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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝
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第110話 ザイデンシュトラーゼン城(4/11)

 俺が草原の自宅にいた十年間の間に、アンジュさんは二度目の冒険をした。


 その冒険の終わり際、魔王との決戦の前に、記念に描いてもらったのが、十一人の男女が描かれた大きな絵画だった。


 洞窟っぽいアンジュさんの部屋に掛けられていた絵画の、その前列に描かれていたのは、左から八幡丸、八重垣丸、アンジュ、ハクスイ、八雲丸、ナディアの六人であった。


 このパーティで、大魔王を討伐した。そのほかの者たちは、後方サポート担当であったという。


 結末を言えば、大魔王を倒した瞬間に、パーティメンバーは消え、サポートメンバーはその場に残されることになった。


 そもそも大魔王と戦うことになったのは、人が行方不明になる事件が多発している地域を通りがかり、そこの住人から原因を究明してほしいと頼まれたのが、きっかけだったという。


 調査を進め、敵のねぐらと思われる洞窟の入口についた瞬間に、全員がヤバイ魔力を感じ取るくらいには、強力な相手だった。


 魔王級のモンスターがザコ敵として出てくるような恐ろしい洞窟の最深部、そこにいた魔犬ケルベロス型の大魔王と三日三晩の死闘を演じ、ついに八雲丸が大魔王を一刀両断にて討ち取ったところで、勝者たちは一瞬のうちに消滅したのだという。


「まじで焦ったっす!」


 とテンションを高めたのは、アンジュさんの部下の痩せた方だった。


 なぜ話し相手が急に交替したかというと、アンジュさんが酒に敗北を喫したからである。


 椅子に座ったまま、机に伏せてぐったりしていて、しばらくは目覚める気配がなかった。


「八幡丸船長やアンジュ(ねえ)さんたちが消えた時、自分らにはマトモに戦える人がいなかったっす。我々はみんなサポート系の能力を磨いていて、戦闘は前列の四人に任せきりだったもんっすから」


「そりゃピンチだな」


「うぃっす。一番強いのが、当時まだ、こーんなちいちゃな子供だったプラムお嬢だったというのが、なんとも情けない話だったっす……」


「絵の中では、後列もいい身体してるやつが多かったけどな」


 後列だけで言えば、あわせて五人。左側に男たちが二人集まっていて、右側の八雲丸さんサイドに女が三人いて、そのうちの一人がプラムさんだった。プラムさんと一人の痩せた男以外はイケイケボディの持ち主が揃っていた。


「見かけばかり強くても、バトルスキルが伴わなければそんなもんっすよ。見えているものだけが全てじゃない世界っすから」


「そこには同意だな」


 俺もレベルだけは高いけれど、鑑定と検査以外は全然だもんな。


「行く手を阻む魔王レベルの敵を相手に、プラムお嬢が泣き叫びながら切り開いた道を通って脱出した後は、もうマジ意気消沈だったっすね、みな俯いてしまったっす」


「仲間が突然に大魔王と相打ちで消えたみたいに見えるもんな」


 実際は魔王討伐によってゲームクリアってわけなんだけども。


「ういっす。あまりにアッサリとした終わりを、おれは受け入れられなかったっす。魔物討伐の報酬を受け取っても、王室に招かれて偉い人に褒められた時も、全くいい気分になれず、おれたち五人は、報酬を山分けした後、いつのまにか自然と離れ離れになっていたっす」


「そうだな、話を聞く限り、記念絵画の後列五人ってのは、いわば友達の友達みたいなもんで、軸になる存在がなければ、周回軌道から離れていってしまうもんだ」


「ええ。その通りです。互いに連絡を取り合うこともなくなったっす」


 絵の立ち位置や服装の類似から考えるに、八幡丸さんの部下が男一人、八重垣丸さんの部下も男一人、八雲丸さんについてきたのがプラムちゃん一人。ナディアさんとハクスイさんにも従者らしき女が一人ずつついている。


 おや、アンジュさんの仲間が一人もいないようだが……。


「自分、アンジュさんにはマジで感謝してるっす。三年前、アンジュさんがこの世界に戻ってきた時、主君を失ったおれは、川の海賊に逆戻りしてたっす。本当なさけないっすけど……なのにアンジュさんは、おれなんかを探してくれて、見つけくれて、叱ってくれたっす」


