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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝
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第108話 ザイデンシュトラーゼン城(2/11)

「織原……じゃなかった、ラックって呼ばないとだったな……。ラックは、あたしに復讐しに来たってわけじゃないんだろう? 何をしに来たのか、きかせてくれないか。うちに来なよ」


 穴だらけの岩場と、その上の薄汚れた建物を背景に、アンジュは笑顔を見せたのだった。


 要するに、俺たち一行はアンジュの家に招かれたというわけなのだが、そこでフリースが虚空に文字を書いた。


 ――またまた新しい女?

 ――ラックは本当に忙しい人だね。


 フリースは、怒りを通り越して呆れているようだった。


 別に俺が誰と仲良くしようがフリースには関係ないし、フリースに何を言われたってちょっと傷つきはするけど、どうってことないのだが、


「そうですね。最低です。何人おんながいるんですか」


 などとレヴィアに言われるのは、あまりにも耐えがたく、


「待ってくれ、違うんだ。アンジュさんは俺をだまして服を脱がせてきた女なんだ」


 この申し開きがよくなかった。


「あらあら、脱がした後、何をやったんだい?」と(あお)り大好きボーラさん。


 誤解を招く言い方はやめていただきたい。ここにはレヴィアもいるんだぞ。


「あはは、貧相だったねぇ」


 それは腹筋とか背筋とかのことを言っているんだよね、アンジュさん。俺には通じるけど他の女性陣は誤解しかねない発言だぞ。


「ほんと最低だわラックは」とボーラさん。

 ――最低すぎ。とフリース。

 言ってやったとばかりにニヤニヤするアンジュさん。


 レヴィア一人が首をかしげていたが、フリースが二人にしかわからない文章で説明をすると、彼女は、普段は白い顔を真っ赤に爆発させて、


「さ、最低ッ!」


 そんな叫びが俺の耳とか胸とかにザックリと突き刺さったのだった。


 一体どんな説明をしたんだよ、フリースちゃん。


  ★


 アンジュさんの暮らしている場所。


 それは岩の上に建つ、くすんだ建物そのものだった。


 アンジュさんの部屋は建物の上層にある。最上階ではなかったけれど下をみたら足がすくむような高さにあった。かなり高い。


 遠く北東をみると、ザイデンシュトラーゼンの城壁内側が見えて、その向こうにネオジュークの黒い富士が荘厳である。


 壁さえなければ、俺の辿ってきた旅路、ホクキオ、サウスサガヤ、ハイエンジ、カナノ、ネオジューク一帯が一望できる地形ではあるが、残念ながら高い壁が邪魔で黒富士の上の方くらいしか見えないのだった。


 さて、俺たちはこの建物の上にトッピングされている桃形の宝物庫を目指しているため、一瞬でほぼ目的地に到着できたことになる。


 これが意味するのは、「案内してやるよ」と豪語していたボーラさんは必要なかったんじゃないのってことだ。


 事実、ボーラさんは自分で、「案内いらなかったね」と苦笑いしていた。


 しかしまぁ、役に立たなかったからといって責めるのは何か違うだろう。なぜなら、「俺のほうが役立たずだ!」と自信をもって言えるからだ。ここは、微妙にインパクトのあることを言って話題を変えてやろう。


「それにしても、いかにもアンジュさんの部屋って感じだな。ワイルドというか、雑というか」


 本人がいないのをいいことに、言いたい放題に言ってしまった。


 褐色のアンジュさんは、俺たちを部屋に案内するなり、「ちょっと待ってて、準備してくるから」などと言って出て行ってしまったからな。


「きらいじゃないです」とレヴィア。


「そうか。気が合うな、俺もだ」


 アンジュさんの部屋の中はワイルドオブワイルドで、岩石感が全開の尋常じゃない部屋だった。


 岩石の床と壁、暗い色の木製テーブルに丸太の椅子。明かりは炎を使っているので少し薄暗い。部屋のあちこちに緑色の植物が雑に置かれ、そこはかとないジャングル感を醸し出している。


