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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝
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第115話 ザイデンシュトラーゼン城(9/11)

 自分では、それなりの音になったと思った。ちゃんとは合ってなくても、曲を奏でてもそう大きな違和感のない音に仕上げることができたような気がした。


 アンジュさんも、そこまで音にはこだわらないようで、手に顔をのせたまま、ウンウンと頷いてくれていた。


 ところが。


「音が滅茶苦茶ですわね。貸していただけません?」


 急に響いた声に、振り返ると、そこには老婆が立っていた。


「おばあちゃん?」とアンジュさん。


「え、どこから入ったんですか?」と俺がいう。


 まさか、何十年もずっとこの宝物庫の中にいたとか、宝物に取りついた幽霊さんだとか、そんなことないよな。


 ゾッとする可能性に思いを巡らせてはみたが、実は俺、この老婆に見覚えがあった。


 昨日、このザイデンシュトラーゼンの街に入るとき、木製の跳ね橋で老婆が前かがみになり、よろよろ渡ろうとしていた。


 あの時、アンジュさんから声をかけられていた老婆が、どういうわけか固く鍵がかけられていた宝物庫にあらわれたのである。


 何者なのだろうか。


「おっかない人たちから助けてくれた方々ですね。その節はどうも有難うございました」


 ニコニコしていた。


 怪しげな雰囲気はない。ただただ優しげな老婆の姿がそこにあった。


 だが、アンジュさんとしては自分が守る宝物庫に侵入された形である。警戒感をぬぐえないでいた。


「おばあちゃん、ここで何してるの?」


 老婆は質問に答えず、きょろきょろと周囲を見回しながら、


「ハァ、なつかしいこと……」


 などと呟いた。


「てか、マジでどっから入ったの? 扉はちゃんと封印されていたはず」とアンジュさん。


「ああ、そうですね。柱の中に隠された昇降機(えれべーた)があるのですよね」


「え、知らない、なにそれ」


 キョトンとするアンジュさんに向って、俺は言ってやる。


「ちょいとアンジュさん、守り手としてどうなのそれは」


「で、でも、あたしが来てからは、物が盗まれなくなったのは本当だからな!」


「どうだか」


「あぁ?」


 アンジュさんが怒りに顔を歪めて、俺がヤバイと思った時であった。絶妙のタイミングで老婆が口を挟む。


「その子が言ってるのは本当だと思いますよ」


「なんでわかるんです?」と俺。


「秘密の昇降機(えれべーた)は久しく使われていない様子でしたから」


「そんなに秘密なんですか」


「ええ。もとは王室専用の一握りの人しか知らないもので、一般庶民は使用禁止の昇降機ですけどね、こんな老いた身体になってみたら階段や坂がしんどくて、申し訳なく思いながら使わせてもらいましたのよ」


「おばあちゃんは、なんでそんな秘密の裏道みたいなの知ってるんだ?」とアンジュさん。


「ここで働いていたものですから」


「あ、そうなの?」


「ずいぶん、ぼろぼろになってしまったものですけど、展示台の位置や、棚の配置なんかはあまり変わっていないようですね」


「そうなのか……。まあ、昔を知っている人からしたらショックかもな。多くのお宝が盗まれたみたいだから」


「一番ショックなのは、物がなくなったことよりも、人々が仲良くできなくなってしまったことです。わたしがここで働いていた頃は、さまざまな種族の方々が笑い合い、時々は喧嘩(けんか)なんかもしながら何度でも仲直りをしていたものでした」


 そこで俺が口を挟んで、


「それって、人間だけじゃなくて、エルフとか、獣人とかが一緒に暮らしていられたっていう……?」


「悲しいことを言いますね。エルフも獣人も、人間に違いないはずですけども」


 確かにそうだ。今のは失言だったかもしれない。


 老婆はいう。


「とはいえ、今の世の中では、そのような認識になってしまっているようですね。エルフは森に退(しりぞ)き、獣人と呼ばれた人々はすっかり見ることすらなくなってしまいました。もう一度、人間として一つにまとまる時が来てくれやしないかと願っているのですが……」


