第119話 満ちよ解呪の香(2/6)
扉の向こうは下り階段だった。四、五人くらいが並んで通れるくらいの幅がある。
地下室への入口というわけである。
「うわ、真っ暗だな」とアンジュさん。
――暗くて全然見えない。
フリースもそう文字を残して、目を見開いてなんとか光を集めようとしていたけれど、俺の眼にはその空間は真っ暗でもなんでもなかった。
俺は躊躇うことなく歩き出す。
地下から漏れてくる宝物の光で、かなりハッキリと、石壁の継ぎ目に生えてるコケだとか、読めない落書きだとかまでくっきり見えている。
姿が見えない階下からの光で、ここまで明るく見えるとは……。これは、今まで見たこともないくらいの輝きである。どれだけの宝物が地下に眠っているのだろう。
「ちょ、ちょっとラック。あぶないって……ファイアスポット!」
振り返ると、アンジュさんは指先に炎を灯して階段内を照らしていた。
「ほら、こんな段差あるじゃないか。危ないぞ。転んで死んだらどうすんだ。そんな死に方、情けなさすぎるだろ」
ついさっき、俺を千切り殺しそうな勢いで引っ張っていた女に、そんなことを言われた。どっちかというと、扉を開けようとして女の人に引っ張り殺されるほうが情けない死に方のような気がするけどもな。
「アンジュさんは、この場所に心当たりはあるか?」
「いや、初めて来るよ。ゴミ捨て場の砂の下に部屋があるなんて知るわけないでしょう?」
「だとすると……これは前の管理人がこの場所を去る時に、どうしても失ってはいけない宝物だけは砂の中の秘密の地下室に隠したって感じかな。どうやら前の管理人は、今の管理人と比べるとずいぶん用心深かったようだ」
それをきいて、今の管理人アンジュはムッとした。
「そうかぁ? ただのトイレとか、ただの牢屋とか、ただの墓とかかもしれないじゃん」
「なるほど、墓か」
その可能性はなくはない。この激レアピカピカオーラが絢爛豪華な副葬品たちから発せられてるというのは、じゅうぶん有り得る話だ。
真相はどうだろう。
答えは単純。先に進んでみればわかるはず。
「とにかく行くぞ、二人とも」
――ねえラック。
「なんだフリース」
――珍しくやる気いっぱいのところ水を差すようで悪いんだけど、本当に古いお墓だったら罠とかあるかもだから、その日焼け女の言うように慎重に進んだ方がいい。
フリースは冷静な判断をしてくれたけれど、俺が持っているのはただの眼じゃあない。曇りなき眼なのだ。
当然、偽装された罠などがあれば紅く光って教えてくれる。それが全くないってことは、目に見える罠にさえ気を配って進めばいいだけだ。
あれ、ひょっとして俺の能力って、墓荒らしとかに向いてるんじゃないか?
などと考えているうちに、階段の終点まで降り切った。
みんなが降りてくるのを待って先に進もうと思っていたのだが、そのとき、アンジュさんが予想通りのことを言い始めた。
「あれ、行き止まりじゃん。まじで罠の可能性ないのか?」
フリースも、何もないところを撫でて、どういうことなんだろうかと首をかしげていた。
二人の目には、行き止まりのように見えるみたいだ。ただの壁にしか見えず、この先に道が続いているようには見えないのであろう。
おそるおそる虚空をコンコンと叩く動きをしたり、パントマイムするみたいに壁があるらしき場所を撫でている女性二人の姿。
俺はふき出しそうになるのを我慢する。
なぜなら、この場所には、本当は壁どころか扉すらないからだ。ただ、金色に照らされた石畳の床とか壁とかに、紅い線が光っているので、要するに行き止まりであるかのように偽装されているということである。
そうとは知らずに何もないところを撫でたり突いたりしている。氷で殴ったりして突破しようともしていた。
――うそでしょ。あたしの氷で壊れない壁とか。
「やっぱ行き止まりなんじゃない? これまで進んできた階段のどこかに何か仕掛けがあるのかも。さもなくば、やっぱり独房みたいな役割の場所だったとか」
アンジュさんが引き返しかけ、フリースが光がなくなると思って慌てたところで、俺は種明かしをする。
「二人とも落ち着いてみていてくれ。この先に部屋があるから」
そして俺は、「検査!」と言って手をかざした。
別に手をかざしたりしなくてもスキルは発動できるのだが、そこは何となく雰囲気を出したいからな。
「え、壁が消えた?」とアンジュさん。
――なるほど偽装だったか。
――どうりで氷でもダメなわけだね。
二人が驚いたり頷いたりしているのを尻目に、俺は光の発生源を目指して部屋の中に歩を進める。
部屋の中央には、古い木箱が置いてあった。長いほうで二メートルくらい。短い方で五十センチほどである。高さは胸のあたりまであって、なんというか、ちょうど人間が入るのにちょうどいいサイズ。
木箱自体も光を放っていたが、目つぶしレベルの大閃光は箱の中から放たれていた。
どういうことかというと、フタが半開きで開いていたのである。
フタの裏には特に十字架とかは書かれていないが、実はこの木箱は棺で、吸血鬼がここで暮らしてるとか、もしくは近づいたらミイラ男が飛び出してくるとか、そんな妄想が沸騰してしまう。
だけども、ここにはフリースもアンジュもいる。何に襲われようとも生き残れるくらいの戦力はあるじゃないか。
何も恐れることはない。
もう何もこわくないんだ!
