第123話 満ちよ解呪の香(6/6)
レヴィアは、紫熟香を浴びたダメージが大きかったようだ。ランタン片手に捜し歩き、とても暗い地下室で彼女を見つけた時には、横向きにグッタリして、涙目だった。
「以前、あの木の中に入って、いい香りだと言っていた気がするんだが」
「ムリです。ムリ。絶対ダメです。火がつけられたやつはサイアクでしたよ。むしろ、ラックさんはなんで平気なんです? あの白い煙、ショック死するレベルです。今もまだ全然調子が出ません」
「呪いを解くには、代償が必要ってところかな」
「それで、フリースとかいう人の呪いは解けたんです?」
「ほとんど解けたな」
「そうですかぁ、じゃあフリースって人とはお別れなんですねぇ」
「……いや、そんな寂しくなるわ、みたいな感じでしみじみ呟いてるとこ悪いけど、フリースは俺たちの旅に同行するぞ」
「は? でも、呪いは解けたんでしょう?」
「完全に解け切ってなかったんだ」
「は? どういうことです?」
ええっと、なんかちょっと今日のレヴィアちゃんはすごく機嫌が悪いようだ。ケモノばりのキツい視線で射抜かれた。くさい煙を吸わされたことで怒ってるんだろうか。
「つまりだな、フリースは声を出すと呪いの生き物を生み出してしまう呪いにかかってたわけだよな」
「そうですね」
「その呪いが変質したんだ。フリースはもう声を出しても呪いウナギを生み出すことはない。今は糸を吐く蟲であるイトムシ、コイトマルくんと契約を結んだ状態にあり、フリースが魔力を使うたびにコイトマルが少しずつ育っていく。そういう種類の呪いになった」
「それ、もう呪いじゃなくないですか?」
「いや、そうとも言い切れないんじゃないかな。イトムシとの契約なんてのは、本人の知らないところで結ばされていたわけだし、今でも魔法に微妙ながら制約がかかってると解釈できる。見ようによっては呪いと言えなくもない」
「どう考えても呪いじゃないですよね? 一緒にいるのは呪いを解くまでだって話だったのに」
「いや、しかしなぁ」
「ラックさん、また約束やぶるんですね!」
まるでいつも約束を守らないように言われているのは心外だ。俺はかなり約束を守る人間だぞ。ネオジュークの広場ベンチで待っていると約束しておいてその場に居なかったことがあったから、それで「また約束破る」っていう言い方になってるんだろうけども。
あれは仕方なかったんだ。あと、けっこう前に過ぎた話を蒸し返してこられても、もはやどうしようもないじゃないか。
「そうは言っても、優秀な護衛が必要だろ。守ってもらうには良い口実だと思ったんだ。それともあれか、レヴィアが戦ってくれるのか? 言っとくが俺は足手まといだぞ。鑑定と検査と目が曇りなくキレイなことしか能がないからな」
「わ、私は……戦うのはもう難しいですけど……てか、なんで護衛が必要なんです?」
「そりゃ俺が命を狙われているからだ。レヴィアにも危険が及ぶことがある。ほら、人力車で運ばれてた時に、ハイエンジの宿でレヴィアも襲われただろ? あのときフリースがいなかったらどうなってた? それとボーラさんの家の前でケンカしてたとき、上半身裸の盗賊にあっちゃった時には、偶然ボーラさんがいてくれて助かったけど、もし俺たちだけだったら俺は殴り飛ばされて、レヴィアは売り飛ばされたりしちゃったかもしれないぞ。ほらな? どうしたって護衛が必要だろう」
「そもそも、ラックさんは何で命を狙われてるんです? 何か悪い事したんですか?」
「何もしてないはずなんだけどなぁ……」
しいて言うなら、『曇りなき眼』を持っているのに、偽ハタアリおじいちゃんに協力しないからだろうか。あのオリジンズレガシーとかいう犯罪ひきこもり組織の拠点を知ってしまった時点で、俺が狙われるルートに突入するのが確定してしまった。
これは、誰のせいかと考えると……。
あの双子塔のアジトを発見した時に起きていた事件は、レヴィアの誘拐だった。それで慌てて偽装された場所を見に行ったら、図らずも偽装で隠された巨大建築を見つけてしまったのわけで、それがいけなかったわけだ。
じゃあさ、誰かさんがレヴィアを誘拐しなければ、俺と悪の組織は出会うことがなく、命を狙われるなんてことにもならなかったに違いない。
というわけで、誰が悪いのかというと、
「キャリーサとかいう最低女のせいだ」
と言ってやった瞬間に、レヴィアをパチンと手を叩いて、
「それです!」
とか言った。
「はい?」
「キャリーサに守ってもらえば良いんですよ。あのひとの香水も超くさいですけど、私に優しくしてくれますし、それなりに強いんじゃないですかね」
「でも、大勇者と同じくらいに強いかって言ったら微妙だし、そもそも俺はアイツとうまくやれる気がしない。呼び出す合成獣とかもめちゃくちゃ気持ち悪いし、何よりレヴィアを誘拐したアイツを許せない。絶対にだ」
「それです!」
「え?」
「ラックさんと仲良しにならないならバッチリじゃないですか」
「うーん、レヴィアは何言ってんだ」
「フリースとかいう青い人が強いのは認めます。でも、キャリーサのほうがマシだと思います」
「……レヴィアって、フリースのこと嫌いなのか?」
宝物庫の前で一緒に俺を攻撃したり口撃したりして、仲良くなっていたイメージがあったんだけども。
「別にキライとかではないですよ」
「じゃあ一緒に旅を続けたって問題ないじゃないか、おかしなやつだな」
「ラックさんは、あの青い人とあたしだったら、どっちを選ぶんです?」
「そりゃレヴィアだ」
即答した。
「じゃあフリースさんと別れてください」
「え。え? なっ、わ、別れるってなんだよ、別に付き合ってねえぞ!」
「当たり前でしょう!」
「なっ……」
いかん、このままでは逆上したレヴィアと混乱した俺で言い争いになって、収拾がつかなくなってしまう。
過去の経験から、何となくそんな気がする。
そこで俺は、半端に悪くない脳みそをフル回転。なんとか折衷案っぽいものを弾き出してみる!
