表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝
107/334

第107話 ザイデンシュトラーゼン城(1/11)

 水が張られた深く広いお堀と、雲まで届きそうな高い石の塀。


 均等な大きさにカットされた石たちは、ぴったり隙間なく積まれ、接着されていて、とても登って侵入することなどできなさそうである。壁を登ろうにも指を引っかける隙もない。


 逆に大きめの吸盤とかがあったら登れそうなほど、綺麗に積まれた石の砦だった。


 この堅牢な壁に囲われたザイデンシュトラーゼンという城郭都市に近づくと、縦に細長い出入り口と、木製の跳ね橋があるのが見えた。


 跳ね橋はおりていて、渡れるようになっていたが、その跳ね橋のまえで露出の多い山賊風の褐色女が警備していた。


 女は前かがみになり、よろよろ渡ろうとする老婆の耳元で、大きめの声で語り掛ける。


「おばあちゃん、大丈夫? どっから来たの?」


 女の心配そうな声が少し離れたここまで届いた。


「わたしはハイエンジ南に住んでいましてね、以前こちらで働いていたのですが、ごらんの通り、もう先は長くない。お迎えがくる前に、もう一度ザイデンシュトラーゼンの宝物(たからもの)をこの目で見たいと思いまして、来ましたのね」


「歩いてかい? そりゃ大変だったでしょう」


「いいえ、親切な運送屋さんに、すぐそこまで乗せてもらいましたから。……それよりも治安が悪いと聞いているんですが、大丈夫ですかねぇ」


「大丈夫、あたしが安全なところまで案内するので、安心してください」


 てな感じで、足元のおぼつかない老婆が、露出の多い服を着た山賊風の女に絡まれていた。


 というか、俺は、その山賊風の女のことを知っていた。


 きりっとした顔つき、健康的な褐色の肌、露出狂ばりの布面積の少ない服。かがむと谷間が強調される大きな胸と、細い腰、形の良いお尻。すらりと伸びた背筋、しなやかな立ち姿。


 忘れもしない。その女が、転生したての俺にやらかした狼藉の数々。


 飲み物に睡眠薬を混ぜてパンツ一枚にしたうえ、モコモコヤギ盗難の罪を俺になすりつけた女!


 十年間のひきこもり生活の原因をつくった山賊女!


 俺が現実世界で好きだった七歳年上の女の人に似ている年上の女!


 ゲーム内時間にしておよそ十年ぶりに会う女!


 その名もアンジュ!


 アンジュは、転びそうになった老婆に手を差し伸べ、抱き留め、「よろしければ荷物をお持ちしましょうか」などと言っている。


 老婆は、「それじゃあ……」と言って、荷物を預けようとした。


 これはまずい。老婆の荷物が危険だ。


 あの山賊アンジュのことだ。性懲りもなく小さな悪事を働いていてもおかしくない。


 荷物を持ってやるフリをして高笑いしながら持ち逃げする映像が脳裏に浮かび上がった。


「ちょっとまったァ!」


 俺は誰に相談するまでもなく飛び出していた。


 山賊アンジュの蛮行を未然に防ぐためである!


「ん?」と喉を鳴らして振り返ったアンジュに俺は言ってやる。


「最低っすよ、アンジュさん! お年寄りから荷物を奪おうとするなんて、絶対に許されない!」


「あん? あんた、えっと……織原久遠……」


「俺を知ってるってことは、やっぱりアンジュさんだ。まだ悪い山賊やってたんですね!」


「はぁ? あたしは、おばあちゃんの手助けをと……」


 アンジュは優し気な視線を老婆に送ったが、老婆は俺の言葉を受けてすっかり不信感をあらわにしている。荷物をギュッと抱えて膝をがくがく震わせていた。


「ちがう、ちがうんだおばあちゃん。あたしは良いことをしようと」


「どの口が言うんですか! 俺に全ての罪をなすりつけた後、こんなところに拠点を移して山賊稼業を続けていたんですね!」


 老婆は、ヒィと言って、跳ね橋をよろよろと走って渡り、ザイデンシュトラーゼン城の内部に入っていった。


「アァッ! あんたのせいで、おばあちゃん逃げたじゃないのさ! 追わなきゃ」


「待ってください! アンジュさんの軽犯罪を見逃すわけにはいきません!」


 俺は彼女の腕を掴んだ。


「ちょ、離しな! 話はあとだ! 本当におばあちゃんが危ないんだよ!」


 アンジュが俺の手を振りほどいて走り、跳ね橋を渡り切ったところで老婆を捕まえた。


 それを見てすぐに、足下が動き出した。どうやら、跳ね橋が上がりはじめているようだ。


 俺たちの侵入を防ごうというつもりかもしれない。


 ならば、と俺も追いかけて橋を渡ろうとする。白いフリース、青いレヴィア、黒いボーラも氷力車ごとついてきた。バタバタしながら四人、ザイデンシュトラーゼン城内に足を踏み入れる。


