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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝
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第116話 ザイデンシュトラーゼン城(10/11)

 楽器の運搬をおばあちゃんのかわりにやることになった。


 またさっきみたいにハシゴが壊れないとも限らない。おばあちゃんにキツい運搬をさせて、それを眺めているだけなんて、他の誰が許しても、俺自身が許せない。


「どの楽器を取ればいいんですか?」


「全部ですね」と老婆は答えた。


「え」


 この広大な倉庫のものを全部となると、わりととんでもない量になる。それこそ、ホールの客席全てを埋めてしまうくらいの数の楽器が、大きな倉庫に収納されているのだ。


 とはいえ、膨大な量のラストエリクサー仕分けをしていた俺には、この程度の荷物運びは慣れたもの。ひょいひょい棚からおろしていく。


 老婆は言う。


「ハァ、感心しました。やっぱり転生者の方は疲れ知らずでスゴイですわねぇ」


「どうして俺が転生者だってわかるんです?」


「さっきあなたが下の階で弾いてた曲の音色、一定のリズムで、落ち着きのある、調和のとれた流れのある音楽。むかしむかし、ここに来た転生者の方々が演奏してくれた曲によく似ていたものですから」


「あぁ、なるほど」


「あなたの演奏、とてもよかった。技術は拙くとも、心がこもっていたから」


「いや、全然下手でしたよね。なぐさめてくれなくていいですよ?」


「そんなことありません。本当にとてもよかったです。こんな老いぼれでも耳は衰えていないんですよ。あなたは、あのアンジュさん……といったかしら。あの娘のことが好きなのかしら?」


 衰えちゃってるよ、と言いたい。俺が好きなのはアンジュさんじゃなくてレヴィアなのだから。


 アンジュさんのことだって嫌いじゃないし、昔の好きだった人に雰囲気が似ているから、むしろかなり好きというか、好みのタイプというか、そういう感じだけども、


 だけどやっぱりレヴィアなのだ。


 俺が好きで、ずっと一緒にいたいのはレヴィア。フリースのことは助けたいと思うし、アンジュさんは好きだった人に似てるからついついときめいてしまうけれど、俺が一生かけて守り抜いていきたいのはレヴィア以外のなにものでもない。


 自分に言い聞かせるような思考を展開し、俺はおばあちゃんの言葉に、「どうなんですかね」などという曖昧な言葉を返した。


 そしたら、おばあちゃんは小さく笑って、


「愛の深い人に演奏してもらえて、あの楽器も嬉しかったと思いますよ」


 そんなことを言われたとき、なんだかとても恥ずかしくなってしまった。


 もっと、しっかり楽器を練習しとけばよかったな、なんて思う俺であった。


  ★


 さて、気を取り直して楽器の運搬である。


 俺には運搬スキルなど無いが、それでも老婆に言われた通りに楽器を外に出して行くのは楽勝だった。


 ひとつひとつ丁寧に並べていって、やがて足の踏み場がなくなって、それでもなお棚には楽器が多く残っていた。


 その光景を見たアンジュさんが見かねて言うのだ。


「おばあちゃん、よかったらホールを使ってよ。あそこなら、ここにある楽器を全て並べられるし、調律するなら音がよく響くところのほうがいいだろう?」


「あらあら、あの素敵なホールに? それは嬉しいですけれども、いいんですかね?」


「いいよいいよ。使ってないし」


 またまた階段をのぼって、楽器を片手にやって来た場所には、見覚えがあった。


 いや、実際に来たことはないのだが、夢の中で見た景色と重なる風景だった。


 でも夢の中は、もっときらめいていたように思う。


 こんなに客席が色あせてはいなかったし、天井が崩れ落ちて大穴があいてなかったし、ところどころ雑草が生えてたりしなかったし、ぎざぎざの天窓から太陽の光が降り注いで神々しい感じではなかった。


 さっきアンジュさんは、「どうせ調律するなら音の響きがいい場所で」みたいなことを言ったけれど、ぼろぼろになる前のホールとは比べようもないくらいに音が響かない場所に成り果てていたのだった。


 それにしても、この老婆は何者なのだろう。楽器の調律をする人、過去にここで働いていた人、となると、やっぱりさっき見た夢に出てきた若い娘は、この老婆だったのではないかと思えてくる。