 しかもこれ、よく観察してみると、普通の部屋に岩を持ち込んで、さしこんで、組み上げて、そのように改造(リフォーム)しているじゃないか。よほど岩場暮らしが気に入っているんだな……。


「ああ、なんだか懐かしい」と俺は呟く。


 なにせ、ホクキオ付近の峠にあったアンジュさんの隠れ家は、ゴツゴツした岩場そのものだったし、十年前に俺を眠らせた小屋も、すきま風が入ってくるようなボロさだったからな。暮らしが変わって良い部屋に住むようになったかと思ったけど、本質的なところは変わっていない。


 唯一変わっているのは、壁面の一部が平面になっていて、そこに大きな絵が飾られていることだ。


 十人、いや十一人が武器をかかげながら笑顔で描かれたもので、右下には英語の筆記体で「manaka」とサインが刻まれている。どういうわけか、これは大勇者まなかの絵のようだ。


 芸術家ボーラさんは、部屋に入るなり、ずっとその絵に釘付けになっていた。


 さて、褐色のアンジュさんが戻ってきたのだが、彼女は戻ってくる時に、男を二人連れてきていた。


 ザイデンシュトラーゼン城の跳ね橋近くで、おばあちゃんを襲った裸賊に跳ね飛ばされていた部下の男ふたりである。


 生きてたんだな。ていうか、だいぶ派手に飛ばされたわりには何事もなかったかのようにピンピンしている。


「アンジュさーん、テーブルもう一個もってきましょうかぁ!」

 と大声で叫びながら大皿に()った肉まみれの豪快料理を運んできた男と、


「うぃっす! みなさんの中で、飲めない人はいらっしゃいますか?」

 巨大な酒樽を持ってきたやせ型の男。


「酒か……」


 俺は飲める年齢だし、ボーラさんやアンジュさんは年上だ。フリースは見た目は幼いけど、夢で見た感じだと数百年は生きているだろう。レヴィアは……。レヴィアは、どうなんだろう?


「レヴィアって、いくつなんだ? まだ酒は飲めないよな」


「え、飲めますけど」


「え、いくつなの?」


「んー、ラックさんは、いくつでしたっけ?」


「転生者だから肉体的には二十三だけど。マリーノーツ生活を足すと三十三になるかなぁ」


()()()、私は二十二です。一個上だったんですね、ラックさん」


 え、なんだこれ、すごい嘘っぽい。わかりやすすぎるんだけど、まさかレヴィアまで年上だとでもいうのか。それはさすがに耐えがたいぞ。


 年上の女は俺に苦痛ばかりをくれる。レヴィアだけが清涼剤なんだ。


 いやいや待て待て、落ち着いて考えろ、レヴィアちゃんが年上と決めつけるのは早計だ。酒を飲みたいがために逆に成人だと偽ってる可能性がある。


 俺はどうしても、その可能性に賭けたい!


 だからこれ以上年齢の話題もやめよう。


「これは何の肉なんだ?」と俺。


 机に皿を並べていた男が答える。


「左からモコモコヤギ、ラピッドラビット、ムレイノシシ、アカクチバシ鳥、ですね。アンジュさんは肉料理しかできない人なので」


 ヤギ、ウサギ、豚、鳥か。


「祭りが近いってのに、よくラピッドラビットが手に入ったな。あのウサギは、祭りや休日になるとスピードと価格が上がるって話だからな」


 俺がツウぶって言うと、男が親指を立てて答える。


「冷凍っす!」


「そういうのは言わなくていいんだよ!」とすかさずアンジュさん。


「すんません、アンジュさん!」


 続いて、俺は痩せた男のほうに向きなおる。


「これは、何の酒なんだ?」と俺。


 大木のように太い酒樽をどどんと置いた痩せ男は答える。


「うぃっす! マリーノーツ特産のマツモロコシなる木の実を発酵・蒸留させて作った酒っす! 白衣を(まと)った日の巫女の名前をとって、エリザシェリーと名づけられてうぃっす。香りの高さと甘く上品な口当たりなのですが、破壊力は抜群! しかも飲みやすいので皆のみすぎる! 現在、多くの町で禁止されているっす」