「なあ」アンジュさんは少し震えた声で、「これってやっぱり墓なんじゃないのか? やっぱやめない? 罰当たりじゃない?」
「いやいや、まだそう決まったわけじゃない。俺の予想では、ここは隠れた宝物庫だ」
「それ予想ってか希望とか願望だよねぇ」
「アンジュさん、なにビビッてんですか? それでも山賊ですか!」
「もう山賊じゃないよ!」
と、アンジュさんが大きめの声を出した時だった。
ガタタッ!
物音とともに、木箱が揺れた。
「おわぁ!」俺は思わず叫んだ。
「ヒィ」続いてアンジュさんの悲鳴。
「ッ!」声にならない声を漏らすフリース。
アンジュさんとフリースが肩を抱き合ってビビっている。
「ちょっと待ってくれ二人とも。今の、気のせいだよな。何もきこえてないし、何も動いてないよな。なぁ?」
「おいラック。なんか動くとか、そんなわけないだろ。こんな思わせぶりな地下室の木箱だからって……」
「そうっすよね。もしかして、いつものフリースのイタズラか? ハハハ、氷とか使ってさ」
ところが、フリースは明らかに余裕を失っていた。もともと青白い顔をさらに顔色悪くして、もともと白銀の髪からは輝きが失われているかのようだった。しかも、
「あ、あの、ラック。箱の中を確認してみて」
などと、呪い生物を生み出すことなんてお構いなしに澄み渡る怯え声を発した。フリースの足元に、にょろりと黒い蟲が落ちた。
「俺が? やっぱ俺が開けるの?」
そう言った時、今度は、ごそごそという音と、「ググゥ、グルルルル」などという、うめき声のようなものがきこえてきた。
何だ。中に何がいるんだ。
謎の声によって今度は獣系のモンスターの可能性も出てきたぞ。
「ヘッ、こいつぁ楽しくなってきやがったぜ」
思ってもない言葉を放って、自分を鼓舞してみる。
「いくぞ……二人とも覚悟はいいかぁ!」
あけるなら一気に開けてやろうと思ったのだが、そこで待ったがかかった。
「ちょちょちょ、ちょっと、心の準備が」
――ねえラック。もうちょっと部屋を明るくしてからのほうが良くない?
俺はもう心の準備を済ませているし、俺の眼には眩し過ぎるくらいにこの部屋は明るい。
「いくぞ!」
二人の制止を無視して、半開きになっていたフタを勢いよく開けた!
まだ何も出てきたわけじゃないってのに、アンジュさんの悲鳴が響く。
ほとばしる閃光。これまでで最大の、まるで太陽のような眩しさ。
ほのかに、甘く香ばしい匂いがした。
そして中にあったのは、光を放つ朽ち果てた巨大な樹木と白い布。
長さ百五十センチを超える枯れた樹木は、中心がくりぬかれており、側面にはいくつも刃物で切り取られた形跡があって、大穴があいていた。全体的に茶色だが、表面は黒く変色している。
問題は、白い布のほうである。
「おい」
と言いながら、そいつを突ついた。
「え、何なの?」
――何がいたの?
足のあたりを突かれたそいつは、どうやら目をさましたようだ。
「なんですかー?」
とか気だるい感じに言いながら起き上がろうとした。
ゴツンと樹木の内側の肌に頭をぶつけていた。
「おはようレヴィア」
枯れ木の中に入り込んでいたのは白い服を着た可愛い女の子。
早い話がレヴィアだった。
「おなかすきました」
獣の鳴き声のようにきこえたのは、腹の虫が鳴いたようである。