 朽ち果てる前のザイデンシュトラーゼン城で楽器の調律を仕事にしていた若くてきれいな女性。たくさんの種族が集まる演奏会で、涙を流しながら手を叩いていたのが印象的だった。


 思い切ってきいてみようか。


 客席の下り階段を抜けて、舞台に上がった老婆に続いて俺も壇上に立ち、たずねる。


「あの、おばあさん」


「なんでしょうか?」


「失礼ですけど、もしかして、夢の中で会ったことあります?」


 その瞬間、俺は硬いもので頭をガツンと殴られた。氷の塊だった。


「いってぇ!」


 背後に気配がしたので振り向くと、舞台の上には青い服のちっちゃな女の子。


 早い話がフリースである。


 ――またナンパして!

 ――さすがに年上好きすぎる!

 ――ここまで見境ないとは思わなかった!


 さらに、もう一人、弦楽器を両手に抱えながら客席のほうからアンジュさんが言う。


「ほんとにエロエロクソ野郎だな、ラック」


 フリースは、さらに氷文字で、


 ――英雄でもないくせに色を好み過ぎ。


 などと書きなぐる。


「ち、ちがう、そういうんじゃない! 俺は真面目に言ってんの!」


「真面目だって?」とアンジュさん。「なんだいラック。ってことは、今の『夢の中で会ったことあります?』っての、おばあちゃん相手に本気で口説いてるってことかい?」


「そ、そういうんじゃない! ただ、夢で見たんすよ、この場所で、若いバージョンのおばあちゃんと一緒に演奏をきいたんだ」


 間の悪いことに、俺の大好きなレヴィアちゃんもいつの間にか舞台上にいて、不満げに、「ふぅん」と喉を鳴らして、言うのだ。


「それで、そのおばあちゃんの若いバージョンは、可愛かったんですか?」


「美人だったけど、それはそれは素敵な人だったけど……そういうんじゃなくて」


 そしたらレヴィアは怒りの形相で、


「私のこと好きって言ったのに!」


 ああもうどうしたら……。


 老婆の方をみると、まったく落ち着いていた。おろおろして思考停止している俺とは対照的である。


 老婆は、アンジュさんが持ってきたカラフルな幾何学模様のケースからバイオリンのような弦楽器を取り出すと、弦に弓を押し当てて、音を出す。


 タラランタッタ、と楽し気な音色が鳴り出した。


 この曲は……猫ふんじゃった、である。


 それで少々興奮気味だったレヴィアの注意は音楽に向いた。フリースも長い耳をピンと立てて、その音に聴き入っていたし、アンジュさんも感心したように頷いた。


 争いが止まったと見るや、老婆は重ねてスキルを起動した。


 自動演奏スキルってやつだろうか。


 俺が運搬中だったバイオリン的な弦楽器が突然暴れ出し、俺の手を離れて老婆のそばに着地した。


 そのまま弦楽器は正確に音を奏で、ハーモニー、二重奏になった。


 楽しい音楽はさらに楽しくなったけれども、やがて、もっと聴いていたいと思うような短さで終わってしまった。


 ふくらみかけの風船がしぼんでいくのを見たような、残念がる雰囲気が広がってしまった。


 そして残響のなかで老婆は言う。


「ラックさん、といいましたよね」


「え、ああ、はい」


「どんな夢を見たのですか?」


「えっと、調律師の女の子がいて、その人が調律した楽器を使って、エルフも獣人もいる楽団が演奏してて。それをたくさんの種族の人たちが聴いて、拍手を送っている夢でしたけども……」


「…………」


 老婆はしばらく沈黙した後、ふぅと軽く息を吐いてから、


「……そうですね。夢の中で会ったことはないですけれど、あなたが夢で見たというのは、わたしが知るザイデンシュトラーゼン城の真の姿だと思いますよ。今は少し、良い音色が出なくなっているだけで、いつか昔のように戻ると、わたしは信じていますから」


 そして老婆は、ヒョウ柄の元山賊に頭を下げた。


「だから、どうかアンジュさん。ザイデンシュトラーゼン城を、よろしくお願いしますね」


 アンジュさんは、戸惑いながらも「あ、はい」と頷いていた。




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