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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第五章 飢える賊軍の地
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第105話 ナンバンの遺跡へ(3/4)

 ボーラさんのアトリエ廃墟に乱入してきたのは、白銀のねぐせ頭のフリースだった。


 青い服をはためかせて早歩きで近づいてきた彼女は、控えめに言ってブチギレていた。


 つぎつぎに荒ぶる氷文字を繰り出して怒りを表現してくる。


 ごろんごろんと氷の塊が石の床を叩きまくる。


 ――ふつうさぁ、寝ている女の子を放置して行く男いる?

 ――ねえ!

 ――答えろラック!

 ――それで?

 ――は?

 ――なに? 

 ――あたしを放置して絵なんぞ描いてもらったわけ?

 ――しかも、レヴィアとふたり?

 ――あたし抜きの絵ってことだよね?

 ――どうして?


「あっ、いやぁ……これは、ちがくて……」


 ――違う?

 ――あたしは仲間とは違うってこと?

 ――命の恩人さまに対して、その態度はどうなの?


 怒りのフリースに俺は焦って、


「ちょ、ちょっとボーラさん、ここにフリースを描き足してやってくれな――」


 俺が絵を指差しながら言いかけたとき、絵の中の俺は、無言娘の氷の刃によって一刀両断された。指も浅く切れた。幸せそうなレヴィアだけが手元に残った。


 俺は一瞬言葉を失い、すぐに絵が斬られたことに気付いて叫ぶ。


「ぁああああああああああッ! なんてことを!」


 ――描き足すって何よ、描き足すって。なめてんの?


 グジグジと、斬られて落ちた絵の中の俺を踏みつける白い素足。


「フリースゥ!」


 俺は怒り、涙目で(こぶし)を握る。それをレヴィアが「やめてください」と止めてきた。


「止めるなレヴィア! フリースは今、やってはいけないことをやった! 描いてもらったばかりの絵を切り裂くなど! 絶対に許すわけにはいかない!」


「あんた、ハイエンジであたしが描いた絵を一瞬で破ってたけどな」とボーラさん。


「あぁっとォ、それはそれ、これはこれだぜ」


「ひどい男」ボーラさんはあきれ顔。


 フリースは、黒ずくめの絵描き女に視線を送り、続けて怒りの瞳を俺に向けた。


 ――ていうか、また新しい女か!


 そう言って、空中に氷のハンマーを生み出した。小さなハンマーだった。


 しかし、俺の怒りはそんな小さなハンマーでは叩くことはできない!


「はッ! この程度で俺が止まるとでも?」


 ――ん? なに勘違いしてんの?

 ――ばかなの?

 ――放置されたあたしの怒りが、こんなもんなはずないでしょ?


 フリースがそう言った後、頭上のハンマーがみるみるうちに巨大化していくのが目に入った。


 最初の五倍、いや十倍以上には膨れ上がっている。


 あんなトンデモない質量の氷の塊が頭に落ちたら……。


「え、ちょ、ごめん。まって、これは死ぬ」


 ――いまさら謝ったって遅いから!


 そして、勢いよく、ハンマーが振り下ろされる。


 が、そのハンマーが俺の頭を叩き潰して残りHPを消し飛ばす前に、絵描き女の足が俺の胴体にめり込んだ。


「ぐぁっ!」


 氷は地面に落ちて割れ、俺は蹴りの衝撃で盛大にふっ飛んで尻餅をついた。


「あたしの家で暴れるな!」


 ボーラさんに命を救われてしまった。


  ★


「あんたにスパッと切ってもらってスッキリしたよ」


 そう言って、絵描きはフリースの手を握った。


 戸惑うフリースは握られていないほうの手で文字を描き、不思議そうにたずねる。


 ――あなたの描いた絵じゃないの?


「そうだけどさ、頼まれて描いた望まない絵さ。レヴィアの本質からは程遠い上に、レヴィアとクズ野郎が二人きりで並んでる絵なんてねぇ……描いてしまった数分前の自分に腹が立つわ」


 ――そう……ならいいけど。


 何はともあれ、ボーラさんのおかげで、なんとかフリースも落ち着いてくれたのだった。


 その後、レヴィアは絵のモデルの準備のために着替えに行き、フリースは着替えの手伝いをすると言ってレヴィアを捕まえて廃墟の二階に上がっていったので、俺はボーラさんと二人きりになった。


 そこで、目的地の情報をもう少し詳しく聞いてみることにした。


「ボーラさん、そのザイデンなんとかっていう城は――」


「ザイデンシュトラーゼン城ね」


「ええ、そのカッコイイ名前のお城は、どんなところですか?」


 ボーラさんは、丸太のうえに腰掛け、絵の具の黒と黒を混ぜながら、俺の質問に答えてくれた。


「まず、城といっても、のどかな田舎町みたいなもんさ。あんたの想像してるような規模のものじゃない。はるか昔に、塀で囲ってあるところを城と呼んだ名残でね、洒落た建物があるわけじゃないんだ。巨大建築ではあるけど無骨なもんで城ってイメージじゃないね、宝物倉庫なんか巨大な桃だし」


