第120話 満ちよ解呪の香(3/6)
「なんかいい匂いがするなぁって思って、そのイイ感じの匂いをたどって来たら、この箱があったんですよ」
なんて鋭い嗅覚。さすがレヴィアだ。
この枯れ巨木の独特の香りなんて、至近距離で箱を全開にして、やっとハッキリと感じることができたというのに。
「それで、中に入ったら、きもちよくなっちゃって、寝ちゃったんです」
なるほどな。それがくりぬかれた樹木の中で眠っていた理由らしい。
ともあれ、今回はレヴィアが初の案内人をするチャンスだったわけだ。結果的には惜しい機会をスルーしてしまったことになる。案内してくれたのはアンジュさんとフリースだった。
「なんだよ、びっくりさせやがって」
アンジュさんが腕組をして威圧的に吐き捨て、続いてフリースが、
――紛らわしいよ、この夢魔!
と氷文字で罵倒した。とはいえ、この氷文字はレヴィアには読めない。俺とアンジュさんにだけ読むことができた。
夢魔うんぬんは置いとくとしても、俺たちをビビらせてしまったのは事実だ。だから俺は言うのだ。
「とりあえず謝っとけ、レヴィア」
「え、でも私はイイ匂いのところに来ただけですし」
「あぁ?」
アンジュは明らかに頭にキちゃった感じの声を出した。並々ならぬ怒りを感じる。
いかん。このままだとプライドの高い女たちの衝突によって話がこじれてしまいかねん。とりあえず謝らせる作戦は、最悪クラスの悪手だったかもしれない。
「あーそうだレヴィア、反省の前にとりあえず、ここまで、どうやって来たのかきいてもいいか? ここは密室ではないのか?」
「え? 密室とか、全然ですよ」
よし、話をそらすことに成功だ。
「一階の床が崩れてるところの下に、真っ暗な地下通路が普通に続いてて、そこを降りたらフワァって本格的にイイ匂いがして、ずっと歩いて来たら、この箱があったんです。箱を開いた瞬間、気付いたらもう箱に飛び込んで、すぐに最高の気分になって、寝ちゃったんですよ」
「なるほど」俺は雑に頷き、続いてフリースの方に向き直り、「結局、これが呪いをなくす秘宝ってことでいいのか?」
――たぶんコレだと思うけどさ。
――転生者なら、ステータス画面とか見られるんじゃないの?
「あ、ああ。そうか。そうだな」
ステータスを読み上げてみる。
「えっと……なになに……『紫熟香』。あらゆる呪いを解く香木である。火をつけると、呪いがその香りに絡めとられて消えていく。その香りを受けたものは、一時的に呪いに対する完全な耐性を得る。ただし、効果を発揮するには、尾長き鳥を象った黄金香炉の宝物の中で火をつける必要がある」
特定のややこしい形状の香炉が不可欠らしい。ステータス説明はなおも続く。
「なお、燃やした後の灰は、究極の秘薬の材料のひとつである。燃やす以外には粉末を口から服用する方法もあり、その場合の効果は、あらゆる呪いの予防であるが、効果は短い」
いろいろな使い方ができるようである。
「マリーノーツで最も良い香りを放つ香木とされ、歴代の権力者が紫熟香を切り取ってきた。それゆえ王や皇帝の証とされ珍重されてきたが、その役割が強調されるにしたがい、本来の解呪の力が忘れ去られてしまった。」
ということは、だ。これでフリースの呪いも、レヴィアの服の呪いも解けるってことじゃないか。
「フリース、レヴィア! やったぞ! これが俺たちが探してた秘宝だ!」
俺は手を挙げてハイタッチを要求するように両手を持ち上げたが、レヴィアもフリースも特に応えてくれなかった。
しかも、アンジュさんが横から口を挟んで、
「だけどさラック。その香炉ってのは、どこにあるんだい?」
「……さあ」
新たな問題が浮上した。
★
どうせすぐに見つかるだろう、だって宝物庫に部屋一つを埋め尽くすくらいの黄金の宝物があったのだから。
なーんて思っていたのだが、それは激甘な考えだったようだ。
まず、目録の巻物には、それらしいものが無かった。
いちいち数えるのも面倒になるくらいの、ざっと数千の品が部屋を埋め尽くしていたわけで、その中にはかなりの数の香炉もあったのだが、この中に探しているデザインのものは無かった。
これだけの黄金がありながら、全く無い。見当たらない。
続いて、香炉や薫炉など、それらしい名の付くものをザイデンシュトラーゼン城の隅から隅まで探したが、これもなかった。レヴィアに匂いで探索させたりもしたが、全く見つからず。
置物と誤解されていないかと思い、鳥の飾り物を探したが、やはり見つからない。
なんとまぁ、次々と問題ばかりが起こるもんだ。呪われてるんじゃないのか、俺たち。
いや実際、レヴィアの服とかフリースとかは呪われてるんだけども。
ともあれ、ここにきて、解呪ミッションは暗礁に乗り上げてしまった。
俺は暗い顔でたたずむしかなく、レヴィアも残念がってしまった。
なかでもフリースが、かなりの期待をしていた分、全てのやる気をなくしたのだろうか、あるいは度重なる魔力の使い過ぎか、寝込んでしまった。
「どうすりゃいいんだろうな、ここから……」
探してるアイテム、尾の長い鳥の形をした黄金香炉の宝物ってのが、どこにも見当たらない。