 要するに、やばい酒なんだな。


「アルコール度数は?」


「うぃっす! 金等級(ゴールド)っす!」


 よくわからんが、かなり危険な酒っぽい。


 そして机を運んできて、料理を並べ終えた屈強そうな男は言う。


「では我々はこれで!」


 続いて酒樽を置いた痩せた男がアンジュさんに向ってガッツポーズをして、


「アンジュさん、ごゆっくりお楽しみください! 何かあれば呼んでくださいっす!」


 二人はバタバタと去っていった。


「あの、アンジュさん。あの二人とは、どういう関係で……」


「うん? あたしの仲間さ。一緒に魔王を討伐した仲間がいてね、その手下だったのさ。あたしらが魔王討伐で消えちゃった後に不良化してたから引き取ったのよ」


 どういうことだろう?


 首をかしげていると、アンジュさんは理解力のない俺に対し、少し怒りを覚えたようだ。やや険しい口調で言う。


「だからさ、転生者ってのは魔王倒すと消えるでしょ? あたしは一度消えて、この世界に戻ってきた時には、おとなしくて可愛かった仲間の部下二人が暴徒化してたのよ。そこで、いつかあたしが冒険者まなかにされたように、散らばってた連中を説教して仲間にしていったの。あたしと一緒にここを守ってる連中は、みんな魔王討伐メンバーの関係者さ」


「それって……まさかクリアしたってことですか?」


「あん? まさかとは何よ」


「いや、特に深い意味は……」


 アンジュさんは、慌てる俺を見てひと笑いすると、「さーて」とか言いながら腕まくりジェスチャーをした。だが、もともと露出だらけの山賊服に袖なんて無い。なんとなーく雰囲気を出すための動作だろう。


 続いて、腰から抜いたナイフ二本を樽にぶっ刺して、豪快に酒のフタをあけた。


 液体がゆらゆらと揺れて、きらきら光を反射していた。


柄杓(ひしゃく)はどこかなっと……お、あったあった」


 木製の柄杓を差し入れ、透明なグラスに注ぐと、琥珀(こはく)色の液体が揺れていた。


「アンジュさん、今度は眠くなるクスリとか、入れないでくださいよ?」


「あんたさては根に持つタイプだね?」


 何言ってんだ、忘れろって方が無理な話だろう。


 俺は次々に渡されるグラスを、フリース、ボーラさん、レヴィアの順に手渡した。


 いざ、乾杯の時。


「さあ、グラスは行き渡ったね?」


 俺が「ああ」と答え、続いて、


「ええ」ボーラさん。

「……」フリース。

「はい」レヴィア


 三者三様のイエスが返され、アンジュさんがグラスをかかげる。


 岩場の壁で炎が揺れ、テーブルには肉肉肉。丸太の椅子に座って家主の言葉を待つ。


「乾杯!」


「カンパーイ!」と俺が言う。

「乾杯!」とボーラさん。

「か、かんぱーい?」レヴィアは戸惑いながらも俺の真似をした。


 フリース以外の三人が声で応え、フリースも文字で返事をし、みんなでグラスを打ち鳴らした。


「さあ、食いな!」


「いただきます!」


 思えば、ティーアさんのところでは飢えた人たちに気を遣って、あまり食事をとってなかった。俺たちはここぞとばかりに、野蛮とも言える勢いで、肉やハムたちにかぶりついたのだった。


 アンジュさんはその様子を、まるで母親みたいな目で嬉しそうに見つめていた。




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