「桃……ですか?」


「そう、桃がね、象徴的にズドーンと建物の上にのってて……」


「まさに桃源郷みたいな感じですか?」


「いや全然だってば。中途半端な巨石がゴロゴロしてる石畳の街さ。でも、そうだね……言われてみれば、昔は桃源郷(ユートピア)とまではいかないながらも、とても治安が良い所だった。ところが最近は悪い奴らが流入してね」


「悪い奴ら?」


「あんたらを襲った裸族さ」


「裸族って……たしかに上半身裸だったけども……」


「お宝狙いの盗賊連中(ごろつき)ってやつだね。やつらの最低なところは、文化的な価値ってやつをわかってないところさ。奪い取ったお宝を使うでもなく愛でるでもなく、乱雑に切り取って売り払う。金目のものを盗んで、それをパンや肉に変えるのさ」


「悪いやつらですね」


「薬草の転売業も似たようなもんだけどね」


「うぐっ……」


 この人は、どこまで知っているのだろう。俺が薬草(ラスエリ)転売で一儲けを試みて失敗した過去も、どうやらご存知のようである。


「あたしがきいた話だとね、転生者のナントカってやつが警備団を組織して守るようになったおかげで、前よりマシにはなったらしいよ。ただ、その前に宝物庫からかなりのお宝が奪われたって話さ」


「ひどい話ですね」


「そうね。今では宝物庫の防御が整ったからネズミ一匹通してないって噂だけど、そしたら今度は金儲けの手段を失った盗賊どもが腹を減らして、人間とみるや見境なく襲い掛かるようになっちまったわけ。すっかり治安がゴミのようになって、困ったもんだよね」


「じゃあ食べ物をあげれば、盗賊もおとなしくなるんじゃ……」


「それはだめ」


「なぜです?」


「猛獣にエサをやるみたいなもんだ。暴れればエサをもらえると感じた途端に、腹が減るたびに暴れるようになって、暴力がエスカレートしていく。ヒトの本来の属性は、獣と同じ闇属性なんだよ」


「そんなこと……無いと思いますけど」


 するとボーラさんは呆れたように溜息を吐いた。


「オリハラクオン、いいかげん現実をみたらどうだい? レヴィアのこともそうだけども、生き物ってやつはそんな綺麗なもんじゃないんだ。人間なんて、ひとかわむけば皆ケモノさ」


「…………」


 俺は黙り込んでしまった。


  ★


 ボーラさんの描き上げたレヴィアの絵は前回と同じような黒地に黒い絵が描かれた黒く禍々しいものであり、俺の知っているレヴィアの姿ではなかった。しかも、今回は獣の絵ですらない。


 渦巻き。黒い背景に黒いぐるぐるが渦巻いている。


 たしかに、レヴィアには暗黒がとぐろを巻いてるような部分があると思う。だけど、暗黒じゃない面もあるじゃないか。


 レヴィアは父親のことが好きだと言っていた。きっと父親のために優しくなることだって出来るはずだ。


 嘘をついたことを謝りながら泣いたこともあった。


 茶店で黒い机にクリームを押し付けて舐めろと言ってきたときも、彼女なりの善意だった。やり方は不器用でも、俺に分けてくれようとしていた。


 人にパンを与えたことだってある!


 ちゃんと光をもってる。こんな真っ暗闇なキャンバスに真っ黒で描かれるような女の子じゃないんだ。


「ボーラさんは、レヴィアのこと全然わかってないと思います」


「困ったね。人間は、見たいようにしかモノを見ないからね」


 それは、お互い様なんじゃないかと思うけれど、とにかく俺はレヴィアのことを絶対に信じたい。


 俺の好きになった女の子が、わずか一点の光明もない暗黒少女だなんて、そんな風に決めつけられるのは悲しすぎるじゃないか。


「フリースは、この絵を見てどう思う?」


 ボーラさんと二人で争っていてもラチがあかないので、第三者に意見を求めてみると、


 ――よく本質をとらえた絵だと思うよ。

 ――でも、この世界に生まれた者は、本質からまるごと変わることができる。


「んーと……結局、それっていうのは俺とボーラさんのどっちに賛成なんだ」


 ――どっちでもいいよ、そんなの。


「ま、とりあえず、レヴィアがあたしの絵を気に入ってる以上、あたしの絵には文句は言わせないからね」


 ボーラさんの言うとおり、レヴィアは渦巻きの絵を恍惚(こうこつ)の表情で見つめていた。




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