第109話 ザイデンシュトラーゼン城(3/11)
いや、酔っぱらうの、早すぎだろ!
あっという間にレヴィアが気を失った。匂いだけでちょっと出来上がってしまって、ひとなめしたらついに倒れてしまったようだ。続いてアンジュさんと張り合うようにグラスを傾けていたフリースもベッドにダイブし、粘っていたボーラさんもぐっすり眠ってしまった。
こうして三人の女たちはエリザシェリーという名の酒に敗北せしめられたわけだが、アンジュさんだけは飲みなれているようで、ほろ酔いになっただけだった。
そして俺も大丈夫だったのだが、これは乾杯したにもかかわらず警戒感をぬぐいきれずに飲まずにいたからである。
乾杯して口をつけないなんてのは、やや失礼な行為なので褒められたものでは決してないが、きっと俺も飲んだら沈没していたと思うので、失礼を働いてよかったと思う。
「あの、アンジュさん。何も混ぜてませんよね?」
俺がおそるおそる問うたら、褐色女は意外そうな顔で、
「酒に? そんなことしないよ。酒がまずくなる」
「じゃあグラスのふちとかに睡眠薬を塗ったとか。昔推理ドラマだか漫画だかののトリックで、そんなの見ましたもん」
「……まあ、ラックには言われても仕方ないか。あの頃のあたしは、ホントに酷い山賊だったよね」
「ええ、控えめに言って、最悪でした。年上の女とか山ってもんが本気で嫌いになりそうなくらいには」
「あはは、相変わらずラックは面白いね」
大して面白いことを言った気はしないけども、やはり酔ってると何でも面白く感じるのだろうか。
「ところで、アンジュさんは本当に、この世界をクリアしたんですか?」
「したよ。隠れ家で、あんたと冒険者まなかに説得された後のことだ。昔の仲間を集めてね」
「昔の仲間……?」
「ああ。でも全員を集められたわけじゃない。もういなくなっちゃった人もいたからね……。みんな、はじめはホクキオで山賊になってたあたしのことを信用してくれなかった」
「でしょうね、最低でしたもんね」
「まぁまぁ、あれは黒歴史ってやつだから」
「そんな一言で片付けられるもんじゃないと思いますけど」
「んー、あんた消したらさぁ、山賊時代を知ってる人はそのうち消えるよねぇ」
「ナイフをチャキっと構えるのをやめていただきたい」
冗談だとわかっていても、ドキッとしてしまう。それによって俺の脳みそや心臓が吊り橋効果的な誤認をしてしまったらどうする。恋してしまうじゃないか。
俺は冷静になるよう心の中で全神経に呼びかけながら、声を絞り出す。
「……さてはアンジュさん、あんまり更生してませんね?」
その言葉に、アンジュさんはナイフ二本をしまいながら言う。
「そんなことないさラック。あたしはこれでも、子育てとか頑張ってんだよ?」
「子育て……ですか。父親は誰です? まさか、さっきの部下みたいな連中じゃないでしょうね」
「ん? なんで怒って……あんた酔ってんのかい? 妙に鋭い目つきでこわいんだけど」
「え、そんなはずは……」
思わず険しい目つきになってしまっただと?
