第102話 賊軍との別れ
見かけによらない美味な雷撃ウナギは、見かけによらない料理上手の首領ティーアさんによって手際よくサバかれ、巨大鍋いっぱいの絶品スープが完成した。
途中、我先にと群がった賊たちの行列が崩れて大混乱という出来事はあったものの、ティーアさんが「順番守らんと食わせないよ!」と恐るべき殺気で解決してくれ、三日かけて大量の栄養を一人残らず分け与えることができた。
そうして活気を取り戻した賊たちに向けて、俺は必死に語りかけた。
「絶対に攻め込んじゃいけない!」
相手が罠をはって待ち構えていて、ホイホイ攻めたら全滅させられるということを何度も何度も伝えた。
食べ物を調達してきたことで、少しは信用してもらえたようで、好戦的だった雰囲気はどんどん和らいでいった。
首領のティーア・ヴォルフさんの協力が得られたのも大きかった。
これにて食糧問題は解決、と言いたいところだったが、根本的な解決がもたらされたわけではない。
一時的な飢えが解消されただけであって、食糧倉庫が洪水で壊滅し、備蓄がない現状には変わりはないのだ。
それに、たしかにフリースの呪いには限界はなく、無限に食材を生み出せるけれど、どれだけ無尽蔵に呪われた食材を生み出せたところで、呪い抜きするための種と角は有限である。俺の手持ちが尽きたら呪い抜きが難しくなる。
賊が賊でなくなるためには、食べ物が安定的に生み出される環境が必要だ。
これ以上、飢え死にする人間を出してはいけない。それは、賊側の考えも同じだったようで、ある日、俺はティーアさんに呼び出されて本陣のテントで面会をした。
出会った時よりも健康な顔色となったダーパンに連れられて入ったテントには、ティーアさんが丸太の椅子に腰かけて待っていた。
開口一番、「話がある」と言われて、身構えたのだが、彼女はいきなり地面に膝をつき、俺ごときに対して頭を下げてきた。
背が高くて気位も高いイメージのあるティーアさんが、小さく身体を丸めてしまっている。
「我々を救ってくれて、本当にありがとう」
「あ……いや、救ったのは俺じゃなくてフリースの力ですし……顔を上げてください。頭下げるのは慣れてますけど、下げられるのは慣れないです」
「ン、そうか? 居づらくさせたのならすまない」
ティーアさんは顔を上げて、今度は、いつものように地図が広げられた机の上に腰かけた。
「それで、だ、ラック。君に頼みたいことがある」
「というと?」
「雷撃ウナギの件はとても助かったが、このままではいずれまた我々は飢えてしまうだろう。ラックなら、何が必要だと思う?」
「それは安定して食べ物を手に入れられるサイクルですね」
ティーアさんは頷いた。
「ン。わたしと同じ考えだ。今のわたしたちには交易は無理だからな」
「そう……ですね。残念ですが」
「今のわたしたちと交流したがる者は反逆者扱いされてしまうだろう。決して浅はかな考えから反乱を起こしたわけではないと自負しているが、反旗をひるがえしてしまった以上、すぐには信用してもらえないからな」
「でも、ティーアさん、この荒れ果てた地に掛けられた呪いを解く方法に心当たりがあるんですか?」
「それは、ラック。君のほうがよく知ってるんじゃないか?」
「もしかして、南西にあるという呪いを解くアイテムが欲しいと……」
「ああ、話がはやくて助かるよ。実は、わたしらも噂に聞く呪いを解く秘宝を手に入れるつもりでいた。だが根こそぎ飢え死にの危険が差し迫っていた上に、カナノの門が無防備になってたもんだから、そっちを優先してたんだよ」
「南西の城っていうのは、誰のものなんですか?」
「ナンバンの城は、今は誰のものでもないはずだ。族長だった祖父の話によると、以前は予言者のナントカって人が管理していたらしい。ただ、政変によって宝物だけが残されて、管理者がいなくなったって話だ」
「じゃあ、今も誰もいないと?」
「そう簡単じゃないんだ。けっこう人がいてゴチャっとしている。城の持ち主がいなくなっただけで、どうも宝物を守ってるヤツが残っているらしいってのと、あわよくば岩の中に隠された宝物で一獲千金を狙う盗掘者どもも街の中に多くいる。それと、一応、以前は聖地だった場所だからね。巡礼をする旅人とかも稀にいるし、旅人を狙う盗賊も出るって話だ」
