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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝
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第117話 ザイデンシュトラーゼン城(11/11)

 二階席までびっしりと並べられた大量の楽器たち。


 俺たちは、その楽器たちを舞台上から眺めていた。


 大きなものから小さなものまで。笛の楽器、弦の楽器、打楽器、振って音を出すマラカス的な楽器もある。木製、金属製、陶器製、時には動物の皮や体毛を使ったものもある。


 老婆が手をかざし、客席をゆっくりとひと撫でする。手の動きに合わせて、ホコリまみれサビまみれの楽器たちが、次々に輝きを取り戻していく。一階席が終わると、次は二階席まで。


「すごいです」とレヴィアが目を輝かせ、


「…………」フリースは言葉なく感動をかみしめていて、


「おばあちゃん、魔法使いみたいだね」とアンジュさんは感心し、


 俺も何かコメントしなきゃいけない雰囲気だなと思い、「これが……神業か」などと格好つけた声で大袈裟に言ってみた。


「なんの。ただの調律スキルですよ」


 老婆は静かに微笑んでみせ、再び客席を眺める。


「わたしの調律をここで誰かに見てもらうなんて、人生で二度目かしら。今日は、たくさんのお客さんがいるから、張り切っていきますよ」


 ここで言うお客さんとは、俺たちのことだろう。俺と、レヴィアと、フリースと、アンジュさん。


 四人の観客は、客席ではなく舞台のほうにいる。これでは客と演奏者の位置が逆転してしまう気がするけれども、放射状に広がった楽器たちから、音が舞台に向ってくる配置なので、聴く側としてはとても贅沢(ぜいたく)な位置取りとも言える。


 客席に向かって歩み出た老婆の背中越しに、たくさんの楽器たちが、まるで一斉に立ち上がるかのように空中に浮かび上がった。


 おばあちゃんは二度ほど深呼吸をしてから、


「調律」


 静かに、しかし力強く、二階席の奥まで届くような声を出した。


 単音が響き渡る。


 一つの楽器から、二つ目、三つ目と、どんどん同じ音階が重なっていき、一定リズムの打楽器まで加わって、耳がねじ切られるみたいな大音量が響き渡った。


 太陽の光が入って来てくるような崩れたホールでこれである。密閉された空間だったら、どのような音だったのだろう。


 老婆は、こちらに向き直った。そして思わず耳をふさいだ俺たちに言う。


「ハァ、ごめんなさいね。最近耳が遠くなったものですから、加減がわからなくって」


「調律は、うまくいったんですか?」と俺。


「ええ、完璧です」


 老婆は微笑みながら頷いた。


 すごいなんてもんじゃない。何千もある楽器を、たった一瞬で全て調律してしまったのだ。


 そしておばあちゃんは、再び楽器たちに向けて手をかざした。


「御礼に一曲」


 流れ出す音楽。知らない曲だが、クラシックっぽい雰囲気だった。


 はじめは一つの音。


 共鳴するように、他の楽器たちがハーモニーを奏でだす。


 それは、さっきアンジュさんが言ったように、本当に魔法のよう。


 おばあちゃんは「これは同時調律スキル、『彩虹(にじ)のオーケストラ』といいます。あまり上手ではないけれど……」と謙遜(けんそん)しながら演奏を続ける。


 音の調和は心地よかった。


 いくつもの音色が重なり合って、正確に音を奏でていく。


 でも、何だろう、確かにすごい。ものすごいけれど、どういうわけか感動はしなかった。音に強弱というか、豊かさというか、抑揚というか、そういうのがなくて……なんというか、息遣い、みたいなものがないからだろうか。


