちが守っていたというのだから、さすがだ。
細い路地を慎重に歩いたり、地下を進んだり、鎖につかまりながら高所の岩場をドキドキしながら渡ったりした。
そして、ちょっとした冒険の末に辿り着いたのは地下大空洞、だったのだけれど……。
「いないな」
「いないね」
「いないです」
ほんの少し前まで生活をしていた跡がある。焚火の痕跡や、転がる動物の骨。全体的に異臭がたちこめていて、肉が干してあったり、食べかけの果物が放置されて蟲のエサになっていたり、盗み出された黄金オーラの宝物が箱からこぼれおちていたり、かなり汚い。
まるでアオイさんやボーラさんの部屋みたいに雑然としている。
ああ、でも彼女らの名誉のために言っておくと、彼女らの部屋は古本くさかったり絵の具くさかったりはするけど、この大空洞と違って、生ゴミみたいなニオイはしない。
「レヴィアは大丈夫なのか?」
「え、何がです?」
「この部屋のニオイは、俺には耐え難いんだが」
「たぶん、こないだの煙ほどではないです」
白い煙のことなんぞ思い出すのも嫌だっていう渋い顔をしていた。もはやトラウマになっているようだ。
ふと、タマサが歩き出したのでその様子をボンヤリ見てみる。
「あーあ、こんなに散らかして」
そう言って、タマサはなんと、花魁感あふれる服のまま、盗賊の部屋を掃除し始めた。服が汚れるのも気にせずに!
こ、これは……まるで、だらしない彼氏の家に久々にやって来て掃除する恋人の図ではないか!
ということは、まさか、タマサは実は盗賊サイドの人間で、アンジュさんを裏切ろうとしているのではないか。だとしたらマズい。このままでは俺とレヴィアが人質にされてしまう……!
俺は「ちょ、タマサ、何してるんだ」とおそるおそる声をかけた。
「あれ? うわああ、わっちとしたことが! 散らかってるのみてられなくて、つい!」
頭を抱えて職業病を嘆き叫んだ。
「タマサは、別に盗賊に知り合いがいるってわけじゃないんだよな?」
「敵だから知ってるといえば知ってるな。顔がわかるやつが何人もいる。けど、盗賊ってゴミだろ? ゴミは捨てるものであって仲良く付き合うものじゃないだろ?」
乱暴な言葉遣いだけど、なんというかな、こう言うのが適切かどうかはわからないけれど、とりあえず、けっこうキレイ好きなようだ。
「でもま、せっかくだから片付けてこうな」
彼女は言って、掃除作業に戻っていく。どういうわけか、掃除が始まってしまった。
それからしばらく、レヴィアが雑に扱われていた宝物で遊んでいるのを微笑ましくチラ見しながら、俺はタマサを手伝った。
主に、重たい荷物を外に運び出して陽の光に当てる役目だ。
ひとしきり掃きと拭きまでを終えたタマサは、嫌なニオイの元凶である全ての生ごみを部屋の中心に集めた。中にはまだまだ食えそうな肉や野菜も含まれていたが、「盗賊はゴミでしょ、ゴミの持ってる生ものは全部ゴミだよ」という論法で全てを処分する。
その論法でいくと、盗品の宝物もすべてゴミだと思うんだがな、そこは見て見ぬふりを決め込むようだ。
ダブルスタンダードのスキルでも所持しているのだろう。スキルなら仕方ない、なんてな。
ともあれ、タマサが和風な服の胸の前で指を絡ませると、魔術か忍術か、ゴミが一瞬のうちに砂となって落ちた。
「すごいな。レヴィア見たか? 今の。ゴミが砂になったぞ」
それをきいたレヴィアは、宝物をいじくるのを中断して、タマサに急接近。
「おわっ、何よ? レヴィア、急に」
レヴィアは続いて、タマサの形の良い胸のあたりに顔を近づけた。アンジュさんほどではないけれど、けっこう大きな胸だ。ニオイをかぎ続けるレヴィア。
首をかしげて、また、かぎ続ける。
「ちょ、なんだ、なんだよレヴィア。わっちはちゃんと風呂入ってるぞ」
「人間……ですよね」
レヴィアはそれだけ言って、宝物を整理するふりに戻った。いじくって遊ぶ作業を頑張っているようだ。
「なあラック。お前の女、あたまおかしいな」
この言葉は、二つ間違えている。まず今はまだ俺の女ではないし、そしてレヴィアの頭はおかしくない。ちょっと他人とずれたところがあるだけだ。
けれども、急に相手のニオイをかぐというのは、どう考えても不快にさせかねない行為であった。見本となるためにも謝っておこう。
「うちのレヴィアがすまない。で、今のどうやったんだ? 砂になるやつ」