「なぁ、アンジュさん。何か心当たりはないか?」
「さあ……いや全く無いよ」
「せめて、アイデアはないか?」
「あたしにきかれても……」
こんな時、大勇者まなかだったらどうするだろう。
堅牢な壁を突破する発想も、あっさりと生み出してしまうに違いない。
俺は、もはやワラにもすがる思いに支配されていた。大勇者まなかの思考を再現すべく、彼女の描いた絵の前に立つ。
そこは洞窟っぽい雰囲気あふれるアンジュさんの部屋だ。
壁に掛けられたアンジュさんと露出の多い仲間たちの絵画は、まなかさんが描いたものらしいから、これを眺めていれば何か閃くと思ったのだ。
はっきり言ってしまうが、絵を眺めても何ひとつ閃かなかった。
ただ幸せそうな露出狂パーティ集団の姿があるだけで、何のヒントにもならない。
「ねぇ、まなかさん。あなただったら、こういう時、どうします?」
しかし、絵は答えてくれない。当たり前だ。
もしかしたら、受け答えをする絵を生み出せるスキルとかも存在するのかもしれないけれど、少なくとも、この絵は答えなかった。
返答は、別のところから飛んできた。
「もしもあたしが大勇者まなかだったら、絵なんぞに話しかけてるヒマがあったら行動しちゃうけどね」
声のしたほうを振り返ると、窓際で筆を動かす女が一人。黒いシャツをいろんな色の絵の具で汚して、ひたすら絵を描いていた。
「ボーラさん?」
窓の外を向いていて、描いているのは外の景色のようだ。
ボーラさんといえば、俺たちとは別行動になって大勇者まなかの絵を見に行っていたはずだ。
「ここで何してるんです?」
「見りゃわかるだろ、絵を描いてる」
「なるほど」
「さっきまでは、ひたすら大勇者まなかの絵を模写してたんだ。ずっと眠らず食わず、風呂入らずで描いてたから、ここを守ってる女の子二人に激怒されたよ。そんでもって今は、自分なりの絵を描いてる」
どんな絵を描いているのか興味がある。
ちょっと覗き込んでみたら、もう絵は完成間近といった様子。
ザイデンシュトラーゼンの高い城壁と、その向こうにネオジュークのピラミッドが見えた。
しかし、そのネオジュークピラミッドの色が、ちょっとこれまでの彼女の絵のイメージとは違っていた。
これまで、ボーラさんの絵には漆黒のイメージがつきまとっていたし、服装も黒ずくめだった。ところがどうだ、新しい絵は、構図も色使いも大胆だった。空も、風も、壁も、山も、とてもカラフルに描かれている。
中でも山の色には驚かされた。本来は黒いはずのネオジューク富士が、赤く描かれているじゃないか。
絵の質が大きく変わったように思う。エネルギッシュさのなかに、やさしさとか、あたたかみとか、そういう隠していた彼女の感情が一気にあふれ出したようだった。
黒は黒いままに、みたものの本質を見通して描くのがこれまでのボーラさんだったと思う。
でも、今のボーラさんは、外のものを描きながらも、絵筆にのせて内なる自分自身を表現しているような気がした。
……なんてな、絵の事なんてよくわからないけれど、とにかく俺は、今までの彼女の絵のなかで、この赤い黒富士の絵が一番いいなと思ったんだ。
そんな今のボーラさんからなら、何だ素晴らしいアドバイスをもらえるような気がする。
俺は目下の状況を丁寧に説明した。
「なるほどね。探していたアイテムを見つけたのはいいけど、そのアイテムの力を引き出すには別のアイテムが必要だったと。んで、そのアイテムってのが、宝物である『尾の長い黄金鳥型の香炉』だってのに、ここには見つからないってことね」
「そうです。どうしたらいいのやらって感じです」
「簡単じゃない?」
「いやそりゃ諦めるのは簡単ですけどね」
「いやいや、諦めなくても簡単でしょ?」
「え、そりゃ俺は転生者だし、フリースも長生きですから、じっくり情報を集めて時間かけて探せば、もしかしたら香炉が見つかるかもしれないですけど、でも簡単ってことはないでしょう。それともボーラさんが在処を知ってるんですか? はっ、まさかシラベール家の家宝とか、そういうのだったり?」
「いや、知らないけど、でもやっぱ簡単だと思う」
「説明してください。どういうことですか?」
「うーん、説明するまでもないと思うけどね」
「そんな勿体ぶらないで教えてくださいよ」
「ないなら、つくっちゃえばよくない?」
「え?」
「話を聞く限りだと、解呪の効果を引き出すために必要なモノの条件は、『黄金』であることと、『宝物』であること。それに、『尾が長い鳥の形』をした『香炉』であること。特定のアイテムのことを言っているようで、条件はたった四つしかない」
「……そんなのアリですか?」
「アリでしょ。つまり、黄金をたくさん使って香炉を作っちゃえばいい。ほーら簡単でしょ?」
「黄金がそう簡単に手に入りますかね」
「炎で温めれば溶けるじゃん」
「え?」
まるで、元になる黄金がどこかにあるとでも言いたげだが、まさか……。
「宝物庫なんだから、黄金でできたアイテム多いじゃん。溶かそうよ」
軽いノリで罪深いことを言い出した。
やっぱり芸術家ってのは頭がおかしいのだろうか。