「そして今、この城を守っているのは、アンジュさんが連れ戻した、かつての仲間たちってわけだな」


「そうなるっす。ここナンバンのザイデンシュトラーゼンの城はアンジュ姐さんと四人の仲間たちの居城っす」


「いやぁ、アンジュさんって、あんまり面倒見のいい人じゃないと思ってたけども」


 と、俺が言った時、テーブルに伏せて沈黙していたアンジュさんが起きて言うのだ。


「おいこら、きこえてないと思って勝手なこと言って」


「うわ、すみません」と俺。


「あんたも喋り過ぎだよ、まったく……」


「ご、ごめんなさいっす、アンジュ姐さん」と痩せた男。


「酒! 樽でもう一個もってきな!」


「はい! アンジュ姐さん」


 痩せた男は、走って部屋を出て行った。


「ったく……恥ずかしいことペラペラと……」


「でも、アンジュさんが愛されてるのがよくわかりました」


「そうかい? ま、聞いた通りさ。八雲様や、八幡くんや、八重くん、ナディア、ハクスイ……あいつらが戻ってきた時に、残されたやつらが賊に落ちてたなんて、可哀想じゃないか。だから、あたしはこの連中をまとめているのさ。」


 似たような言葉、さっきも聞いたな。やっぱ酔ってんのかな。


  ★


「なんだよぉラックぅ、もっと飲め飲めぇ! あはははは!」


「あの、アンジュさん、もうやめたほうが」


「あんだ、オリハラクオン、あたしの酒が、のめねぇってのかよ!」


「うわー、めんどくさいひとだ」


 アンジュさんはグラスの中身を飲み干すと、新しく開けた酒樽にグラスを突っ込み、そのまま持ち上げ、口をつけた。


「カァーうめぇ! ラック、乾杯、乾杯だ、ラック、乾杯、ほら」


「は、はい、乾杯です」


 俺はグラスを捧げるジェスチャー。もはや一人で気持ちよくなってしまって、俺が一滴もアルコールを摂取していないことにすら気付いていない。


 つくづく、酒は人を狂わせるものよな。


「ヒック」


  ★


「ちょっと聞いてよラックぅ。娘がそろそろ高校受験なんだけどさぁ、なんかパパがいるとこの学校を受験するとか言うのぉ。そこは五百キロくらい離れてて、あたしには仕事があるからついていけないし……どう思う? ねぇ」


「あー、そうですね、娘さんが離婚したお父さんのところで暮らしたいってことなんですかね」


「そんなハッキリ言うなよぉ!」


 そう言って、机に伏せてしまった。


「あ、あの、大丈夫ですか、アンジュさん」


「……そうかなぁ、やっぱそうなのかなぁ、あーやだ、やだよぉ」


「離れ離れになっちゃいますもんね」


「やだやだぁ」


 机に伏せたまま、頭をぶんぶん揺らした。


 うーん、この話、何回目かな。


 酔っ払いの話はひたすらループするのが定番である。もしこの状況で賊に攻め入られたらどうなるのだろう。


 そんなことが頭をよぎるくらいには、みっともない首領の姿を見せている。


「あぁー、なんか、暑い」


「え?」


 なんかこれまでになく不穏なことを言い出した。おそるおそるアンジュさんの方をみたら、なんと、もともと下着みたいな胸の布に手をかけ、自ら脱ごうとしてるではないか。


 このままでは巨大な胸が空気にさらされてしまう!


「ちょ、ちょっと……!」


 俺は思わず彼女の腕を捕まえて脱衣を阻止!


「あ? ラック、そういえばあんた失礼じゃないか?」


「な、なんです急に」


「あたしの酒! のんでない!」


「いやいや、飲んでますって!」


「嘘ついたらダメなんだよ」


「その言葉は十年前の自分に言ってくださいアンジュさん! ちょ、アンジュさん、離して」


「うおらぁ!」


 俺は腰を掴んで持ち上げられ、アンジュさんの手によって、豪快に酒樽の中に放り込まれた。


「うわぁっ!」


 バシャァ!


 頭から突っ込んでしまったので、抜け出そうともがく。


 五右衛門風呂みたいな形で酒に浸けられるのはマズイ、絶対に酔う。脱出しなくては。


 けれども、アンジュさんの手が頭を掴み、上から怪力で抑え込んでくる。


「わっぷ、やめてくださっ、つめたっ、あっ」


 うまく喋れず、ついに俺は、飲んだ。飲んでしまった。


「どーだ、うまいか? ラック」


「ゴホッ、いや、うまいっす、けど、ここから出して……あっぷ」


「あはははは!」


 だめだ、言葉が通じない。


 アンジュさんの言うとおり、マジでうまい。だけど、こんな強い酒を飲んでしまったら、どうなるか――。


「あ、やば……」


 自分の呟きを最後に、世界は真っ暗になった。




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