なんだ、俺ってやつは、まだアンジュさんのことが気になっているのだろうか。現実世界の好きだった人に似ているだけで、俺にひどいことしたうえで罪をなすりつけて逃げて、そのことすら忘れているような女性なのに。
「てか、あんた忘れたの? あたしには、マリーノーツに来るまえから娘がいたんだよ」
「あぁ、そうでしたね……」
「その子が立派な大人になるまで、ちゃんと育ててやらなきゃ」
「じゃあ、シングルマザーってやつですか?」
「まあね、そろそろ再婚しようと思ってるんだけどね」
「え」
なんだろう、少し胸がずきりとした。目を合わせづらくてそらしてしまう。
山賊女だぞ。しかもバツイチ子持ちだぞ。いくら胸が大きいからって、ときめいてはいけないのに。
「相手はどんな人です?」
「いや、いないけどさ」
「なんだ」
その時、俺はホッとしている自分に気付いてしまった。俺にはレヴィアがいるってのに、この期におよんでアンジュさんを相手にドキドキさせられっぱなしなのは、いかんともしがたい。
きっと酒のせいだ。
と思いたいけど、酒なんて一滴も口にしてないから違うだろう。
きっと薄着のせいだ。
それはあると思う。アンジュさんみたいなモデル体型の魅力的な人が露出狂やってたら、そりゃ本能が反応してしまう。そうだ、薄着で酔っぱらった女の人が目の前にいるというこの状況が良くないのだ。
「あたしはさ、みんなとまた旅をしてさ、魔王ぶったおしてさ、ゲームクリアしてさ、愛する娘と再会してさ、娘と二人で泣き合って、本当うれしかった。病んでた肺の調子もみるみる回復して、いろいろ辛いこともあるけど、現実を生きれるようになった。……本当、ありがとうよ。あんたがいなかったら、あたしはずっと転生者狩りを続けていたと思うから」
「よかったですね」
「ああ。まなかにも、あらためてお礼を言いたいけど、今どこにいるか知ってる? 探してない時には現れるのに、探しても全然みつからなくて」
「俺は、このまえ会いましたよ」
「あら、元気だった?」
「家を吹き飛ばされました」
「あはは、元気すぎでしょそれ」
「…………」
「まじ?」
「まじっす」
「何やらかしたの?」
「ちょっと怒らせただけですよ。大したことないやつです」
ひきこもった挙句に暴言吐いてエンジェルなんとかで大爆発ってだけだが、アンジュさんには伝えないでおこう。
ひきこもりの理由をたずねられたら、きっと真実を伝えなきゃいけなくなってしまうからだ。すなわち、アンジュさんがやらかした罪をかぶって数年間の強制ボランティア生活をしていたことを言わなきゃいけなくなってしまうから。
「……あたしのせいかな」
「いえ、まったく、そんなことないですよ」
今は山賊から足を洗って、再びこの世界に戻り、宝物庫を守るという立派な務めを果たしているのだから、かつての悪事を蒸し返し過ぎることもないだろう。
「……まったく、優しすぎだな」
その言葉で、俺は満たされたから、この話はここでぶった切ろう。
俺は周囲を見回して別の話題を探す。
ごつごつした岩の壁が囲んでいて、その壁が、一か所だけ平らにならされていて、そこに大きな絵が飾ってあった。
ふと、その絵が気になった。
前列に六人、後列に五人が描かれている。
合計十一人だが、男女比率としては、男が五人、女が六人で、この絵だけ見ると、浜辺かジャングルで水着パーティを開いているようにしか見えない。
なぜなら前列のみんなはアンジュさんと同等かそれ以上に肌の露出が多く、男たちに関しては、むきむきの肉体を惜しげもなく見せつけているからだ。
前列の左から二番目の男だけちゃんと服を着ていて、首にマフラー的なものを巻いていたので、妙に目立った。
酔いつぶれて眠るボーラさんをよけて絵に近づいてみると、アンジュさんが解説してくれた。
「前列に描かれてるあたし以外の五人が、あたしの自慢のパーティメンバーさ。面白いやつらだったよ。左の二人のイケメンは元海賊でね、弓使いの八幡丸と動物使いの八重垣丸だね」
「たしかに、この人は弓をもってますけど、こっちの人に動物要素はないような……あっ、首に何か巻いてると思ったらヘビ巻いてますね。マフラーじゃないのか」
「動物使いの八重くんか。バトルはめっちゃ弱かったんだけど、情報収集に長けてたから何度も助けられたよ。ただ八重くんが本気出せば、本当はあたしらの誰よりも強い。毒のある動物とかウサギより大きな動物は使わないっていう縛りプレイをしていたからね」
「縛りプレイとかクソ迷惑なやつですね」
「そう言ってやるなって。彼の貢献度はあたしなんかより上だったよ」
「右の三人は……ってあれ?」
俺は、アンジュさんの右側に描かれている前列の三人組のなかに、知っている顔を見つけてしまった。