 そのへんはやっぱり、本物の演奏家にはかなわないのだろう。


「ごめんなさいね、今まで来られなくて……。そして、さようなら。元気でね」


 曲が終わり、深く一礼した。


 別れを済ませたおばあちゃんは涙を流しながら、舞台を去る。


「もう一度、みんなが素晴らしい演奏家によって奏でられる姿をみてみたかったけれど、さすがに欲張りですからね」


 おばあちゃんは俺たちとすれ違う時、アンジュさんとしっかり握手を交わし、軽く頭を下げていった。


 そしてそのまま、ザイデンシュトラーゼン城を出て行ったようである。


  ★


 また楽器を倉庫に運び込み、誰もいなくなった観客席で一息ついていたところ、フリースが横に座った。


 ――不思議なおばあちゃんだったね。


「ああ、そうだな。夢の中で会った時よりも、調律スキルがレベルアップしていた」


 ――そうなんだ。


「まぁ、夢があの調律おばあちゃんの若いころだったらって話だけどな」


 そこで沈黙が訪れたので、俺は崩れた天井の向こうにある青空を見つめた。


 この天井も直したいな、なんて思いながら。


 で、そのまま黙っていても居心地が悪いわけではないのだが、俺は何となく頭の中で話題を探し、声に出してみる。


「なぁフリース、さっきの音楽で呪いが解けたりしてないか?」


「どうかな」


 彼女が声を出したところ、小さな雷撃ウナギが青い布の上を這う結果となった。こいつがフリースの肩の上にあらわれたってことは、まだ呪いは健在のようである。


 素晴らしい音楽の力なら、呪いなんか解いてしまえるんじゃないかと思ったけれど、どうもそう簡単にはいかないらしい。


「そういう演奏スキルとか、あるんだろうな」


 ――呪いを解くかどうかは知らないけれど、癒しの効果を発揮する回復の音色とか、そういうのは存在するよ。


「まぁ、そうだろうな」


 音楽によって回復するというのは、現実でもフィクションでも珍しくない。


 そういえば、さっき弾く人が弾けば、浄化と癒しの効果を持つと書かれた琵琶があったっけ。


 ――もちろんその逆もね。


「人を傷つける音楽か」


 ――そう。楽譜が失われ、演奏家もほとんどいなくなってしまったけど。

 ――人を傷つけたり呪ったりする音楽がなくなってくれたのは嬉しいことだね。


 そこでまた静かになったが、しばらくの沈黙を破ったのは、今度はフリースだった。


 ――ところでラック、呪いを解くアイテムは見つかったの?


「いや、まだだけどな。ちょっと休憩中だ。楽器の運搬、ほとんど俺ひとりでやらされたからな、さすがにちょっとしんどい」


 ――手掛かりぐらいはあるんでしょ?


「ああ、アンジュさんから宝物リストをもらったぞ」


 ――それっぽいの、あった?


「それがだな、読めないんだわ」


 ――何でよ。


 険しい感じの氷文字が出た。


 だが、怒られようが叱られようが、読めないものが一瞬で読めるようにはならないのだ。解読スキルなんか持っていないし。


 ――みせて。


「リストをか? 果してフリースに読めるかな?」


 俺はフリースに巻物を手渡した。


「…………」


 フリースは無言でそれを受け取ると、広げて文字を目で追いはじめた。


「どうだ、読めるか?」


 ――よめる。


「おお、すごいな」


 ――でしょ?

 ――もっと褒めてもいいよ?


「さすがだ。これが年の功ってやつか」


 しかし、この褒め方は気に入らなかったようで、ムッとした。


 俺は誤魔化すように、


「ど、どうかな。呪いを解くアイテムみたいな項目ない?」


 ――そういうのは見当たんない。

 ――その解呪アイテムの特徴とか、ない?


 たしか、ネオジューク第三商会の天幕(テント)のなかで、解呪アイテムの話をした時にバンダナが言っていた。「見た目は朽ち果てた木の枝のようなもの」であると。


 ――あ、それっぽいの一つあった。かなり大きいものみたい。

 ――じゃあ、枯れ木が集められたところに行けばいいか。


 巻物を閉じて返却してきたフリースは、前に立って歩き出す。どうやら案内してくれるらしかった。


  ★


「おい、迷ってんじゃねえか」


「うぅ」


 青い服の少女がうっかり声を出したものだから、小さな呪いの生物が生まれてしまった。


 フリースは申し訳なさそうにそいつをつぶして、服の袖から黒い小瓶を取り出し、中のスパイラルホーン粉末をマズそうに舐めた。


 ――おかしいなぁ、このへんのはずなのに。


 樹木が置かれたエリアに行くはずが、色とりどりの宝石たちが星座のようにきらめく部屋に出た。


「ここは明らかに違うんじゃないか?」


 別の部屋に進んでいくと、今度は黄金ばかりが集められた空間に辿り着いた。


 もともと宝物は黄金のオーラを纏うのだが、ここの宝物はオーラだけじゃなく本体もキラッキラの黄金である。


 ――あれぇ?


「おいフリース。実は方向オンチとかそういうことないよな? もう一回巻物みるか?」


 ――ばかにしないで。

 ――あたしの解読は間違ってないはず。

 ――あるはずのものがないってことは、宝物が移動されてるってこと。


「そんなことってあるか?」


 ――さっきの部屋もこの部屋も、後から整理されたみたい。もともと時代ごとに分けて置かれていた宝物が、ジャンルごとにまとめて置かれるようになった感じがする。


「どゆこと?」


 ――見た目が貴重っぽいものを集めた人がいるってこと。ものの価値がわからない人間のやり方だね。巻物(リスト)では各部屋に散らばっているはずの宝石や金細工がかき集められてる。


「じゃあ、どうしたらいいんだ?」


 ――枯れ木に価値を見出せなかった人間がやることなんて、一つしかないんじゃない?


「まさか……」


 ――ゴミだなって吐き捨てながら投げ捨てる。


「そりゃ、あまりにもギルティ!」




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