 足元は柔らかい木から硬い石畳に変わり、目の前の岩山には、岩肌をくりぬいて作ったようないくつもの住居穴と、その頂上に、巨大な玉ねぎ型の黄金を載せた薄汚れた建物があるのが見えた。


 あれがボーラさんの言っていた桃の形をした宝物庫ってやつかもしれない。


 俺たちが何とか渡り切ったところで、跳ね橋が上がり、ごごんと頭上で音がした。間に合った。背後にあった石造りの壁にあいていた縦長の穴をピッタリふさいで、何も通さない壁のようになったのだ。


 そこで頭上の少し離れたところから、男の声がした。


「すみませんアンジュさん! 怪しい四人組の侵入を防げませんでしたァ!」

「アンジュ(ねえ)さん! いつもの盗賊が来ます! 戦闘準備してください!」


 慌ただしい謝罪と敵襲報告。


 アンジュさんはナイフ二刀流になり、身構えた。


 あまりの急展開に、何が起きているのかわからず。どちらが敵で、どちらが味方なのか判断がつかなかったから、何をすることもできない。


 というのも、アンジュさんとそのお仲間二人が、ともに山賊風の格好をしていたし、それと敵対する連中、突然岩場から湧いてきて十人くらいで襲い掛かってきた連中も上半身裸の盗賊ルックだったからである。


 早い話が、この戦いが、悪い賊同士の抗争にしか見えないと、そういうことである。


 アンジュ以外は全員初対面。見分けがつかない上に、俺には何らの戦闘力もないため、きょろきょろと戦いを眺めているしかなかった。


「うらああぁ!」


 血走った目の裸族たちが、アンジュの部下二名を一瞬のうちに蹴散らし、四人くらいで老婆に襲い掛かった。


 アンジュを倒そうという雰囲気ではない。あくまでアンジュを五人くらいで足止めして、老婆から荷物なり服なりをはぎ取ろうとしている動きに見えた。


「アンジュさん、これは?」と戸惑う俺に、


「見てないで助けて! おばあちゃんを守って!」アンジュが叫んだ。


「フリース! 頼む!」


 青い服は無言を返したが、次の瞬間には、老婆の服に手をかけていた上半身裸族の男の手が凍り付いた。


「ヒェッ……」悲鳴とともに汚い手が離れた。


 その隙を逃さずボーラさんが老婆をかばうように前に出て、素早い身のこなしでレヴィアが老婆の荷物を確保した。


 アンジュが「フレイムストーム!」という上位炎魔法で裸族集団五人を平らげて五つの昼の流星を発生させた頃には、裸族たちは「クソッ、撤収!」という声とともに岩場の中に消えていった。


「アンジュさん、何なんです、今の……」


「盗賊たちさ。あたしは今、盗賊どもから宝物を守る役目を果たしているんだよ」


「あ、それは……なんか疑ってスミマセン」


 そしたらアンジュさんは、年上の女らしくフッと笑った。


「いいよ別に。織原久遠……って呼んじゃいけないんだっけ? なんて呼べばいいんだっけ?」


「ラックです」


「そう、ラックには、昔、ひどいことをしたからね。だからいいさ。許すよ」


 まるで、これでチャラよねと言うような口調だったが、俺が受けた仕打ちとは絶対につり合わないからな。


 ふと、「あの~」と老婆の声。


「どうも助けて下さり有難うございました」


 アンジュさんは、老婆に微笑みかけ、あくまで優しく、母親が子供に語り掛けるように優しく言った。


「こっちこそゴメンなさい。不安にさせてしまって……」


 アンジュさんが素直に頭を下げる姿を見て、俺はあまりの新鮮さに驚いた。


「やべえ、アンジュさんがアンジュさんじゃないみたいだ」


「どういう意味かな?」


 両手にナイフを構えるのをやめていただきたい。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