第103話 ナンバンの遺跡へ(1/4)
いざ、解呪の秘宝を手に入れる旅へ。
ナンバンの城とやらへ。
反乱賊軍の勢力範囲を抜け、人力車ならぬ氷力車で南西へと向かう途中、フリースが「眠い」と訴えてきたので、休憩することにした。
「あの岩の裏側が日陰になってるから、昼寝するといい」
するとフリースはこう書いてきた。
――ひざまくらしてくれないの?
俺のひざまくらなんてのが嬉しいんだろうか。それとも冗談なのだろうか。無表情な文字なので判断がつかない。
どうすべきなのだろう、いや、どうしたいのだろう?
俺はフリースをひざまくらしたいと思っているんだろうか。正直に言うと、ささやかな恩返しとして、やってあげたい気持ちもある。俺のヒザなんてのは、大して寝心地のいい感触ではないと思うが、フリースがそれを望むなら、ヒザを貸してやるのも全然悪くない。
だが、そんなことをしてしまって良いのだろうか?
俺が喜んで彼女にひざまくらしたがるとして、そんな景色をみて、レヴィアはどう思うだろう。
フリースへの恩返しをとるか、レヴィアへの思いをとるか、俺は――。
まごまごしていると、レヴィアが遠くから俺を呼んだ。
「あ、レヴィアが呼んでる。じゃ、フリース、また後でな」
「…………」
すっごい不満そうな雰囲気を醸し出すフリースのところを離れ、レヴィアの側に寄ると、彼女は俺の腕を引っ張り、少し遠くへと歩いた。
「おいレヴィア、あんまり遠ざかると危ないぞ。敵が襲ってきたら、フリースなしじゃ俺たちなんてあっという間に消されちまう」
やがて三階建ての廃墟の前で立ち止まると、俺の忠告なんてのはスルーして、レヴィアは自分のしたい質問をぶつけてきた。
「昨日、なにか夢をみましたか?」
「ああ、みたな」
「どんな夢です? あの青い服の女の夢とかですか?」
「ああ、青く悲しい夢だった」
こんなことをわざわざフリースから遠ざかって質問してくるってことは、昨日フリースの言った通り、あの夢を見せたのはレヴィアなのだろうか。
「ラックさん、その夢は……たぶん本当にあったことを夢に見たのかもしれません」
「そう言ってたな。フリースは否定しなかった」
レヴィアは一度深く頷いて、言うのだ。
「じゃあフリースという人は、もしかしたら悪い女かもしれないですよ。だって、いろんな血が混じってますし、悪者の血が入ってるかもしれません」
「ん? そういう考え方はよくないんじゃないか? 人間らしくない」
「なんでです?」
「人間は、生まれたところや目の色や肌の色で差別したりしないんだ」
「そんなの私の知ってる人間と違います」
「若いレヴィアには、まだわからないよ。信じることの大切さは」
なんて、かく言う俺も、まだ肉体では二十三歳だからじゅうぶんに若いんだけども。ただ、レヴィアは、もっともっと幼く見えるからな。それこそ中学生くらいの見た目をしている。
「だってラックさん、あの人、ものすっごい年上ですよ? 見た目は若めですけど、おばあちゃんみたいなものです。ラックさんは、そんなに年上が好きなんですか?」
「あのなぁレヴィア。何かとフリースと張り合おうとしてるみたいだけどなぁ、俺が好きなのはお前なんだぞ。俺のことが信じられないのか?」
「だって、広場で待ってるって言ったのに、待っててくれなかったし」
今になってもネオジュークでの事件を持ち出すか。
「いや、それはだな……護衛を探す必要があったからで」
「しかもあの女を連れてくるし」
「だ、だから、とにかく護衛が必要だったんだ。仕方ないだろ。事実、フリースには何度か命を救ってもらってる」
「なにも女の人じゃなくても」
「でも、大勇者クラスが必要だってアオイさんが言ってたから」
「アオイさんがアオイさんが……って、また年上の女の言いなりですか。本ッ当に年上が好きなんですね!」
「そんなことない。年上と一緒にいても、嫌な思いしかしてない」
「じゃあ昨日、ティーアのテントに呼び出されてましたけど、中で何してたんです?」
「別に、普通に話をしていただけだぞ」
「ハイエンジで絵描きの人に会った時も会話を楽しんでましたし、キャリーサのこともいやらしい目で見てました!」
「ちょっと目が曇ってるんじゃないか、レヴィア。曇りなき眼で見てみれば、そんな事実はどこにもないはずだ!」
「曇ってるのはラックさんの目のほうです! なんで次々に女の人と仲良くなってくんですか!」
「俺を信用してくれ」
「むりです!」
「何で」
「夢で見ませんでした? 人間が、そんなに善良な存在なわけないでしょ! 罪のない村を壊滅させた盗賊たちは、強欲で凶暴で、集団で相手をいじめて醜く笑って! ラックさんも人間なので、信用できません!」