「土魔法ってやつ」
「そんな属性あるんだな」
「珍しいんだぞ、これ使えるの。雷、炎、水、鋼の四属性を極めると、土属性が使えるようになる。昔のわっちは基礎しかできなくて足手まといだったけども、今のわっちは基本の四属性は全て大師範レベルで使えるからな」
「それは、きっとすごいことなんだろうな」
「まあね。アンジュは炎と風だけ。青い服の蟲姫さんは氷だけ。まぁ……あの氷は規格外でヤバすぎだから、戦ったら絶対に勝てないんだけどさ」
「タマサは、どこで魔法をおぼえたんだ?」
「遊郭ってところな。ハクスイ様に幼いころから鍛えてもらったし、遊郭でもみんな魔法使いだったから、魔法はいつもすぐそばにあった。だから、わっちは基礎がちゃんとしてんのよ、アンジュみたいな適当な呪文つかってノリで魔法発動させるヤツを見てると、マジ頭にくんのな」
「ちょっといいか、タマサ」
「何?」
「……タマサは、遊郭にいたのか?」
「あらたまった感じで何を言うかと思ったら、なんでそんなこときくんだ?」
「いやさ、深い意味はないんだ。ここに来るまで、どんな人生だったのかなって」
「別に大したことない。わっちは小さいころに遊郭に売り飛ばされたよ。親にね」
「そんな……」
大した事あるじゃねえか。
「でも、ほんと小さかったから、お客の相手とかはしなかった。詳しくは知らないけど、部屋の中は命がけの危険な仕事らしいからね。そこはハクスイ様が守ってくれた。要はお世話係みたいなもんでさ、主に掃除と食事を任されて、皆からもマジ可愛がられてたよ」
「あぁ、タマサは乱暴な言葉づかいじゃない時は、普通に可愛いもんな」
「え? きもっ……きーもっ」
「な、なんで……」
「ラックってエロエロクソ野郎ってやつなんだろ? アンジュが気をつけろって言ってきたけど、こういうことか。くたばれよゴミが。砂にしてやろうか?」
「ぐぅ、かわいくないし、何で今ので俺がこんなに貶されなきゃならないんだ?」
そしてタマサは腕組をして、
「わっちは、ハクスイ様と八雲丸様の息子と結婚するんだから、好きとか言ってきてもムダだかんな」
少々いかれたことを言い出した。
……いや待てよく考えろ。実は八雲丸さんとハクスイさんの間に、すでに適齢期の息子がいるのかもしれない。この発言がいかれていると決めつけるのは、まだ早い!
「あーっと……つかぬことを聞くが……八雲丸さんって子供いるの? お前の師匠だっていうハクスイさんとの間に」
「まだ生まれてないけど、いつかね、わっちのとこに来てくれるはず」
オーケー、タマサいかれてるで確定。
俺に対して「きも」とか言う資格ないし、レヴィアのことを「頭おかしい」とか言う資格もないだろう、これ。
「タマサは、かなり年下好きなの?」
「ん? なんでそうなるんだよ」
「いや、だって……。ていうか、タマサっていくつなの?」
「トシ? 二十四だな」
肉体年齢的にはぎりぎり年上じゃねえか。やっぱ、年上の女は俺に何らかのひどい仕打ちをしたり、暴言を吐いたりする。ろくなもんじゃない。もはやお約束になりつつあるね。
「ラックは? いくつ?」
「転生者なので肉体は二十三のままだ」
「年下かよ。クソだな」
口の悪いタマサは、もしも俺が年上だったら年上だったでクソだって言うんだろうな。
タマサは距離感が近いようでいて、どこか壁をつくっているというか、そういう恋愛上の関係にならないように防御態勢をとっている感じがする。
あれ、一般的にこういうの、「生理的にムリ!」と思われてるってことじゃないか? と、頭をよぎったけど、そんな悲しいことは考えすぎないに限る。
タマサの身の上話に戻ろう。
「それで、タマサは、どうやって遊郭からアンジュさんの仲間になったんだ?」
「ま、そんなのだいたい想像つくと思うんだけどな。簡単に言うと、ハクスイ様が、わっちのことを気にかけてくれてね、八雲丸様がハクスイ様を身請けするときに、わっちも世話係として買い取るよう頼んでくれたって話よ」
「なるほど……」
「わっちは、けっこう……ていうか、すっごく信じらんないくらい高かったっぽい」
「だろうな」
思いっきり予想の範囲内だったので、特に驚くこともなく、そこで会話が途切れてしまった。
気まずくなりかけた俺が話題を探していると、タマサは大空洞の天井を見上げながら、呟く。またしても少しズレたようなことを。