不安しかない。盗掘者と盗賊が大勢いるとか、どう考えても凶悪な敵だらけ。治安が悪いじゃないか。
いくらフリースがいるとはいえ、ザコ一人と女の子二人とかいう三人組では狙われ放題なのではないだろうか。
これを解決する手段を俺は一つ知っている。それは仲間を増やすことだ。
「じゃあ、ティーアさんも一緒に行きませんか? あなたがいてくれたら、すごく心強いです」
「あなたがいてくれたら……か。君は、いつもそうやって女心をもてあそんでいるのか?」
「え、いや、決してそんなことは……」
「ン、まあいい。だが一緒に行くことはできない」
「なぜです?」
「なんというかな……レヴィアといったか、あの小さな白いヤツが近くにいると、どうも調子が出ない。不思議だ。あんなに可憐な姿をしているのに、わたしの本能が『恐怖』めいたものを感じるんだ」
「あぁ、それは、もしかしたら呪いのせいかもしれません。白い服はトンデモなく呪われてるらしいですから」
「ン、そうかもな。わたしは嗅覚だけじゃなく、呪いにも少し敏感なのかもしれない」
「まあ、一緒に行けないのは残念ですけど、もしも解呪の秘宝を手に入れることができたら、この大地の浄化を約束しますよ」
「ああ、ありがとう、約束だ」
「ところで、ティーアさん」
「ン? なに?」
「解呪の秘宝ってのは、どういう種類のものなんですかね?」
「秘宝ってくらいだし、わたしには見当もつかないね。それを知ってるのは、宝物庫に足を踏み入れた人間だけだな。オトキヨ様にでも聞くといい」
「そんな簡単に会える身分じゃないっすよね」
「そうさねぇ、わたしなんか見たこともないよ。男なのか女なのかも知らない」
ティーア・ヴォルフさんは言って、食料危機が少しだけ緩んだことでホッとしたのだろう、やっと小さく笑ってくれた。
「笑ったとこ、初めて見ましたけど、すごく可愛いですね」
「ば、ばか! やめろ!」
慌てて目をそらしたティーアさんは、強気そうな外見だけども可愛らしい年上の人だ、と俺は思った。
★
「おにいちゃん、ありがとう」
小さな子供が、俺を見上げていた。
「ラックどの、感謝する」
これは数回ことばを交わしただけの怪力な大男が、俺を見下ろしながら放った言葉である。
別れの時。
呪い抜き済みの雷撃ウナギを追加でいくらかプレゼントし、大勢の人々に見送られながら、俺は旅を再開する。
「ラック、約束、ちゃんと守れよ」とティーアさん。
「ええ、任せてください」
少し不安があるけれど、これまでだって何とかなってきたし、レヴィアとフリースがいるのだ。二人がいれば不可能はないとさえ思える。
「ティーアさんこそ、短気を起こして敵に攻め込むとか、やめてくださいよ?」
「ン。そうだな、こちらも君を信じて待つと約束しよう」
「ええ、今度こそ、ひとりの餓死者も出さないように……」
と言いかけたところで、ティーアさんは遮った。
「あー、暗いのはナシだ。あの者は、もともと病を抱えていたと聞いている。ラックは本当によくやってくれたのだから、これ以上、気にしすぎることはない」
これがティーアさんの本心から出た言葉なのかわからない。奔放な雰囲気のある彼女のことだから、きっと本心なのだろうけど……気にするなと言われたって気になるものは気になる。
「振り向くなよラック。過ぎたことを悔やんでる暇があったら前に進むんだ。わたしたちも、そうするから」
ティーアさんが言った時、部下たちは次々に言葉をぶつけてくる。
「あなたはボクたちを救ってくれた。胸を張って出発ってのが礼儀です」
「そうだ、今を戦うのだ」
「大勇者フリースが教えてくれたじゃあないか。過去をのりこえる力を」
「さあ進め、いざ進め! 前にしか道はない!」
すごく勇気が出る言葉たちだったけれど、反面、過去の反省を忘れて命知らずな特攻を仕掛けそうな人たちだなという感想を抱かざるを得ない。
「またな、ラック」ティーアさんは微笑む。「次に会う時にも、お互い笑って会おうじゃないか」
「はい、ではまた」
自然に笑顔になっていた。また会おうって約束を交わしての別れだから、この別れは悲しいものじゃあない。
背中を向けたら、次々に感謝と応援の声が届く。
こういう別れの挨拶を、何度も繰り返していきたいと思うのだった。
レヴィアとフリースの待つ人力車へ、振り返らずに歩いていく。