「じゃ、じゃあ、こうするのはどうだ? フリースとは別に大勇者クラスの強い用心棒を探すことにして、だ。その用心棒探しの間だけ、フリースと旅を続けるってのは」
「……ま、それならいいですけど」
意外にもレヴィアの許しが簡単に得られた。そんなにホイホイ大勇者級が転がってるわけがないので、やっぱりフリースとは長い付き合いになりそうである。
本当に、二人には仲良くなってほしいし、きっと仲良くなれると思うんだけどな。
★
「お願いします!」
若い男の声が響いた。
俺たちは、フリースの呪いを解いた後、しばらく宝物庫調査のためにアンジュさんの居城に居座っていたのだが、そんなある日のこと、一人の若い男が、このザイデンシュトラーゼン管理施設の門を叩いたのだ。
服装もきちんとしていて、肌つやも良く、清潔な若者だった。
「ここで働かせてください!」
きれいに頭を下げていた。
ところが、「ダメだ、帰りな」とアンジュさんは拒絶した。
とぼとぼ去っていく背中を眺めて、なんだか可哀想に思えてきた。
拒絶の理由をたずねてみたところ、「あいつは半裸の盗賊一味のメンバーだった。あたしの目はごまかせないよ。中に入りこんで、門を開けさす斥候さ」とのことだったが、俺の曇りなき眼には、どうにも真剣なお願いにしか見えなかった。
その真剣さがどのくらい真剣かっていうと、普段はフットワークの重たい俺を動かすくらいには真剣だった。
「アンジュさん。俺、ちょっと出かけてきます」
やはり彼が上半身裸の盗賊一味だったというのは大いに違和感がある。あんなに礼儀正しい若者は今どき珍しい。なんて、俺も若者なんだけども。
フリースの呪いが解けたように、このザイデンシュトラーゼンにも何か変化が起きているのかもしれない。
事情を探るべく、俺は城下町に繰り出すことにした。
「ん、下に降りるのかい?」とアンジュさん。「くれぐれも気を付けて行くんだよ。いつも大量の賊どもが半裸で歩きまわってるからね」
「レヴィアを連れて行くんで大丈夫ですよ」
「何だって? レヴィアはあんま戦えないでしょ。心配だね。ちょうどタマサの手があいてるから、案内してもらいな」
タマサとは誰だろう。あと、案内人ならレヴィアで間に合ってるぜ、と言えたらどんなに良いだろう。
「タマサさん……っていうのは……。それは、どちらさんで?」
「そういや、名前を紹介するの、初めてかもな。でもラックも会ったことあるぞ。宴会の後片付けをしてくれた女の子さ」
丁寧なほうと乱暴なほう、どっちだろうな。丁寧で女性らしい子のほうがいいな。乱暴なほうは正直いって仲良くなれる気がしない。
果たして、宝物庫の門の前にやって来たのは、一人の女の子。
腰くらいまでの長い黒髪はおろされていて、そよ風になびいている。赤をベースにした豪華な和風の服には、まるで城内の宝物庫に飾られていそうな、盗品かと疑いたくなるような金色の刺繍があしらわれていた。そんなキラキラ綺麗な服の少女は言う。
「あーあ! わっちの神聖な休日なんだけどな! ぶっとばされたいヤツはだれよ?」
遊郭出身の乱暴なほうだった。以前部屋の片づけをしていた時よりも花魁感がすごくて、ハズレを引いた感もすごい。選手交代を願いたい。お淑やかなほうがいい。
それでも俺は、礼儀正しく挨拶をする。レヴィアの前だし、ちゃんと見本をみせてやらなきゃならん。
「タマサさん、すまない、お休み中のところ」
「お、ちゃんとしてんな。たしか、名前はラックだったな」
「ああ。そしてこっちが……」
「レヴィアな。わかってるよ。その白い服はすっごくキレイだ。太陽の巫女みたいで神々しさすらある。角度によって浮かび上がる猛々しい龍の絵もイカしてるよな! わっちも色違いで同じの作ってもらおっかな」
太陽の巫女とは何だろうか。以前の服の持ち主のことかもしれない。
「タマサさんは……」
「タマサでいい。わっちもラックって呼ぶし」
なんだろう、距離感の詰め方すごい。
「それで、何? 今なにか言いかけてたろ? ラック」
「ああ、えっと、タマサさ……タマサは、最近このあたりで変わったなぁって思うことないか?」
「うーん、盗賊が以前よりおとなしくなったかな。見張ってても、騒ぎが少なくなった」
「あの上半身が裸の?」
「ああそれな」
「盗賊の拠点とかってわかります?」
「お? なに、殴り込みに行くの?」
「いやいや、そういうわけじゃ……」
しかしその時、タマサの瞳は、俺の曇りなき眼よりもキラッキラに輝いてしまった。
「サイッコーじゃん! ちょっと待ってろな、準備してくる。わっちが案内してやるよ!」
宝物庫への就職を断わられた若者を探しにいくはずが、戦いがはじまろうとしていた。
なんだこれ。どうなるんだよ。