「そう、なるといいですね」


 絶対にそんなの無理だと思ってしまっている俺がいて、複雑な気持ちになりながらいい加減な返しをしてしまった。


 一人で申し訳ない気分に陥ることになったのだが、老婆はそんな俺を気にすることなく、俺に向って歩み寄ってきた。


「ときに、そこのあなた。その楽器なのですけどね」


「え? はい、これですか」


 老婆は俺の手にあった弦楽器に手を伸ばし、弦の部分に触れる。


 張りつめた高い音が響いた。


「嗚呼、とても、なつかしい」


 そして老婆は続けて言うのだ。


「わたしに調律させてもらえませんか?」


  ★


 調律スキルというものが存在するらしい。


「あなたの望む音に仕上げてみますね」


 老婆が目を閉じ、さっとひと撫でしただけで、黄ばんでいた楽器の弦が白く透き通り、くぐもっていた音にも一気に透明感が出た。音も調和がとれた響きになった。


 楽器本来の能力が十分に発揮できる状態になったところで、老婆は、「では行きたいところがありますので」と丁寧に頭を下げて去ってしまった。


 残された俺とアンジュさん。


「よし、演奏するぞ」


 そうして俺は、弦楽器をかき鳴らした。わりとポピュラーなものを演奏した。


 六弦のギターと共通する音階であったので、違和感なく音を出すことができた。弾き間違いや、音の歪みなどが多発したのはご愛嬌(あいきょう)というやつである。


 演奏が終わると、アンジュさんが小さく拍手をしてくれた。


「すごーい。思ったよりちゃんと弾けるんだね、ラック」


 その反応が、俺の好きだった人に少し似ていて、またもムズムズした気持ちになる。


「いやいや、無理になぐさめてくれなくてもいいんすよ。俺より上手い人なんか星の数より多いですから」


「この世界じゃ、みんな歌は歌えても、演奏スキル持ってる人は少ないからさ、素直にすごいと思うよ?」


「そ、そうですかね?」


「そうだよ。ちょっとラックのこと見直したよ」


「そっか」


 俺はおだてられ、すっかり良い気分になった。


  ★


 階段をのぼってみると、楽器フロアとでもいうべき部屋があった。


 倉庫のようになっており、さまざまな楽器が保管されている薄暗い大部屋である。


 琵琶やギターなどの弦楽器や、木琴や鉄琴や銅鑼(どら)や太鼓らしきものなどの打楽器、笛やトランペット系の楽器などが棚や床に置かれていた。


 ふと物音がした方をみると、老婆が重たそうな金属製の楽器を片手に抱えながらハシゴを降りているのが見えた。


「おばあちゃん、危ないよ」とアンジュさん。


「あぁ、大丈夫大丈夫。わが家みたいなものだからね。こんなところで転んだりなんか――」


 と言った瞬間、老婆のせいではなかったが事故が起きた。


「危ないッ!」


 バキィ、と不穏な音がしたかと思ったら、ハシゴが思いっきり傾き、老婆がこちら側に向って落ちてきた。


 ハシゴの足が老朽化していたのだろう。折れたのだ。


「くっ」


 俺とアンジュさんは二人して駆け出していた。


 届いてくれと思いながら手を伸ばす。ところが、その手が押したのは、アンジュさんのヒョウ柄の上着だった。


「ちょっ」


 アンジュさんがバランスを崩して転びそうになる。

 俺もひっくり返りそうになった。


 よろける。バランスを立て直せない。うまく地面を蹴れない。


 このままでは老婆が危ない。硬い床に叩きつけられてしまう。


 そんなの、見たくない。


 その景色を見るくらいなら魂だけになって消えてしまったほうがマシだ。


 なのに、ああ、届かない。手を伸ばしても届かない。


 落ちてしまう。ぶつかってしまう。


「このぉ!」


 絶望の中、アンジュさんの声が響いたかと思ったら、俺の身体は宙に浮いた。


 首ねっこを掴まれたのだ。


 そこから先、どうなるかってのは、もう言うまでもないだろう。


「届けぇ!」


 アンジュさんが叫び、投げられた俺も「うぉおおおおおお?」と叫びながら地面をズザザザザと滑り、「ひぁっ」と声を出した老婆と床との間に割り込んだ。


 背中に、衝撃。


「ハァ、びっくりしましたわ」と安心した老婆は、細く小さな手で、弦楽器を大事そうに抱えていた。


「おばあちゃん! 何してんの!」


 と叱るように言ったのはアンジュさんである。


 俺も老婆の尻に敷かれたまま、


「何をしてたんですか?」


 とたずねてみた。


 老婆は、よほど座り心地が気に入ったのだろうか。俺の背中に座ったまま語り始める。


「調律をね、しようと思いまして……。はじめはこの子たちに会うだけで済まそうと思っていたのだけれどね、こんな薄暗い物置きにずっと放置されて、ずいぶんと(いた)んでしまっていて、可哀想だったものですから」


「なるほど……」


「それならラックが手伝ってくれるってさ」


 勝手に決めるなよアンジュさんと言ってやりたいところだが、この場面では文句はなかった。





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