「はやくハクスイ様の子供、届かないかなぁ」
「ん? 届くって何だ? さっきから変なことばかり言うなぁ。郵便か何かで届く手はずになってるってのかよ」
「あっ、ラック、もしかして知らない? この世界では、アカクチバシ鳥が赤ちゃんを届けてくれるんだよ?」
コウノトリが運んでくる、みたいなことか。さも当然でしょ、って口調で語ってきたけど、たぶんこれも真実じゃないと思う。
俺が答えないでいると、タマサは優越感を隠すことなく、言うのだ。
「え? え? マジで知らないの? アカクチバシ鳥のクチバシが真っ赤なのは、赤ちゃんをくわえてとんでくるから赤くなっちゃったんだぞ?」
初耳の蘊蓄である。
「……タマサ、それ誰からきいた?」
「ハクスイ様とか、遊郭のみんなが教えてくれたやつだよ。アンジュも恥ずかしそうに顔をそらしながら教えてくれた。別に恥ずかしいことじゃないのにね。お互い好きだったら子供が運ばれてくるもんじゃん」
いやこれ、やっぱりタマサをからかうための嘘だよな。遊郭の人たちは、純粋で幼かったタマサに穢れた想像をさせないように嘘を教えたのかもしれない。
けどアンジュさんは、恥ずかしそうに目をそらしてたんじゃなくて、笑いをこらえているのをバレないように顔を背けてただけだぞ、絶対そうだ。
「タマサって、サンタクロースとか信じてる?」
「……サン……洗濯? なに? わかんない」
「あ、そうか。マリーノーツにはサンタがいないのか。だったら何でもない。忘れてくれ」
「ちょっとぉ、なんかムカつくんだけどぉ。サンタってだれだよ?」
「実はな、俺たちの世界では、昔から赤ちゃんは冬の日にサンタさんっていう人が連れてきてくれるんだと言われてる。生まれたての子供のことを赤ちゃんって言うのは、運んできてくれるサンタさんの服が赤いからなんだぞ。それを信じている人は子宝に恵まれるって言われてる」
嘘まみれである。
なんならサンタクロースの服が赤いというのすら、近年固定されたイメージでしかない。
「へぇ、そうなのか」とタマサ。
おっと、簡単に信じてしまったではないか。逆に背筋が凍る思いがする。もし嘘だったとバレた時どうなるだろう。
全属性の魔法たたきこまれて死ぬんじゃないの、これ。最後には俺も生ごみみたいに砂にされちゃうかもしれない。
「ラックって転生者だもんな。そっちの世界にはアカクチバシ鳥はいないんだ」
「コウノトリっていう似たような鳥は存在するなぁ。幸せを運んでくれると言われてる」
「どこの世界も、似たようなもんなのな」
「一応きいとくけどな、タマサは、遊郭って何をするところだと思ってる?」
「んー、わっかんないな。部屋にはいつも強力な結界が張ってあってのぞけなかったし、誰も教えてくれなかった。遊郭の部屋の中でみんな何してんのかって、アンジュにきいたことあるんだけど、『男たちが強くなるために魔法で戦ってる』って言ってた。『強くないと本命の女にモテないから』って。それなら遊郭のみんなが魔法使えるのも納得だよな」
「あ、ああ……そうだな」
「ラックは遊郭って行ったことある?」
「いや、ないな」
「そうなんだ。まぁ、本命と一緒に旅をしてるんだから、別に他にモテる必要ないよね」
「ああ、まあ、そうだな」
「それにしてもさ、本命の女と仲良くなるための修行の場で、そこに遊女は一日中とじこめられてるわけだよな。出会いとかなさそうだよな。しかも、出てくるときにはみんな魔法のうちすぎで疲れ切ってたし。遊女なんていうのは大変な仕事だって思う……遊郭にいた時、このままここにいたら自分も遊女になっちゃうのかな、なりたくないなって思ってたんだ」
「タマサにはいるのか? 本命の人」
「は? だから、ハクスイ様と八雲丸様の息子が本命だって言ってんだろ? ぶっとばすぞ。人の話はちゃんと集中して、真面目に正確にきいとけよな」
「そういうお前は、ちょっと話半分にきくってこともおぼえたほうが良いぞ」
というわけで、ハクスイさんと遊郭の愉快な仲間たちとアンジュさんは、めっちゃギルティと言わざるをえない。
こんな乱暴無垢な年上爆弾を生み出してどういうつもりなんだ。
真実を知った時、二十四にもなって無知の恥ずかしさで取り乱す年上の花魁女なんて、あんまり見たくないぞ。