ツンツン頭、左肩にだけ装着された鎧、納められた刀、不敵な笑い。どう見てもそれは……。
「やっぱ右側にパワーを感じるよね。そう、右にいるやつらがウチの主力メンバーさ。さっきの二人は、どちらかといえばサポートメンバー。武器や道具の製造強化とメンテナンスを八幡くんが担当、情報収集と敵のかく乱を八重くんが担当してくれた。残りの四人が戦闘を担当。なかでもあたしの右隣にいるいけ好かない女……を挟んで向こうにいる男がうちで最強の男さ」
「なんか、八雲丸さんの周囲に、女の子がめっちゃ集中してますね」
そう、絵の中のひときわカッコつけてる人は八雲丸さんだ。次期大勇者と言われる水銀等級の剣士、八雲丸さん。いつぞやの闘技場でフリースに勝利した男である。
「ほんとにね、女はみんな彼についていきたがる。競争率やたら高くてさ、そのくせ仲間には手ぇださないっていう堅物でさぁ、戦闘だけじゃなくてソッチのほうでも防御力が高い殿方だった」
「と、殿方」
「あ? 悪いかい? あたしが男に惚れたらいけないって? バツイチだからかい?」
「うーん、ナイフ二刀流かまえるのをやめていただきたい。俺はハンバーグじゃないぞ。酒が入ってる状況では冗談じゃ済まなくなる可能性がある」
「っていうか! あんた八雲様を知ってるのかい!」
「さ、様っ?」
「あ? なんか文句ある?」
「いえ、ちょっとアンジュさんの口から殿方だの様だのって言葉が出てきたのが、あまりにも意外だっただけですけど……八雲丸さんはアンジュさんの仲間だったんですね」
「昔からの仲間だったわけじゃないけどね、八重くんが助っ人にって連れてきてくれて、そのまま仲間になったのさ」
「強いですもんね」
「ただ聞いとくれよ、八雲様ったら、その頃からすでに女連れでさ。みてくれ、この後ろで八雲様と同じポーズとって調子に乗ってるちんちくりん」
八雲丸さんの後ろにいたのは桃色ブラウスの幼女である。しかし、どこかで見たような……。
「あっ、プラムさん?」
「あら知ってるの? このクソガキときたら、あたしが八雲様に手を出そうとするといつもガードしてきて生意気だった。あたしに対抗して二刀流とか始めるし」
なるほど、プラムさんの二刀流はアンジュさんが切っ掛けになっていたのか。言われてみると、身のこなしとか、少し似ている気がする。絵の中の前列パーティメンバーのような服の露出癖が似なくて本当に良かった。
「この八雲丸さんの両側にいる美しい女性二人は……」
「あぁ、いちばん端っこがナディア。昔からの仲間だったんだけどね……」
「何か問題でも?」
「回復術に長けてたけど、八雲様がきてから、いつも八雲様にばっか手厚く術をかけて、あたしが瀕死でも無視してくる女に成り下がった」
「こっちの一番かわいくて、誰より布面積が薄いエロそうな人は」
「八雲様がフォースバレーの遊郭とやらで拾ってきたハクスイっていう女さ。攻撃魔法が大勇者級でね、尋常じゃない強力さで、あたしより強かった。ただ……」
「ただ?」
「あたしが前線で戦ってるってのに、あたしを巻き込むのもお構いなしに極大魔法ぶちこむ悪女だった」
うーん、チームがバラバラじゃねえか。
「ていうか、ラック、あんたいまさ、さりげなく一番かわいいとか言わなかった? あたしが目の前にいるのに」
「いやっ、アンジュさんは一番の美人です」
と、言っておこう。実際には、一番むかし好きだった人に似ている、だけども。
「あらそう」
「でも、なんでそんなに二人から攻撃されてたんです?」
「前衛だったからだろうね。スキル振りの都合でさ、八雲様が背中をあずけてくれたのがあたしだったから嫉妬されてたのかも。ほんと、最悪な連中だったよ」
そう言うアンジュさんは、言葉とは裏腹に何故だか嬉しそうだった。
男の奪い合いも含めて、いい思い出なのだろう。
うらやましいぜ八雲丸さん、モテモテ主人公属性があるなんて。俺なんか年上の女から次々にひどい仕打ちを受けた挙句、レヴィアにキープされている状態だというのに。
もしも俺が八雲丸さんと同じように絵の中の三人の美女に薄着で誘惑されたら、アンジュさんにもナディアさんにもハクスイさんにもうっかりメロメロになってしまうだろう。プラムさんは、この頃はちょっと幼すぎだから別だけども。
「ともかくね、ラック。普通のザコスライムとの戦いだって、あたしたち三人の鍔迫り合いの場だったのさ。おかげで、あたしたちは戦いの中で強くなっていった。魔王どころじゃない、大魔王とさえ戦えるくらいのパーティに仕上がっていったわけよ」
「そして、魔王に勝ったんですね」
「ああ。しかも大魔王に」
「それはすごい!」
「だから大事な仲間なのさ。あたしは、やつらが戻ってきて、やつらが置いていった後ろの列にいるやつらを一人残らず迎えにくるまで、このザイデンシュトラーゼン城を守り続けてみせるよ」