「それは……でも、俺は違う! 人間は悪い存在じゃないんだ!」
「うそつき」と呟くように。
その言葉で、俺はカチンときた。
「あぁ? そんなこと言ったら、レヴィアだって嘘つきだ」
「私はいいんです!」
「ちょっと、さっきからヒドイんじゃないか?」
「だって、私は……私は……!」
と、互いに興奮してわけわからなくなり、周りが見えなくなっていたようである、ふと俺たちは窮地に陥っていることに気付いた。
囲まれている。
いつのまにやら逃げ場がない。
まさに夢で見た盗賊たちの下卑た笑いそのものを浮かべた連中が、レヴィアをロックオンしていたのだ。
龍の刺繍が浮かび上がる美しい白い服を着て、貴族感あふれる帽子をかぶっていたからだろうか。それともレヴィアが可愛すぎるからだろうか。あるいは両方の要素が彼らの目にとまってしまったのだろうか。
男たちは半裸であり、そのむきだしの上半身は傷だらけで歴戦感を漂わせている。
「よう、いい服着てるじゃあねえか。さては貴族だな? ちょっくらおじちゃんたちに貸してくれないかなー、なんてな」
リーダーっぽい男が言った時、取巻きたちがドッと笑いを起こした。
その笑い声が途切れるか途切れないかといった刹那に、リーダーは巨大な斧を抜き、いきなり俺に向って斬りかかってきた。横への薙ぎ払い。
「おわぁッ!」
ギリギリすぎるタイミングで飛び退き、回避できたけれども、すぐさま二撃目が振り下ろされる。
避けたところの荒れた砂地がヘコみ、砂が巻き上がる。
こんなに何回も襲撃されるなんて、やはりここは世紀末なのかな。
「女に傷はつけんなよ野郎ども。お得意様のオリジンズレガシーに女まるごと卸す予定だからよ」
まーた偽ハタアリおじいちゃんの組織がらみかよ。どんだけ闇の組織なんだ、あの引きこもり集団。
ただ、あまりに詰めが甘いというか、こんな風に黒幕の名前を軽々しく声に出してしまうなんて、教育が徹底してなさすぎると思う俺であった。
不意に、「うぉらぁ!」と後ろから声がしたと思ったら、背中に衝撃。一騎うちってわけではなくて、集団で俺を殺す気でいるらしい。
俺は倒れかけたところをリーダー男に蹴飛ばされ、仰向けになってしまった。
雲が流れる青い空を見ることになった。
逃げ回るレヴィア。
盗賊がレヴィアを追い回し、「こいつッ、すばしこい」とか、「逃げんなこら」とか悔しがっていた。
とにかく、彼女には俺を助ける余裕など全くなさそうだった。
俺は、頭を掴まれ、転がされた。
「ナンダァ? 貴族様の護衛にしちゃ、やけにザコいな、この男。ちょっとは楽しめると思ったんだが……じゃあせめて、サンドバックにしてストレス解消といくか!」
リーダー男は重たそうな斧を投げ捨てて、俺に馬乗りになった。
「うぅ……」
視界には、ヒヒヒと笑いながら両手の拳をかまえる男の姿。
「……ッ」
やばい、と思った。こんなところで本当に死んでしまう。
「フリース!」
叫んだ。けれど彼女は来なかった。声が届かなかったのだろうか、まだ眠りの世界にいるのだろうか。
「ラックさん!」
そう心配そうに声を出したのはレヴィアだ。それで隙ができたようで、ついにレヴィアも襲撃犯に捕まってしまった。
俺たちは、こんなにも弱い。弱すぎる。
「くっ、誰か……誰か! 助けてくれぇ!」
情けなくも、俺は叫んだ。
まなかさん、フリース、アオイさん、シラベールさん、ベスさん、ティーアさん、八雲丸さんに、プラムさん、アンジュさん、この際、キャリーサでもいい。だれか、誰でもいいから俺とレヴィアを助けてほしい。
「検査! 鑑定!」
苦し紛れにスキルを放ってみたけれど、「あ?」と首をかしげられた。
何も起きない。
もうだめなのか。
覚悟を決めるしかないのだろうか。
俺の旅はここで終わって、魂だけの存在になって、北のほうに飛んでいくことになるのだろうか。
魔王相手だったらまだしも、くだらない賊に殴り殺され、レヴィアはどこかに売り飛ばされる……。
そんなの絶対、ダメだろう。
「うおおおおおおおおおおお!」
抵抗してなんとかマウント状態から逃れようとしてみるも、全く動かない。鍛え方が違う。相手のほうがレベルが高い。俺のレベルじゃ全然勝てない。逆転の目があるとしたなら、それは何らかの特殊戦闘スキルなのであろうが、ご存知の通り、ない。一切ない。
「おっほほ、いいねぇ」と俺にまたがる盗賊リーダー。「必死な抵抗してるやつは、殴りがいがある」
そして、拳が振り上げられ、今にも殴られようとした時。
「なんだい、さわがしいねぇ」
頭上から、そんな声が響いた。